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2011年10月

2011年10月31日 (月)

二兎

新人戦が迫っていた次男が昨夜、「明日、部活が休みだから、髪を切って来る!」と突然。つまり、美容院代をくれ!ということだった。

奥さん「えー、またぁ?この前行ったばっかりじゃない?だから、もっと短く切って!って言ってるでしょ」。次男「今回は短くするっ!」。奥さん「ちゃんと短くしてよ」とブツブツ言いながら、次男に美容院代を持たせていた。

一夜明けて、今夜。会社から帰宅すると、次男は居なかったが、いったん帰宅した痕跡があちこちにあった。テーブルには飲み残したジュース、ゴミ箱にはお菓子の袋・・・。

間もなく、奥さんも帰宅。奥さん「○○(次男)はまだ帰ってないの?」。私「いったん帰宅したらしい。久々に部活もないから、その辺にでも出掛けたんだろ」。

その後、私の入浴中に帰宅した次男。風呂場の外からは、奥さん「どのぐらい短くした?」。次男「けっこう短くしたつもり」。奥さん「まぁ、いっかぁー」。

入浴を終えて、居間の次男をガン見した私。今回は、まあまあ短い。私「新人戦に向けて髪がうっとうしくなったか」。次男「いや、普通・・・」。私「もっと短くてもいいぞ」。次男「ありえない」。

きっと、試合が4日後に迫り、少しは自分なりに気合を入れたつもりなのだろう。新人戦が迫るのに合わせて、実は試験も迫っていた次男。試合には当然勝ってほしいが、下降気味の成績も少し上げてほしかった私。短くなった次男の髪型を見ながら、勝手に二兎を追っていた神無月最後の夜hairsalon

最強の敵

新人大会を翌週に控えた土曜日、市内のスポーツ公園に4校が集結して練習試合が行われた。新人大会と言うだけに、3年生をのぞいた1、2年生だけで優勝を競い、優勝すれば東北大会、さらには来春の選抜大会につながる大切な大会だった。

1週間前の花園大会県予選では優勝を奪還してはいたが、3年生主体で優勝した我が校。その頼りになる3年生がいない新人戦は、次男達2年生の実力が試される最初の大会だった。

練習試合という気楽さと、しばらくはビデオカメラの撮影から遠ざかりたいという思いから、ビデオカメラを愛車に積んだまま、試合観戦に臨んだ。練習試合に集結したのは、青森市内の4校。正直なところ、つまらないミスで怪我をしないよう、調整のつもりで無事に済んでくれればいいと気楽に考えていたし、一喜一憂するほどの練習試合とは考えていなかった。

我が校と他の3校の実力を考えれば、負ける相手ではないとの確信があったからだった。新人戦のライバルは、2年生主体で花園県予選会決勝戦で我が校に挑んできた八○西高以外に考えられなかった。

予想通り、入り替わり立ち替わり行われる練習試合では、終始優勢に試合を進めていた我が校。久々に次男がトライを決めたシーンも観られた。今までもそうだったが、相変わらずビデオカメラで撮影していない時に限ってトライする次男だった。Dscf0269

数試合をこなし、グラウンドを後にする高校がある中、最後に我が校同士の試合が急遽組まれた。「2年生チーム」VS「3年生チーム」だった。1週間後の新人戦を控えた次男達にとって、普段はチームメイトとは言え、今日は最強の相手。3年生にとっても、2年生の手強さは普段の練習を通じて感じているはず。新人戦を控える2年生にとっても、花園大会に臨む3年生にとっても、絶好の練習相手だった。Dscf0271

3試合が行われた「2年生チーム」VS「3年生チーム」。練習試合とは言え、今年一番の試合だった。ビデオカメラで撮影しておくべきだった。文字通り本県最強となった3年生に挑む2年生達。普段の恩返しのつもりで、すべてが真剣勝負だった。いつしか練習試合の域を超えていた。

3年生も手加減などしなかった。プレー次第では花園大会の本番で2年生にポジションを奪われかねないこともあり、格の違いを示しておく必要があった。

3試合とも実力通りに3年生チームが勝利。それでも、最強の敵「3年生チーム」に対して2年生チームもトライを上げるなどして、胸を貸してくれた3年生に恩返しすることができた。

全ての練習試合を終えた次男に、私「3年生チームは強いなぁ、やっぱり」。次男「あぁ、もちろん」。私「でも、練習試合の相手としてはちょうどいい相手だろ」。次男「毎日やってるから、別に・・・」。Dscf0273_2

そう言う次男の顔をよ~く見ると、左目に青アザ。私「目は大丈夫か?」。次男「うん、別に・・・。いつものことだから」。周囲を見渡すと、足を引き摺っている者、顔が擦りむけている者など、どれも練習試合の激しさを物語っていた。

花園出場を決めてから1週間。目前に迫った次なる大会に向け、再び闘志にスイッチが入ってしまいそうな神無月の夜flair

2011年10月30日 (日)

格差社会

金曜日に開幕する高校ラグビー新人大会に出場するため、再び前日から会場付近の温泉に宿泊し、大会連覇を狙う次男達。昨夜、宿泊代の負担を知らせる文書を持ってきた。何度目だろ・・・。

最初は「え~、また宿泊代?今度はいくらなの?」と言っていた奥さんも、「しょうがないなぁ。絶対に勝ってよ!」と承諾し、宿泊代を次男に手渡した。その調子で、私が普段捻出している部活用品代も出してくれればいいのに・・・。

その新人大会の宿泊に備え、今夜、買い物に出掛けた。宿泊先では当然、食事は出るのだけれど、食事の量が足りないというので、選手達はそれぞれ食料品や飲み物、お菓子などを持参し大会に臨んでいた。持参したほかに現地でも調達するのだから、3泊4日中に食べる量はブラックホール並みだった。

我が家の食料品の買い物もあったため、カートに買い物カゴを積んでスーパーの中をウロウロしていると、間もなく、山盛りになった買い物カゴを抱えた次男が合流し、「はいっ、これお願い」。中身をチラ見すると、菓子パン、カップ麺、お菓子、ペットボトルがぞろぞろと・・・。それと赤いボトルが1本(=写真)。Dscf0275

ついつい「何だそれ?」と聞く私に、「シャンプー」と次男。明らかに私が使っている安物のトニック系とは異なり、ちょっと高そっ!

私「それって高いんじゃねぇの」と聞くと、次男「さぁ?でも、これが俺にフィットする」。

奥さんの顔を見ると、『まぁ、しょうがないかぁー』みたいな顔をしている。別に対して気にしていないらしい・・・。太っ腹だぁ。リアルの腹もだけど・・・。

「きっと、今日は機嫌がいいんだな、奥さん(笑)」と思い、再び買い物を続行した。

途中で視線が釘付けになったものがあった。ジャーン、『フルーツみつまめ』の缶詰だった。昭和育ちの私にはとても懐かしい一品だった。

「あっ、懐かしー」と、前を歩く奥さんに聞こえるように、カゴの中に1缶入れようとしたら、「あっ、余計な物は買えないわよ。どうせ、買っても、食べるのを忘れてしまうんだから」と奥さん。

カゴの中にも入れさせてくれなかった。明らかに格差だった。その後、買い物は全然楽しくなかった・・・。代わりに日替わり商品のヨーグルトを買ってくれたのは、買ってくれたけど・・・。

家庭内格差社会の厳しさを思い知らされた神無月の買い物の夜japanesetea

2011年10月29日 (土)

勝利の確信

張りつめていた緊張感が途切れたわけでもなく、安堵感に浸りっぱなしだったわけでもないのに、今週は仕事のせい(たぶん)で疲れ切っていた私。UPしたい思いや出来事は多々あったにも関わらず、昨夜も夜中までソファーに横たわっていた。

花園出場を賭けた決勝戦では、トライ重ねるたびに身体が熱くなっていた私だったけれど、試合開始前に一度、感動が頂点に達していた。ラグビー以外の競技でもあることかもしれないが、次男達のチームでは花園大会県予選の決勝戦を前に、ジャージの伝達式を執り行っていた。201110231152071

先輩達から受け継がれたジャージをまとって、花園大会出場を決める最後の一戦に臨む直前に行われているもので、決勝戦に進出した年は毎年行われている儀式だった。

試合用のジャージをもらう選手が一人づつ決意や感謝を述べ、そして監督と握手を交わし、ジャージを手渡される。3年間の感謝を語る生徒、去年の敗戦の悔しさを決勝戦にぶつけようとする生徒、皆それぞれに胸に秘めた思いを表明しつつ、どの瞳も花園を見据えていた。201110231152073_2

「神聖な儀式だ」と思い、最初はビデオカメラをまわす事を躊躇した私だったけれど、純真な選手達の思いを記録しておこうと思い、ビデオカメラをまわし続けた。伝達式を見ているうちに、正直、決勝戦は勝った!と確信にも似た思いを抱いた。後でよくよく考えると、試合で勝った瞬間よりもジャージ伝達式に感動したような気がした私だった。201110231152072

花園出場は決定したものの、実はもう一つの大きな大会の県予選が1週間後に迫っていた。県大会で優勝し、東北大会で勝ち進むと、来春の全国選抜が待っていた。

花園大会が夏の甲子園だとすれば、春の選抜甲子園に該当するのがこの大会で、3年生に代わり、次男達が中心となる最初の大会だった。

明日はその調整を兼ねて、朝から練習試合が組まれていた。ワクワクして今夜はしっかりと目が覚めている神無月の夜banana

2011年10月27日 (木)

あの日も今日も

日曜日の決勝戦で花園を決めた夜の祝勝会の翌日の月曜日は二日酔い。二日酔いが沈静化した火曜日は、秋田市への日帰り出張。そして、今日の火曜日は残業。ここ数日の間に頂戴していたコメントへのお礼もままならず、帰宅してはソファーに横になっていた。

高校入学時に「ラグビーやれっ!」と次男に言った手前、1年半の歳月をかけて一つの目標を達成した安堵感も手伝っていたのだろう。いろいろと述べたいことはあったにも関わらず、ソファーに横たわる日々が続いていた私。

2年ぶりに花園出場を決めた日曜日。試合後には、生徒達はもちろん、父兄、学校関係者、マスコミも入り混じって大賑わいだった。どの父兄も皆、帰宅したら息子達の頑張りを祝福しようと解散を待ちわびていた。Dsc_0029

しかし、記念写真を撮影した後、監督が「よぉし、練習するぞぉ」と一言。選手達は普通に「はい」。父兄達は「え~、優勝した直後なのに、やっぱり今日も練習かぁ(笑)」。Dsc_0026

ちょうど1年前の花園大会県予選会決勝戦では惜敗し、花園出場を逃した選手達。試合直後にも関わらず、悔しさを胸にスタジアムで3時間も練習をこなしていた。皆、「1年後の決勝戦では雪辱しよう」と並々ならぬ決意で、1年後を見据えて練習を開始していた。今回の花園出場はあの日が始まりだった。

そして、花園出場を決めた1年後のこの日も、次男達はスタジアムで試合後は練習に明け暮れていた。花園大会までに修正すべき点、より一層強化すべき点があったからにほかならなかった。そして来週に迫っていた新人戦で優勝するためにも、一日も無駄に過ごすことはできなかった。

そんな次男達を毎日みていて、私も仕事に精を出さないわけにはいかなくった神無月の疲れた日snail

2011年10月25日 (火)

お礼

花園大会出場を決めた夜、父母会の主催で祝勝会となった。監督さんや先生方、OB会、父母会OB会などが一堂に会し、2年ぶり21回目の優勝と、13回目の花園出場を祝い、思い思いに酒を酌み交わした。

注がれたビールを全部飲んだ私。当然のように、今日は一日中、二日酔いと仲良しだった・・・。それでも、部下達から祝福されて、二日酔いの頭痛を抱えつつも、気分は爽快だった。

部下B「昨日はグラウンドに応援に行こうと思ったのですが、風邪気味だったので、テレビ観戦してました。おめでとうございます」。私「おっ、ありがとー。その気持ちだけで十分だよ」。部下B「それで、部長は花園に行くんですかぁ」。私「お~、もちろん。悪りーね、ちょっと早く年末休暇を取らせてもらうから・・・」。部下B「私も行きましょうかぁ」。部下「おー、現地集合、現地解散でヨロシクっ!」。二日酔いにも関わらず、冗舌だった私。同僚の部長からも祝福してもらい、ありがたかった。あざ~す。

Dsc_0004ありがたいと言えば、決勝戦当日の生徒達の応援も嬉しかった。試合開始の1時間前から応援を繰り返してくれた。選手達がどれほど心強かったことか・・・。テスト前の貴重な日曜日だったのに、アリガトー。

そして今夜、優勝報告を兼ねて急遽UPした昨日の『悲願達成』に対する幾多のコメント、つぶやきを拝受していたことに気付き、ようやく二日酔いから覚めることになった私。

何とお礼を申し上げたらよいのだろうかと思いつつ、明日の出張がおっくうになっている神無月の一夜明けた夜night

2011年10月23日 (日)

悲願達成

Dsc_0048_3

勝ったどぉ~、待ってろ花園!

お陰様で、本日、花園大会出場を決めました。

幾多のご声援に感謝!感謝!

本当に、本当にありがとうございました。

今から父兄仲間と祝杯する神無月の夕方scissors

いざっ!

気温高め、されど風雨。『第91回全国高等学校ラグビーフットボール大会青森県予選会決勝戦』に臨む我ら。幾多の激励に感謝!闘走心あるのみ!いざっ、最終決戦に向かう神無月の朝wave

2011年10月22日 (土)

悪夢払拭

準決勝のキックオフは11時。次男達は9時に会場入り。遅れること30分、私も会場入りした。元気よく試合前の練習をこなす選手達をみて安心した。試合開始を待ちきれない父兄達が徐々に集まりだした。

対戦校は、1年前の県予選決勝戦において1トライ差で涙をのまされた因縁の相手だった。あの惜敗からこの1年間がスタートしたといっても過言ではなかった。1年間の悔しさをこの準決勝にぶつけ、次の決勝戦に進む、そして花園大会の出場権を得ることが、次男達と関係者の悲願だった。

キックオフまでの1時間半はあっという間だった。父兄仲間とは距離を置き、スタンド最上段にビデオカメラを備えた。カメラが近くにあると、父兄の皆さんが遠慮して声援の声が小さくなることを危惧したからだった。立ち上がって、子供達に大声援をおくってほしかった。

キックオフ。試合の入り方は悪くなかったが、相手校の闘志あるプレーがきっかけで、試合開始2分に1トライを奪われた。想定外だった。去年の決勝戦も先制トライを献上し、猛追したものの惜敗していた。1年前の悪夢が蘇りつつあった。201110211237404

父兄達の不安をよそに、選手達の切り替えは早かった。間もなく、R君が左隅に飛び込んだ。普段通りのプレーで、すぐにトライを取り返した瞬間だった。歓声が上がり、スタンドが揺れた。目が潤み、手が震えた。201110211237401

スタンドで見守る私達が安堵と歓喜でザワつく中、選手達は冷静だった。怒涛の攻めを繰り返した。すべて、普段の練習で繰り返し、繰り返しやってきたことだった。ボールを追い、駆け回り、ぶつかっては再び駆けた。トライを重ねるたびに目頭が熱くなった。すぐに前半の30分が終了した。38対5。点差以上にプレー内容が良かった。

後半開始までの束の間、父兄仲間と歓談。皆、一様にホッとした表情ながら、後半に向けて緊張を保っていた。奥さんも仕事を抜け出して、長女と観戦に来ていたようだった。私の携帯電話にメールをしたらしいが、全く知らなかった。201110211237402

後半開始の笛が鳴った。1年前の悔しい思いを胸に秘め、選手達は後半も力強く突進し、素早さで相手を圧倒した。オフェンスもディフェンスもほぼ完璧だった。攻めて、攻めて、攻め続けた。1年前の悪夢を払拭するのように、1年間の練習の成果と、強い気持ちを持って駆けた。そして、トライを積み重ねた。そのたびにジーンときた。

後半の30分が過ぎ去り、ノーサイドのホイッスルがスタジアムに響き渡った。前後半で合計16トライを決め、相手をキックオフ直後の1トライに抑えた我が校。109対5で圧倒した。試合を終えて応援団席に一礼した選手達が誇らしく、頼もしかった。そして、何度目になるのか忘れるくらいジーンとした。201110211237403

試合後、決勝戦の相手を見定めるため、もう1試合の準決勝を観戦し、会場を後にした。会社に戻っても試合の高揚感が治まらず、気持ちが高ぶったまま遅れた仕事を必死で片付けた。表向きは冷静にしたつもりだったけれど・・・。

帰宅すると、この大会は出番のなかった次男がいた。私「ただいま。去年のうっぷんを晴らせて、ほっとしたぞ。100点の大台も久しぶりだなぁ」。次男「うん、〇〇(チームメイト)が100点目を取った時に、全員が笑顔になってた。あの怖い○○(監督)も試合中は殆ど怒ってなかった」。うんうん、今日の戦いぶりならそうだろう。

スーパーから買った寿司で急遽、軽く祝勝会をあげた我が家。しばらく休肝日を続けていた私も今夜はちょっとだけビールで乾杯。久々のビールは効いた・・・。

祝勝会をしながら、撮影してきたビデオで今日の試合を振り返った私達。奥さん「今、トライしたのは誰?」「あの選手は誰だっけ?」の繰り返し。そのたびに次男「集中できない!」「さっきも聞いた」。

私は、ビデオの中で試合が進むにつれて再び感動が蘇り、またウルウルしていた。久しぶりに飲んだビールの酔いも手伝い、「このままでは、決勝戦を前に俺だけピークを迎えてしまう」と思い、まだ早い時間だったが一人就寝した。Dsc_0010

1年前に逃した花園大会出場の切符獲得へ一つ前進した次男達。泥と汗と涙にまみれた1年間の結晶が、次戦の決勝での勝利。「あと1試合。残すは日曜日の決勝戦だけ・・・」とベッドの中でつぶやいた神無月の準決勝の夜sports

2011年10月20日 (木)

姉御

枯れ葉散る粗末な私の庭を今夜、来訪して下さった方がいらっしゃった。神奈川の姉御だった。あざ~すm(__)m
急いで写真を撮ってみたけど、普段のビデオカメラのようには上手くいかなかった。何しろ、自分の後ろ姿が不格好で、「はぁ~、アレが俺かぁ・・・」と呆然とした。あんなに刈り上がってるんだ、私の後ろ髪って。確かにリアルもふさふさとは言えないけれど・・・。
撮ろうとすると、後を向く私。前も自信はないけれど、後ろ姿にも自信をなくしたぁ。しかも姉御の影を踏まないように三歩下がって付いて歩いていた。IPでこんなサービスが始まるんだったら、もう少し自分のアバターを考え直さなきゃと思った。リアル自分は替えられないけれど・・・。
インターポット
一夜明けると、明日は花園大会出場に向けた次男達の準決勝。気合は今朝から十分に入っていた。私に気合いが入っていてもしょうがないけれど、こんなワクワク感を感じられるのは今しかないと思って、一日中、気合いをキープした。
残業を帰宅し、ビデオカメラのバッテリー2個はフルチャージ。過去の撮影動画は消去。デジカメのバッテリーもチャージ済み。メモリーカードも容量の大きいモノに差し替え!
遠足を待つ小学生が、興奮しながらリュックサックにオヤツを詰め込んでいるようなもの。こうして夜遅くまで起きている分、小学生よりタチ悪し!
そんな私に「少しはリラックスせよ!」と庭を訪ねてくれた姉御の気遣いだと思った。改めてあざ~すm(__)m
試合開始はちょうど12時間後。対戦校には昨年の決勝戦で惜敗し、6連覇を阻まれた相手。早いもので、あれから丸1年。悔しさを胸に、泥にまみれたこの1年間の成果を発揮する時が近付いていた。
マズイ、再び血がたぎってきた・・・。姉御に叱られそうなので、入力を終えることにした神無月の夜pc

2011年10月19日 (水)

不覚

日曜日の準々決勝を勝利し、ホッとする間もなく、次男達は金曜日の準決勝、その先の決勝戦に向けて、気持ちを切り替えて連日練習していた。Dscf0260

私も気持ちは次の準決勝に向いていたが、身体はまだ準々決勝に捉われていた。撮影した試合のダビングが残っていたからだった。

準々決勝があった日曜日の夜は、「今日は観戦と応援の疲れたし、一日ぐらいは待ってくれるだろう」と自分に都合良く解釈した私。いつものことだったけど・・・。Dscf0259

明けて月曜日。休日明けのブルーな気分は、いつもほどではなかった。勝利した翌日だったし、仕事もほぼ順調に片付いたことが要因だった。月曜日のブルーな気分が和らぐんだったら、毎週日曜日に試合があってもいいなと思った。

帰宅して遅い夕食を済ませ、「さぁて、ダビングするかぁ」とパソコンに向かった私。不覚だった。記録するDISCが殆ど残ってなかった。電器屋さんはとっくに閉店している時刻。やる気はあっても、できる作業がなかった。

また一夜明けて火曜日。朝から「DISCを買って帰らなきゃ」と自分に言い聞かせながら出社。会社に就いた頃には忘れていたけれど・・・。何かの拍子で思い出し、帰路の途中電器屋さんでDISCを購入し、一晩かけてダビング。「ふふふっ、完了したぜ」と安堵し就寝。Dscf0263

そして、今朝、そのダビングしたDISCを次男に持参させるのを忘れた私。

次の試合に一つでも参考になればと思ってやってることなのに、次の試合は明後日。「明日は自分で高校に持参してでもチームメイトに観てもらわなきゃ」と自分の不注意を棚に上げ、押しつけがましく頒布しようとしている神無月の準決勝2日前cd

親子

2日前に準々決勝を無事に勝利した次男達。だが、3日後には準決勝が迫っていた。昨日も今日も遅い時間まで練習が続いていた。今夜も「迎えに来られないか?」とメールが来たので、迎えに行った。

帰宅して、夕食を摂る頃は既に9時。それでも、部活の話題や、チーム状況を知りたいと思い、食事中もあれこれ聞きながら一緒に夕食を摂った。腹ペコの次男にとっては、いろいろ聞かれることが煩わしいようだが、それにもめげずに聞いてる私だった。

携帯電話をスマホに交換し、使い方がなんとなーく分かりかけていた昨今、長女の携帯電話が故障したことを知った。「スマホにするつもりなら、よーく考えてからにしたほうがいいぞ。最初は超~苦労するから」と余計なお世話をするつもりで電話したら、「もうスマホにした」と娘。遅かった・・・。

案の定、使い慣れないことに起因する不具合が何度も発生しているらしい。ははは~、親子だぁー。そこで、スマホ所持の先輩である長男に電話し、「ちょっと俺達に使い方を教えろ!」と呼び出した。

あらっ、事前に談合をしていたわけでもないのに、私も長男も長女も全く同じ機種。「使い方を聞きやすくて良かった~」と思った反面、個性のない親子かも・・・。Dscf0255

そこへ次男が現れて、「あっ、3人ともいいなぁ。俺も欲しい」と予想通りの発言。今は花園大会出場に向けて全力を挙げる時。スマホを持つのはまだまだ早かった。関心を示さない私に、「俺も同じ機種でいいから」と食い下がる次男。その粘っこさを試合でも発揮しろと真剣に思った神無月の準決勝3日前drama

2011年10月17日 (月)

俺俺ハクチョウ

昨日の準々決勝の最中に、救急車で運ばれたチームメイトの様子が気になったので、朝、父兄仲間に電話した。幸いにも軽い症状だったと聞き、安心して休日明けの仕事に就くことができた。

次男の試合が近付いていたある日、待望の友人と半年ぶりに再会した。試合の1週間前のことだった。我が家の隣にある池に、今冬第1号の白鳥が飛来した。

「確か、ここの池だったよなぁ」と再確認するかのように、池の上空を旋回し、ス~と華麗に着水した。相変わらず上手だった。当然だけれど・・・。Dsc_0059

「おぉ、今年も来たかぁ(笑)。あんたが来たってことは、冬が近いんだなぁ」と嬉しさと憂鬱さが同居する中、再会を祝そうと思い、外に飛び出した。さすがに疲れているのか、はたまた警戒しているのか、まだ近付いては来ない。

「おーい、俺、俺。俺だって。去年もあんなにエサをあげたじゃん。忘れたかぁ」と思ったが、去年の白鳥かどうかの保証はなかった。まぁ、徐々に仲間が増えれば、再びエサをもらいに来るだろうと思い、その日以降、毎朝、池の様子を気にしていた。

試合前に白い飛来者・・・。白星・・・。勝利・・・。優勝・・・。縁起がいいなと、強引にこじつけている神無月の月曜日penguin

2011年10月16日 (日)

ススキ踏み

『第91回全国高等学校ラグビーフットボール大会青森県予選会』がキタァ~。開幕から1か月半、ようやく次男達のチームが初戦を迎えたこの日。生徒達以上の興奮と緊張で朝4時まで起きていた私。7時には何とか目覚め、冷めたコーヒーをすすり終えて、次男を伴って市内の大会会場に向かった。

偶然にも前を走る車両はチームの監督の車。私「あらっ、前の車はひょっとして〇〇(監督のあだ名)の車じゃないか?」。次男「あっ、やべぇ、追い越して」。監督より遅く会場入りするわけにはいかなかったのだろうけど、すでにルームミラーでこっちの存在を確認されていた。真っ先に会場入りする私としては、朝から汚点を残してしまった。

集合時間には十分に間に合ったが、会場には多くの父兄仲間。誰もが皆、息子達の初戦を待ちわび、そして勝利を信じて応援に駆け付けていた。分かるわー、うんうん。

親しい人達とあいさつを交わした後、私だけは父兄仲間と行動を別にした。会場が河川敷のグラウンドに変更され、スタンドが存在しないため、応援席とは正反対にある河川敷の土手の上に移動することにした。実は会場が変更された時点で、土手で観戦するしかない、と決めていた。高い地点から試合を観戦しないと、全体を把握できないからだった。

土手の上は無人。ときどき散歩をする人が通るぐらいの貸切状態だったが、想定外のことも。スタジアムとは違い、土手には無数のススキが生い茂る。グラウンドが見えないっ!「試合開始まではあと1時間以上あるな。よぉーし」と思い立ち、土手の斜面に生い茂ったススキを踏み均すことにした。ススキに恨みはないけれど、斜面のススキを踏んだ。折った。なぎ倒した。そして、私は試合前に疲れていた。

次男達には初戦。とは言え、大会としては準々決勝。対戦校は、過去に十数回も花園大会に出場していた古豪校。気が付くと、それぞれ試合前の練習を終えていた。その頃、私はススキ踏みでまだゼイゼイしていた。急いでビデオカメラをセットすると、雨が降りで始めた。「え゛~、大事な初戦の開始に合わせて降雨かよ。でも、今回は次男も試合に出ないみたいだし、本格的に降るようなら、ビデオ撮影やめよう」と思っていた。201110161056391

試合開始直前。目の前で円陣を組む我がチーム。「ん?あらっ?」。円陣の中には、ジャージ姿の次男の姿も・・・。なーんだ、先発ではないけれど、選手登録されてるんじゃん。降雨も気にせず、急にビデオカメラを構える腕に力が入ってきた私・・・。

試合開始のホイッスル。いつもエンジンの掛かりが遅い我が校だったが、先制のトライ。いいぞっ!誰もいない土手の上で大はしゃぎの私。その後も着実にトライを重ねる我が校。前半を終えて31対0。まずまずといったところか・・・。201110161056392

後半が始まると、チームメイトの一人がタックルされた勢いで倒れ、起き上がらない。左WTBの〇〇君だった。カメラを構えながら無事を祈ったが、立ち上がる様子はみられない。ついにはグラウンドに救急車が到着し、車中の人となった〇〇君。お父さんと仲良しだったこともあり、他人事ではなかった。軽い症状で済んでほしいと誰もが願う中、試合は再び続行されることに・・・。201110161136031

すると、我が校が数名のメンバーチェンジを行い、次男も登場した。想定外だった。テンション上げろっ!と心の中でつぶやいた。とりあえず、元気よくグラウンドに走りだし、すぐにスクラムに参加した。救急車で運ばれた〇〇君の分も押せ、走れ、倒せ。201110161136033

後半も得点を重ね、試合終了を告げるノーサイドのホイッスルがグラウンドに響き渡った。66対0で勝利。初戦としてはまずまずの滑り出し。大きな活躍もなかったけれど、致命的なミスもなかった次男。大会直前にテンションが下がっていたことを考えれば、ぎりぎり及第点か・・・。

その後も晴れたり降ったりの中、ライバル校の動向をチェックするため、全4試合を観戦した私。この日は急いで家を飛び出したため、奥さんの必勝オニギリはなし。ビデオ撮影していたため、自動販売機に移動することもできず、夕方まで空腹をこらえた。

次なる試合は金曜日の準決勝。対戦校には去年、決勝で惜敗していた。勝利の余韻に浸る間もなく、リベンジに向けて今日の試合の模様をビデオでチェックしている神無月の準々決勝の夜sports

2011年10月15日 (土)

出る幕

第91回全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園大会)の県予選会が開幕して1か月が経過。次男達のチームの初戦が明日に迫った。トーナメント方式で勝ち上がるため、敗戦は許されない。どの試合も必勝が求められていた。

心配された降雨も、今朝は霧雨程度に落ち着いていた。私「おはよう。部活に送っていくから」。次男「いいよ、チャリで行くから」。私「いいから、送っていく」。半ば強引に愛車に乗っけて、高校に送り届けた。目当ては、初戦直前の最後の練習を観ておきたいという思いからだった。

グラウンドのすぐ隣では、北海道新幹線の建設工事が盛んに進められていた。工事の騒音にもめげずに、声を出して練習に励む部員達は、グラウンドの水溜まりも気にせずに、明日の初戦に向けて最後の調整を繰り返していた。Dscf0246

「え~と、ウチの馬鹿息子は何処だろ」とグラウンドを見回すと、買い揃えたばかりのコンプレッションウェアとスパイクをまとって練習を繰り返していた。相変わらず覇気が今一つだったけれど・・・。

部活を最後まで見届け、次男を拾って帰宅。車中で、私「明日は初戦なのに、何か今一つ乗ってないなぁ」。次男「別に・・・」。また、エリカ様が降臨した。

私「気合が入ってないと、試合に出してもらえないぞ」。次男「どうせ、今回は無理」。私「なんでだよ?」。次男「今回は、3年生が中心になるみたい。3年生にとっては最後の大会だし・・・」。私「それはそうだけど、実力次第では、2年生だってメンバーに選ばれるかもしれないだろ」。次男「でも、今回は3年生の気合がハンパねぇーって感じ。怪我人も治って戻ってきたし、俺の出る幕じゃない・・・」。

大会が日々迫る中で、私が盛り上がるのとは対照的に、今一つ覇気がなかった次男。理由はやっぱりここにあった。過去の新人戦、新人戦東北大会、春季大会、高校総体、東北大会(NHK杯)とは違い、明らかにテンションが下がっていた次男。予想はしていたが、理由が分かっただけでも練習を見学に行った甲斐があった。

部活用品の調達に追われたこの1週間。装着する用具は何とか間に合わせて揃えてやることはできても、試合に臨むテンションを高め、試合に出る幕を開くのは自分自身で切り拓いてもらうしかなかった。

私「まぁ、それはそれでしょうがないだろ。試合に出ない時もあるさ。大怪我をしてるわけじゃないし、チームのために全力を出していれば、また声もかかるだろ。とにかく、明日は応援に専念しろ。外から自分達のチームの試合を観るのも勉強だぞ」と慰めたつもりだったが、次男「いつもビデオで観てる・・・」。あっ、そうか。

私「じゃあ、選手達に声が届くように応援に専念しろ。県予選は出場しなくても、優勝したら花園で試合に出られるかもしれないし」。次男「あぁ」。

次男達のチームはシード扱いだったため、明日の試合は初戦とはいえ、勝利すればベスト4。明日からの1週間はこの1年間の集大成となる次男達。集大成のこの時期にテンションが下がっていた次男だが、チームのためにできることをやらせなきゃと考えている神無月の初戦前夜spade

2011年10月14日 (金)

ジョーちゃん

この日は特に帰宅が遅かった次男。少し残業をしてきた私よりも遅い帰宅だった。初戦2日前だから、当然といえば当然だった。けれども、生憎と今夜は雨が降り出していた。試合がある日曜日までには降り止むことを願っていた。

過去に、降雨の試合では内容の悪い戦いが続いていた。グラウンドコンディションは悪い。ボールは滑る。目に雨が入り見にくい・・・。悪い要素は揃っていたが、それは対戦相手も同じ条件だった。今度の日曜日の試合は、怪我もなく、内容が伴った試合を、そして勝利を願っていた。

そんな週末の私にとって、突然の悲報だった。ジョーちゃんが逝った。63歳。ちょうど私とはひとまわり違っていた。

ずーと、彼のブルースロックが好きだった。今でも時々、愛車の中で彼のしゃがれた歌声を好んで聞いていた。

『さらばミシシッピー』『雨に泣いている・・・』『FENCEの向こうのアメリカ』・・・。どれも好きだった。

次男達の大会初戦直前になると、愛車の中で一人でテンションの上がる曲を聞きながら通勤していた私だったが、今夜はジョーちゃんの曲の中で最も好きだった『青い瞳のステラ、1962年 夏...』を繰り返し聞きながら帰宅した。

あのしゃがれた声が聞けなくなるということを受け入れたくはなかったが、夜が深まるにつれてジョーちゃんが逝去したことを受け入れる心境になりつつあった私。

『青い瞳のステラ、1962年 夏...』

赤いキャンディ 包んでくれたのは
古い Newspaper
白いペンキ 何度も塗りかえす
夏の風の中で

今頃 故郷のテネシーあたり
借り入れ時さと カタコト混じりで
バルコニーから 覗くあんたは
ブロンドさえも 色褪せてた

派手な化粧 振り撒くオー・デ・コロン
自慢の胸のペンダント
俺の髪を撫でまわしながら
開けてみせた写真

もう一度 船に乗る夢ばかり
風邪をひいた日に うわ言のように
好きなブルース かけてた夜は
きまって夜明けに すすり泣いてた

After midnight
哀しみは 永遠の眠りについたかい

After midnight
哀しみは 海を渡って行ったかい

沖を通る 貨物船ながめ
テネシー・ワルツ歌おう
上手いもんさ あんたに教わった
ちょっとイカシタ ステップ

ほめてくれよ しゃがれた声で
芝生の下で眠っていずに
ほめてくれよ Blue eyes細めて
芝生の下で眠っていずに

ありがとうジョーちゃん、安らかに・・・。これまでの感謝と、早すぎる死を悼む神無月の夜sweat02

2011年10月13日 (木)

Uターン

次男達の県予選が迫る中、地元TV局が今夜、花園大会県予選の強豪校を紹介する特集を放送した。これまでの取材に加え、先日も次男達の練習を取材に来ていた。毎年、県大会の最中に放送していたので、今年はどんな内容だろうかと先日から楽しみにしていた。

当然、今夜も録画はしていたが、急いで帰宅した私。間もなく、家に着くというところで、奥さんから「迎えに来られない?」とメール。スマホの使い方が分からなかったと、奥さんのメールを無視しようと思ったが、見てしまったので「待ってろっ!」と返信し、再び奥さんの会社にUターン。運の悪い私だった。

奥さんの会社に着く頃には、放送がスタート。車の中で放送を観た私。「おぉ、〇〇君だ」「あっ、〇〇君はレギュラーか」と車内で興奮しながら見入った私。次男もチョロチョロと映っていたが、時々カメラを気にしていた・・・。おいっ、集中しろよぉ~。

帰宅してからも、録画した放送を再び何度か観ているうちに、興奮が高まり、試合モードになってきた私。台所から「何度観とるんじゃー」という声が聞こえそうだったので、いったんチャンネルを替えた。

間もなく次男も部活から帰宅。私「例の特集が今日放送されてたぞ」。次男「今日だったのか。で、録画してる?」。私「あぁ、任せろ」。意気投合して、再びテレビの前にUターンして何度か繰り返して観た私達。

台所から「ご飯できたよって、さっきから叫んでるんだけどぉ。あまり観過ぎるとテープが減るよ」と声がした。ビデオテープじゃないんだけど・・・と思ったが、言わずに夕食にした神無月の大会3日前tv

2011年10月12日 (水)

二度あることは

花園大会県予選が迫る中、急遽、部活用品の調達に追われていた。11月初旬には新人戦、県予選に勝ち抜けば年末には花園大会と、今シーズンの集大成を迎える時期だけに、何とかしないわけにはいかなかった。

コンプレッションウェアは上下とも揃えた。ぶっ壊れたスパイクも新調した。あとは日曜日を待つだけ。それでも、次男の表情は今一つ冴えなかった。

昨夜、「マウスピースがないんだけど・・・」と次男。奥さん「えっ、どうしたの?」。次男「知らないうちに失くしてた」。何で、今になってそんなことを言い出すのかぁ・・・。二度ならず、三度目だろ。

「いつ、失くした?」「何で早く言わないの」「今から注文しても試合に間に合わないでしょ」と攻撃の手を緩めない奥さん。なかなか手強い攻撃だった。

「知ってたら失くさない」「最近になって思い出した」「市販のやつでもいい」。次男の苦し紛れのディフェンスが続いていたので、「明日、歯医者さんに行って、型をとって注文しろっ!それまでは市販のマウスピースで我慢しろっ!」と助け舟を出した私。

試合に出場するにはマウスピースを所持することがラグビーのルール。今まで使用していたものは、長男の奥さんが勤務する歯医者さんで作ってもらったものだった。市販のものと異なり、選手の歯型に合わせて作ってもらえるため、市販品の10倍以上も高価だが、フィット感は格段に違っていた。

今夜も帰宅途中にスポーツ店へ寄り道。知り合いの店員さんに「大会直前になってマウスピースがないと言う馬鹿息子が一人・・・」と言いつつ、応急措置として市販品を1個買ってきた。Dscf0243_2

先日急遽買ったスパイクは、ここのスポーツ店から買ったものではなかったが、いつもはここのスポーツ店から部活用品を買っていた。知り合いの店員さんが「日曜日から頑張って下さい」と言われ、調子に乗って秘密兵器も買った。秘密兵器だけに、今は秘密だが、高価だった・・・。

帰宅して、今夜も次男に「ほいっ、当面はこれを使え!で、歯医者に行ってきたか?」と私。「うん、来週にはできるみたい」と次男。

ついでに「まだ何か壊れたり、不足してるものってあるのか?正直に言え!」と聞くと、「もう大丈夫だと思う。多分」と次男。

明日はスポーツ店に寄らなくて済むと思うと、逆に淋しさも感じるようになった神無月の大会4日前club

2011年10月11日 (火)

ハカ

3連休も当然のように部活だった次男。相変わらず元気が今一つだったので、月曜日の練習から帰宅した次男に聞いた。

私「手の怪我はどうだ?」。次男「普通」。私「練習は普通にこなしてるのか?」。次男「うん、まあまあ」。あいまいな返事だったので、「まあまあって、何か不都合でもあるのか?」と突っ込むと、「スパイクが壊れた・・・」と次男。

またか・・・。今年だけで2、3足のスパイクを壊していた。現在履いているスパイクも大会直前に「壊れた」と言われ、急遽、買ったものだった。確かに競技が競技だけに、いつかは壊れて使用不能になることは想定していたが、今回は特に壊れるのが早かった。

「どれっ、ちょっとスパイクを持って来い」と言うと、「うん、暖房を使って乾かさなきゃいけないし、今持ってくる」と次男。一見すると何でもなさそうだが、よく見ると紐を通す穴が裂けてたり、かかとがグダグタになっていたりと、とても練習にも試合にも耐えられる代物ではなかった・・・。Dsc_0057

大会直前になると、決まって用具が壊れる次男。大会直前でいつも以上に練習がキツくなっているのだろうかとも思われたが、それにしても大会直前の儀式のように恒例行事となっていた。まるで、試合前にハカをするオールブラックスのように・・・。

次の日曜日に迫っていた試合どころか、明日の練習にさえ不自由な状況。インターネットで掘り出し物を探している時間的余裕はない。かといって、準備しないわけにはいかない・・・。

案の定、奥さんは今回も会話の中に入ってこない。いつもそうだ。次男のラグビー用品が必要に鳴る時だけ無口になる。耳だけは研ぎ澄ましつつも、貝になる。「おい、どうする?」と話を振ってもスルーする。今回もそうだ・・・。

「分かった。今回も急な話だから、気に入ったスパイクは無理だろうけど、なんとかするっ!」。そう言った手前、翌日は近所のスポーツ店に走った私。足のサイズは私と同じだと分かっていたが、メーカーによっては微妙にサイズが異なるため、実際に履き心地を確認して、「とにかく、すぐに履けないと困るし、今回はこれでいいや」と決め、レジへ。Dscf0220

いつもはラグビースパイクに求められる強靭さと軽さを備えたM社のスパイクを愛用していたが、ちょうどいいサイズが見当たらなかった。そのため、今回は初めてA社のスパイクを履かせてみることにした。軽さはM社に劣るが、強靭さは備えているようだった。

スポーツ店から帰宅し、部活を終えた次男に「ほいっ、明日からコレを履け。最初は慣れないかもしれないけど、オールブラックスの中にもW杯で履いてる選手がいたぞ」と言い訳をしながら手渡した。

少し驚き気味の次男だったが、「おっ、助かったぁ。どーもぉ。早速、明日から履いてみるわ」と言って両足を入れていた。

それにしても、先日のコンプレッションウェアといい、スパイクといい、物入りの次男。試合直前になると繰り広げられる次男のハカは、いつまで続くのかと不安にかられる神無月の大会5日前shoe

2011年10月10日 (月)

明日から使え

「体育の日」を含む今回の3連休。「食欲の秋」を謳歌する奥さん。部活のため、文字通り「スポーツの秋」に浸る次男。私は・・・、何もなかった。あるとそれば、「モノ思う秋」だった。

貴重な自由時間となった土曜日の午前中に、スポーツ店へ次男のコンプレッションウェアを買いに行った。以前にスポーツ店のチラシを見ながら、「夏用のコンプレッションウェアだから、練習の時に寒い。長袖、ロングタイツがあったらいいな」と次男がボソボソとつぶやいていたからだった。この時期に夜遅くまで屋外で短パン、半袖の練習は確かに辛いものがあると思った。

適度に筋肉をサポートしつつ、外気から肌を守るコンプレッションウェア。昔はこんなものが流行るなんて考えられなかったが、今のアスリートは半ば常識的に着用している。スポーツするのも本当に金がかかる世の中になったものだ。

当然、ピンからキリまで商品は多数。上下揃えるとなると福沢諭吉が3人は必要となるものから、型落ちした商品だと福沢諭吉1人で収まりそうなものまで・・・。「どうせ、また破れるんだから・・・」と後者にした。それでも、今の私には福沢諭吉が財布から1人でも去るのは辛かった・・・。Dsc_0006

スポーツ店のお姉さんが、「着用してみませんかぁ?」と聞くので、「あっ、俺のじゃないんです(笑)、馬鹿息子のです」と私。身長、体重がほぼ私と変わらないので、サイズ表を見て「これでいいです」と買い求めた。自分のだったら、シッカリ着用してフィット感を確認していたかも・・・。

部活から帰宅し、夕食を済ませてくつろぐ次男に「ほいっ、これ使え。明日から使え」と手渡した。中身を見て素直に喜んでくれた。その姿を見た私も少し嬉しかった。

「これを着て、花園を目指して頑張れ」と言いたかったが、それは言わずにおいた。「違うヤツが欲しかった。そっちだと頑張れる」と言われたくなかったのと、今は変なプレッシャーを与えたくはなかった。

それでも「あざ~す」「ど~もぉ」と言う次男を見て、ほっと胸を撫で下ろした。サイズもピッタリだったので、ひと安心して入浴した私。

風呂から上がると、居間には奥さんだけ。「いつ買っておいたの?」と聞くので、「今日」と私。「値段はいくらぐらい?」と聞くので、「言ったら、払ってくれるか?」と逆質問すると、いつも通りに返事はなかった。挙げ句の果てに、「私にも何か買ってくれないの?」と聞くので、私も返事はしなかった・・・。

「〇〇(次男)はいいよねぇ、何も言わなくてもあんたが準備してくれて・・・」と、まだ食い下がるので、「そうだよなぁ。コンプレッションが一番必要なのはお前だよなぁ。よしっ、その贅肉を引き締めるコンプレッション探すかぁ」と言ったら、ムっとして風呂に入られた神無月の夜sports

スポーツになった秋

3連休の二日目。朝から掃除機がけたたましく鳴っていた。さっさと掃除を済ませて、出掛けるぞーのサインだった。掃除機も3連休ぐらいは休暇をとればいいのに(ーー゛)

掃除が済む頃には、奥さん「よぉし、どこに行こうか?」。そう言うであろうことは想定内だった。「今日は、PC作業を進めて、その後は温泉にでも行こう」という目論見だった私。ぐずぐずしている私をよそに、さっさと出掛ける準備の奥さん。「温泉に入る準備もしてあるから」と言うので、「じゃあ、ちょっと出掛けるかぁ」と思い腰を上げた私。

家を出てすぐに、「もしもしぃ、今どこに居るぅ?」と長女に電話する奥さん。不安的中・・・。一緒に連れていくから、長女宅に立ち寄れと言う奥さん。当然、6歳様と3歳様もセット。「今日は、アンパンマンなしだからなっ!」と釘を刺して、長女宅へ。

そうなると、大人の都合でゆっくり温泉でも・・・というわけにもいかなくなった。6歳様「今日は何処に行くのぉ」。奥さん「さぁ、何処でしょうねぇ。きっと、楽しい所じゃない?」と車中で勝手に行き先を絞り込んでくる。今日も先手を打つのか・・・。

わくわくしている子供達を裏切ることはできないと思い、三沢市までぶっ飛ばした。米軍基地がある三沢市は、米国人も多く、市民生活にも米国文化が入っていた。市街地再開発で新たに完成したアメリカ村に連れていくことにした。「よし、アメリカに連れて行ってやる。欧米だぞ、欧米。英語を話せるかぁ、お前達」と子供達をビビらせながら・・・。

アメリカ村の中心施設に立ち寄り、輸入雑貨等を見て回ることにした。ハロウィン関連の商品が多数あったため、この日のお土産として何点かを購入することにした。Dsc_0018

みんな満足そうだったけれど、この歳になってもハロウィンの意味が分からない私は、「ところで、ハロウィンって何だ?どんな意味?俺が小さい頃は聞いたこともないけど・・・」と素朴に訪ねた。長女「そう言われると・・・。保育園では仮装したりしてるみたいだけど・・・」。奥さん「知らなーい。でも、意味が分からなくても、楽しそうならいいんじゃない」。今日は、それでいいや・・・。Dsc_0020_2

どうせ、三沢市に来たのなら 、ということで、三沢航空科学館に愛車を走らせた。米軍三沢基地や自衛隊基地、三沢空港を持つ三沢市は、約80年前に『ミス・ビードル号』という飛行機が太平洋無着陸横断飛行を成し遂げた時に、米国に向けて離陸した場所でもあった。飛行機と密接に関わる街だけに、立派な施設が整備されていた。Dsc_0053

私達夫婦は何度か来たことはあったが、6歳様と3歳様を連れてくるのは初めてだった。到着するなり、弾けるように駆けだした6歳様と3歳様。「走るな~、転ぶぞ~」と言ってみたところで、効果なし・・・。Dsc_0031操縦席に着座すると、「動かない。動かしてぇ」という3歳様。それは無理だった。「今日は日曜日だから、飛行機もお休みしないと・・・」と訳の分からない理由でその場をしのごうとすると、6歳様「明日は月曜日だから、明日も来ようか」。嘘ついてました、私。

その嘘の罰かどうかは分からないが、さんざん連れ回されて、くたびれた私。帰路は、ぐっすりとご就寝のご一行様だったが、よくよく考えてみれば、日頃の運動不足の解消につながり、『スポーツの秋』をさせていただいた神無月の休日run

2011年10月 8日 (土)

温泉イブ

花園大会県予選が開幕していたが、台風の影響や会場の都合などで、次男達の試合は1か月間も先送りされていた。その初戦がついに来週に迫っていた。

「あと〇日かぁ」と指折り数える日々だったここ数週間。大阪のつぶやき友達からは次男君の活躍ぶりと、チームの躍進する様子を聞き、「おっ、いいねぇ。頑張ってるなぁ」と関心していた私。その一方で、「ウチのチームの試合はまだかぁ~。選手達が年とってしまうぞー」と誰にもぶつけようのない思いも抱いていた。

そのため、最近は敢えてブログに次男のことは触れないようにしていた。しかし、あと1週間を迎えるに当たって、私の心の中を占める県大会の割合が確実に、ひたひたと高まっていた。

土曜日の今日も練習を見に行こうと思っていたが、奥さんからいろいろと用事を言いつけられたり、買い物に付き合わされたりで、思うようにはならなかった。まっ、私が練習を見に行ったからといって、チームには何もプラスにはならないのだけれど、大会初戦に臨む選手達の様子や空気をこの目で確認したかったのに・・・。

夕方に練習から帰宅した次男に、「今日の練習はどうだった?」と聞くが、明確な答えが帰って来ない。いつものことだけれど・・・。さらに「手の怪我とかは良くなってんのか?」と聞くが、「普通」とだけ。普通の意味が未だに分からない。Dsc_0001

愛想がいいとは言えない次男だが、このところ特に部活のことは言わなくなっていた。気になる私は、そんな次男の態度にお構いなく、ガツガツ聞くようにしていたけれど、それにしても大会前のテンションの高まりが感じられなかった。

秋晴れのこの日は、夜になると居間から月がくっきりと見えた(=写真)。私「おっ、綺麗な月が出てるぞ」という私に、「あっ、そう・・・」と次男。

今夜はゆっくりと休ませて、また温泉にでも行って心境や体調を聞いてみる必要があるな、と思った神無月の夜moon1

2011年10月 7日 (金)

台所にて

「ただいま・・・」。3連休を前に、ちょっとだけ残業し、8時に帰宅したこの日。次男「お帰り」。私「おろっ?早いな、今日は。部活は休みか?」。「うん、明日は創立記念式典だから、早く帰れた。部活はやってきたけど」と次男。

奥さんはまだ帰ってない。残業した私よりも遅いのか、な~んだ。とりあえず、冷蔵庫にあるモノをチェックし、夕飯の支度した。焼く、温めるだけのオカズだが、何もしないよりはいっかぁーと思い、台所に立った。

台所から居間のテレビが見えた・・・。『4男1男7人家族』が放送されていた。大家族モノは欠かさず観ていた私。「あらっ、また新しい家族だぁ・・・」。無意識に見入っていた。

原発事故で、福島県から小豆島に引越しした家族の様子だった。最初のうちは、「なーんだ、4男1女って、いつも見ている家族よりも少人数だなぁ」と偉そうに上から目線で観ていた私。自分では3人しか子供がいなかったのにも関わらず・・・。

台所に立ちながら、ウルっとした・・・。小豆島で地域に溶け込もうとする家族達。温かく接する地域の人達。そして、福島県に一時帰宅し、肉親や、預けていた飼い犬との再会。

映し出された家族に限らず、避難を強いられている人達は数限りなくいて、それぞれにドラマがあるのは理解していたが、故郷に帰れないでいる人達が必死で生きていることを改めて感じた。

ジーンとしながら台所にたっていると、、ピンポーンと突然。「ごめんごめん、遅くなって」と奥さん。「あらー、ご飯支度?で、何を作ってくれてるの?」と言いながら、台所に近付いてきた。腹ペコの次男も追随して台所に私の様子を見に来た。「え~、さっきから台所に立ってるのに、これから作るのかよ」と言う次男。

テレビが気になって、30分ほど経過しても冷蔵庫から出しただけの私。完全に手が止まっていた。家族のそんな非難も気にならぬほど、避難を余儀なくされている人達の行く末が気になっていた神無月の夜pisces

2011年10月 6日 (木)

『来ないモード』

土曜日に携帯電話の機種変更を行った私。説明書をよーく読んで、颯爽と使いこなそうと思っていた。が、すぐに思惑は外れた・・・。

八代亜紀さんの絵画展を鑑賞中に呼び出しコールが鳴ったきり、ウンともスンとも言わない日が三日間続いた。確かに電源は入っているのに・・・。

思い余って、携帯ショップに先日駆け込んだ。機種変更した時に対応してくれたお姉さんがいたので、「あのぉ、電源が入ってるんですけど、何も音沙汰がないんです。あっ、この前はどーも」と私。いつものお姉さんは「ちょっとお借りしてもよろしいでしょうか?」と聞いたので、「ちょっとじゃなくて、いっぱいお貸ししますから、どうかひとつ宜しく・・・」。
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3秒後に、「『機内モード』になっていますねぇ」とお姉さん。早っ、何ですぐわかるんだろ。それに、その『機内モード』が何者で、誰が設定した?

通話機能やパケット通信などの無線通信をOFFにするらしい『機内モード』。絵画展を鑑賞中に鳴り出した呼び出しコールに、焦った私が誤操作したとしか考えられなかった。現に、その後、ウンともスンとも言わないくなったのだから。『機内モード』て゜『来ないモード』になっていたのか・・・。

普通の設定をやり直してもらい、「さすが、よーく知ってますねぇ。ありがとうございます。今度は大丈夫みたいです」とお礼すると、お姉さん「いえいえ、またいつでもどうぞ」。どーもぉ。

帰り際に「今までは取扱説明書を見る時間もなかったけど、今度は取扱説明書をよく読んでみますね」と言い立ち去ろうとする私に、お姉さん「説明書は同包されていないんですよぉ(笑)。スマホでダウンロードして、画面で見るんです」。

はぁ?説明書って最初から無かったのかぁ・・・。私にとっては、何から何まで想定外のスマホ。使い慣れるまで、お姉さんをお持ち帰りしようかと思った神無月の午後virgo

2011年10月 5日 (水)

有名スポット

連日の快晴で気持ち良く仕事をこなせていた。市内を走行している時も、あまりの好天に「しばらく、このままの天気が続いてくれないかなぁ」とウキウキしながらハンドルを握っていた。

信号をあと二つ越えれば目的地というところで、信号が黄色から赤に変わったためストップ!いつもなら「行っけぇ~」とアクセルを踏む場面だったが、好天で心にゆとりがあったためか、ストップした私。信号が青に変わり、再びブ~ンと発車。

その交差点を通過すると、左手の街路樹の後に人影?「ん?飛び出すのかぁ?分かりにくい場所に立ちやがって、危ねぇだろっ!ほんとにもう・・・」と思いながら、その横を通過。

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あらっ?おまわりさん?いや、おまわり様じゃございませんか。日夜、われわれ市民のためにご苦労様でござりまするっ!

ツイテル。太陽に吠えろのヤマさんが張り込みをしてるかのような、絵にかいたような取り締まり体勢。「そうやって、街路樹と一体化して、俺達を見張ってるのか。いや見守っているのか・・・」。

好天のお陰で、信号違反の切符を切られることもなく目的地に到着。帰路も同じ道を反対から通過すると、まだやってる。いや、やっておいでになられる。帰路は取り締まるお姿が丸見えでございますけれど・・・。部下達に自慢してやろうと思い、写真を撮ってやった。

帰社後、部下達に「あそこの道路のこの地点で交通の取り締まりやってたから、みんな気を付けろよ」とドヤ顔で写真を見せると、部下A「えぇ、あそこはいつもやってますよねぇ」、部下D「僕は2度、走行中の携帯を見つけられましたよ」。

えっ、そんなに有名なスポットだったの?知らなかった・・・。もっと早く教えてくれよ~。部内の情報共有の未熟さを感じてしまった神無月の午後car

2011年10月 4日 (火)

フットワーク

涼しさを通り越して、寒いとさえ感じる週末だった。八甲田山は初冠雪だったとも伝えられていた。里にはまだ降らないとは言え、キツ~イ日々になってきた。

散髪した金曜日の夜は、やけにスースーした私。散髪しなくても、最近はスースー気味だったけれど・・・。翌日の土曜日は、「八代亜紀効果」で冷たい雨。日に日に秋が深まるのに比例して、気温も下がっていた。

エアコンやホットカーペット、そしてルームヒーターと、寒さを凌ぐために出番を待っている我が家の暖房機器たち。だが、いったんスイッチONにすると、連日お世話になりそうだったため、まだスイッチを入れずに我慢生活をしていた。エコにもなるし・・・。

そんな日曜日の夜。大河ドラマを観ながら、「寒くない?」と奥さん。「あぁ、ちょっと寒い」と私。すると、「エアコンのスイッチを入れたかったら、入れればぁ」と奥さん。

ムムっ、目の前にエアコンのリモコンが転がってるのに、私にスイッチを入れろと言う。「ははぁ、きっと私にスイッチを入れさせて、一緒に温まっておいて、後で電気代や灯油代が高いのを私のせいにしようとしてるなぁ」とピーンときた。

そこで、「いや、まだスイッチ入れなくてもいいだろ。寒かったら、お前がスイッチ入れればぁ」と奥さんに振った。すると、「私は、まだ大丈夫」と奥さん。あっ、そう。残念・・・

ドラマも終わり、PCに専念していたが、やはり涼しい。というか、寒い。ついに「短時間で、しかも温度を抑え目だったら、癖になることもないだろっ」と思い、立ち上がって、エアコンのリモコンを手にし、スイッチを入れた。間もなく、フワ~と温風が・・・。おぉ、温かい~。

ん~、カ・イ・テ・キだぜ。すると、即座に「あっ、ちょっとゴメン」と言いながら、私をどかして、さっさとエアコンの真下のソファーに移動する奥さん。

「あれっ、さっきは『まだ大丈夫』って言ってたよなぁ」と言う私に、「スイッチ入れたんだったら、こっちの席がいい」と奥さん。PCを持ってソファーに移動しようとした私は、再びPCを抱えて少し離れたPCデスクに・・・。

こんな時はフットワークが軽くなる人なんだなぁーと再確認した神無月の寒かった夜house

2011年10月 3日 (月)

迷惑な男と女

がらにもなく、『八代亜紀アートの世界』展を鑑賞した土曜日。実は、家を出て真っ先に向かった場所が他にあった。かねてから課題だった携帯電話の機種変更のため、携帯電話屋さんだった。

以前、説明を聞きに来店した時に10時開店だということを知っていたので、「土曜日だし、混むだろうな」と思い、真っ先に携帯電話屋さんに直行した。八代亜紀さんを二の次にして・・・。

ショップに着いた時刻は、開店前の9時55分頃。駐車場には他のお客さんらしい車両は見当たらない。混み合う前に来店できたと思えば一番乗りは嬉しいけど、何だか買う気満々みたいで、少し恥ずかしい。店内からショップのお姉さん達がこっちを見ているような気もする。考え過ぎだろうか・・・。

小心者の私は結局、10分ほど愛車の中で時間をつぶす。「そろそろ、いいだろっ」と店内へ。やっぱり1番乗りか・・・。この時点では、まだ機種を絞り込んでいなかった私。先日、新設丁寧に教えてくれたお姉さんに「先日はありがとうございました。ちゃんと来ましたよぉ」と私。すると、そのお姉さん「あっ、そうですかぁ。ありがとうございました」。なぁ~んだ、記憶ないのかぁ・・・。そりゃそうだよな、毎日何十人もお客さんの相手してるんだもんな・・・。

多少ガッカリした気持ちを抑えて、「こっちとこっちと、どっちが使いやすいと思いますか?」と担当直入に聞いた。「カクカクシカジカで・・・。私はこっちの機種を使ってますよぉ」とお姉さんが言うので、「じゃあ、同じのを下さい」と私。

以外と手続きも早く、書類にサインし終えると10分くらいで新機種が私の手に渡った。早っ、さすが商売上手!Dscf0209

こうして、新しい携帯電話を持参し、意気揚々と『八代亜紀アートの世界』展へ向かった私。入館して、気持ち良ーく鑑賞していると、聞きなれない音色が館内に。周囲の人がこっちを見てる。私のポケットがルルルルル~だか、ピロロロ~だか、とにかく鳴っている。

「あっ、俺だわ」。新しい携帯電話がポケットの中でその存在を訴えていた。アートを鑑賞する人にとって、私は迷惑男だった。しかし、まだ止め方を知らない・・・。廊下にダッシュして、焦りながら画面にタッチ。止まったぁ~。というか、切れていた。誰からの電話だったのかを確認する間もなく・・・。まぁ、音が止まったからいいや。

このまま、館内に戻るのは気が退けたが、何事もなかったように再び展示室に戻った私。ただし、携帯電話に振り向いた、さっきのお客さん達とはズ~と離れて観て回ったのは言うまでもなかった。

その日の午後、仕事から帰宅した奥さんに「俺、携帯電話を買い換えたから」と報告すると、「あっそう。ひょっとして電話に出る方法を知らなかったの?」と奥さん。お前だったのか、迷惑な・・・

スマホに買い替えて3日目、着信だけには出られるようになった神無月の夜mobilephone

2011年10月 2日 (日)

弱み

奥さんが仕事だったため、半日だけだがゆっくりと自分の時間が持てた土曜日の私。そのリバウンドで、今日は朝から掃除が待っていた。

八代亜紀さんのお陰で、昨日から雨、雨、雨・・・。「部活があるから、送って行け」と言う次男を高校に送り届けて、掃除が待っていた我が家へ。さっさと掃除を開始してくれれぱよいものを、帰宅を待ってた奥さん。逃げないのに・・・。

手抜きせずに掃除したお陰で、家の中もかなり綺麗になった。「本日の掃除は完了にしようぜ」ということで、少しPCに向かっていると、いつしか時計はお昼を指していた。次男から「迎えに来い」という電話が入り、再び高校へ。

帰路の途中、コンビニに寄った。すると、また目に止まってしまった。コンビニで時々、缶コーヒーを買う時についつい手を出してしまうオマケ(=写真上)。それも自動車シリーズだけ。Dscf0205

飲みたい缶コーヒーとは異なる銘柄だとしても、自動車のオマケがあるだけでついつい無意識に手を伸ばしている私。缶コーヒーメーカーの思うつぼにズッポリとハマってしまっていた、いつも・・・。まさに私の弱みだった。

その数も日に日に増えて、いつしか100台(個)を上回る数に・・・。プラスチックケース(=写真下=)を何個か準備して収納していたが、再び収まらなくなっていた。長女の娘や息子達にも何個かあげていたが、増える方がそれを上回っていた。Dscf0202

今や、奥さんから『無駄なもの』というレッテルを貼られているのだろう。そう思うと、堂々とは飾れなくなっていたのも事実。いっそ、誰かにあげてしまえば、もうコレクションをすることもなくなるのだろうかと思いながらも、ふんぎりがつかない私。「いつまでたっても、小学生レベルから抜け出せないよなぁ」と嫌悪感に陥った神無月の午後japanesetea

追伸 埼玉の美女から「アクセス2万ですよ~」とお知らせをいただいた。これまでお訪ね下さった方に改めて「あざ~す」と感謝。併せて、こんな内容ばっかりで、いいのだろうかと再び嫌悪感。

芸術の亜紀

奥さんは朝から会社へ、次男は部活へ。朝から一人で、それはそれは嬉しい私。昨夜のうちに散髪も済ませていたし、少なくても午前中は自分だけの時間が持てると思うと、ゆっくり寝てもいられない。

こんな日は、風呂に入って身も心もスッキリしてから行動しようと思い、朝風呂を。ちょうど奥さんが仕事が出掛ける時間帯だった。奥さん「じゃあ行っててくるからぁ」。私「ほぉ~い、行ってこい、行ってこい。ごゆっくりぃ~」と風呂場から声だけかける。髪も短くなったので、洗髪もドライヤーも早っ!エコだぁ~。

冷めたコーヒーを飲みながら新聞に目を通すと、今日からテレビのBS局が増加することを改めて確認。チャンネル権を持つ奥さんにとっては、うってつけの10月になりそうだ。

出掛けた先は県立郷土館。9月17日-10月16日までの1か月間の期間で『八代亜紀アートの世界』展をやっていたからだった。Dscf0201_2

アートには全く無縁の生活を送っている私。別に八代亜紀のファンでもなかった。秋といえば、「スポーツの秋」か「食欲の秋」しか縁のなかった。たしかに、肴は炙ったイカでいいけれど、まさか自分が八代亜紀さんが描いた絵画を見るとは思ってもいなかった。チケットをくれた知人に感謝だ。へへへっ・・・。Epson001_2

入館してまず驚いたのは、来館者の数・・・。みんな、肴は炙ったイカでいい人なのか。アートを鑑賞する方法も、鑑賞のコツも、美的感覚もない私だが、彼女が描く世界には驚かされた。館内が撮影禁止だったので、カメラをポケットに突っこんだまま、「へぇ~」「あっ、すげー」「どうしたら、こう描けるんだろ」と感嘆の声を上げながら、全72作品を観て回った。

世界最古の国際公募展『ル・サロン展』(フランス)に初出展で初入選を果たすと、以降5年連続の入選を果たし、永久会員となっているらしい八代さん。演歌もいいが、絵画も悪くはない。まるで、おせちもいいけどカレーもね、だ。

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1時間半くらいかけて、ゆっくりと絵を鑑賞した私。生まれて初めて「芸術の秋」らしい体験をした。まるで、いつもの自分じゃないと思ったが、朝風呂効果も手伝って、スッキリした気分に浸ることができた。2

会場のロビーでソファーに腰を下ろし、しばし余韻に浸りながら、「ココログ仲間にも絵やイラストを描く人達がいるよなぁ。表現する手法は違っても、絵心があるって羨ましいなぁ」と改めて尊敬した私。

がらにもなくアートに触れ、気分爽快で館内を後にしようとしたら、スコールのような雨。しばらま止みそうもないので、駐車場までダッシュ!「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ」か・・・。八代亜紀さんはサスガだと痛感した神無月の土曜日art(※掲載した作品はパンフレットより)

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