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2011年3月

2011年3月31日 (木)

『!』

「もうー、会社の人達も楽しみにしてるんだからね」と奥さんから再三にわたって催促されていた。

間もなく4か月になろうとしているが、会社に行くと『ポポポポーン』と忘れてしまう。

先日も言われたばかりだったが、「覚えておかなくちゃなー」と思いつつも、頭の中はACのコマーシャルばかりが駆け廻る。

別にACの件を催促されていた訳じゃない。

実は、昨年12月4日に東北新幹線東京-新青森間が全線開業し、開業当日は各種セレモニーが相次いだ。

その日の午後には青森市内のホテルで開業祝賀会も執り行われ、JR東日本の東北新幹線全線開業コマーシャルやポスターに出演していた三浦春馬君と岸本麻依さん(たしか地元出身女優さん)のミニトークショーがあった。

その場にいた私は、ちゃっかり写真をパチリ(=写真)

他愛のない写真なのだが、そのことを奥さんに伝えたのが間違いのもと。

奥さんの会社の人々に写真の件が広まり、「早く見せて―」「私にもちょうだーい」という話になっていたらしい。

そんなことはおかまいなく、私は会社のパソコンに保存してある写真を気にすることもなく、仕事に精を出す日々だ(精を出しているかどうかの真偽は別として・・・)。

「春馬君の写真はいつになりますか?そろそろお願いします」ついにメールまで来た。

ウチの奥さん『』を使う時は気合入ってる時だ。

今日忘れたら、大津波が押し寄せるかも・・・とこの時期としては不謹慎なことを思いつつ、写真データをメモリーステックにコピーして帰宅することに。

が、そのメモリーステックを会社に忘れたことに気付き、途中で引き返す私。

無駄なガソリンを消費した。トホホ・・・。

とりあえず、奥さんに頼まれていた写真が数か月を経て我が家に。

私「ただいまー」

奥さん「おかえりー」

私「例の写真持ってきたから」

奥さん「ありがと、後で見せてね」

私「おー、分かった」

夕食後、私「パソコン使うから、写真見る?」

奥さん「先にお風呂に入るから、後でお願い」

まあ、それならそれでもいいか・・・。

入浴後、ドライヤーで髪を乾かし終えた奥さんは、ソファーで横になりながらテレビの旅番組に夢中らしい。

番組がCMに切り替わったらしいので、私「写真、これなんだけど」

奥さん「グーグー」

私「・・・」

というわけで、先にブログに公開した弥生の夜Photo sleepy

2011年3月30日 (水)

ズームアウト

昨夜遅くことだ。ブログ更新しようとパソコンのスイッチを入れたら、携帯にメール。地元のデパートが民事再生手続きをするらしいという知らせだった。「え゛ー」という驚きと、「やっぱりか」という無念さが交差した。

実は私、20年以上も前にこのデパートで仕事をしていた。今でも飲み友達だったり、相談相手として付き合っている友達がいるので、単なる民事再生ニュースとしては受け止められず、パソコンをOFFにして、その当時の友達に次々に連絡をとった。

特に親しくしていた同年代の奴らは、私が辞めた後、相次いで退社していたが、去年、当時の仲間と会って呑んだ時にはまだ勤務しているやつもいた。話を聞けば、かなり以前から希望退職を募っていたほか、人員の補充を抑制し、賞与も支給されていなかったらしい。「なんだ、それならそうと言ってくれれば」と思ったが、何もできないので言わなかった・・・。

民事再生の件については事前に聞かされてなかったらしい。「使われる側に対しては、そんなものか」と気の毒に思いつつ、今は生活再建に向けて前向きに頑張ってほしいとエールを送った。「みんな大震災で心身ともに疲れている時に、せめて、あと半年ぐらいは会社をもたせろよー」と腹立たしくなったのと、知人の行く末が気がかりで昨夜はブログ更新する気にはなれなかった。

一夜明けた今朝、部下B「○○デパートが今日にも民事再生を申請するらしいっすね」。私「そのお陰で、昨夜は不愉快だったなー。今のタイミングは予想外だったよ」。すると、部下B「どうせなら、商品を全部、被災地に寄付して、『いい企業だった』と最後に言われて閉店すればいんじゃないですか」と言う。突飛な発想だとは思ったが、そんな発想をしなければ、被災地の人々を救えないのかなとも思った。

さらに部下Bは「部長、たしか昔は○○デパートにいらっしゃったんですよね」。仕事はすぐ忘れるが、こんなことは良く知ってる部下Bだ。「こいつなりに関心を持ってんだろうな」と思うと、「あぁ」としか言えなかった。Photo

このデパートは、私がいた頃の最盛期には、青森(本店)、弘前、五所川原の県内3店舗のほかに、秋田や盛岡など県外にも出店し、当時は日の出の勢いだった。最近では、『ズームイン!!SUPER全国うまいもの博』(=写真上)が開かれるたびに、長蛇の列ができ、大盛況の時もあるにはあったらしい。しかし、長引く個人消費の冷え込みで、経営環境の厳しさが増していたことは聞いていた。たしか今月14日には盛岡店で死亡者を出す爆発事故もあった。

今日の午後に予定通り、民事再生を申請したとのニュースが入った。負債総額122億5000万円で、県内では史上6、7番目くらいの大規模な負債額。こっちは部下から借りたコーヒー代でもすぐ返すようにしているのに、この巨額な負債は何なんだろーと思いつつ、他に誰かに何か借りていなかったかすごーく気になった。

従業員は4月末で全員解雇だという。商品券を持っているお客さん、入学式を前に学生服等を注文した親、商品の納入業者・・・誰もが自分と関わる部分で心配が尽きない。そして、新幹線開業で活性化を期待していた街全体が震災とのダブルショックに見舞われ、ズームアウト状況に・・・。Dscf0315_2

会社とは遠くない距離なので、帰り道にデパートの前を通ってみた。当然のようにシャッターは閉まり、看板の照明もネオンも灯らない大きなコンクリートの大きな箱だった(=写真下)。通りを行き交う人々も少ない中で、煌々と街路灯だけが闇を照らしていた。

東北の春が再び遠ざかったのだろか、と感じた弥生の二日間cloud

2011年3月29日 (火)

切り替え

 春休みの次男。部活から帰宅後は超~暇らしい。片っぱしから私が撮影した自分の試合のビデオを観ているようだ。ブルーレイディスクがめちゃくちゃになっているから、すぐ分かる。さほど活躍もしていないのだが、『どんだけ、自分が好きなんだろう~』。

 昨夜、5個残っていたはずの『今川焼き』(今回はこの名称で・・・)も空っぽ。そんな芸当ができるのも次男だけ。『どんだけ、今川焼きが好きなんだろう~』。

 食後、ブログ巡りしようと思っていたら、普段は自分の部屋にいる次男が居間に・・・。「ははーん、コイツまた何かほしいものあるな」とピンとくる。奥さんもそのことは察している様子。私のパソコンを気にする次男。その視線から避けようとパソコンを移動する私。近寄る次男。逃げる私。『どんだけ、私を好きなんだろう~』とは思わなかった。

 私「なんだよ、さっきから。何か足りない物でもあるか?ラグビーのジャージかパンツでも小さくなったか?それともプロテインがなくなりそうか?」とストレートに聞く。次男「別に・・・」。私「じゃー何だよ。たまには俺以外に頼んでもいいんだよ」と奥さんにパスを出すが、スルーどころか試合にさえ不参加

 しばらくの間、次男は私の周りをウロウロ。ブログ更新どころか、気になって何もできない。「なんだよ、さっきから」と私。聞けば携帯電話の『グリー』とやらのサイトに、私の携帯電話を登録してほしいらしい。「携帯電話でゲームしてる暇ねぇーよ。それに大丈夫か、そんなサイト?」と言うと、次男「すぐ解約していいからさ」。つまりは、次男が紹介した格好にすれば、次男に何かメリットがあるということらしい・・・。それ以上の内容は分からない。

 「その携帯電話代を払ってんの俺なんだからな。話は今度また聞く!」と私。結局は門前払いもしなかったが、即決もせず。次男はあっさりと自分の部屋に・・・。珍しく居間にいる次男を追い払ったようで、今ひとつ後味はよくないが、たまには威厳(?)も見せないと・・・。

 「さぁーて、皆さんの様子は・・・」とブログをチェックしていると、2階からダダダダーと駆け下りる足音。「じゃ、明日ってことでヨロシク」と次男。その切り替えの早さを、もっと他に活かさんかい。

 『どんだけ、そのサイトが好きなんだろ~』と折れそうな予感の弥生の夜game

2011年3月28日 (月)

○○焼き

 休日出勤を早目に切り上げた。帰宅途中で、『浅草焼き』(この辺じゃ『お焼き』とも言う)を買いに近所のお店に立ち寄る。我が家から歩いて5分のこのお店は、安くて美味しいのが評判で、いつも混んでいるのだが、店の駐車スペースがあったので、ギュイーンと駐車し、店内へ。Dscf0300

 店内には、やっぱりお客さんが並んでた。近所の皆さんは散歩がてら、歩いてご来店か。この日は粒あん、白あん、カスタードの3種類だけだった。他の種類は売り切れらしい。結局、カスタード10個と白あん5個の15個を買った(=写真上)。

「家族みんな好きだけど、さすがに1日では食べきれないだろう。残ったら温め直して二日くらいで食べればいいや」との予測からだ。1個59円だから、15個で885円。こんなに買っても1000円でお釣りがくるのがいつも信じられない。

 帰宅して、白鳥がまだ居たことに驚きつつ、エサやりを終えて、「家族にもエサをやんなきゃ」と先ほどの『浅草焼き』をチョッと遅いおやつにすることに。まだ呼んでもないのに、次男が居間にいる。こういうことは白鳥並みだ・・・。

 その次男、カスタードだけ一気に5個ペロリ(=写真下)。コーヒーが沸いたので、私もいただくことに。まだ暖かい。いつもと変わらない美味しさに、休日出勤の疲れがとれたような気がした。と同時に「避難所生活の人々にも食べさせてあげたいな」と思い、2個だけにしといた。Dscf0303

 以前から気になっていたことだが、私達が言うこの『浅草焼き』って、全国どこにでもあると思うのだが、正式名称(商品名)が分からない。通称でも構わないので、呼び名が分かれば、もっと美味しく食べられるのだが・・・。

 いくら何でも『モンブラリン』はないよな・・・と確信しつつ、コメントを通じて各地の呼び名を呼び掛ける弥生の夜cake

 

 

2011年3月27日 (日)

顔向け

「訂正」 3月26日付『きらいかも』のブログ中、事実と異なる点がありましたので、下記の通り訂正します。

 本日も秘めた底力を発揮し、早目に休日出勤を切り上げた。というか、後は部下に任せて「じゃあ、一足先に俺帰るわー」。そのほうが、部下も伸び伸びやってるようだし・・・。という訳で、明るいうちの帰宅。池を見回すこともなく、「ただいまー」。ソファーに横たわり居間から庭を眺めていると、例の用心深い鴨君がスイスイ泳いでいる。「あ~あ、お前達じゃな~」と私。

 一瞬、上空を横切る黒い影、影、影・・・。カラスじゃない。長い首がある。もしやと思い庭へ。西日が差す逆光の中に見える6羽の影は、白鳥か?人影を見つけて、向こうから近付いてくるってことは、やっぱり鴨じゃない。(写真=上)Dscf0306

 え゛っー、まだ居たの?じゃなくて居てくれたの?俺、昨日のブログで、『北に旅立ちました』って言っちゃったよー。しかも皆さんからコメントまで貰ってんのに、まだ居たの?

 ひょっとして、俺が君達を探していた時って、いつも飛行練習してたのか?それにしても、ひとこと言ってほしかったなぁー、皆さんに顔向けできないじゃん、俺・・・。

 あっという間に、目の前には6羽の白鳥。周囲には鴨のおまけつき。取りあえず、エサを取りに家の中へダッシュ。本当に最後かもしれないと思い、いつもより多めにエサやり。先日の筋肉痛など気にしていられない。

 遠くない日には本当に旅立つと思い、ゴッソリとエサをあげる。ちょっと早いかもしれないが、今年も癒してくれたお礼と、旅の無事を祈ることができた。良かった。Dscf0311_2(=写真下)

 それにしても、例の鴨たち、白鳥と一緒なら近寄ってくるのはなぜ?コバンザメか君達は?

 いずれにせよ、白鳥君の件で早とちりした私。黙っていられず、正直に事実を訂正し、「お騒がせいたしましたm(_ _)m」とお詫びをする弥生の夕方penguin

 

2011年3月26日 (土)

嫌いかも

 今朝、気付いた。隣の池に白鳥の姿が見当たらない。あんなに賑やかだった池が、水を打ったように『シーン』。池だから水はあるか・・・。

 「旅立ったか、ついに・・・。昨日のエサやりが最後だったなー、今年は」と、去年までと同じことを思う。

 「淋しさはあるが、白鳥にも暮らしがあることだしなー」と、去年までと同じことを再び想う。

 そして、「無事に北の別宅まで飛んで行けよ。冬になったら、また本宅に戻って来いよー」と、これまた飽きもせずに同じことを想う。進歩のない私。

 「あーあ、この辺もまたカラスの天下に戻るのかー」と氷の解けかかった池を見渡すと、向こう岸に数羽の影。逆光の中、手をかざしてよーく見ると「居たー。でも鴨か」と消沈。Dscf0299

 白鳥なら、人影を見るなりすかさず近寄って来るのだが、鴨はなかなか近寄って来ない。「こっちに来たら、白鳥のエサをあげるのになー。呼んだら来るかな」と思い、手を打つやら、手を振ってみるやら、声を出してみるやらと、あの手この手で鴨を招いてみるが、途中までしか来ない。私の渾身の「オーイ」に、背後から「なーに。」。反応したのは、居間の奥さんか・・・。

 「俺は猟師じゃないぞ。人の気も知らないで、こいつら・・・」。必死に鴨の気を引こうと叫び、跳ね、飛ぶ私。が、逆効果か。しまいには白鳥が去った悲しみも忘れ、腹立たしささえ感じる始末・・・。

 居間からは、奥さんが「家政婦は見た」のポーズ・・・。『俺、鴨って嫌いカモ・・・』。傷心を抱えたまま出勤した弥生の休日chick

2011年3月25日 (金)

う゜ハれぜんと

 奥さんは今、会社の送別会の真っ最中。娘も同じ職場にいるため、娘の旦那も私と同様にお留守番だ。女どもが留守のうちに「一緒に一杯やろうかな~」と我が家に招こうと思ったが、娘の旦那がインフルエンザらしいので今回は諦めた。Dvc00033

 食後、私は居間に、次男は2階に・・・。節電ムードは微塵もない。「せめて照明だけでも・・・」と思いダウンライトに切り替える。「薄暗いが、いいムードだ。都会の独身貴族って、こんな感じか~」と勝手に思い込み、さらにダウンライトも消して電気スタンドに切り替える。「ちょっとイイ感じじゃねーかー」と自画自賛しつつ、パチリ(=写真上)。すると、背後から「何やってんの?」と次男。『え゛ー、こんな時はいるんだ・・・』と動揺しつつも、私「節電だよ、節電!」と猫背ながらも胸を張る。「じゃ、観てないテレビ消せば?」と次男。確かに、そりゃそうだ・・・。

 昨日、娘の娘(5歳)から絵(=写真下)をもらった。何の記念か、何の日かは未だに分からないが、もらっといた。初めてだし、ちょっと嬉しいかも・・・、『あざーす』。自分の家族4人と、私、奥さん、次男も描いてくれたらしい。名前付きだった。 冷静に見ると、奥さんが一番デカイ。我が家の力関係をよく観察しているものだ・・・。

ちなみに私のところは『じいちゃん』と読める。やっぱり名前はいらなかった・・・。Photo_3

でも右側の『う゜ハれぜんとあげる』には癒された。『ぷ』って読んでやろう・・・。絵をもらったお返しに、何を『う゜ハれぜんと』してやらなきゃなー。ただし、『ジイー』と呼んでくれたらの話だが・・・。

 あっ、一番デカイ奥さんのお帰りだー。急いで照明を元に戻した弥生の節電の夜flair

2011年3月24日 (木)

親子鷹

人事異動のシーズンだ。昨日、次男が通う高校のラグビー部の監督さんが、もう1年間次男達を指導してくれることが決まった。実は今年3月末で教員として定年退職を迎えるのだが、『再任用』ということで、もう1年教壇に立ちながら、監督として生徒達を鍛えてくれるはこびとなったのだ。

この○○監督(先生)、60歳とは思えぬ熱血漢で、今でも試合中は「馬鹿野郎ー」「このやろー」「カス野郎ー」はまだ序の口。とても放送ではお届けできない『叱咤激励のお言葉』を発することもたびだびだ(笑)。この監督さんに言わせると、若い時は今以上にとことん熱血的指導をしたらしい。

褒められて伸びるタイプの私としては、「自分がこの監督の下で指導されなくて良かった・・・」と胸をなでおろしているのだが、この監督さんが居てくれるお陰で、次男も日々、ラガーマンとして成長し(たぶん?)、私も毎回毎回、懲りもせずに「試合だ、練習だ」と県内外に足を運ぶ機会が増えた。

実はこの○○監督、『県内全体のラグビー水準を引き上げたい』との一念から、大会前にライバル校をも指導してしまうほどのラグビー好き。県内ラグビー界を牽引してくれた功績はとてつもなく大きく、このまま定年退職し第一線から退いてしまうにはあまりにも惜しいとの声が当然のごとくあった。

特に○○監督さんは、自身のご長男をコーチ役として従えながら〝親子鷹〟で次男達を指導してくれている。とにかく、再びラグビーコートに立つことが正式に決まり、○○監督も、生徒達も、我々父兄達もみんなホッとしている。

昨夜、そのことを次男に聞くと、さすがに「別に・・・」とは言わずに、喜んでる様子だ。私「おーそうか、やっぱり嬉しいんだな」と思い、次男に「やっぱり、○○監督のもとでラグビー続けたかった?」と聞くと、次男「ウン」。

「そうか」とニンマリする私に、次男「だって、一緒にコーチしてくれる△△さん(○○監督のご長男)の方が怖くて、厳しいもん。△△さんが監督にでもなったら、今まで以上に死ぬほど練習させられるよ、絶対に」。そんな理由か・・・。

次男が成長したのは、どうやら身長だけのようで、『褒められて伸びるタイプ』の私としては、同じ路線を志向しつつある次男を否定できなかった・・・。ここには〝親子トンビ〟がいることを痛感した弥生の夜t-shirt

2011年3月23日 (水)

ハイテンション

Dscf0290  出勤途中に、馴染みのガソリンスタンドを通り過ぎようとした瞬間だ。「おっ、何日ぶりで開いてる。しかも空いてる」。ガソリンの針は半分ほどを指していたが、「次にいつ給油できるか分かんないなー」と思い、すかさずUターンして給油を決断。

 株主優待券を贈呈されてもいいくらい、何年も通い詰めた馴染みのガソリンスタンドだ。店長以下、スタッフも顔馴染みだ。「ふっふっふ・・・、ホームグラウンドに帰ってきたようなものだぜ。しかもカード持ってるもんねー」と一人悦に入る。しかも、入口付近には朝青龍を優しくしたような顔の店長が愛車『ボクちゃん』の来店を待っているではないか。なぜか『勝った!』と思った私だ。

 なにしろ、大震災発生以降、連日このガソリンスタンドの前を通っていたが、閉店か長蛇の列で、ここでの給油は半月ぶりだ。朝青龍店長のにこやかな表情は大震災以前と変わらない。若いスタッフが誘導する「オーライ、オーライ」の声も弾んでいる。「やっぱり、こうじゃないとなー」と私。

 若いスタッフが「毎度さまでーす」。「おー、こうでなきゃな。『元気ですか?』とか『現金ですか?』とか紛らわしいことは聞くはずないよなー、やっぱり」と心の中で私。

 「おざーす。久しぶりだね。今日は開いてるんだ。良かったね。やっぱり、ここのスタンドはいいよねー」。昨夜、チェルシーのお陰で口の中を切ったのにも関わらず、いつになく冗舌な私が居た。聞くと、満タンOK!、しかもカードだってバッチリ!「クー、俺には好待遇だなー。やっぱり俺って〝持ってるなー〟」と運転席で一人勝手に盛り上がる。

 出勤前だというのに、朝からハイテンションの私に「○○さん、オッケーです。いってらっしゃーい」と店員。ガソリンの針が久しぶりにMAXの上を指す(=写真上)。「おー、ボクちゃんも空腹状況から逃れられたね」と嬉しくなる。今日はいい一日になりそうだ・・・。

 結局、いい事と言えばそれだけの1日だったが・・・。Photo

 昨夜のチェルシー事件がまだ悔やまれた。正真正銘のハイチュウが恋しくなり、帰宅途中、買い物に。店内で不二屋の『ソフトエクレア』(=写真下)を発見。「懐かしいー」とすかさずハイチューから路線変更。ハイテンションのまま、現在に至っている弥生の夜delicious

2011年3月22日 (火)

噛みしめ

 八戸市・・・。青森県の太平洋側にある漁業が盛んな都市で、工業都市でもある。人口はだいたい25万人くらいだろうか。今回の地震で沿岸部を中心に甚大な被害を受けた。

 その八戸にある建設会社の専務さんから連絡があった。建設業協会の青年部が中心となって、避難所で暮らす人のために炊き出しを行うというものだった。

 それから間もなく、同じ八戸市内にある別の建設会社の社長さんからも電話があり、海岸に散乱した瓦礫や漂流ゴミを回収するため、社員総出でボランティア清掃を行うのだと言う。

 「建設業=公共工事」的なイメージが定着しつつある中で、「談合」だの「無駄な道路やダムを造る」だの、昨今はあまり良いイメージを持たれていない業界かもしれないが、「困っている人々のために」「地域のために」という強い志に触れ、改めて『建設業』という文字の力強さを噛みしめた

 さっきニュースを観ていた私に、奥さん「チェルシー要る?」と聞くので、「あざーす」と2個もらう。ニュースを観つつ、口の中に1個放り込み、ゴリっ!。「痛でぇー」。口の中を切った・・・。奥さん「何やってんのー」。私「だって固いと思ってないから、噛んだら口の中を切っちゃったよ。あー痛でぇー」と奥さんを睨むと、「チェルシーって昔からこんなだよね」。

 改めて見てみると、確かに薄ぺらな麻雀パイのような大きさのチェルシーが光沢を放っていた。舌触りもチェルシーらしくツルツルだった。思い違いとは言え、私はチェルシーと聞きながら、柔らかいハイチューを想像し、そして噛んだ・・・。今、やっと血が止まった。

 『あなたにもチェルシーあげたい・・・』。固い話題ばっかりの弥生の夜snail

2011年3月21日 (月)

コンボイ軍団

 本日も仕事。頑張り過ぎて14時に完了。「明日からは再び通常業務だし、今日のところは帰宅しよっ」。それだけで疲れがとれた気がした。単純な心身構造だ。Dsc_0012_2

 得したような気分で、「時間もあることだし・・・」と思い、帰宅途中に我が家からほど近い青森港フェリー埠頭に立ち寄る。青森港は津波被害がなかったものの、本州と北海道を結ぶ物流の拠点だ。全国的な物資不足の折、物流の動きが気になった。ちょうど函館発-青森着のフェリーが到着した後らしく、多数の貨物トラックがフェリー埠頭から道路に繰り出して行った。「おー、頼むぞ。岩手や宮城、福島にどんどん物資を運んでくれー」と車窓から見守る。「頑張れー、コンボイ軍団。被災地は君達の到着を一刻も早く待ってるぞー」と見つめていたら、胸が熱くなった。どうぞ安全運転で・・・と見送った。

感激し過ぎて、写真を撮り忘れた・・・。コンボイ軍団が颯爽と去った後は、逆に函館行きの車両が乗船する(写真=上)。「北海道にも物資は送らなきゃなー」と思い、函館行きの航路の無事も祈った。 Dsc_0017

 「勇気づけられた光景だった」と思いながら帰宅。まず、居間から白鳥を確認。我が家の前にいないってことは、100m程離れた場所か?と外に出ると、いたいた。エサを片手に池の淵まで歩いて行くと、向こうから白鳥がノコノコと歩いてくる(=写真中)。だいたい20羽くらいだろうか。他の白鳥は一足早く北の地へ旅立ったのだろう。ひととおりエサをあげるが、物足りなさそうな表情(に見えた=写真下)。「ごめん、物資不足の折、今日は勘弁してくれー」と、白鳥に背を向けて自宅の中へ。居間の窓から見下ろすと、まだ待ってるように見えた。「本当にごめん。俺、最近は買い物に行ってないんだよ」との思いが伝わったのか、伝わらなかったのかは白鳥のみぞ知るところだ。Dsc_0021

 昼寝から目覚めた奥さんが「早かったね」と言うので、私「秘めていた実力を出したから」。聞けば、奥さんは午前中に長男夫婦の家に遊びに行ってきたらしい。長男は仕事だったが、長男の奥さんと、去年生まれた赤ちゃんの女3世代で交流してきたらしい。「女同士の連絡網が早くも築かれつつあるぞー」と私が身構えたのは言うまでもない。

 幸い!?にも洗面所の蛍光灯が切れたらしく、奥さん「蛍光灯買わなきゃ」。ナイスだ!!と思ったが、私「しょうがないなー」と言いつつ、近所のホームセンターに向かうことに・・・。しかし、意外とフラストレーションが解消された感がない。思えば、あのコンボイ軍団の力強さを見て、フラストレーションが吹っ飛んでいたのか・・・などと考える弥生の夕方ship

悪循環

毎年のことだが、この時期の3連休は仕事を休めない。ゴールデンウィーク前まで、休みなしの日々が続く。前回の土日は大地震でてんてこまい。今回の3連休からは再び仕事で、フラストレーションが溜まっているのが自分で分かる。

奥さんは土曜日に長男夫婦と、日曜日は娘達とお出掛けしていたらしく、サッパリとした表情。次男は部活一筋で、マイペース。私も仕事でマイペースと言いたいところだが、仕事以外で出掛けた場所といったらガソリンスタンドぐらい・・・。本屋も電器屋もコンビニさえも行ってなーい。財布の中身は相変わらず心細いが、どっかに出掛けるだけでも、このフラストレーションが解消されるのでは思い、帰宅後に「買い物に行くか?」と私。すると、「昨日と今日でだいたい買い物済ませてあるから」とつれない奥さん。私「何か足りないものがあるんじゃない?まだ、食料事情も悪いしさー、チェックしてみれば」と食い下がるが、奥さんは「たぶん大丈夫。足りなかったら、その時に買い足せばいいんじゃない」。確かに正論だ。この時期に余計な物を買うゆとりもないし、ここ以上に物資が不足している被災地を思えば、これ以上は食い下がれない・・・。

そこで、私は考えた。「何か不足している物はないか?鉛筆とか、ノートは?」と普段は勉強もしない次男に話を振るが、次男は「別に・・・」。部活の疲労でグッタリしている。『うぉー、このままじゃ、俺の欲求不満が晴れない』と思い、特に欲しい物があるわけではないのだが、久しぶりにコンビニへ向かうことに。

「ちょっと立ち読みしたぐらいでも、気分転換になるしなー」と心を躍らせつつ、近所のコンビニに到着。駐車場も止め放題だ。店内は薄暗いが、「そうか節電してんのか」と感心しながら入口に近付いてみると、『商品不足のため、当面は午後6時までの営業とさせていただきます』の張り紙。あらっ、閉まってた・・・。

傷心の私は帰宅の途に。私「ただいま」。奥さん「お帰り。あれ?手ぶら?」。今はそれ以上聞くな・・・。傷心と疲労を引きずったまま、風呂を済ませ、2週間ぶりの大河ドラマ『江』に見入る。地震報道で涙腺が緩んでいるのか、大河ドラマでも涙腺が緩む。

そのままソファーに横たわったのが間違い。気が付けば午前2時。節約生活どころか、テレビも照明も暖房も全開。しかも、左側を下にして横向きに眠っていたらしく、顔の左半分には活断層が縦に走る。目から津波が押し寄せた元凶がこの活断層かどうかは、今のところ定かではないが、このフラストレーションをどう晴らしてくれようかと悩むと、それがまたフラストレーションとなる悪循環の弥生の朝方gawk

2011年3月20日 (日)

楕円球

3月11日の大震災発生から1週間・・・。現実逃避ではないが、何かを変えたいとの思いで、以前に予告していたようにブログの一部変更を試みた。何のことはない、タイトルを変更しただけ。デザインは後日としよう。

自分を取り巻く家族や職場など、日記代わりの身近な話題ばかりで、誰かのためになるような要素など微塵もないブログだから、訪れてくれた方には「ゴメンネ、ゴメンネー」と今一度、謹んでお詫びを・・・。その一方で、「誰か一人でも元気になればいいや」と思い、従来の路線を突っ走ることにする。っていうか、当初からその路線しか考えていないのだが・・・。

本人は、『本日は何もなく、平穏無事』とだけ更新する日を夢見ているのだが、『明日もまた楕円球のようにどちらに転ぶのか予想がつかない日となるのだろうか・・・』とチョッと不安で、チョッと期待もする弥生の真夜中moon1

節約

 次男のラグビー遠征が中止に決まったらしい。できれば、また応援に・・・などと思っていたのだが、大震災の直後だし、中止だろーなとは思っていた。案の定、次男に確認したら「中止だって」とのこと。

 私「中止になって残念だったなー」。次男「別に・・・」。エリカ様パターンを避けるため、私「また次の機会が来るって。この時期は遠征するにも移動が無理だろうからな。じゃ、目標を切り替えて、春季大会に向けて頑張れ」と慰めたつもりだが、次男「別に・・・」。ちょっとムっとしたので、私「『別に』ってどういう意味よ?」とつっこむと、「どうしても行きたいわけじゃないしー」。なーんだ、私のほうが前向きだった?

 しかし、遠征の計画があった時は次男も楽しみにしていたはずだ。この1週間で様子が変わっている、ちょうど大地震を境にしてだ・・・。そうか大地震は次男の気持ちも揺さぶってしまったか・・・。地震直後は臨時休校やら午前授業やらで、久々に部活が無い日もあった。そんな時、次男に「今日は何してた?」と聞くと、次男は「別に・・・」。あの時は、無事でいてくれればそれで良かったが、今思うとあの頃からエリカ様が復活していた。『エリカ様』はやはり手ごわいぞと改めて思い知らされる。

 その次男は、節約ムードもお構いなく、朝シャンは欠かすこともなく、大量の運動着をこれでもかと洗濯機に。おまけに、部活が復活したお陰で、食事の量も復活。依然として節約を続けているのは勉強だけ。それは節約しなくていいんだけど・・・とへこむ弥生の夜t-shirt

2011年3月19日 (土)

元気です

 昨日、『マイカーのガソリンが不安な者は、勤務中でもガソリンスタンドで給油しよう』ということに・・・。「しめしめ、渡りに船だ。天は私を見放してはいなかった」と思い、「そういうことだから、ガソリン給油に繰り出すぞー。一斉に出ると業務に差しつかえるから、交代にしまーす。じゃあ、誰から行く?」と私。部下たちはシーン。「遠慮しなくていいぞー」と再び私。部下A「僕は大丈夫です」。部下B「3-4日は給油しなくても大丈夫です」。部下C「平気です。部長どうぞ」・・・など、誰も行く気配なし。他の部署の部下達も給油に行く者は見当たらないる「えー、俺一人?行きづらいなー」と思ったが、心を決して行くことに・・・。私「じゃあ、俺行ってくるから・・・」。部下たち「行ってらっしゃーい」。

 目指した先は会社から比較的近いガソリンスタンド。給油待ちの車両の列は200mくらいといったところか。これまでに比べると格段に並んでいる車両が少ない。しかも、順調に前へ前へと進んでいる。「あいつら、給油しなくて本当に大丈夫か?」「でも、俺はこれで奥さんには威張れるな」などと気を巡らしていたら、なんと10分ほどでスタンド敷地内に。「これは友達にも教えてやろうかな。いや待てよ。そんな行動がパニックに拍車をかけることになってしまうのか」と再び思案している時に突然、店員「元気ですか?」。私「えっ?、はい、元気です」。知り合いだったっけ?と思い、店員の顔を見るが記憶にない。すぐさま店員が「現金ですか?」。私「げ、げ、現金でお願いします」。余計なことを考え過ぎたか、完全に聞き違い。アー恥ずかしい。傷心の私におかまいなく、店員は忙しそう給油する。「ごめんね。2度も同じことを言わせちゃって・・・」。

 3000円分までという給油上限のため19リットルぐらいしか給油してもらえなかったが、とりあえず一安心。でもその10倍恥ずかしかった・・・。「このことは部下には言えない」と心の中で誓った弥生の勤務中coldsweats01

2011年3月18日 (金)

確証

 「ついに」と言うべきか、「いよいよ」と言うべきか、愛車『ボクちゃん』のガソリンが心もとなくなってきた。半分くらいといったところだ。平時なら、シッカリと暖気運転して、『ボクちゃん』がシッカリ目覚めてから発車するのだが、最近は、車両の雪をはらったら、発車直前にエンジンスタート!それでも『ボクちゃん』は文句一つ言わずに走りだしてくれる。「もうちょっとの辛抱だぞ。ガソリンさえ調達できれば、暖気運転してやれるから」と愛車に言い聞かせながら運転する日々だが、その日がいつのことになるのか全く確証はない。無責任なドライバーになり下がったものだ。

 奥さんは「勤務中に時間とって、ガソリンスタンドを探しに行けないの?」と聞くのだが、仕事と私用は頑固に割り切っている。お陰で、奥さんからは「できない性分なのは知ってるけど、今は緊急事態だし・・・」と言われる。それでも性分は変わらない。その変わらなさのお陰で、どんどん自分が追い込まれていることも承知しているのだが、やっぱりできない。

 しまいには、奥さんから「相変わらず、そういうところは頑固だよねー」と呆れられる。私「何とかするから。そのうち、ガソリンも徐々に手に入るって・・・」と全く確証がないことを再び。その一方で、心の中では「何とかしなくっちゃ・・・」と手に汗。「思い切って、明日あたりはスタンド巡りしようかな、したほうがいいよね、すべき時だよな・・・」という思いと葛藤が続く。しびれを切らした奥さんからは「器用に生きることも必要だよ」と一言。私「何とかします・・・」と言いつつも、今夜も確証のないまま明日を迎える。このままじゃ、ガソリンが減り続けることだけは確証が持てる弥生の夜gasstation

  

2011年3月17日 (木)

たのむ

インターポット
たのむ!集団で被災地の海水も吸い尽くしてくれー。

頑張ろう東北

 ガソリン給油ができない上に、帰り道は猛吹雪で、がっかりしながら「ただいまー」。奥さん「お帰りー」。次男「おかえり」。見るとテーブルに二つの買い物がドーン。「どうした?」と聞くと、奥さんが「仕事の途中で買い物ができたから」。おぉー、最近は久しくお会いする機会が減ったカップ麺様、品薄の冷凍食品さん、毎度見かけるお菓子君たちではないか。「買えたのか?」と聞く私に、奥さん「うん。何か運がいいみたい」。お前も持ってたか・・・。

 夕食の話題は自然と計画停電に。「明日はとりあえず回避できるみたいだな」と言う私に、「良かったー。こんな寒さの中で停電だったら生きてる人も死んじゃうわよね」と奥さん。さらに「油断せず、こんな日は早目に寝るのに尽きるわ」と続ける。私「そうだな。お前も早く寝ろよー」と次男に振ると、「えっ、俺?。俺は一番早く寝てるよ」と次男。そうなのだ、次男は最近、練習が一段と厳しいのか、10時過ぎには目が閉じてしまうほど疲れている様子。気が付くと眠ってる。「小まめに節電して電力確保に協力しなきゃね」と言う奥さんと、確実に早く眠っている次男の視線は、食後のパソコンいじりが日課となった私に・・・。「ごちそうさま・・・」と小さな声でテーブルを後にする私。

 食後、テレビを観ていたら、徐々に地震特番から通常番組に切り替えつつあることに気付く。しかし、奥さんが「またこのCM?このCMしかないの?もう暗記しそう」としゃべりだす。確かに『AC』(公共広告機構)のCMが多い、っていうかほとんどが『AC』の繰り返し。私「大震災の直後だから、企業も自粛ムードなんだなー」と分かったようなことを言うと、「〝頑張ろう東北〟とか〝東北応援してます〟みたいなCMはつくれないのかなー」と奥さん。私「きっと、暫くして落ち着いたら見られるかもよ」となだめると、奥さん「でも、やっぱり春馬君が出るコマーシャルが早く見たいなー。春馬君が出てたJR東日本の東北新幹線のCM知ってるでしょ。あれが早く復活してほしいのよ」。さらに「あなた、春馬君に会った時に写真撮ったんでしょ。早く私の携帯に転送してもらいたいなー。あー、またACばっかりでうんざり」と雲行きが怪しくなってきた。〝頑張ろう東北〟は何処に行ってしまった・・・。

2011年3月16日 (水)

部下の成長

昼休み時間の社内。薄暗い。計画停電には早いが、節電、節電・・・。「暗い中で余震が来たら、怖さも倍増だし、やっぱり照明を点けるか」とは誰も言い出さない。当然か。「暗い中でパソコンに集中して、目を悪くすんなよー」と言う私に、部下達はおおむね「はーい」。ところが、部下Dは『ジー』とモニターに集中。私「ネットで情報収集か?」と近づくと、パソコンに入っているゲームに夢中。「彼はこれで気分転換しているんだろーな。みんな地震で疲れてることだし」と思い直し、「どうぞ、昼休み時間の有効活用を・・・」と見守る。そうしないと、私もポチ、キラのお返しができないしー。

社用車のガソリンがすべてピンチということで、社員が手分けしてガソリンスタンド探しに行くことに。ガソリン補給という戦場に出掛けた部下達からの携帯電話からは「ここは閉店でした」「長蛇の列で、何時になるか分かりません」「これ以上は探しようがありません」など、好ましい連絡はなかなか来ない。数時間後、それそれ帰社。みな疲れ切っている。私「おー、御苦労さん。とりあえず休んだくれ」。聞くと、ガソリンの在庫がないため閉店ばかりとのこと。稀に開店しているスタンドは相変わらず長蛇の列らしく、1-2時間の待ちは覚悟らしい。「市内の移動は今後、チャリにするか。体にもいいしなー」(半分本気、半分冗談)と言う私に、部下C「部長、外は雪なんですけどー。まずは率先してお願いします」と反撃。私「お陰さまで、体は丈夫だから・・・」と遠慮した。

ガソリン不足は、どうやら様々な要因があるようだが、今できることといったら、せめてガソリン消費を控えること。無駄な車両使用、燃費の悪い運転方法など御法度だ。その旨を部下達に伝えると、「その言葉、部長にお返しします。あまりガソリン消費しないでくださいね。地球にも財布にも優しくですよ」と強気の部下B。「むむむ・・・、こいつら今日は手強いぞ。大地震の影響で動じなくなったな」と思いつつ、「このまま余震が続いたら、ますます強気になりそう」とちょっとした焦りも・・・。

間もなく本日の業務も完了。「今夜は余震がないように。何せ、部下が日増しに強くなるもので・・・」と願う弥生の夜moon1

気丈

離れ離れになった奥さん達を探し、子供とともに数キロも歩いて被災地に辿りついた男性。その末に再開を果たした家族の歓喜。我が事のように感激し、感涙した瞬間。

郵便局員だった息子さんの消息を確かめるため、廃墟と化した郵便局を毎日毎日訪ね歩く老夫婦。瓦礫の中で、息子の名を呼び続ける姿が痛ましい。

黒い海に向かって「お母さーん、お母さーん」と声の限りにさけぶ少女。赤いほっぺをした小学生か中学生と思われるその少女は、おえつをもらしつつも、再び黒い海に向かって何度も何度も「お母さーん、お母さーん」と叫び続ける。彼女の声が脳裏から離れない。その場に駆け寄って、一緒に「お母さーん」と叫びたい気持ちで胸が締め付けられる。

いずれも被災地の様子をリポートした、ほんの一握りの映像だったが、張りつめていた気持ちが途切れて、うかつではあったが家族の前で涙が頬を伝った。「こんな時こそ気丈に笑っていこう」と心に決めていたにも関わらず、自分の感情をごまかすことはできなかった。奥さんも次男も私の涙には触れないよう、無言でニュースを見つめる。「同じ気持ちだろうか」と思うと、家族に少し感謝したくなった。

宮城県沖、茨城県沖、長野県北部を震源とする相次ぐ大地震と大津波。それに付随すると思われる無数の余震。どれだけの数の大地震が大切な生命を奪い、この国を破壊していくのか。そして、原発や火災をはじめとする二次災害の恐怖。「それにも関わらず、とにかく生きてもらいたい」そう思いながらニュースに見入っていた矢先。今夜は静岡県東部を震源とする震度6強の地震が東海を襲う。自然災害には勝てないとは分かっていても、この国の行く末を案じずにはいられない。

災害、事故、そして戦争・・・。過去の出来事を教訓として対処すべき時が今だと信じている。そうでなければ、いったいこの国は何を学んできたのだろうか。幾多の悲劇を目の当たりにして、明日からは、また気丈に思いつつ、今夜だけは気丈でいられぬ弥生の夜despair

 

2011年3月14日 (月)

再び計画的に

 余震にもめげることなく(普通か・・・)、仕事を終えて、帰宅の途へ。「早ければ明日にも計画停電が始まっちゃうなー」と思い、帰宅途中に食料品の調達を敢行。こんな奴がいるから商品がなくなるのかも・・・と自問自答しつつ、入店。すると、レジは人の波、波、波・・・。「おー、ここにも津波が」とは思ったが、不謹慎なのでグッと飲み込む。パン類はなし。レトルト食品も見当たらず。カップ麺にいたっては全滅(=写真)。トイレットペーパーや紙おむつを抱えてレジに並ぶ人も・・・。Photo

 みんな計画停電を見越して、再び買いだめしているらしい。その気持ちは分からなくはない。私も似たような行動をしているのだから。「でも、私の分も残しといてー」とつぶやいた。せっかく入店したのだから(?)、という訳の分からない理由で店内を見てまわる。結局、カゴに入れたものは、インスタントスープやらお菓子やら・・・。全然必需品じゃなーい。レジ前に並び、私も津波の一部分に・・・。

 と、レジ横の綺麗に包装された商品に目がいく。ホワイトデー商品だった。ここ数日、誰一人意識していなかったが、よーく考えると今日ってホワイトデーだった。「奥さんと長男のお嫁さんにはお返しをしなきゃな」と地震が来る前までは思っていたのだが、震災のお陰でこの日を完璧に忘れていたのだ。「今だ!ゲッチュー」と良く見もせずにカゴに2箱。「俺って、持ってる・・・」と一人ほくそ笑みつつ、支払い完了。帰宅したら奥さんには「以前からよーく吟味した上で、買ったんだからな」と威張って渡そうと企てる。

 帰宅して誰にも知られぬように例のブツを冷蔵庫に格納。その後、入浴、夕食といつも通りのワンパターン。例の作戦を実行する時が。奥さんは居間で『ねぶた状態』でニュースを観ている。どのタイミングで渡そうかなと見計らっていると、奥さん「ニュースばっかりだと精神的に疲れるね」と言いつつ、チャンネルを変える。お目当ての旅番組を発見してジーと見入る。また、しばらくタイミングがつかめない・・・。

 私「もういいや、プロポーズするわけじゃないし」と思い、台所へ。冷蔵庫を開けると、例のブツがない。よーく探すが、ない。「アレっ?」と思っていると、ピピッ、ピピッと冷蔵庫から『ドアを閉めろ」と催促される。居間から奥さん「何探してる?」。私「さっき、冷蔵庫の中に包装した箱を入れたはずなんだけど・・・」。すると奥さん「あー、アレね。冷凍室に移しておいたわよ。チョコか何かだと思ったから」。あらっ、知ってたのね・・・。

 まあいいか、と気を取り直して私は新聞に目を通す。「こんな大地震があっても良く覚えてたね」と奥さん。とっさに「まぁね。今回はこれで勘弁しとけ」と私。「以前からよーく吟味した上で、買ったんだからな」と言い忘れた。奥さん「ありがとう」と言いながら、ブツを冷蔵庫へ再び格納。「あれっ食べないの?」と聞く私に、「計画的に食べなきゃ、太るから」と奥さん。「痩せてる人が言うのなら分かるけど・・・」とは言わずに、「計画停電はいやだけど、そういう計画は大事だよなー」と私。奥さんはスルーしてテレビに見入る。

 「今日よりも明日、明日よりも明後日が良い日であるように」と再び願いつつ、計画停電におびえる弥生のホワイトデーsnail 

 

欲しがりません

 二日ぶりに出社した。土・日にメールが不通の部下もいたため、全員の顔が揃い、まずは一安心。仙台の友達にも連絡がつき、安心×2。午前中、業務に励むも、引き続き津波の情報が入る。昼休み時間である現在も、社内の雰囲気は沈痛だ。「元気づけなきゃ」と思い、親父ギャグを連発するが、いつもの反応がない。みごとに自爆した。「当然か・・・」と静まり返る私。

 どうやら東北電力も計画停電に踏み切るらしい。「えっ、あの氷河期が再来するのか」と思うと、かなり気が重い。「こんなブログ更新のために貴重な電力を消費している場合ではない」と思うと、これ以上、今は更新できない。未曾有の国難だと思えば、「欲しがりません。復旧するまでは・・・」と今は固く思う。と同時に「今晩、電力があったら、また更新するか」と、ちょっと思う、弥生の昼休み時間flair

 

2011年3月13日 (日)

計画的に

 このほどの大惨事で、改めて認識されられたことが多々あった。非常食や緊急持ち出し用品の事前準備、停電対策、そして家族や友達・近所との絆・・・。我が家のお向かいさんは、パパさんが自衛隊員で、今朝、岩手県に出発した。ママさんによると、1か月くらいは駐留するらしい。「何かあったら、お互いに助け合いましょう」と今日も申し合わせした。停電の夜に、声を掛けてくれたご近所さんにもありがたかった。

 友達からの連絡も嬉しかったが、その反面、こちらから連絡がつかない友が未だに心配だ。そして、長男と長女がたくましくなって、それぞれの一家を支えつつ、親を心配してくれたことも大きな発見だった。幸い、長男夫婦も長女夫婦も車で10分くらいの距離にそれぞれ暮しているので、何かと顔を出してくれて心強かった。

 こうして今、平和にブログ更新できるのも、白鳥にエサをあげられるのも、きっとそうした人々と、ご心配下さった皆さんのお陰であることは間違いない事実だ。では、自分ができることは何かと考えた時に思い浮かぶものがない。

 今日は長男夫婦が、去年生まれた娘と、お嫁さんのお母さんとともに我が家を訪ねて来た。「まずは明日からの食料品調達を」というわけで、ウチの奥さんと次男も合わせて7人で買い物に出掛けた。何処が開店しているのか情報はないが、とりあえず近くのショッピングセンターへ。市内はほぼ電力が回復したらしく、店内はいつものように明るいのだが、駐車場が超満車。「敗戦直後の買い出しもきっとこんなものだったのか」と思われるほどの店内満員に、奥さん「オープンした時もこれほど混んではなかったよ」とポツリ。

 我が家と長男夫婦、それぞれ連携しながら買い物することに。野菜、魚、肉・・・品物は普通にあるし、値段も普通。「津波のように高い値段じゃなくて良かったな」と言う私に、奥さん「高いもんは買わん」と先に進む。しかし、地震の影響からか、カップ麺やパンなどはほぼ皆無。価格的にチョッと高めの『ラ王』は若干あり。私「『ラ王』をキープしとくか?」。奥さん「いらん。袋ラーメンで十分。計画的に買わなきゃ」とピシャリ!

 冷凍食品もほぼ売り切れ状態。アイスクリーム売り場は空っぽ(=写真)。売れたのではなくて、停電によりアイスが融ける恐れがあるため、停電とともに撤去したらしい。アイス売り場が空っぽだったため、奥さんが悲しそうな目をしていたことを私は見逃さなかった・・・。「しょうがないなー。じゃあ、こっち」と奥さんが向かった先はお菓子売り場。さすが、計画的な買い物動線だ、感服。Photo

 買い物が済んで、お昼は外食することに決定。あまり食欲も湧かないが、「食べることも今は大切だ」と思い、地震発生から停電生活までをそれぞれ語り合いつつ食事。その間も絶えず、長男の娘はご機嫌で、座が和む。「こんな時でも子供は無邪気だ。この子供達には、こんな体験はしてほしくないな」と強く思う。

 夜もテレビ番組は、目を覆いたくなるような光景の連続。次男の高校は臨時休校らしく、私「絶対に出掛けるんじゃないぞ」と次男に念押し。次男「分かってるって」。私「本当だな」、次男「しつこい・・・」とうるさがられる。

 東京電力管内では明日から計画停電らしい。「事前に分かるといっても、停電はたいへんだよなー」と言う私に、奥さん「パニックにならず、計画的に準備をすべきよ、絶対に」。さすが隊長。

 どうぞ、皆さん落ち着いてご準備を・・・と願わずにはいられない弥生の夜flair

 

それはそれ

 あれから2回目の朝。『トイレの神様』が流れる中で、「明るい。朝か・・・。もうトイレ掃除してるんだー」と思い起床。奥さん、せっせとトイレ掃除を開始したところ。私「おはよー。早いな」。奥さん「トイレ掃除できるってことは幸せなことだしね・・・」。もっともだ。携帯には『大丈夫だよ』『そっちはどうだ』など10通ほど。一安心。この二日間で受信メールは122通に達していた。「電話代、今回はちょっと高いかもな」と思いつつも、生きて支払うことができると思えば安いものか。

 居間から窓の外を見ると、友達がいた。3羽の白鳥だ。昨夜は姿が見えなかったが、いつもの場所にエサは撒いておいた。「おぉ、お前達」と思い、食パンではなく、お菓子を持って庭に駈け出す。鳴き声も元気いいぞ。筋肉痛の教訓が残っている中、ヒョィっ、ヒョィっとエサやり。コイツら喜んでいる。少なくとも私にはそう見えたので、調子に乗ってヒョィっ、ヒョィっ。すると、池の彼方から大群が押し寄せてくる。みんな元気だった。あっという間に50羽程度に。私、調子に乗って再びお菓子を取りに家の中へ。トイレ掃除中の奥さんには「食パンはあげてないから、安心してー」。奥さん「はいはい」とつれない。 結局、4回に分けてエサやりを実行。エサも底をつく。「ごめんな。もうないや。また午後ね」と言い訳しつつ写真パチリ(=写真上)。Dscf0285

 買い物に出掛けることになったが、どこの店が開店しているのか情報が入らない。新聞にはSALEのチラシが連日入っていたが、全て大震災以前に企画したものだろうから、あてにはならない。明日から次男の高校はどうなる?電車は全面的にストップしているぞ。兎に角、情報収集しなければ。3か月前に開業したばかりの東北新幹線新青森駅(=写真下)が自宅から近いので足を延ばしてみるが、誰もいない、ただの箱。Dscf0273

 ニュースでは、盛んに原発の炉心溶融を報じている。どうなる東北、どうなる日本・・・と不安が増すばかりだ。余震も未だに続く。と、奥さんが突然、「不安は不安。それはそれ。今は買い物に出発ー」。前向きなことも大切かー。とりあえず、買い物に行ってこようと思いつつ、私は不安がぬぐえない弥生の午前banana

2011年3月12日 (土)

死ぬかと思った

Dscf0260  絶好調で仕事をしていた3月11日14時46分、グラッ。「えっ、また?」。揺れがデカイ、長い・・・。すぐに停電。社員は、みな真っ青。2-3分は揺れたと思う。誰かが携帯のワンセグでニュースを観る。私の携帯はワンセグがない旧式。「どうした、どうした」と駆け寄ると、部下A「げぇー、大地震ですよ、これ」。たまたま居合わせた社長が「みんな落ち着けー。窓際には近ずくなー」って窓際って、私の席じゃーん。

 女性社員を中心に「早く帰りたい・・・」との声が出る。もっともだ。男性社員だって同じだ。余震が止まない中で、窓の外を見ると、周囲はすべて停電。信号機も止まってる。路肩に停車している車両多数。家族にメールするが、次男だけ返信がない。必死にメール繰り返すと、やっと返信あり。「心配かけやがって・・・」。でも安心・・・。

 大地震発生して一時間半後、業務は中断して帰宅することに決定。帰宅途中の国道も信号は停止で(=写真1)、大渋滞。「こりゃ、しばらく停電が続くなー。まずは食糧の調達だ」と思い、帰り道の店という店を覗いてみるが、皆停電で閉店。そうしているうちに愛車『ボクちゃん』のガソリンも減る一方。「よし、路線変更でガソリンスタンド探すぞ」という私の願いも通じず、ガソリンスタンドも軒並み閉店。再び、食料調達に。駄目もとで近所の生協へ。「やっぱり、真っ暗じゃん。駄目か」と思ったが、中から人が・・・(写真2)。聞くと「、ローソク、乾電池、おにぎり類だけは売ってくれる」とのこと。「行っけー」と我が財布も顧みず入店。来店した人はとにかく、何でもいいからキープすることに必死。私もローソク1箱、お弁当6個、サンドイッチ3個だけはゲッチュー(=写真3)。Dscf0261_2

 一安心して帰宅すると 奥さんと次男が自宅の中に。「おー、お前達。無事か」と言う私に、「あざーす」(ラグビー部員仲間で「ありがとうございます」の意味)と次男。今日は許そう・・・。

 1時間経っても、2時間経っても電気は復旧せず。日も暮れて、気温は氷点下に。その間、長男夫婦や長女夫婦と何とかメールでやり取り。幸い、子供達夫婦の家には電気を使用しない灯油ストーブと食料はあるらしく、子供達夫婦の家庭は安心。が、我が家は完全にアウトっ!。何もない。私「とにかく、何枚も着よう」と呼びかけ、家族皆で着膨れに。ちなみに、私はズボン3枚、上着3枚、靴下2枚、プラス帽子も・・・。みんなに笑われる。Dscf0264_2

 奥さんもカップ麺だけは買えたらしく、「食料を大切に。まずはカップめんでも食おう」と、調達してきたローソクを3-4本ぐらい灯しながら、毛布を身体に巻いて3人で夕食。ローソクが何だか綺麗だった(=写真4)。ようやくお袋とも連絡がとれ、とりあえず肉親の安否は何とか確認。時間は9時になったが、未だに電気が復旧する様子はない。家の中だというのに、気温は氷点下だ。私の携帯電話のバッテリーも切れて、奥さんと次男の携帯電話が貴重に・・・。Dscf0265_2

 しばらくすると、玄関からドンドンと音が。2軒隣りの奥さんだ。停電でピンポンを押しても鳴らず、ドアをたたいたらしい。安否を気にしてくれてのことだ。ありがたい・・・。いつも良くしていただいている。奥さん同士、しばし歓談。感謝・・・。

 依然として、停電で何も外から情報が入らない。私「ボクちゃんに乗れば暖かいぞ」ということで、車中に移動。しかも、自動車のシガーライターから携帯に充電可能だ。私、自己満足に浸るが、ガソリンもビミョーに・・・。周囲が真っ暗な中、ガソリンスタンドへ出発するも、みな閉店。当然だ。再びマイホームに直行。「あー、無駄なガソリンを消費した」。

 疲労からか、奥さん「私、寝るわ」。「凍死するなー。停電が復旧したら、ケーキ買ってやるからなー」と言う私に、奥さん「今、食べたいわー」。無理・・・。居間には次男と私。ローソクが珍しい次男は、ローソクでいろいろなものを炙って遊ぶ。「火事になんなきゃ、いいか」と見守る。そのうち、次男も疲れて2階へ。

 いつ停電が復旧してもいいようにと、私は一人居間に残る。寒い。とにかく寒くて、疲れているのだが、眠れない。呼吸する空気が冷たい。そのうち、2階からは誰かのイビキが・・・。「こいつら、いい神経してる」。夜中の3時頃と5時頃にも比較的大きな余震が続く。居間のフローリングが冷たすぎ、「このままじゃ、地震の二次被害で死ぬかも・・・」。私も2階へ移動。この間も微かに余震が続く・・・ZZZ。

 気が付くと朝に。寒い、が明るい。みんなを起こそうとしたら、みんな起きてる。「電気は・・・」と思ったが、依然停電のまま。再び子供達夫婦に連絡。長男「こっちは今、電気ついたー」、長女「今朝、復旧した」とのことで安心したが、長女の娘が『おたふく風邪』らしい、・・・こんな時にだ(=写真5)。何とか病院を探して診療してもらうことに成功し、我が家へ。本人は、いたって元気で、「ジィー」。今日のところは『ジィー』でも許す。Dscf0268

 「まずは腹ごしらえを」ということで。朝食は私が昨日調達したサンドイッチに。ところが、サンドイッチが蒸しパンに化けてた。暗闇の中で私が買ったのは、サンドイッチではなくて蒸しパンだった。「三角形だったから・・・」という言い訳に、次男「まぁ、いいって。ドンマイドンマイ」。みんなで、サンドイッチのつもりで冷たい蒸しパンを食べる。

 つながるかどうかは別として、会社の部下にメールした後、暖をとるつもりで『ボクちゃん』に乗りつつ、ガソリンスタンド探し。数件探して「あったどぉー」。しかし、数百メートルの長蛇の列。開き直って並ぶ(=写真6)。現金で1000円単位で売ってくれる、とのこと。『ボクちゃん』だって空腹だから、満タンに近いくらい入れてあげる。Dscf0270

 奥さん「停電から回復した○○(娘)んちに行こうか」。私は自宅の停電回復を待ちたかったのだが、疲れている様子なので、ひとまず娘のアパートへ。青森も港町だが、太平洋側ではないので、今のところ、津波被害はないようだが、転倒したトラックも・・・。信号機が点灯していないため、注意して運転し、無事に娘のアパートへ。部屋に入ると、『暖かい。電気だ、電気が通っている』と我ら3人感動。しばし休息。いつの間にか奥さん『ぐー、ぐー』眠る。次男と顔を見合わせ、「まっ、しょうがないかー」。

 しばらく休んだ後、自宅の様子を見たいと思い、いったん帰宅。ドアをガチャッと開けて、家の中へ入り異常がないか調査。次男「あれっ、電気・・・」。私「うぉー、電気が・・・」。ちょうど24時間ぶり。感動!!。速攻でストーブ、床暖のスイッチON。お風呂も沸かす。隣の池からは白鳥の声も。「とりあえず、元の生活に戻れそう・・・」。急に張りつめたものがプツン。

 夕方のまだ早い時刻だが、順次入浴し、早目に夕食。兄弟、友達からも元気な便りが届く。次男のラグビー仲間の父兄からも次々に元気な便り。しかし、依然連絡がつかない友も・・・。ニュースを観るたびに、被害の甚大さを実感。「この辺はましなほうか・・・」と家族で顔を見合わせる。我々家族の二日間は楽なほうだったのだろう。今、生きているから「死ぬかと思った」と言えるのだと思うと、亡くなった方や、まだ行方が分からない方には言葉が出ない。

 風呂からあがった私は、ココログへ。皆さまからのお声には涙が出そう。というか、泣けた。大きな地震に見舞われたが、その何倍も人の暖かさも知った弥生の日。ブログを通じてではあるが、感謝crying

 

 

2011年3月11日 (金)

時効

 午後、社内の他部の女の子が私の席に来て、「今日、病院に行ってきたんですが、切迫早産って診断されちゃいました。すみませんが夕方から入院します」と報告に。「えっ、それは大変だよ。会社に出てこないで、すぐに入院すりゃ良かったのに」と私。その様子を私の部下がチラ見していたので、「そういうことだから、みんな、そのつもりで。それにしても早く病院に帰ったほうがいいぞ」と言う私に、「急に産休に入っちゃうと、仕事の引き継ぎが上手くいかないと思って、出てきました」とその女の子。私「若いのにしっかりしてる部分も持ってるなぁ」と思いつつ、逆に部下をチラ見して「お前達も見習っていいんだよ」と密かにアピール。

 この女の子、ウチの長男の高校時代の先輩で、実家も我が家から近い。一昨年結婚し、4-5月頃に出産すると聞いていた。早速、社内の関係者と産休中の業務引き継ぎ事項を打ち合わせ。アレはこうで、コレはそうで・・・と業務仕分けをしていると、彼女の直属の上司が「えー、こんなに仕事してたのか。こりゃ大変だ」。私「明日からはお前がやるんだよ、その業務」と言いたかったが、言わずにニヤニヤ。中小企業なので、一人ひとりの役割が増えるのはしょうがないことだが、明日からは私もちょぃと仕事増えそう。

 帰宅して、そのことを奥さんに話すと、奥さんに「私も切迫早産の経験があったなー」と言われ、長女の出産時に長ーく入院してたことを思い出す。「その時は、○○(長男)も小さかったし大変だったよなー」と懐かしむ私に、奥さん「大変なのは、こっちだったんだからね」。ごもっとも。

 「落ち着いたら、病院に見舞いに行こうかな」と私。幸い、長男のお嫁さんが去年出産したクリニックと同じなので、場所も院内も分かる。奥さん「若い子だから、甘い物でも持って行ってあげたら喜ぶんじゃない?ケーキとかでもいいんじゃないかな」。私『またモンブラリンを思い出させるか』と心の中で思いつつも、「あぁ、そうだな。そのうちに顔を出してみるか」と言うと、奥さん「多めに買っていいんだよ。○○(長女)の出産で入院した時に食べてないしね」。えっ、そうだっけ・・・。

 『ケーキには時効がない』と分かった弥生の夜cake

2011年3月10日 (木)

予めお断りを

 先日、アバターの背景を変更してみた。何だか、楽太郎が落語してるみたいだ。で、近くブログのタイトル等もイメチェンしようかと模索中。とりあえずは、サブタイトルの『俺がやらなきゃ誰かやる』をタイトルに昇格させるつもりだ。その他のことは成り行きまかせ・・・。

 「とりあえず、独り言のつもりで・・・」と始めたブログも丸1か月が経過したのだが、こんなブログを訪れて下さる奇特な方もいらっしゃるので、「とりあえず」から脱却を・・・という魂胆だ。

 独り言とは言え、はたして、改善となるか改悪となるのか。いずれにせよ、ブログをリフォームしても、そこに住む住人が私では中身は不変だろうことは言うまでもないので、予めお断りを・・・。

 ブログをしてる部下もいるのだが、「えー、部長もブログやってるんですかぁー」と言われたくないので、アドバイスを受けられないのが辛い弥生の夜中moon3

2011年3月 9日 (水)

親友

2010_2  帰宅して地震の被害がなかったことを確認し、まずはお風呂へ。しばらくして、お風呂のドアがガラッ。奥さん「学校まで迎えに来てほしいんだって」と次男から電話が来てたことを伝える。「まさか学校で何かあったか?地震で怪我でもしたか?」と聞く私に、「ちょうどいい時刻の電車がないんだって」。私「ハーイ」とお利口さんだ。

 都会と違い、次男が通う高校の駅は1時間に1本程度しか走っていないローカル線だ。夏場はチャリだが、冬場は電車を乗り継いで通学しているため、部活が遅くなると時々お迎え要請が来る。学校に着くと、部活の仲間達がゾロゾロと学校から出てくる。その中に次男の姿も。私「お待たせー」。次男「○○君も一緒にいい?」と聞くので、「もちろん、オッケー。○○君、元気かー」と聞く私に、○○君「こんばんはー。すみません、よろしくお願いしまーす」。どっかの次男と違い、シッカリしてる。帰りの車中で、次男と○○君はいつものように談笑しながら盛り上がる。

 実はウチの次男と○○君は通っていた中学校はそれぞれ異なっていたが、家が比較的近所な上に、塾が同じだったため、中学の頃から親友。その塾でウチの次男が自分と同じ高校に進むよう○○君をくどき、入学後には同じラグビー部に強引に引っ張り込んだのだ。

 息子達が入部して間もな頃、○○君のお母さんと初めてお逢いした時に「本当は他の高校に行くものと思っていたんだけど、『どうしてもこの高校に行く』と息子に言われ、やむなく入れました」と言われたときには、「ごめんなさい、ウチの次男が・・・」とは白状できなかった私だった。しかも、「まさか、危険なラグビー部に入部することなど全く考えてもいませんでした」と○○君のお母さん。「それもウチの次男です・・・」とその時は口が裂けても言えなかった。

 実は、この○○君のお父さんは県庁の中でもかなり偉ーい方。お母さんも県庁勤め。お姉さんも地元では一流企業にお勤めで、我が家とは正反対のご家庭なのに、息子同士は気が合って親友として付き合っている。入部後しばらく経ち、試合の応援で顔を合わせるに従って親同士も仲良くなり、家族ぐるみで仲良くして頂いている。お陰様で、今は「すみませんね、いつもウチの次男が・・・」と笑って言える程に・・・。

 その県庁勤めの、○○君のお母さん。変われば変わるもので、最初は応援も時々だったし、ラグビーを危険なスポーツだと思っていたのだが、しばらくすると毎回のように応援に来てくれるようになった。仙台で先月開かれた大会の前にも、「○○君のお父さんは仙台へ応援に行くんですよね。私も勤めを休んで行こうかな」とか「仕事を休むことにしました。一緒に応援しましょう」等々、何度もメールをくれ、結局は仙台まで行ってしまうほど熱の入れようだ。今では「多少の怪我ならオッケー」「行っけー。タックル、タックルだー」と副応援団長クラスなのだ。「普段は固いお仕事してるから、はじける糸口をみつけたかしら・・・」とは思っても、ご本人にはまだ言えない・・・。

 その○○君を家の前に降ろすと、「どうもありがとうございました」とやはり礼儀正しい。車中での私との会話でも、相変わらずシッカリとした受け答えだった。○○君を降ろして、私と次男を乗せた愛車『ボクちゃん』は、雪をモノともせず我が家を目指す。「よーし、着いたぞー。御苦労ー」と私。息子は無言。「着いたんだけど・・・」と再び私。次男「あざーす」(ラグビー部員仲間では『ありがとうございまーす』の意味)。ほんとにコイツら親友か?と疑問に思う、地震のあった弥生の夜gawk

めまい

 会議中に机がグラグラ。「誰だ?貧乏揺すりなんかしやがって・・・」と思っていると、グラグラはますます激しく。私「貧乏揺すり誰だ?」と言おうとしかけたら、部下C「地震だ・・・」。

 私、部下を怒らなくて良かった・・・と思いつつ、会議室を出ると、みんな席を立って回りをキョロキョロ。ブラインドが激しく前後に。そして今度は左右に・・・。私「とりあえず、落ち着こう。誰か入口を開けといて」と指示しながら、様子見。長い・・・。一向に地震が治まる気配がない。

 こうした状況の中で、ちょっと変わった性格の部下Dはパソコンに向き合っている。私「D君、今は仕事のことなんかいいよ」。すると、部下D「宮城県沖で発生したみたいです。震度5こたいです」。「コイツ、ちょっと変わってる性格だけど、今日は役に立つな」と思いつつ、私「ありがと・・・」。

 なんとか地震も治まったと思ったら、今度は余震。でも、今度はみんなも冷静だ。私も誰かの貧乏揺すりだとは思わない。が、自分だけ、頭の中で揺れが止まっていない。軽い目まい状況に・・・。気持ち悪い状況が続く中、お昼を告げるチャイムが鳴る。みんな、地震の話題で盛り上がる中、私は机にうつ伏せ。すると、部下B「部長、地震が怖かったんですか」。私「バッキャロー。ただ、ちょっと目まいがして、気持ち悪ぃーんだよ」。部下B「それって、怖かったてことじゃないんですか」。私「馬鹿を言うな。目まいだって。め・ま・い・・・」。部下B「しつこく言うところが、ますます怪しーい」。お前がしつこいんじゃー、あー、めまいが・・・

2011年3月 8日 (火)

うかつ

 本日、帰宅時間が普段よりやや遅くなった。仕事を終えた後、整形外科にちょっと寄ってみた(別に友達ではない)。正直に言うと、右腕に違和感があったので診てもらった。健康診断の直後だったこともあり、「今年は健康にも少しだけ気を使ってみよっかなー。去年までなら病院なんてあり得ないが、今年の俺は違うぜ」と半分自信を持ちつつ、半分嫌々ながら整形外科へ。

 先生「○○さん、どうしました?」。私「右腕がちょっと張るような、重いような・・・。ま、そんな感じです」。すると、先生が私の〝黄金〟の右腕をしばらく触ったり、つかんだり・・・。「写真は撮らなくても大丈夫でしょう。○○さん、昨日あたり何かスポーツや運動しませんでしたか?」と先生が尋ねるが、「おとといは盛岡で会議でしたし、昨日も特に・・・」と私。 「右腕の筋肉痛ですね。急に投球練習したり、何ゲームもボーリングとかしてませんか」と先生が言い終わらぬうちに、私ピーン!とくる。「先生、理由が分かりました」と私。湿布や軟膏をいただいて帰宅。

 原因は簡単。白鳥のエサやりが度を越していた。1-2m位まで近寄ってくる白鳥はひょいひょいと簡単にエサをあげられるのだが、慎重かつ臆病な白鳥までは10mくらいの距離がある。全員に均等にエサをあげたい私としては、遠くにいる白鳥には〝黄金〟の右腕で「エイっ」とばかりに届くように放るのだが、その回数が自分の筋力を度外視したものだった。というよりも。自分筋力がエサやり回数に追い付いていないだけのこと。うかつでした・・・。ってゆーか、ビミョーにショック

 帰宅した私に、奥さん「いつもよりちょっと遅いね」。「あぁ、ちょっと忙しくてね。いろいろ」と私。しかし、「湿布も取り換えなければいけないしなー」と思い、整形外科の件を話す。奥さん「野球選手だってトレーニングしてから投げるんじゃないの。エサやりもトレーニングしてからかもね」と意外なお言葉。「じゃあ、今年は11月頃から筋トレして、冬のエサやりに備えよっかなー」と返す私に、奥さんは無機質に「無邪気に1時間もエサを投げ続けることが信じらんなーい。とにかく歳相応に・・・。それと専用のエサも用意ね。次は食パンな~し」とピシャリ!「ヤッパリね、そうくるんだよな。話さなきゃ良かった」と、うかつな自分を責める弥生の夜wave

 

2011年3月 7日 (月)

この場を借りて

 「赤キノコがすごいですね」とか「どうしたら、キノコ生えますか」とか、思ってもいない反響にちょっと驚いている最近だ。何だか俺って『キノコ博士』かと本人が勘違いしそう・・・。
 でも、こんな粗末な庭に来て頂き、キラリまで頂いて、その上『つぶやき』まで・・・、「実に恐れ多いことでございます」と恐縮するばかり。
 本来ならば、「水分はこうで、肥料はこうで・・・」と指南できればよいのだが、私の庭は意図したもんでも、計画的に生やしたわけでも、何でもない。なりゆきに任せただけの庭なのだ。
 つぶやきを寄せていただいた方々には「もうちょっとしたら『キノコのホクト』を始めまーす」とか、「『きのこの里』にようこそ」とか、「庭から白菜や春菊、長葱も生えてきたら、みんなでキノコ鍋やりましょー。上空飛んでる鳥を捕まえて鴨鍋も・・・」などと無責任な返信ばかりで本当に申し訳ない毎日。この場を借りて、改めて「雪国まいたけを目指します」とお詫びします。
 でも、せっかく植えた花は食われるのに、キノコだけは生えるって、どうよ。どんだけ栄養ない土地やねん。それともジメジメ湿地かい、ウチは。どうせなら『たけのこの里』がイイ!
インターポット

2011年3月 6日 (日)

オー マイ ガッ!

 午後、奥さんがトイレ掃除。今年にはいってから、トイレ掃除というとトイレに自分の携帯電話を持ち込んで、例の『トイレの神様』をガンガン鳴らしながら、せっせとお掃除。「べっぴんになれると信じてるのか?」などと聞いてはいけないのだ。

 私、ブログ更新しながら、トイレから流れる『トイレの神様』に聞き入る。トイレでは何度も何度もリピート状態。これだけ繰り返されると、徐々に私も曲の世界に入っていく・・・。「かなりジーンとくる曲だなー」と聞き入って思っていたら、サビの前で突然曲が止む。「えー、ここから、いいところじゃん」と思っていたら、奥さんが携帯電話を片手に2階のトイレに移動。「曲のサビの前に移動するのはどうかなー」とは言えない。「掃除やってくれるんだったら、どうぞご自由に」と言われるに決まっているからだ。

 再び2階からは『トイレの神様』がガンガン流れる。「神様もうるさいんじゃないかな。それに、神様が1階と2階にいたら、喧嘩しないかなー」とちょっと不安にかられる。

 夕方、再び白鳥のエサやり。明日からはまた仕事だ。イメチェンでもないが、長男のお嫁さんから去年の『父の日』にもらったネクタイ(=写真)を締めていこうと決意。実は、もったいなくて(笑)、まだ締めていなかったのだ。ブルーな月曜日を少しでも楽しく、と企てている弥生の夜Dscf0225 up

朝食

Dscf0254  居間から呼ぶ声がして起床。なんと、もう8時過ぎ。次男はとっくに部活へ出掛けた後。コーヒー飲みながら新聞に目を通すが、昨日の疲れと軽い二日酔いで、ボーとする。奥さん「ほら、友達が来てるわよ」と言う。えっ?と思いながら、居間から外を見ると、たしかに友達が・・・。家族と思われる5羽の白鳥が窓の外に・・・。

 我が家の隣には大きな池(沼?)がある。冬に雪を捨てる場所が遠いと不便だから、分譲地の端っこではあるが、せっせと雪を捨てられる池の隣がいいと思い、端っこに家を建てたのだ。我が家の隣の池には毎冬、白鳥や鴨が越冬に来ていたので、エサをあげていた。ところが、今冬の豪雪で全面的に氷結し、白鳥の姿は見えず。今年は来ないのかとガッカリしていたのだ。

 顔を洗うのも後回しにして外に駈け出し、近寄って写真を2-3枚。逃げない・・・。「おお、そうか。良い人間は分かるんだな。やっぱり」と可愛くなって、家の中に戻り、食パン、かっぱえびせん等を持ち出し、再び外へ・・・。「ほらっ朝食だー」と勢い良く放ると、喜んで食べる。「雪が多かったから、エサを探すのが大変だったのか」とつぶやきながら次々とエサをあげる。大きな声を上げながらせっせと食べる5羽の白鳥を見て、私、自己満足に浸る。

 すると、遠くから1羽、2羽、3羽と別の白鳥が・・・。「なーんだ。お前達もいたのか」と近寄ってきた白鳥にもホイッホイッとエサを・・・。10羽くらいに増えた白鳥。鳴き声も賑やかになってきた。

 と思っていたら、11羽、12羽・・・、うーん、数えられん。ついに鴨なんかも合流して、やがて50羽以上に。「まずい、このままではエサが・・・」。再び家に入ってエサになりそうなお菓子をかたっぱしから調達。しかし、そのエサもあっという間に底をつく。奥さんが居間の中からこっちの様子を眺めていたので、私「ほかにエサになりそうなものない?」と聞くと、「いい加減にしないと、白鳥オジサンって言われるよー」と奥さん。そりゃないよ、白鳥お兄さんだろーと思いつつも、エサになりそうなものはすでにない。ごめん・・・と白鳥達に謝りながら、写真撮りつつ白鳥軍団を観察する。

 白鳥は家族間の絆が強いのか、縄張りにうるさいのか、はたまたエサに貪欲なのか、あっちこっちでイザコザが始まる。他のグループ(?)の白鳥がエサを食べようと近付いてくると、くちばしで突いたり、羽を広げて威嚇したり・・・。「あらららー。半端にエサをあげたから?俺のせいか?」と少し申し訳なく思う。振り返ると、居間の中からは冷たい視線が・・・。「もう家に入ったほうが良さそうだな・・・」と気を取り直し、白鳥達には「午後まで待っとけ。また何か調達してくるからな」と謝りながら家の中へ。

 洗面所で顔を洗い、再び居間へ。「さぁーてと、ちょっと遅い朝飯にするかー」と食卓テーブルに着くと、奥さん「朝食?白鳥と食べたでしょ。私の分も・・・」。あの食パンか・・・。無言でインスタントのコーンスープをすする弥生の朝Dscf0248_2 bread

 

盛岡途中下車なしの旅

Photo_3  盛岡での会議兼懇親会に行ってきた。当初、私が運転する予定だったが、部下A「盛岡までの往復は、僕が運転します。任せて下さい」と元気良く。「悪いなー。でも、懇親会は飲めないぞー」と言う私に、部下A「えぇ、大丈夫です。皆さんはゆっくりと飲んで下さい。僕は一滴も飲みませんから」とキッパリ。

 「気の利く部下だ。上司が立派だもんな・・・」と上機嫌で、午前10時半に青森出発。天気は曇りだが、路面状況はまあまあ。午後1時頃に盛岡到着。途中、部下Bが「右側に巨大スイカ(=写真上)あります」と興奮気味。そうそう、ガスタンクに彩色したもので、高速道路から良く見えるため有名なのだ。私、携帯電話のカメラでパシャッ!以前から撮影したかったのだが、いつも運転中なので撮る機会がなかったのだ。部下B「あれぐらいデカイと皮も厚いんでしょうね」と興味津津・・・。さらに「種もデカイでしょうし・・・」と続ける。『どんだけ、想像力あるんじゃ、こいつ・・・、その想像力、仕事にも生かさんかいー』と心の中でつぶやく私。

 さて無事に会議も終わり、懇親会へ。気心知れた仲間達ばかりで、ついついテンション上がる。社長も上機嫌だ。私「このままいけば、急遽、盛岡泊まりに変更になるかもな」と密かに期待、部下A「じゃあ、僕も飲めますかね」。部下B「社長に思いっきり、呑ませてきますね」と3人で悪だくみ。場が進み、自然と二次会じゃーという声が・・・。社長も「二次会行くどぉー」とご満悦だ。二次会でも呑めや、食えや、語れや、笑えやで大騒ぎ。「泊まり決定だな、こりゃ」と、さらに1段階ボルテージを上げる私。

 と、ちょんちょんと背中を押す部下Aが「帰るそうです」と悲しげに・・・。「えー、今から本番だろー」と思いつつ、振り返ると、社長様がコートを羽織って帰るご準備を・・・。部下Aは、泊まることを期待しつつも、約束通り一滴も呑まず、ウーロン茶で我慢したとのこと。ご満悦の社長様と、トホホの私以下3人の合計4人で帰途につく。車中では社長が「景色が見えないなー。呑みすぎたか。あっはっは」などと相変わらず上機嫌。「当然だ、夜だもの」などとは思っても言えなかった。

 かくして、無事に帰青。運転してくれた部下Aには悪いなーと思いつつも、俺も具合が悪いなぁー。ということで、パソコンのスイッチを入れることもなく盛岡往復した弥生の夜sleepy

2011年3月 5日 (土)

ジィーと○○子

Dscf0140  娘から「今晩、子供たち(=写真)をよろしく」と連絡あり。夫婦で出掛けるらしい。気楽なもんだ、と思いつつも、私達夫婦も若い頃は同じことがあったような・・・。帰宅すると、「ジィー、おかえり」と娘の娘(5歳)。「おー、ジィー」と娘の息子(3歳)。『ジィー』には未だに引っ掛かるものがあるが、「おー、お前ら来てたかー」と笑顔で私。すると「お前らじゃなーーーい(笑)」と娘の娘。「俺だってジィーじゃなーい」と言いたかった・・・。

 ずるいのだ、アイツらは。娘は『ママ』、娘の旦那は『パパ』と呼ばせるのは当然で、そのことには異議はない。でも、私が『ジィー』なら、ウチの奥さんは『バァー』とか『バァーバ』と呼ばせることで吊り合うと思うのだが、ウチの奥さんは『○○子』と名前で呼ばせている。俺だけ年寄りみたいなのだ。不公平だ。まるでインターネットサイトを使って受験しているようなものだ。私の最初の抗議が弱かったのか、とにかく45歳の時から『ジィー』だ。既成事実のように定着してしまったらしい・・・。 

 さて。この児童様方は、とにかくお元気でいらっしゃる。きっと、ご学友様もみんな元気がいいのだろう。我が家に来ると、とにかく遊ぶ、私を巻き込んで。「電池も入ってないのに、よく動くなー、こいつら」と毎回感心する。

 こっちは明日、『青森ー盛岡・途中下車なしの旅』なのに、大人の都合はおかまいなく、まとわりついてくる。こっちもついつい真剣になって遊ぶため、台所に立つ『○○子』さんから「もう片付けてー、ご飯だよー。そこの3人!」と怒られる。

 食後の児童様方はドラえもんに夢中。遊び過ぎがこたえたのか、私も缶ビール1本でほろ酔い気分。しばらくウトウト・・・。しばらくして、足にチクっと痛みらしきものあり。徐々にそのチクっの感覚が短く・・・。「痛ってぇー」と飛び起きると、児童様がたが私のスネ毛を引っ張りながら、私の反応を見て喜んでいる。「このクソガキャー」と怒るのが、それがまた面白いのか、「ギャハハハー」と爆笑しながら、まだスネ毛を抜こうとしている。こっちは毛という毛には敏感なお年頃だというのに。

 その後、3人で風呂に入りながら聞いたら、「だって、○○子が、そうやって、ジィーを起こして、一緒にお風呂に入りなさい、って言ったんだもん」とのこと・・・。これで、うなずけた。

 さあーて、スネ毛も数本なくなったお陰で体重も軽くなったし、明日は元気に盛岡行くとしますか、ってもう今日じゃん。相変わらず、文字入力遅ーい。「明日は、ぐったりで、更新は無しかなー」と思いつつ、スネをさすっている弥生の夜shoe

2011年3月 3日 (木)

桃の節句

 今日は桃の節句。お祝いの日だから、一晩熟成させた健康診断結果もきっと嬉しい結果になってることだろうと開封。

 今年も好敵手だった胃のバリウム検査、結果は『異常なし』。当然だ、あんなに苦しんであげたのだから。眼底検査、腎機能、尿検査と『異常なし』が続く。肝機能まで『異常なし』ときたもんだ。問題は脂質。コレステロールはすべてオーバー。血圧はやや高め、血糖もビミョーにオーバー。「軽度脂肪肝」のサービス付き。さらに胸部Ⅹ線では、2年連続で『左肺尖部ブラまたは嚢胞影・・・』。

 まぁ、一部を除き想定内だ。そう固く固く自分に言い聞かせつつ、奥さんにも一応ご報告。「きっと前日に病院の先生に付け届けしてれば、もうちょっといい結果くれたかな・・・。来年は前もってお菓子持参の上で、健康診断を受けてみよ」などと冗談をかます私に、「明日から食事改善!休肝日も設定!ついでにタバコも止めたら」と奥さん。桃の節句が桃の絶句に・・・。今回の教訓『何事も新鮮なうちに。熟成はモノによりけり』

 

正々堂々と

 先日の健康診断の結果が本日手元に届く。今日のところは見ないでおく!何でも熟成が大切だからだ。「慌てる乞食は・・・」のコトワザもある。味噌、醤油、漬け物・・・、熟成は日本文化だ。美味しいモノはみんな熟成させている。慌てて開封すると、良い結果も得られないのだ(きっと・・・)。

 大学入試問題がネット上に投稿されたことが騒がれているようで、今晩の食卓でも当然話題に。私「時代も変わったなー。携帯電話社会の弊害じゃねえの」ともっともらしく。「考えられないよねー。そんなことまでして入学しても、入ってから苦労するんじゃないの?」と奥さんも。私「どんなやり方があるんだろな?さすがに試験中に電話操作すれば目立つだろうしなー。とにかく試験会場に電話持ち込むところから直さなきゃなー」と続けると、奥さん「人が思いつかないようなことを考えられる脳みそがあるんだったら、正々堂々と試験受ければいいのよ。とにかく最近は楽をして結果を得ようし過ぎ!」とピシャリ。

 うぉー正論だよー、と感心していたら、「で、健康診断の結果はどうだったの?」と奥さん。「えっ、何で知ってんの?」と私。「カバンから飛び出してる水色の封筒、あれそうじゃないの」。うぉー、丸見え。私「今日は忙しいから、明日見よっかなー」と言い終わらぬうちに「正々堂々と見なさいよ」と奥さん。あははっ・・・見ます、冷静になったら。奥さんの目が節穴じゃなかったことを再確認した弥生の夜snail

2011年3月 2日 (水)

シナリオ

Dsc_0025  いつもより少し遅い時刻の帰宅。「ただいま参上」と元気良く居間のドアを開けると、「お帰りー。でも、うるさい」次男がビデオで自分のラグビー試合を観戦中だった。ちょくちょく自分の試合は観てはいるのだが、居間で観るのは珍しい。「ははぁーん、なるほど。今日は卒業式で3年生がいなくなったから、懐かしんで、この1年間を振り返ってんのか」とピンときたが、口には出さなかった。ここで、それを口に出すと、再び「別に・・・」とエリカ様が再臨するからだ。「流石に私だ、学習能力がある。ムフフ・・・」と思いつつ、大男二人で試合のビデオに夢中になる。無論、 「ご飯もうできてるんだけどぉ・・・」と奥さんから催促されたのは言うまでもない。

 話は変わって、今週土曜日は盛岡へ出張。毎年3月の第1土曜日に、東北6県持ち回りでの会議兼懇親会があるのだ。青森ー盛岡ー仙台ー福島ー山形ー秋田と1年おきに会場を変えて、また青森という具合だ。去年が青森だったので、今年は盛岡。この会議、1泊2日で土日がつぶれるのが残念と言えば残念だが、毎年各地を巡れると思うとちょっとした遠足気分。「その日は、パソコンを持って行ってもアルコールが入るから、ブログ更新もポチ、キラも無理かなー」と思いつつも、「盛岡を満喫しよう」と密かに思っていた。さっきまでは・・・。

 今日の午前のことだ。「○○部長、ちょっと来られるか?」と社長から内線電話(すぐ隣の部屋なのに・・・)。トントン、ガチャッと社長室のドアを開けると、社長「土曜日の盛岡行きの件だけど、どうやって行く?」。そう、今回の会議兼懇親会は、社長と私と部下2人の合計4人で乗り込む予定なのだが、具体の話は何も決まっていない。私「ちょうどその日は、新型車両の『はやぶさ』(=写真)が東北新幹線東京―新青森間にデビューする日ですから、上手くいけば『はやぶさ』に乗車できるかも分かりませんね。切符を手配させますか?次の日の寄り道ルートも調べておきますが・・・」と気を利かせる。

 ところが、社長「いや、今回は車で行ったらどうかと思ってるんだよ。それと、雪も少なくなってきたから日帰りでどうだ?」・・・。「えっ、確かに土日の高速料金は1000円だ。でも楽しい盛岡の夜は?新幹線『はやぶさ』は?」とは言い出したかったが、グっと飲み込む。代わりに『ポキン』と私の心が折れる音が聞こえた。

 さらに「僕はその日飲まないから、僕が運転して帰るよ」と社長。田舎の中小企業の社長である。運転手などいるはずもない。「社長が飲まずにいる時に、社員が泥酔して、社長が運転する車で帰宅できるはずないだろー。社長のヤロー、こんなことで愛社精神を試しやがって・・・」とヘコむ。同行する部下2人のうち、部下Aは運転未熟、部下Bは腰痛持ちで長距離運転に向かず・・・。ヤバー、また私しかいない・・・。

 追いつめられた私は、「社長に運転をお願いするわけにはいきません。ここは私が・・・」と言うと、満面の笑みの社長が「そうか、○○部長の運転なら一番早くて安心だ。悪いね(笑)。じゃ、そういうことで・・・」

 あっそう。そういうことね、最初からシナリオあるのね・・・。ブスっと、まだふてくされている弥生の夜crying

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