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2011年6月

2011年6月30日 (木)

秘策

地デジ化対応が迫っていた。2階のテレビ2台が未対応なまま、「まだ先、まだ先」と思っていたが、あと数週間に迫ってきた。

奥さんからは「買い替えようか」とか、「買い替えなくていいの?」などという話は依然として出ない。

私から言い出すと、私がまた支払うはめになってしまう。けれども、もう時間が限られている。

「2階でテレビを観ることも最近は少ないし、まあ急ぐ必要もないか」と思う一方で、「次男の部屋だけでも買い替えてやるべきだろうか」とも思案する。

よし、週末は電器屋さんのチラシを『これ見よがし』に広げつつ、『ジャパネットタ〇タ』のテレビショッピング番組のボリュームを上げて、奥さんの方からテレビの買い替えについて切り出させようと密かに作戦を練っている水無月最後の夜tv

2011年6月29日 (水)

新6歳様

仕事を終えようとしていた昨夜、携帯電話が鳴る。仕事で付き合いのある方からだった。「今、青森に来ています。よろしければ一献いかがですか」とのお誘い。電話では何度も話していたものの、実はお会いしたことはなかった。しかも、この日は少し残業するつもりだった。

せっかく、仙台から青森に来て、私と飲みたいという方を断るわけにはいかない。しかし、仕事も片付けたい・・・。「う~ん、仕事を優先するべきか、飲み会にすべきか・・・」と悩んだ末に、「少し残務整理してからでもよろしいでしょうか」と折衷案を提示すると、「ちょうど良かったです。私も市内に入ったばかりで、これからホテルにチェックインしますので、終わったらご連絡いただけますか」と相手方。

飲み会が先に控えていては、残業していても身が入るはずもなく、時間ばかりが経過する。1時間半ばかり残業し、相手方のホテルへ急行。ホテルのロビーに着くとビジネスマンらしき男性が数人。どの人なのか分からない。電話をかけようとすると、目の前の男性が「〇〇さんですかぁ」と聞くので、「はい、そうです」と私。

気の利いた店を知らない私は、近所の居酒屋へと誘い、「ささっ、まずは乾~杯!」。初めてとはいえ、仕事の話を中心に、震災の話題やら、何やらで3時間にわたって飲み交わし、すっかり親交を深めることができた。その反面、この夜に予定したブログの更新も巡回もできず、世の中から取り残された感が若干する私。

日頃の休肝の効果なのかは分からないが、飲んだ量の割には珍しくしっかりとしていた私。今朝の目覚めも意外と悪くはない。多少の睡眠不足はあったが・・・。私「おはよ」。奥さん「おはよう。今夜、〇〇(長女)と一緒に仕事だから、〇〇(長女の娘=5歳様)と○○(長女の息子=3歳様)を保育園に迎えにいってちょうだい」。

本当は『迎えにいってくれない?』と聞いてほしかったが、『迎えにいってちょうだい』の命令形を甘んで受け入れ、「あー」と私。

さほど大きな二日酔いもなかった半面、昨日に続く真夏日のため、ぐったりしながらも何とか定時に仕事を終え、「保育園に急がなきゃ」と私。奥さんからは「保育園のお迎えよろしく!」と念押しのメールが。「分がっでる゛!」と返信すると、奥さんからは「今日は〇〇(5歳様)の誕生日だからね」と駄目押し。ここ数日、忙しくて忘れてた。

保育園に直行すると、新6歳様も3歳様も「ジィ来てくれたの。わーい(笑)」。保育園の先生の前での『ジイ』には多少引っ掛かったが、悪い気はしなかった(笑)Dscf4033

『誕生日=ケーキ』の方程式に則り、3人でケーキ屋へ。私「何がいい?」と聞くと、ショーケースを見回しながら、「コレがいいな」と新6歳様。「なんだ苺のショートケーキか。他のケーキでもいいんだよ」と聞き直すが、「今日はこれがいいな、今度は違うケーキにするから」と新6歳様。今度って明日じゃないよな。

帰宅後、3人で風呂へ(=写真上)。こいつらと入る風呂はいつも長くなるので、ぬるめに湯を張りザブ~ン。疲れを癒すはずの入浴も、こいつらと一緒だと常に疲れが倍増する。楽しいことは楽しいけれど(笑)

そのうちに奥さんと長女が帰宅し、次男も交えて6人で夕食。長女は、「風呂も食事も済んだし、あとは寝るだけだぁ」と満足げ。まだまだ元気な新6歳様と3歳様は、ひとしきり遊んだ後、ケーキをお腹に詰め込んで、ご機嫌で帰宅。

奥さん「嵐のような夜だった」とポツリ。「それは俺の方なんだけど・・・」と言いかけたが、楽しかったから言わなかった水無月の夜cake

2011年6月27日 (月)

笑わなきゃ!

高校の試験真っ只中の次男。土日からは部活も休止。だからといって試験に備えて勉強している様子はいっさいなく、部屋からは時々、笑い声が聞こえる。きっと、バラエティ番組でも観ながら笑いころげているのだろう。

将来の事を考え、そろそろ勉強にも本腰を入れてほしいと願っている奥さん。その思いは分からないではないが、私はといえば「自分も勉強はしなかったし、勉強しろ!とは俺からはあんまり言えないよなー。それよりも早く次の大会が来ないかなー」と、次男以上に試験が早く終わることを期待していた。

あまりに次男の笑い声が続いたので、奥さんが次男の部屋へ。「おっ、いよいよキレたな」と思った私は、テレビのボリュームを落としながら、「あんまり、ガミガミ言わなきゃいいけど・・・」と少しハラハラ。

1分経ち、2分が経過。部屋は静かになったが、まだ2階から下りてこない奥さん。「ずいぶん長い説教だなぁ、今日は」と思っていると、2階から奥さんと次男が居間に下りてくる。が、以外に2人ともニコニコ・・・。拍子抜けする私を尻目に、再び談笑する奥さんと次男。何があった?試験勉強の件は?

そのうちに、奥さんから今月の小遣いを受け取る次男。「なぁーんだ、お小遣いをエサに、試験勉強させようとしてたのか」と納得しかけた私だったが、まだ今月の小遣いを受け取っていなかったことに気付く。

私「俺もまだ小遣いもらってないんですけど・・・」。奥さん「あっ、明日でいいよね」。

来月からは2階で一心不乱に笑い転げてみよっ、と心に決めた水無月の夜moneybag

お出掛け

昨日(土曜日)に続き、本日も仕事に出掛けた。奥さんにそのことを前日伝えていたので、朝から叩き起こされた。仕事前に風呂掃除して行けということか・・・。

コーヒーを飲みながら、新聞に目を通していると、奥さん「さぁて、掃除開始しますかぁ~」とおもむろに立ち上がる。私「きたきた。仕事の前に疲れるなぁ」と思っていると、「〇〇(長男)達が来るんだって。一緒にお出掛けしていい?」と聞く奥さん。

な~んだ、自分が早く遊びに行きたいから、早く起こしたのか。まぁいい、今までは「お出掛けするからっ!」だったけど、今朝は「お出掛けしていい?」と聞いてきたってことは、仕事に出掛ける私に少しは気遣うことを覚えたか。私「いいよ。行って来れば」と快諾。

早速、奥さんは「トイレの神様」に変身し、トイレ掃除に精を出す。当然、一緒に遊びに行きたい次男も玄関掃除に駆り出される。

そのうちに、長男夫婦が「おはよー」と到着。奥さんは掃除もそこそこに出掛ける支度。長男によくよく話を聞くと、「一緒に出掛けよう」と奥さんから長男夫婦に話を持ちかけたらしい。いつもながら、やりおるのー。

よくよく考えると、長男夫婦の娘も今日で『7か月様』から『8か月様』へとレベルアップの日らしい。今月29日は長女夫婦の娘も6歳の誕生日だし、何か買ってやるんだろうなーと、良い方に解釈し、奥さん達のお出掛けを見送って、私は仕事へ。

帰宅すると、「あんまりお店はまわれなかった」と奥さん。次男に聞くと、イトー〇ーカドー、ジャ〇コ、西〇屋・・・。やっぱり・・・。自分のものも買ったんだろーな、きっと。素直じゃね~。

まあ、そんなもんだろと納得した水無月の日曜日sun

2011年6月26日 (日)

高速無料か!?

前回UPした『本県選出国会議員に対する県と市町村の要望説明会』の席上、被災者の高速道路無料化が出席した首長の間で話題になった。

被災証明をまだ発行していない町長A「停電が被災だとは思われない」としつつも、今も発行すべきか否かで苦悩している様子。

県内で最も早く被災証明を発行した町長B「停電で不安な思いをし、断水もあった。心の病も震災だと思い、発行に踏み切った」と言い切った。

また、町長C「免許証の提示だけで、無料通行となるように改善できないか」と提言した。

さらに、県内市町村で格差が出ないよう、国や県が指針を示すべきとの声も聞かれた。

まさに先日、社内で部下と語っていた高速無料化について、市町村長さんも悩んでいることが手に取るように分かった。

そもそも、東北地方における高速道路の無料化は、大震災からの一日も早い復旧・復興のため、東北地方に人やモノの流れを活発化しようという趣旨だったと記憶している。

まれに、「ふふふっ、これで次男のラグビーの試合がどこで開催されても、ボクちゃん(愛車)の高速代が助かるぜ」と二ヤついている私のような不届き者も一部にいるが・・・。

ここは是非、県が「青森県は全市町村で発行しましょう」と音頭をとってくれたほうが皆スッキリできるのに・・・と期待している水無月の休日rvcar

センセー

改めて「アホか」と思わされる機会があった。

青森市内で昨日(土曜日)の午後、知事と県内全市町村長が、本県選出国会議員に対して要望活動を行う会議があった。

例年恒例の会議で、「地方の道路の整備を急いでほしい」とか、「地方交付税を増やしてもらいたい」とか「TPP交渉への参加を反対しろ」など、地方が抱えている問題を解決するため、地元選出国会議員に理解と協力を要請する場なのだが、今年は3月に大震災があったばかりだったため、「震災からの復旧・復興を急いでほしい」との要望が中心だった。

会議も終盤となり、一人の市長が「国が本来やるべき震災対策を、地元市町村がやっている状態だ。今は与野党の壁を乗り越えて、必要なことを国として急ぐ時だ」という趣旨の発言をキッパリと言い切った。出席者の大半は、同じ思いだったに違いない。

すると、現在は野党となっている自〇党のセンセーの一人が「予算案を示すのは与党。我々は『早くやれ』と言ってきた」と言いやがった。そんなことは、会場の全員が知っていたにも関わらず、与党側の問題へとすり替えようとした。

これまではそうかもしれないが、これからは与野党の立場にとらわれず、被災地のことを第一に考え、スピード感を持って、国が、政治家が頑張れ、という意味で市長が発言したにも関わらずだった。

にも関わらず、アホなセンセーは自分の立場、自分の党の正統性を強調するばかり。改めて「アホか」と思った。「あんたのようなセンセーがいるから、被災地の復旧・復興が遅々として進まないんだよっ!あんた達を政治家じゃなくて、政治屋と呼ぶんじゃあー」と怒りしか感じなかった。

と同時に、こんなセンセーを選出したのは、まぎれもなく我が県民だった。こんなセンセーがいる限り、県民の不幸だけでなく、国民の不幸が続いてしまうと思うと、大きな被害を受けた方々に申し訳ないと感じた水無月の休日ng

2011年6月23日 (木)

被災者!?

高速道路の土日1000円乗り放題が終了。代わって、東日本大震災の被災地支援のための高速道路無料化がスタートした。大震災の被災証明書等を料金所で提示すれば通行料が無料となる。

昼食後の社内。部下B「被災証明書があれば無料通行できるらしいですよね」。私「うん。不謹慎だけど、ちょっと羨ましいな」。部下C「私達も、あの寒い中で丸一日も停電されて、いろいろと支障があったから、絶対に被災者の一人ですよね」。私「うん、気持ちは分かるけれど、ずいぶんと拡大解釈したな(笑)」。そういいつつも、震災直後の停電による不自由さ、寒さ、不安さを思い出すと、確かに被災者の一部に入るのかもしれないと感じた。

すると、部下C「だって、ガソリンも無くなって、何度となくガソリンスタンドに並んだりしたんだから、やっぱり被災者ですって、僕達も」。そう言われて、徐々にその気になってきた私も「そりゃそうだよな。スーパーにも食料品が無くなったり、乾電池が手に入らなかったりしてたもんなー」と同調。

すると、部下C「だって、タバコだって銘柄によっては未だになかったりしてますからね。これはやっぱり被災者ですって、僕たちも」。そのお陰でタバコをやめられた部下Cの発言には少し説得力が伴わなかったけれど、基本的には同調した。

部下B「いっそのこと、被災者から証明書を借りてきて、コピーとっちぁいますか」。私「やめとけ」。すると、それまで黙っていた部下Dが「ネットのオークションに被災者証明書が出品されてるみたいですけど、観てみますか・・・」。意外な時に会話に入ってくる部下Dらしく、この日も周囲をポカンとさせる。「そんな方法で入手してまで無料で走りたいか」と思いつつも、ネット社会の危うさを改めて感じた。

仕事を終え、帰宅ムードの中、部下B「県内でも被災者証明を発行する市町村が出始めたみたいですね」。私「ふ~ん。でも、俺としてはその被災者証明書でガソリンが半額になってくれたほうが、被災地の人も助かると思うんだけどな」と言ったばっかりに、「じゃあ、灯油も」「電気料金も是非!」・・・と再び被災者談議が繰り返されることに。いい加減、もう帰ろうぜと思った水無月の帰宅時間sandclock

2011年6月22日 (水)

気分を変えて

『憂鬱な毎日をどうしよう 歌を聞いても 酒を飲んでもなおらない♪』

山崎ハコさんの「気分を変えて」を車内で聞きながら帰宅した。若い頃に流行った曲が、このところ自分の心の中でリバイバルしていた。

酒を飲んでもなおらないから、という訳でもないのだが、今日も休肝日とした。休肝の日が多くなったせいか、奥さんも以前のように驚くことはなくなった。褒めることもしなくなったけれど・・・。

こうしてブログを更新している最中に再び地震があった。そして、地震が治まった今もまだ揺れている感覚が続いている。「こんなに揺れる感覚に襲われるのなら、わざわざ酔っ払う必要もないな」などと思ったりもする。

実は揺れているのは地震だけでなく、ここ数日間は様々な思いを抱え、心の中も少し揺れていた。それでも、ココログの仲間に救われながらモチベーションを維持することができていた。

仮想の世界とはいえ、仲間との繋がりに改めて謝意を覚えつつ、再び『気分を変えて』いこうと今夜は就寝することにした水無月の感謝の夜night

2011年6月21日 (火)

ミ・ソ・ラー

昭和を代表する歌手、美空ひばりさんの二十三回忌法要が営まれた、との報道を耳にした。1989年6月24日に52歳で死去した、との事実を改めて聞き、少し驚愕を覚えた。このままでいくと、来年には自分が美空ひばりさんの年齢に達することになるという事実に・・・。

私が生まれるズーと以前の、戦後間もない頃からのスター。美空ひばりさんが健在の頃は、自分との年齢差が広がることも縮まることもなく、漠然と『ズ―と年上の歌姫』というイメージを持っていた。我々の親世代とともに昭和を生きてきたその大スターが、生きる歩みが止めた瞬間に、確実に自分がその年齢に近付き、追い越そうとしている事実を全く考えたことはなかった、今日という日まで。

何も美空ひばりさんに限ったことではなく、思い直してみれば「自分が高校生の頃の親の年齢を追い越しちゃったなぁ」「ウチのじいちゃんが亡くなった年齢まであと何年だろ」などと身近な人々の事を思い浮かべると、現在の自分が陳腐に思えてならなかった。

特に大震災を経験した今、生きたくても生きられなかった幾多の尊い命を思うと、現在も漠然と年齢を重ねている自分のふがいなさを恥じるばかりだった。

この頃の疲労感がそう思わせるのかは自分でも不明だが、まだ道半ばと思いつつも、自分の立ち位置を少し考えてみた水無月の50歳11か月様foot

2011年6月20日 (月)

被災地VS被災地

県内でこのほど開催された『第62回東北高等学校ラグビーフットボール大会兼NHK杯東北高等学校ラグビーフットボール選手権大会』が幕を閉じた。東北6県の高校総体を勝ちあがった強豪校が集う大会だけに、勝ち負けもさることながら、どんなプレーを観られるのだろうと、春から楽しみにしていた私。

当然のように、次男の高校が優勝することを願って大会を迎えたわけだが、その一方で今回の大震災で大きな被害を受けた各県代表絞にも頑張ってもらい是非とも好成績を収めてほしいと願っていた。「我が校が優勝したら、準優勝ぐらいは獲得してほしいな」と・・・。

私が願うまでもなく、我が校に競り勝った岩手県代表と宮城県代表の決勝戦となった。両校とも震災後に練習ができない時期が一時あり、ボランティア活動も行っていただけに、『被災地VS被災地』の激突は、今回の大震災で特に大きな被害を受けた岩手・宮城の両県を、そして東北全体を元気づけるカードと言えた。

それだけでもメモリアルな大会なのに、この両校の決勝戦は歴史に残るといっても過言ではないほどの好ゲームだった。36対33のスコアーが示す通り、一進一退を繰り返した名試合。できることなら、大震災があった今年度は『両校優勝』でもいいと思った私だった。

大会を通じて名勝負を見せられた反動から、閉幕を見届けた日曜の午後から大きな脱力感に襲われていた。素晴らしいプレーに見惚れ、感嘆した4日間が過ぎ去ったことに加え、月曜日だったこともあって、この日は明らかにテンションが下がりまくっていた。職場では、何事もなかったかのように仕事を淡々とこなしたものの、充実感も達成感もないままに一日が過ぎた。

帰宅すると、次男が今で大会のビデオを観ていた。大会直後で部活が休みらしい。いつもなら、一緒にビデオを観戦する私だったが、この日は私の中で脱力感が勝っていたため遠巻きに大会のビデオを眺めてるだけにした。

今後は恒例の夏季合宿を経て、秋の花園大会県予選を待つばかり。「この抜け殻状態から早く脱出しないと、最近の蒸し暑さに押しつぶされるされるかも・・・」と危機感を感じている水無月の大会後empty

2011年6月19日 (日)

二者択一

見違えるような戦いぶりで、土曜日の試合は59対7で快勝した。初戦の惜敗で心なしか元気のない次男を乗せて帰宅。今回の東北大会兼NHK杯は5位という結果だった。3年ぶりの優勝は、4年ぶりへと数字を伸ばして来年度の目標となった。

翌日の日曜日は決勝戦も含めて数試合が予定されていた。我が校は勝ち残りを逃したが、現時点での上位高校の戦力を確認するため、会場に向かうつもりだった。朝、いつものように風呂だ、玄関だと掃除を終え、「そろそろ出発を」と思っていると、長男夫婦が来るとの連絡が入る。日中、7か月様の面倒をみてもらいたいようだ。

奥さんは二つ返事。私も来るものは拒まずだが、試合も気になるところ。二者択一の苦悩の様子は割愛するとして、結局は試合観戦を断念し、7か月様観戦することに。

実は決勝戦の様子はNHKが生放送することになっていたので、生の観戦の迫力は感じられないものの、テレビ桟敷での観戦は可能だった。

7か月様にあやされながら、決勝戦をテレビ観戦したこの日。我が校に競り勝った高校が見事に優勝を飾った。

「惜敗した試合を勝っていたら」という思いが全くないわけではないが、「一つの大きな大会が終了したな~」と少し淋しさを感じている水無月の夜fish

2011年6月18日 (土)

今度やる!

sunいきなりだが、秀峰「岩木山」(=写真)。富士山のほぼ半分程度の1625m。これでも県内では最も高い山であり、信仰の山だ。Dsc_0014

その高さ以上に津軽の人にとっては、心の拠り所であり、津軽のシンボルでもあり、この山を毎日愛でて暮らしている。今は青森市内暮らしの私も、生まれは津軽平野のど真ん中。岩木山に見守られて育った、こんなにスクスクと・・・。

快晴の昨日、仕事で岩木山の付近まで出掛けた。梅雨入り前の津軽は快晴で、岩木山に近付くにつれてその姿が大きく、鮮やかに迫る。「やっぱり、俺達ってこの山に見守られて暮らしてるんだなー」「いいお姿だ~」などと独り言を言いつつ、ハンドルを握って仕事先へ。

帰社すると、社長から呼ばれる。「何だろ~。ラグビー応援し過ぎで注意されるんか?」と思いつつ社長室へ。社長「急で悪いんだけど、今夜の懇親会に出席できないから、〇〇部長出席できない?」。私「はい分かりました。参りましょう」と即答。

本当は、このところ全くブログ巡りできていなかったので、ブログ巡回しながら、自分のブログ更新もしたかった。さらに、『TSUTAYA又左衛門店』の追加注文と、明日の東北大会のビデオ準備も片付けたかった。ま、そんなことを言えるはずもなく、夕方からの急な飲み会に出席することに。

懇親会では、幸いにも新たな知り合いもでき、20時には閉会。「まあまあ楽しかったな。今日はそんなに飲んでないし、帰宅したらやるべきことはやんなきゃ」と思いながら、またまた運転代行のお世話になって帰宅。

私「ただいまー」

奥さん「あらっ、早かったね」

私「うん、今夜はそんなに飲んでないから、速攻で帰ってきた」

奥さん「今日はカップ麺は食べないの?」

私「『今日は』って、そんなにいつも食ってるか?」

奥さん「記憶ないでしょ」

私「・・・」

こんな会話を覚えているのは、私にしては記憶がしっかりしているからだった。「さーて、明日の準備を」と思いつつも、睡魔が迫る私。ソファーに横たわっていると、奥さん「寝たら?」。素直に寝た・・・。なんと21時前。

お陰で、朝5時に目覚めた私。快調どころか、絶好調!早速、『TSUTAYA又左衛門店』の追加注文に応えるためDVD製作に着手。この日は、次男の東北大会の試合もあるため、ビデオカメラのバッテリーやら、メモリーのチェックも怠らない私。ふふっ、完璧だぜ、今日は。

そのうちに奥さんも起床。「仕事だから、今日の試合の応援は無理」だという。まあいい、朝から気力充実の私には、そんなことは小さいことだ。そのうちに、今度は「庭の雑草がまた伸び始めてきたね」と言う。どうしろというのだ。今日は無理だっちゅうの。キッパリと断った。「また今度やるっ!」と・・・。Dsc_0035

大会になると、試合の応援はもちろんのこと、ラグビーショップがテントを並べて出張販売している(=写真)。知り合いの店員と会話したり、買い物する楽しみもあり、気がそわそわしている私。コンサート会場でのグッズ売り場を覗くような感覚だ。

ポチ、キラもひととおり完了したことだし、睡眠も十分。今日の試合はセカンドジャージじゃないことを祈り、試合会場へ向かう水無月の朝sun

2011年6月17日 (金)

セカンドジャージの呪い

天気は快晴。気温23℃。ほぼ無風。これ以上ない東北大会日和だった。相手は岩手県優勝校の黒沢〇工業。春の大会では勝利していた相手だった。お互いにファーストジャージの色が黒基調のため、それぞれセカンドジャージを着用。我が校は白地に赤と黒のライン。いままで、このセカンドジャージで勝った記憶はないが、今日はセカンドジャージでの勝利を目指す。

次男はリザーブとしてベンチに座る。いざ、キックオフ。開始後、間もない時間帯にいきなり相手校がトライを挙げる。まだ試合に入り切れていない我が校の選手達。何が起きたのか分からないままに先制トライを献上してしまった。ゴールも決まり、0対7。

「まだ、キックオフから2、3分経過しただけだ。まだ十分に時間は残っている」と思う一方で、「相変わらず、試合への入り方が下手だな、こいつら」と思ったのも事実。さらに、反則によるPGで3点を追加されて0対10。むむ、スロースターターだとしてもほどがある・・・。

試合開始から15分。前半も半分が過ぎたところで、場内に選手交代を告げるアナウンスが。「〇〇君に変わって、〇〇君(次男)」。えっ、もう次男?きっと、流れを変えたいとの監督の思いなのだろう。「頼むぞ、流れを変える男になれっ!」

その思いが通じたのか、その1分後に我が校に待望のトライ。ゴールも決まり7対10に。盛り上がる応援席。ひょっとして、流れを変えちゃったのか(笑)。息詰まる攻防の中、点数は動かず、そのまま前半終了。よしっ、後半で逆転だと応援席の誰しもが期待を込める。もちろん私も・・・。

後半もジリジリした戦いが続く。しかし、この日の我が校は「走れない(走らない)」「声が出ない(声を出さない)」「ミスが多い」の3冠王状態。いつも試合をしているグラウンドなのでで、地の利もあるはずなのだが、まったく勢いが感じられない。

「まだ試合に入り切れていないのか?もう後半戦なんですけど・・・」と思うが、イライラする戦いぶりは変わらない。そのうちに、私のビデオカメラが「メモリーが満杯だぞー。もう撮れないぞー」と私にお知らせを・・・。過去の試合を全部残していたため、容量が満杯だった。下手こいた―。試合中に過去の映像など消去している場合ではない。プチっとビデオカメラのスイッチをオフにして、応援に専念することにした私。

ベンチの監督からは、試合開始当初から大声で指示や叱咤、いや激励が絶え間なく続く。次男のプレーにも「おいっ、〇〇(次男)このやろー!」「コラー、〇〇(次男)バカやろー。ちゃんとよれよー!」と大きな声が飛ぶ。当然だ。もっと言ってやってくれーと真面目に思った私。

後半戦はそれぞれ1トライづつを挙げ、12対15に。しかし3点差は変わらない。1PGで同点。1トライで逆転なのだが、一進一退の攻防が長く続く(=写真上)Dsc_0030

ノーサイドまであと数分という場面で、次男にパスが渡る。おっ、と思った瞬間にノッコン(ボールを前に落とす)の反則・・・・。応援席からは、「あ~あ」「は~」と大きなため息が。すみません、ウチの次男です・・・

結局、試合はそのままノーサイド。想定外か想定内かは別としても、12対15の惜敗。

伏線はいろいろとあった。今春の試合で勝利していた相手だけに、次男にもチームメイトにも、そして父兄達にも「勝てるっ」との油断が少なからずあった。

そして、今春の試合以降、相手校が鍛え抜いて、強いチームになっていた。それに対して、我が校は県内大会レベルでは勝っていても、目に見えるレベルアップがみられたとは言い難かった。特に「走れない(走らない)」「声が出ない(声を出さない)」というのは、「ミスが多い」以前の問題だった。

メンタル面も含めて、課題が浮き彫りなったこの試合。ノーサイド後の父兄の足取りは一様に重たかった。私も重かった、お腹の贅肉の辺りが・・・。試合後の我が校は、延々と監督を囲んでのミーティングが続く(=写真下)Dsc_0034

選手達、そして応援していた父兄にはすまないとは思ったが、試合後の私は「これでいい」と以外にもさばさばしていた。敗戦の悔しさはあるが、このまま試合を勝っていても、花園大会の全国レベルでは通用するとは思えなかった。

次男に限ってみても、Aチームに毎試合出ているとは言っても、気合、積極性、チームワーク、技術、どれ一つをとっても、まだまだ。物足りなさを感じることの方が圧倒的に多い。

もっともっと競い合って、精神的にも肉体的にも強靭なラガーマンになるようスキルアップしなければ、チームの信頼を得て、チームの勝利に貢献するなどということはおこがましいとさえ言える現状だ。

チームを立て直すことは今からでも不可能ではない。何故惜敗したのかを検証し、この日の経験を花園への糧とすればいいだけのことだ。そして、なかなか勝てないセカンドジャージの呪いを次回は解き放たなければ・・・。

と同時に、「ビデオカメラのメモリー容量を事前チェックするくらいのことはしなければ、私・・・」と反省した水無月の東北大会1回戦movie

2011年6月15日 (水)

「あー」

明日からの大会出場に向けて、次男を待ち合わせ場所に今朝送り届けなければならなかった。家を出る時刻を7時15分と約束していたが、私の起床時刻が遅かったのと、次男が洗面台に長時間居すわったお陰で、既に出発時刻は過ぎていた。

スポーツマンらしく、単髪にすればいいものを、毎朝、鏡の前で髪の毛やら何やらをいじっては、毎朝ギリギリの時刻に登校している次男。今朝も髪の毛いじりに余念がない。まぁ、羨ましくないと言えば嘘になる。

玄関から「おーい、行くぞ」と声を掛けると、「あー」としか応答がない。2、3分経過し、再び「おいっ、行くぞ!」と声を掛けると、再び「あー」。我が家でカラスを飼った覚えはなかった・・・。

ようやく発車し、待ち合わせ場所へ急ぐ。待ち合わせの時刻には余裕を持って到着したが、既にラグビー部のバスには数人の生徒達が乗り込んでいた。私の後にも次々と息子達を送り届ける父兄の車が到着。Dscf4025

「おはようございます。いよいよですね」「この前はどうも。頑張ってほしいですね」などと短い会話を交わしつつ、息子達がバスに乗り込むのを見守って、今度は会社に向かう。

車内で会議があったこの日は、超忙しかったが、それでも部下達の頑張りでほぼ定時には帰宅。「ただいまー」と言ったところで、奥さんも帰宅していなかったので応答もない。

日が暮れる時刻がだいぶ遅くなっていたので、外はまだ明るい。取り残したと思われる雑草取りを15分ほど行う。雑草取りの合間に、庭の花に目をやると、咲いてる花、咲きそうな花など、それぞれの成長具合が確かめられた。

「我が家の雑草ほどではないが、まっ、こんなもんでしょ。ちゃんと育ってくれよ。君もやればできるんだから・・・」などと訳の分らぬ独り言を言いながら。Dscf4026

その後、奥さんが帰宅するものの、二人では当然のように会話が弾まない。いつものことだが・・・。

見たいテレビ番組もなく、お互いにお気に入りの雑誌を読む、1・5mほど間隔を空けて・・・。そのうち、奥さん「お風呂に入ったら?」と聞くので、「あー」と私。親子でカラスになっていた水無月の夜night

2011年6月14日 (火)

ストレス

あの震災を境に、夜泣きをするようになった子、勉強が手につかなくなった子、気持ちが高揚したままの子など、震災ストレスを抱えている子ども達がいると聞いた。大きなストレス、ショックが、普段と違った行動を取らせるらしい。

「この子は活動的だから大丈夫」とか、「おとなしいくていい子」という判断は危険だと臨床心理学とやらの先生がしゃべってた。震災のビフォー、アフターで変化がみられた子どもは要注意ということらしい。教育現場を預かる先生方はもちろんだが、小学校以下の子供を抱える親達の注意深い観察力が大事になるのだと思った。

幸いにも我が家はというと、今はエリカ次男様がいるだけ。震災のストレス疲れは微塵もなく、部活疲れでへとへとの毎日。

しかし、「ちょっと待てよ。冷静に観察すれば、何か変わった点があるんじゃないだろうか」と思い直し、帰宅した次男をチラ見でウォッチングする。ご飯の量は変わらない。しゃべり方も「別にぃ」で変わらない。感心に自分で洗濯するところも変わらない。「何かないか、見落としてないか」とさらにチラ見する。

あった!就寝時刻が早くなってる。今夜も11時過ぎに「おやすみー」と自分の部屋に上がった。明後日から始まる東北大会を前に、いっそう猛練習に明け暮れているのだろう。地震のストレスとは関係なさそうだ、別に・・・。

今回も何とかAチームに残り、出場メンバーに名を連ねてくれたようだ。いつものように、明日から会場入りし、4泊5日で大会に臨む次男達。イコール福沢諭吉さんがまた一人去っていく我が家。そして、ソワソワ、ウズウズしだす私。

ストレスとは別に、大会に臨むことに伴うプレッシャーもあると思うが、何とかクリアしてほしいと願い、明朝は学校まで送っていくことにする水無月の夜spade

2011年6月13日 (月)

昨夜の約束♡

日曜日の夜といえば、たいていは月曜日からの仕事に備えて、大河ドラマでも観て、ゆっくりと過ごすのがパターンの私。特に日曜日の午後あたりになると、「うわー、あと半日しか休みがないや。また仕事かよー」とブルーになるのは毎度のことだった。

が、昨日の日曜日は、夜に次男のラグビー部父母会の飲み会があり、ちょっとだけブルーな気持ちを忘れることができた。記憶の一部も忘れることにもなったが。

春季大会優勝、高校総体優勝、監督さんのスポーツ功労賞受賞を祝すとともに、今週始まる東北大会の壮行式を兼ねて、「お祝いだ―」ということになっていた。現在の父母会メンバーだけでなく、OB会、父母会OB、そしてラグビー協会関係者など100人超といったところか。

当然、我が校ラグビーに関係する人ばかりなので、どのテーブルでも話題と言えば当然ラグビー一色。私が着座したテーブルは次男と同学年の2年生グループ。当然、春季大会や高校総体の優勝を祝いながら、間もなく始まる東北大会を展望する。

「今年はいけるんじゃないのー」といった楽観的なものから、「〇〇県代表とは対戦したくないなー」という悲観的なものまで、ずーと、ずーとその話題。私も終始、飲みながら、話しながら、また飲みながら、飲みながら・・・。幸なひとときだった(笑)

飲んで語って皆さんご満悦の中、祝勝会も閉会の時刻となり、「よーし、東北大会も頑張るぞー」と意気込みを確認し合って、解散することに。「おっと、これを渡しとかなきゃ」と思い、頼まれていた高校総体の試合を撮影したDVDを二人の父兄に手渡す。

すると、しっかりとその様子を見ていたママさん達が「それ、なあに」「あっ、いいなー」。

「あらっ、皆さんも要ります?要りますよね・・・」と言うしかない私は、あと5人分作成することに。また、睡眠時間が削られると思いつつ、安易に約束しちゃった私・・・。

目覚めると、毎度の頭痛。今日の二日酔いはいつもより手強い。しかも、二日続けての雑草取りで足腰もガタガタ。それでも何とか仕事をこなしていると、昨夜出席していた父兄さんから携帯電話にメール。「DVDはいつでもいいですよ~」。やっぱり、覚えていたのね、昨夜の約束を・・・。あ、あ、あざーす。Dscf4032

帰宅途中、電器屋に寄って30枚ほどダビング用にDVDを購入してきた水無月の夜cd

2011年6月12日 (日)

計画

奥さんは、朝から長女と仕事へ。次男は来週開かれる東北大会の練習へ。私はというと、次男の練習ぶりを見学に行きたいと思っていたが、思い直して留守番をすることに。

ボーとして過ごしたかったが、『TSUTAYA又左衛門店』に先日の高校総体のダビング注文が入っていた。先週は疲労が抜けずに作業を棚上げしていた。東北大会まで1週間を切っているため、「やっべぇ、今日で済ませなきゃ。チームメイトや父兄達はきっと待ってんだろなー」と焦っていた。

3試合分を3人にダビングしなければならないということは・・・9試合分のダビング。朝から取り掛かっても、数時間を要する。練習も観に行きたかったが、今日のところは断念して、ダビングに専念することに決めた。

「おっしゃー、やるか」と思い立ち、ダビングを開始。しかし、じっと待っているのも時間が惜しい。再び「おっしゃー、やるか」と思い立ち、伸び始めていた庭の草取りを並行して行うことに決めた。

前日、奥さんから「また雑草が伸び始めてるから、明日は雑草取りしようか」と言われていたことを思い出していた。言いだしっぺの奥さんがいないのは腑に落ちないが、褒められて伸びるタイプの私は、「よっしゃー、頑張って、驚かせてやるかー」と庭へ飛び出る。

ダビング1試合あたりの時間を計算しつつ、「そろそろ終わったかな?」と時計を見ては家に戻って、次のダビング。再び庭に出ては雑草取りを繰り返す私。3枚目のダビングが完了した頃には、屋内と屋外との往復でうんざりに・・・。

さらに、雑草取りの疲労が確実に蓄積し、投げ出したい衝動にかられること数回。「あ~あ、今頃どんな練習やってんだろ」「あ~あ、一人でする雑草取りって、飽きるー」と心の中で叫んでみたところで、手伝ってくれる人もなく、しまいには「やるんじゃなかった・・・」と後悔する始末。

お昼が近付く頃には、「ダビングは午後でいいや」と開き直り、雑草取り一本でいくことに決めた。というよりは、最初から両方は無理だった・・・。午後1時過ぎに奥さんが長女の車に乗って帰宅。「あらー、ご苦労さん」と奥さん。「おー、今、帰ったか」と私。そのまま、奥さんは自宅の中へ。あらっ、何か忘れてないか?褒めていいんだよ、雑草取りを褒めないの?

その精神的な疲れも加わり、「やーめた」と私。朝の勢いはどこへやら。雑草取りは半分しか完了してなかったが、途中で投げ出し、いや午後の部に取っておいて昼食に。

結局、午後は食料の買い物だ、ダビングだと、雑草取りを棚上げすることに・・・。ダビングも完了せず、何もかも計画倒れの休日に。疲労だけは計画以上に残った。残り2枚のダビングを朝まで完了させて、明朝は再び雑草取りに励もうかと、懲りずに立派な計画だけは立てている水無月の夜中moon2

2011年6月11日 (土)

吹き飛ばせ

すでに日が変わり、11日の土曜日。「11日」といえば、あの大震災からちょうど3か月。「辞めろー」とか「辞めないっ」とか、被災者不在の泥仕合に終始する『政治屋』さんに幻滅している中で、明るいニュースを目にした。

すでにご存じの方も多いと思われるが、このたびの大震災に伴う大津波で、壊滅的な被害受けた場所の一つ、宮城県南三陸町の旭ヶ丘地区で、週に1回程度、住民による川柳大会が開かれているという。

支援物資の配給場所となっている集会所の前に集まって、地域住民が創った川柳を区長さんが読み上げるたびに、大きな拍手と笑いが沸き起こり、地域を挙げて苦境を吹き飛ばしているとのことだった。

『大津波 パパのへそくり 泥のなか』

『家借りて 整理する日が おそろしい』

『流された 家より惜しい 味噌のタル』

『災害が 冷えた夫婦の よりもどす』

詠まれた句のほんの一部だが、いずれも大津波による甚大な被害を詠みながらも、クスリとさせられるユーモアに溢れていた。この地区の人々のセンスと、苦境を乗り越えて明日に向かって歩んでいこうという力強ささえ感じた。

大震災・大津波からの復旧・復興が進み、平穏な日々が訪れた時には、川柳大会もその役目を終えることになるのだろうが、それまでは川柳で苦境を吹き飛ばしつつ、できればこの国の役に立たない『政治屋』さん達をも痛烈に笑い飛ばしてもらいたいと願っている水無月の11日rock

2011年6月10日 (金)

調べ物

昼食を済ませ、昼休みに会社のパソコンで調べ物。すると、部下B「部長、何を調べてるんですかぁ、会社のパソコンで変なサイト見ないで下さいよぉ~」。私「馬鹿な事を言うんじゃないよ。何で会社のパソコンで・・・、じゃなくて、そんなサイトに行くか」。

また次男のラグビーかと呆れられかもしれないが、実は来週から始まる『第62回東北高等学校ラグビーフットボール大会兼NHK杯東北高校ラグビーフットボール選手権』の組み合わせを調べていた。

優勝して東北1位になるには、秋田、岩手、宮城といった強豪県を撃破しなければならず、勝ち上がるごとにとてつもなく険しい試合が続く。ましてトーナメントである。1度でも敗れると勝ち上がることはできない。

組み合わせを見ながら、「まあ、出場校は各県大会を勝ち上がってきた強豪校揃いだし、どこと当たっても我が校の良さを出すだけだな!」と会社でも密かに闘志を燃やす私。

ただし、今年の東北大会は大震災直後ということもあり、特に岩手、宮城、福島の各県代表絞には頑張ってほしいと個人的には思っている。是非、良い成績をおさめて、学校全体、そして地域の元気につなげててもらいたいと・・・。

いざ大会となけば、当然、我が校を応援するのだが、東北の高校ラガーマンの不屈の闘志溢れる大会となってほしいと願いつつ、強豪校との現在の力関係を早くこの目で確認したいとワクワクしている水無月の大会1週間前pisces

2011年6月 9日 (木)

高校総体外伝

次男の高校総体準決勝の朝、長男から奥さんの携帯電話に「〇〇(次男)の試合は何時から?」とメール。試合時間を返信する奥さんが「〇〇(長男)達が応援に来るらしいよ」と私に。「そうか日曜日だもんな。〇〇(次男)も喜ぶんじゃないかー。でも、〇〇(長男)の明日の仕事に差し支えなきゃいいけどな」と言う私に、「若い人だから、大丈夫でしょ、きっと」と奥さん。遠まわしに、私が若くないって言ってるようなものだ・・・

気を取り直して、「ひょっとして、7か月様(長男の娘)も来るのか?」と聞くと、「家族3人で来るらしいよ」と奥さん。最近、人見知りを覚えて、7か月様に泣かれる私としては、この機会に仲直りをしておく必要があった。「よし、じゃあ、応援おにぎりの追加をヨロシク!」と言う私に、「やるだけやってみる」と奥さん。

試合会場に出発する時間が迫る中で、今度は長女から奥さんの携帯電話にメール。前日も応援に来てくれた長女が、今日は一家4人で応援に来ると言う。長女の旦那さんも休日だったため、義弟の応援に来てくれるらしい。

「あらー、みんな来てくれるのかー。〇〇君(長女の旦那さん)だって明日から仕事だろうに、何だか悪りぃーな」と思ったが、再び『若い人だから・・・』と言われることを予想し、言わなかった私。学習能力は少し備わっていた。

かくして、①私②奥さん③長男④長男の奥さん⑤長男の娘『7か月様』⑥長女⑦長女の旦那⑧長女の娘『5歳様』⑨長女の息子『3歳様』―の合計9人で、次男の高校総体準決勝応援ツアーを敢行することになり、いざ決戦の地に愛車を走らせる。

試合開始約1時間半前に到着。この日は、現地で父母会の打ち合わせもあったため、私は父兄仲間と円陣を組んで会議。奥さん達も、円陣を組んで少し早い昼食タイム。会議を終え、又左衛門一家の円陣に戻り、私も必勝おにぎりを頂く。

昼食中に長女の娘『5歳様』が「遠足みたーい」。確かに、次男の応援とは言うものの、みんなでおにぎりを食べている風景は、どうみても親子遠足の様相だった。

次男は直後に迫ったキックオフに備えて、練習に余念がない。昼食を終え、ジーと練習風景を見入る私の周囲を5歳様と3歳様がうろちょろと駆け回る。やはり完全に親子遠足だった。

キックオフの時間が迫る。私は観客スタンドの最後尾に陣取り、ビデオカメラを備える。その他の又左衛門ご一行様8人は、父兄仲間と観客スタント最前列に。いよいよキックオフ。5歳様が「〇〇高校頑張れ―」「〇〇(次男)頑張れ―」と必死に応援してくれるのを背後から見て、ついつい熱いものがこみあげそうになる私だったが、「マズイ、TSUTAYA又左衛門店のお客様のために、きっちり撮影しなきゃ」と思い、カメラでグラウンドのプレーを追う。

リードしたまま前半を終える。さすがに5歳様も3歳様も飽きてきたのか、後半は席を立って、私の所へ来る。しかも頻繁に・・・。5歳様「お花を探してくるからー」。私「うん、気をつけて・・・」。5歳様「このお花、ジィにあげるからね」。私「ありがと・・・」。3歳様「ボクもお花がほしー」。私「うん、じゃあこれあげるから」。後日再生したビデオには、5歳様と3歳様の元気はつらつなお声と、私のヒソヒソ声がかすかに・・・。Dsc_0099_3

ノーサイドの笛が吹かれ、勝利した我が校。次男も前日以上の奮闘ぶりだった。応援するへ計やOB達も安堵している中で、父兄仲間から「〇〇のパパ、今日は一家総出の応援ごくろうさまでしたぁ」「〇〇のパパ、お孫さんいたんだぁ?」などと言われる始末。だから、静かに撮影しようと思ってたのに・・・。

この日は他校の試合も残っていたため、その後の試合も観戦したかった私だが、チビ達もいるため帰宅することに。又左衛門一家が集まるのは、去年7月の長男の結婚式以来だったため、「よーし、せっかくだから記念に写真撮ろーぜ」と言う訳でパチリ!(=写真)

この日も応援疲れの私だったが、長男と奥さん、長女と旦那さん、そして7か月様、5歳様、3歳様の思いがけない応援に感謝しつつ、家族の絆を噛みしめて帰宅した水無月の準決勝clover

2011年6月 8日 (水)

にも関わらず

ここ4、5日間というもの、次男の高校総体に夢中になっていた。大会前は、「おっ、俺のブログなんかでも、アクセス数が1万に近付きつつあるんだぁ。へぇ~(笑)」などと気楽な私は、次男の高校総体のことで頭がいっぱいだった。

その高校総体で優勝することができ、昨日(火曜日)は帰宅後、久しぶりに祝杯とした。次男も大会直後のためか、珍しく練習は休みとあって、既に帰宅していた。いつものように、次男と試合の様子を振り返る。

「ここのプレーはこうで、あの場面はあーで・・・」「もっと、激しくタックルすればいいのに」と迷解説者の私。試合応援の疲れが癒えていない身体に、久々のビールを流し込んだせいか、自分でもボルテージが上がっているのは分かっていた。

そんな私に、「あれはしょうがないんだって」「次のプレーを考えながらやってんだから」と反論する次男。それも、いつもの光景だったが、その夜のビールの味は格別だった。次々に缶ビールが空になり、奥さんからは「明日は仕事休みですかぁ~」。「違いま~す(笑)」と絶好調の私。

気が付けば時計の針は10時半を回り、撮影したビデオも3試合目に突入。蓄積した応援疲れと、この日の暑さによるだるさ、さらにはビール効果が後押しして、ビデオ観戦する気力はあっても、体力が追いつかない私。「この試合は明日観るわ~」と思い立って就寝することに・・・。

翌日(水曜日)は、以外と快調に目覚めて出社。連日の暑さだったが、「今度は自分が仕事で頑張る番だな」と己に言い聞かせて業務に精を出す。ただし自分なりにだが・・・。仕事も一段落して、「で、俺って昨日は何かしたっけ?」と我に帰る。

「たしかIPのお水はあげた気がするけど・・・」と思い、IPの「キラリ」やら「ポチっと」「いいね」をチェック。何もしていない・・・。もちろん、自分のブログも更新することもなければ、誰かのブログを拝見することもなく、昨日は爆睡してしまっていた。ブログ開設以来初めてのこと・・・。

「あららー、俺としたことが、ついつい祝杯にうつつを抜かしちまったな~、昨夜は・・・」とへこみながら、己のブログを茫然と見つめる私。と、「あらっ?」。ブログのアクセス数が1桁増えて、1万台に・・・。いつの間に・・・。

高校総体の応援に夢中になり、その後の疲労感に襲われて、何もしていなかった私。にも関わらず、「キラリ」、「ポチっと」、「いいね」、「つぶやき」、さらにブログにはコメントまで・・・。田舎の中年オヤジとしては、次男の高校総体優勝と同じくらい嬉しく、ありがたい気持ちでいっぱいm(__)m

多くの方々との絆をありがたく感じている水無月の夜run

2011年6月 6日 (月)

ひたすら眠れ

高校総体決勝戦のこの日、朝から気温がぐんぐん上昇していた。キックオフの予定は13時10分。キックオフの時刻が近付くにつれ、アドレナリンが湧き出るのを抑えられない午前の私。

間に合った・・・。キックオフ30分前に試合会場に滑り込む。昨日までと同じように、観戦スタンドの最上段に歩みを進める。試合前の緊張感と、待望感の両方を感じながら・・・。

すると、「〇〇のパパぁ~」と背中から声が。振り向くと、仲の良い父兄のママさん達。「おっ、あざーす」と言う私に、「やっぱり今日も来ましたね(笑)」とママさん達。「あははー、来ちゃいましたー。こっそり応援するつもりだったのに、見られちゃいましたね」と私。「あははー、その身長じゃ無理、無理(笑)」。ごもっとも・・・。

昨日の準決勝にも劣らぬ数の応援父兄達。仲の良いパパさん達と、「やはり来ましたね」「そっちこそ(笑)」と歓談。しかし、今日の相手校は全校応援体制らしく、大勢の生徒達がスタンドに陣取る。「父ちゃん、母ちゃんの数では買ってるぞー」と我が校選手にテレパシーを送る。

ビデオの準備も万全。次男は今日も先発。いざキックオフ。キックしたボールがいきなり次男に。「キャッチしろっ!!」と思う間もなく、ボールをキャッチした次男は、相手の中に猛然と突進。ピィーっとレフリーの笛。我がチーム側の反則か・・・。まあいい、開幕ダッシュのファイトが大事だ。

試合が進むにつれて、トライを重ねる我がチーム。強敵とはいえ、次男も必死にボールを追い、体を張って攻撃と防御に走り回る。しかし、相手校も意地の2トライをあげ、食い下がろうとする。流れを取り返せと、必死に応援する父兄達。Dsc_0100

試合が進み、前半をリードして折り返す。後半も終始、激しいプレーが続く。相手校の選手が倒れ、試合会場に救急車が到着。倒れた選手には気の毒だが、ノーサイドの笛が鳴るまでは気を緩められないのがラグビー。気合を入れ直してプレーを再開し、ついにノーサイドの笛が鳴る。68対10で優勝の瞬間だった。

選手達はグラウンド上で喜びを爆発させる。父兄達も「よくやったぞー」と選手達を称えるとともに、誰一人怪我もなく優勝でき、ホッと胸をなでおろす。

表彰式で賞状と優勝旗を手にした我が校選手が応援スタンドに駆け寄り、「ありがとうございましたー」と一礼(=写真上)。父兄達からは祝福の拍手。恒例の全員での記念撮影では、選手も監督もマネージャーも快心の笑みでパチリっ!(=写真中)。Dsc_0118_2

記念撮影の後、「おい、記念に1枚撮るぞ」と言う私に、「いいってー。恥ずかしいー」と拒否する次男だったが、晴れ晴れとした表情だった(=写真下)。

会場から、奥さん、長男、長女、そして試合に来られなかった父兄仲間にメールで優勝を報告。『返信不要』と入力し忘れたお陰で、その後は「万歳」「やったー」「ありがとう」等々・・・返信の嵐に襲われる。

帰宅後、次男の頑張りをねぎらおうと思い、「ただいまー。〇〇(次男)は?」と奥さんに聞くと、「おかえりー。夕食後は2階にいるよー」と奥さん。次男の部屋をのぞくと、部屋の中は真っ暗。「おい、今帰ったぞー」と私。しかし、死んだように深い眠りの次男。Dsc_0121_4

いつもは、試合後もビデオで試合を振り返る次男だったが、「今夜は試合のことはいいから、ゆっくりと休め。何も考えずにひたすら眠れ。よくやった・・・」と思い、静かに部屋のドアを閉じた水無月の夜fullmoon

追伸 大会前、大会期間中と、さまざまな激励、応援を頂き、誠にありがとうございましたm(__)mこの場をお借りして、すべての方にお礼を申し上げますm(__)m東北大会も頑張ります、次男達が・・・(笑)。あざーす!!

迫力

いきなりだが、昨日は次男の高校総体準決勝。相手校には、昨年の花園大会県予選の決勝戦で惜敗していた。1か月前の春季大会では雪辱していたが、試合には絶対は禁物。高まる気持ちを抑えることなく、闘志丸出しで会場入りする私。きょうも『必勝おにぎり』持参だ。

日曜日だったこともあり、会場は朝から沢山の人、人、人・・・。試合が近づくにつれ、我が校父兄仲間やOB達も増え、100人以上の大群に。『TSUTAYA又左衛門店』のお客様から「先日はありがとうございました」「子供も私達も喜んで拝見させていただきました」等々お礼を言われるが、「いえいえ、とんでもないっス。褒められて伸びるタイプですから、今大会も頑張ります」と調子のいい私。

試合開始。次男は先発でグラウンド内を駆け回る。昨日の準々決勝とは違い、見違える動きだ。プレーぶりも昨日に比べて迫力があった。Dsc_0092

奥さんも、ママさん仲間達と必死に声援していた。応援スタンド最上段でビデオ撮影する私にも、奥さんの大きな声と大きな背中が良く分かるほどに・・・。「いいぞ、俺が黙って撮影している分、応援してくれー」と奥さんの背中にテレパシーを送る。分厚い背中に伝わったかどうかは分からないが・・・。

ノーサイドの笛が吹かれ、76対7で快勝。しかし、相手にトライを1本献上したのは課題だが、まあいいだろう。相手校も必死なのだから・・・。

次男もよくやった。試合の大勢が決まった後半は、翌日の決勝戦に備え、大量に選手交代する我がチーム。次男もベンチに下がり、交代の選手に声援を送る。その調子だ、お前達の代わりに入った選手達を思い切り励ましてやれ!

満足して、「さあて、他校の試合を観戦しよう」と思っていたら、声援疲れの奥さんが「疲れた~」。「他校の試合も観るぞ」と言ってみたものの、疲れ切っていた奥さんの顔を見て、「こりゃ、帰って休ませた方がいいかも・・・」と思い直し、後ろ髪をひかれる思いでグラウンドを後にする。散髪したので、後ろ髪はなかったけれど・・・。

帰宅後、応援疲れと、勝利の余韻でぐったりする私達。しかし、明日の決勝戦に備え、撮影してきた今日の試合を振り返ることに。眠いはずの奥さんも12時まで私に付き合ってビデオ観戦。「そこ、もう一回繰り返して」「よっしー、いけ~」と、我が家のアリーナ席でもう2試合分応援する奥さん。

朝、居間に下りると「おはよ」とガラガラ声の奥さん。まあ、しょうがないか。それにしても迫力あるお声ですこと・・・。決勝戦での快勝と、その優勝の先にある東北大会への出場切符獲得に気合を入れ直す水無月の朝sun

2011年6月 5日 (日)

長女あざーす!

昨夜からの高揚感を維持したまま目覚め、早く試合会場に行きたい私。天気予報では快晴らしい。「よしっ、出発までにはまだ時間もある。神聖な気持ちで会場入りするぞ!」と思い立ち、朝7時半から愛車の洗車に精を出す。

洗車が完了した頃に、長女から奥さんに「〇〇(次男)の応援に行こうかな」と電話あり。5歳様と3歳様を保育園に預け、一人で来るらしい。私「そうか、『来い』って返事して」と私。「あいよ」と奥さん。長女の応援は以外だったたけに、ありがたかったm(_ _)m

長女の到着を待って、いざ試合会場に出発。高速道路を使って約30分の道程を急ぐ。走行中、フロントガラスに鳥の糞が〝ペチャっ〟。洗車したばかりだったので、通常は怒る私だが、今日の私は心が広い。「〝ウン〟を着けてくれてアリガト・・・」と前向きに捉え、その鳥さんを許してやることにした。〝クッソー〟という気もないではないが・・・。

愛車『ボクちゃん』の快走もあり、試合会場に無事到着。キックオフまでは時間があったが、早く到着したかった私は満足。早速、次男達の練習の様子に目をやる。徐々に父兄仲間達も到着。私「あっ、来た、来た(笑)」。父兄さん達「あっ、居た、居た(笑)」というわけで、横断幕やら、幟やら応援グッズの設置準備に取り掛かることに。

私もビデオ撮影の準備しなきゃと思い、奥さんと長女に「応援の準備を手伝ってやれ」と指示。二人は、他の奥さん方と井戸端談議しながら、案外と楽しそうに手伝っていた。途中、ビデオ撮影準備する私の方を見ながら、大笑いしている奥さんと長女、そして他の父兄達・・・。私のどこを褒めているんだろ・・・(笑)。それにしても何を話しているんだろ。気になるじゃないか・・・。201106041303201

この試合、次男はリザーブに回る。キックオフとともに攻め込む我がチーム。1か月前の春季大会は65対0で勝っていた相手だが、油断は禁物。案の定、今日の試合は重苦しい展開が続く。今日の試合では、前半から我が校のゴール前まで攻め込まれることも・・・。ムムム、やはり鍛え上げてきたか。

イライラする序盤の展開の中、キックオフから10分ほど経ち、早くも次男がピッチに登場(=写真上)。スタンド最前列に陣取る奥さんや長女達は「〇〇(次男)~」と声を張り上げて、応援のボルテージを上げる。

長女が次男の試合を応援するのは、たぶん2度目のはず。私に似て興奮しやすい性格なのか、立ち上がって必死に声援を繰り返している。スタンド最上段に構える私からは、我が校応援団の様子も丸見えだったので、長女の熱心な応援がちょっと嬉しかった・・・。「〇〇(長女)、応援あざーす!〇〇(次男)も心強いはずだから」と長女の背中に心でお礼。そう言う私も、ビデオを構える手に一層力が入る。

今日の次男のプレーは、私から見れば今一つの内容。ひたむきさが今一つのように感じられ、消化不良まま後半も試合が進む。途中、降雨に見舞われるも、ノーサイドの笛が鳴り、終わってみれば62対0で快勝だが、応援の父兄達にも満足している様子はみられなかった。相手校には失礼かもしれないが、私も含めて父兄達は皆、100点試合を期待していた。

他校の試合も観たい私は、「よし、いったん腹ごしらえだ」と昼食を促すと、奥さん「えっ、また来るの?」。私「もちろん。今日は他校の下見もあるから」。というわけで、会場付近の『道の駅』に移動し、3人で昼食を摂る。食後、奥さんが「あれ、美味しそうだね」と悪い癖を出す。またかよ、と思いつつ目をやると、『雪国の林檎生ロール』(=写真下)。またもや別腹シリーズだった。Dsc_0096

奥さんがニコニコ期待しているので、しょうがなく「2本下さい」と私。「はい、これっ。今日、応援に来てくれたから」と1本を長女に。長女もニコニコ様になる。「これでまた試合会場に戻れる・・・」と思いつつも、ダイエットを繰り返す自分の財布が気の毒になる私。

再び試合会場に戻ると、いよいよ怪しい雲行きになり、ついには本格的な降雨。降雨でも試合は行われるため、傘をさして試合観戦する私達。しかし、ついには雷雨とになり、試合はたびたび中断。結局、残り試合は雷雨により延期に決定。なーんだ、あのまま帰ってもよかったのかー。『雪国の林檎生ロール』2本損した~。

疲れてソファーに横たわる奥さんを尻目に、撮影したビデオをチェックする私。「明日の準決勝は、今日よりもひた向きに」と次男にメールしつつ、「自分もひたむきに応援しよう」と言い聞かせている水無月の準決勝の夜run

2011年6月 4日 (土)

『もうひとつの土曜日』

「お待たせいたしました」の声に我に返った。美容師の兄ちゃんに促されるように目を開いた。実は、仕事を終えて帰宅前に美容院に直行していた。仕事疲れもあったが、週末の高校総体に備え、気合いを入れる意味もあって、伸びていた髪を短くしたかった。この歳になると、チョッと髪の毛がもったいなかったけど・・・。

髪を切られ始めると、いつものように睡魔に襲われる私。今夜も、うとうと・・・。冒頭の「お待たせいたしました」で我に帰ったわけだった。美容師の兄ちゃんが「後ろはこんな感じでいいですかー」と聞くので、合わせ鏡の後ろ姿を見ると、あらっ、ずいぶん短かった・・・。しかも、黒髪を風になびかせていた若かりし頃の面影が薄れるように、白いものが・・・。うとうとしているうちに、あの美容師さんったら、私の後頭部にファンデーションでも塗ったか?

気を取り直して、自宅に愛車『ボクちゃん』を走らす。私なりに1週間分の仕事の疲れが残っていた。帰路の車中で、「さて、明日に向けて気分が高まるようなCDないかなー」とグローブボックスを探し、中にあった1枚のCDをセット。浜田省吾の『J BOY』が聞きたかった。最近は仕事疲れの帰路の車中で聞くことが多い曲になっていたが、今日もワンパターンだった、少し涼しくなった頭部に外の風を感じながら・・・。

家路を急ぐ途中で徐々に気分も高まり、心は既に週末の高校総体モードに入っていた。今夜の帰宅は私が一番乗りだったため、風呂を沸かし、散髪した頭をシャンプー。気分は完全に高校総体仕様に。自分が出場するわけでもないのに・・・。

そうしているうちに、奥さんも帰宅。「あらっ、髪切ったんだー。初夏モード?」と奥さんが聞くので、「う、うん。そうそう」と私。高校総体モード・・・とは言えない50歳だった・・・。

私がへそくりで買ったテレビなのに、テレビのチャンネル権を持ってる奥さんが夕食後に「今夜は何にも観たい番組がないから、ビデオでも観ようか」と言う。「ラグビー系でいいか?」と聞く私に、「どうせ、明日から3日間は撮影してきた試合を見るんだろうから、違うのがいいな」と奥さん。Dvd01

それじゃあ、というわけで、昔の浜田省吾のDVDをセットして、「たまにはハマショウもいいんじゃないか。昔は毎晩観たもんだよな」と言う私に、「久しぶりー。何でハマショウなの?」と奥さん。「帰り道に聞いてたから、その延長で観たくなって・・・」と私。まあ、男もいろいろ疲れるもので・・・。

途中、『もうひとつの土曜日』が映ると、突然、奥さんがリモコンのボタンを押してフルボリュームに。私「なんだぁ、どうした」と顔をしかめると、「だって、この曲好きだもん」と奥さん。そのことは知っていたが、それにしても・・・というボリュームだった。

今度は「コンサートに行きたいね」と奥さん。「そん、そうだな。後でしらべてみっかー」と私。最近はコンサートに行く機会もなくなったが、仙台あたりまでなら、参加する意欲はいつでも持っている私。急に2、30年前まで若返った気分に・・・。

そのハマショウも今年は59歳になるはず。そのことを告げると、奥さん「えー、信じられない。若いー」と言いながら、こっちをチラ見。見るな、見るんじゃねぇー。そのDVDは過去のハマショウなんだぞ。まあ、ハマショウは今も変わらなく若いですけど・・・。

明日からの高校総体に備え、頭髪はスッキリ、心は試合モード。「明日は土曜日は、練習試合とは違う『もうひとつの土曜日』だ。泥んこになってやってきた練習の成果を出せよ」と既に会場入りしている次男達にテレパシーを送る水無月の「J BOY」denim

2011年6月 3日 (金)

アリーナ席

帰宅すると、珍しく次男が既に帰宅していた。明後日から始まる高校総体に備えて、早目に練習を切り上げたらしい。「おっ、早いな」と言う私に、「うん。ちょっとスーパーに買い物へ連れて行って」と次男が言うので、了解して近所のスーパーへ。

大会に備えて明日から会場入りする次男達だが、宿泊先で出される食事だけでは物足りないため、どの大会でも各自で食料を別途に持参していた。菓子パン、ドリンク類、お菓子類と、次々にスーパーのカゴに放り込む次男。てくてくとその後をついて歩く私。

買い物を終えて再び帰宅。夕食後、二人で前回大会のビデオを観ながら、明後日の試合をイメージしていると、奥さんが「何時までビデオを観るの?9時から観たい番組があるんだけど・・・」と私達に。次男「うん、俺はいいけど」。奥さん「じゃあ、9時までってことでヨロシク」。

私はイイよって言ってないのに・・・。ビデオ観戦を中断されそうになり、しかも私の返事をスルーされたことに、ご機嫌斜めの私は「くっそー、絶対にこの試合だけはノーサイドまで観てやるぞー」と少しブスッとなる。Dscf0458

めげずに再び二人でビデオに見入っていると、いつの間にか奥さんも我々の背後のソファーから観ていることに気付く。無視していると、徐々にテレビの前に近づいてくる奥さん(=写真)。

結局、いつしか私が背後のソファーにバックするはめに・・・。「このやろー、俺のアリーナ席を取りやがって。俺がよく見えないじゃないか・・・」と思いつつも、いつしか試合にのめり込んでいる奥さんの背中をみて、「まぁ、いっかー。試合当日は必勝おにぎりを握ってもらわなきゃいけないしなー」と自分に言い聞かせる私。

私からテレビの視線をさえぎる奥さんの背中を眺めながら、「こいつが選手だったら、いいスクラムを組みそうだな」と思い、アリーナ席争奪戦を放棄した水無月の夜tv

2011年6月 1日 (水)

クールビズ

今日から6月だというのに、思ったほど気温が上がらない津軽。今朝も高校生が登校する姿を見かけたが、衣替えしている様子は見られなかった。もちろん、次男も学ランで登校していたし・・・。

原発事故に伴い夏場の電力不足が予想される中で、クールビズを前倒しした役所もあるらしい。環境省にいたっては、『スーパークールビズ』と銘打って、アロハシャツやポロシャツ、ジーンズでの勤務を認め、今日から実施したという。

役所に出向いたら、アロハ姿の役人がいる、っていう光景を想像してみるが、なかなかピンとこない。どうせなら、ウクレレ持って、バックにフラガールも従えて、フラダンスのサービスでもしてくれたら、もっと身近に感じるのに・・・と、ついつい妄想が広がった。

この時刻(23時)、外気温は一桁しかない津軽。次男の洗濯物も乾かないため、ゆる~く暖房を入れている我が家。クールビズとは無縁の生活を余儀なくされている。

せめて、気持ちだけでもクールビズ志向を・・・というわけで、アバターを着替えた。と同時に、6月に入っても鯉のぼりを泳がせておくのは、鯉が疲れるだろうということで、背景もチェンジ。

半袖、ハーフパンツ姿の自分を見て、暖房の温度をちょっと上げた水無月の夜mist

又左衛門

YOKOHAMA

仕事で横浜に行ってきた。大都会でお洒落な港町の『横浜市』ではなくて、田舎で寂れた(県内大半がそうだが)港町の『横浜町』。下北半島の付け根部分にあたる場所にあり、青森から車で2時間弱で行けるYOKOHAMAだ。

江戸幕府が向こうのYOKOHAMAを開港したお陰で、こちらのYOKOHAMAは何も恩恵もなく、中華街もなく、もちろん大観覧車もない。まぁ、同じ港町であることに変わりはないが・・・。

この横浜町は、菜の花の作付け面積が過去に日本一(今は違うと思う)を誇るなど、『菜の花』の町として知られ、毎年5月には一面が黄色いじゅうたん状態の中で、様々なイベントが開かれていた。Dscf4020

「もうシーズンは過ぎたし、もう菜の花畑は見られないのかな」と思いつつ、町に近付くと、まだ残っていた。既に菜の花のピークは過ぎていたが、ついつい車を寄せて1枚だけパチリ(=写真)。「ちょっと、旬は過ぎてるけど、俺も旬を過ぎてることだし、まっいいか」と思いつつ、再び車を走らせて目的地へ。

帰宅後、奥さんにその話をしたら、「ふーん。まだ咲いてるんだぁ。で、何か買ってこなかったの?」と奥さん。その横浜町にある『道の駅』に立ち寄ることを前提にした質問だ。私「時間もないし、仕事で行ったんだぜー」と言うと、奥さんが「菜の花ドーナツとか、菜の花クッキーとか、菜の花系スィーツがいっぱいあるのに。久しぶりに味わいたかったなぁ」。

その『道の駅』で、名産の「ホタテ塩ラーメン」を昼食に食べたとは言えなかった水無月の夜noodle

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