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2011年12月

2011年12月31日 (土)

ゆく年

6泊7日のプチ家出から帰宅した大晦日のこの日。花園大会という大切な思い出を胸に帰省すると、津軽は雪の中だった。

クリスマスもすることなく、大阪で次男達とともに過ごした日々は、一生の思い出としてこの先も忘れることなく残り続けるのだろう。ありがとう次男たち。多額の出費は伴なったけれど、こうして年末を花園で過ごすことができた事は、この上ない孝行だと褒めてやりたかった。Img_0064 Img_0061 Img_0074 Img_0080

帰宅すると、綺麗に雪掻きされたご近所と異なり、我が家だけが雪の中。疲れた身体にムチ打って雪片付けを終えると、もうへとへとだった私。

夕方になって、長男家族3人、長女家族4人、そして私と奥さんの合計9人で正月を迎えることができた。次男にも居てほしかったが、次男の帰省は明日。この場にはいない次男の分も乾杯し、今年を締めくくるとともに、来年もより良い一年であるように願った。

いろいろとあった今年一年だったけれど、今の私にはプチ家出の疲労感と、心地良い酔いで、深いことまでは思い巡らなかった。それでもココログの仲間との出会いは、花園出場と並ぶ大きな出来事だった。

どうか、来年こそは平穏な一年でありますように、そう願いつつ、ゆく年最後のUPとさせていただく師走大晦日diamond

2011年12月30日 (金)

3対19

優勝候補の一角との決戦。キックオフは12時。次男達の宿舎に向かい、決戦に向かう選手達の出発を見送った私。皆、引き締まった顔だった。すぐに私達も選手達の後ろを追うようにランデブー走行し花園入り。
運命のキックオフ。相手が超強豪校なのは承知の上。津軽魂を見せる時だ。キックオフ直後に分かった相手の強さ。体格も立派だが、技術力も組織力も鍛えられていた。しかし、我が校も日頃の強さを発揮し、膠着状態が続く。
試合が動いた。ついに先制点が入った。我が校だった。これでペースを握った我が校、相手の反撃に耐え続ける。しかし、前半、相手に逆転のトライをうばわれる。それでも、再三、逆転のトライ寸前まで攻め続ける我が校。しかし、懸命に防御する相手校。ついに逆転のチャンスをものにできず前半終了。ここまで攻めてトライを奪えない相手は初めてだった。
後半も普段通りのプレーを繰り返すが、さすがは優勝候補の一角。二本のトライを奪われた。父兄仲間は懸命の応援。それ以上に選手達は入部以来培った全てを残り時間にぶつける。そして、ノーサイドのホイッスル。
3対19。大健闘と言ってよかったが、誰もが皆、勝利を信じ、勝利を夢に観て、勝利できると、自分達の息子を信じていただけに、悔しかった。3年生には最後の試合になった。屈強な3年生が泣いていた。その涙を次男にはしっかりと見届けてほしかった私だった。
そして、この瞬間、私のプチ家出もジ・エンドだった。
6泊7日のプチ家出。私は青森に向かう帰路でバスに揺られていた。青森着は明晩らしかった。疲労は蓄積していたけれど、花園へプチ家出の機会を作ってくれた次男達に感謝し、ご声援下さった方々に感謝する師走の帰路bus

2011年12月29日 (木)

持ってる男登場

久しぶりにテレビを観た、ワンセグで。世の中からかけ離れた年末を過ごしていたので、ニュースを知りたかった。プチ驚きだった。もう12月29日、今年も今日を含めて三日間だけだった。
初戦まであと何日、二回戦まであと何日という日々を過ごしていたため、改めて年の瀬だったことを痛感した私。プチ家出する以上はしっかりしなきゃいけないと思った。
今朝も次男達は激しい練習に明け暮れていた。現在は大学でラグビーを続けているOB達も関西入りし、連日、練習相手を務めてくれていた。後輩達を思う気持ちに頭が下がった。あざーす。
関西入りして半月、これまでと違った風景があった。今朝は取材記者が急に増えていた。これも初戦に古豪を撃破したせいか。
練習もまもなく終了という頃に、後ろから「○○さん、ご苦労さまです」。振り替えると、青森のテレビ局のアナウンサー。
私「おぉ、来てくれたんだぁ(笑)」。アナウンサー「私も初戦観てました」。私「さすがは地元局。で、しっかり放送してくれた?」。アナウンサー「勿論です。社内では私、強運を持ってる男で有名なんです」。私「さすが○○アナウンサーだ。明日も来てね♪」。
以前から顔見知りの地元テレビ局のアナウンサーが強運の持ち主だったことは初めて聞いたけど、明日の超強豪校との戦いを直前に控え、いろいろな人達に見守られ、期待されていることを改めて痛感した師走の決戦前日punch   

2011年12月28日 (水)

待つわ

花園初戦を勝っちゃった我がチーム。一昨年出場した時は引き分けて抽選負けしていたため、3年ぶりの花園勝利だった。名門・大分舞鶴に勝利した喜びを一夜開けてジンワリと噛み締めた私。古豪相手とは言え、勝利を信じて大阪まで応援に来た甲斐があった。
父兄仲間と祝勝会をしたつけが回ってきた今朝の私。二日酔いという難敵をどうにか退けて、次男達の朝練を見学に行くことにした。初戦勝利の翌日にもかかわらず、普段と変わらぬ練習。むしろ、普段以上の練習かもしれなかった。二回戦は超強豪のシード校だということを考えれば、それも当然だった。一泡吹かせるためにも練習、練習、そして練習だった。
朝練とはいえ、練習が終わったのはお昼近く。父兄仲間と昼食を摂ると、午後はそれぞれ目的地ヘ。他校の試合を観戦したい私。しかし、奥さんが「私も行く」と言っていた手前、連絡を待つことにした。
コンビニで新聞を何種類か買い込んで、昨日の試合の結果をチェック。「青森北リベンジ 大分舞鶴初戦敗退」・・・まずまずの見出しかぁ♪
スマホでも試合結果をチェックすると、「おー、いっぱい載ってる」。しばらくスマホで試合結果を報じるニュースや動画を片っ端から観まくった私。ようやく奥さんからきた連絡に寄ると、「今日は列車の予約が取れないから、明日行く」
そこまでして来なくてもと思ったけれど、とりあえず、もう1日だけ待ってみることにした師走の午後fish

2011年12月27日 (火)

初戦突破!

花園大会が開幕した。余裕を持ちすぎてホテルを出たため、開会式にぎりぎり間に合った私。着いたのは開会式10分前の出来事だった。
開会式、我がチームも堂々の行進だった。開会式後に試合が待っているため、やや緊張気味といったところか。でも、みんな元気に入場していた。右足と右手を一緒に出してる生徒はいなかった。ホッ。
そして、初戦。相手は古豪。相手にとって不足なし。勝てない相手ではない。あわただしく応援準備を整えるとキックオフ。普段通りのプレーで先制トライをあげた我がチーム。スタンドが盛り上がったのは当然 だった。ナイストライだった。
その後も攻めて攻めて攻めた我がチーム。応援団のボルテージは上がる一方。練習してきたことをひたすらに出しきれ!
最終的に34対7で勝っちゃった。もう感無量だった。この日の勝利を信じて、津軽からはるばる花園まで来たのだから、何も言うことはなかった。
試合後、奥さんにメール。「勝ったどぉ」
しばらく経って、奥さんから「おめでとう。私も明日いこうかな」
えっ、無理しなくていいのにぃ~。いきなり現実に引き戻された師走の花園初戦の午後scissors
追伸 お陰様で、初戦勝っちゃいました。またプチ家出を続くことになりました。ご声援に感謝いたしますm(__)m

2011年12月26日 (月)

大阪NOW

着いたぁ~。そして、疲れたぁ~。33年ぶりのOSAKAでっせぇ。雪深い津軽を出発して18時間に及ぶバスの旅。

普段、雪と仲良くし過ぎているせいか、東名高速だけでなく、三重県に入っても雪と一緒の旅。雪とおさらばしたかったのに・・・。Img_0021

次男達の宿泊先の奈良県天理市に降り立つと、見慣れた丸刈り頭達が・・・(笑)「お~、丸刈り達。11日ぶりに見ると、皆、髪が伸びてるぅ~」。次男は親友のY君と近くのコンビニから食料を調達してきたところらしい。Img_0038

私「おー、久しぶり」。次男「おー」。私「明日、花園で会おうな」。次男「うぃ」。

次男と別れた私は、別な親友のY君のママと、そのママさんの友達の車に乗り込み、プチ奈良観光をして、大阪入り。「あっ、鹿、鹿!」。花園応援という目的を失いかけて、修学旅行気分の私。Img_0041

本当は天理から電車で大阪入りする予定だったが、お誘いを受けたので、便乗して大阪まで乗っけてもらった。内心は「助かったぁ~」と思った私。ははっ、普段から仲良くしてて良かったぁ~。

ズバリ、大阪は暑っ!「津軽ほど寒くはないだろ」と思っていたが、私にすれば「秋かぁ~?」といった感じ。Img_0049

それと、もう一つ大きな驚きが・・・。「あらっ、豹柄の服を着て、パンチパーマを賭けたおばちゃんがいない・・・」

軽い驚きの中、「明日の初戦に備えて、今夜は早く寝よっ!」と思っている師走の大阪の夕方sun

2011年12月25日 (日)

津軽発-大阪行

年末の慌ただしい中で、大阪・花園へ向かう準備もほぼ整った私。午後、次男達の高校から大型バスに乗り込み、第2陣の部員、応援する生徒、父兄仲間とともに関西へ向かうことになった。あっという間の数日間だった。

昨夜、「何か変わったことはないか?明日、青森を発って関西に向かう。花園で会おう」と次男にメールしておいた。返信がないのは想定内。いつものことだった。Dsc_0048

勝ち進むほどに大阪に滞在する期間は長くなるけれども、福沢諭吉とは相変わらず疎遠の私。そして、ブログの更新も含めてPCから遠ざかることに一抹の淋しさもないではないけれど、今は花園の地で初戦を勝利することを信じるのみ。

これまで頂戴した幾多のご声援に深謝しつつ、雪深い津軽の地を発つ師走の25日昼bus

青森北高等学校、勝つどぉ~、絶対に!!

2011年12月24日 (土)

準備ぃ~

まだ少し先のこと、そう思っていた第91回全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園大会)の開幕まで、あと3日。

昨日からちょうど2か月前の10月23日に青森県代表を決めた次男達ラグビー部。第1陣として出発した選手団は、10日間にわたって奈良県天理市に滞在し、開幕に向けた調整を続けていた。この間、次男には1本のメールも電話もすることなく、ひたすら強化に励んでいてくれることを願っていた私。

その私も、いよいよ明日、大阪・花園ラグビー場を目指して雪深い津軽の地を発つことになった。数日前から、「着替えは何日分持とうか。初戦で負ければ、単なる荷物だし」「いっそのこと、カメラだけあればいいかぁ~」「冬の大阪って、寒いのかぁ?」などと思いを巡らしつつ、余裕を持って準備しなきゃと思っていた私。

昨日から余裕を持って準備するはずだったが、昨日と今日で出来た準備は散髪しただけ。2日間、まるまる奥さんにこき使われていた・・・。

出発を翌日に控えて、慌てて準備に取り掛かった今夜の私。「カメラは何台持つ?」「バッテリーやメモリーもチェックしなきゃ」「何を着ていけばいい?」「おやつは500円までか?バナナはおやつに入りますかぁ?」。小学生のバス遠足並みだった。いや、ハンカチ、ちりがみを忘れてた。小学生以下かぁ・・・。

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私の旅行カバンは、次男が持っていってしまったので、急遽、娘に電話し「お前の旅行カバン貸して~。あっ、それと、明日、集合場所まで送ってちょうだいね」。周囲にとっては迷惑な中年だった。

頭の中が完全に花園のことしか思い浮かばなかった私と異なり、奥さんは「はいっ、まずはここに行って、クリスマスケーキを買って。次はあそこに行って、6歳様、4歳様、1歳様のクリスマスプレゼントを買って・・・」と今日も私をこき使う。まぁ、そのお陰で、ようやくクリスマスだということを実感した私。

次男は遠い地で、部員仲間と聖夜を迎えていることだろう。汗と涙と血を流し合った仲間達と過ごすクリスマス。花園出場を果たしたからこその聖夜。きっと後々の良い思い出になると思われた。

翻って、私は奥さんと二人だけ。しかも、私の頭の中は明日の花園出発のほうがクリスマスよりも10倍大切。いや、5倍ぐらいにしておこう・・・。

そんな私でも、奥さんへのプレゼントはだいぶ以前から準備していた。奥さんが「欲しい、欲しい」と言っていたウインドブレーカーだった。リボンも化粧箱にも入っていない、ビニール袋に入ったウインドブレーカー。Dsc_0001

私「ほいっ、クリスマスプレゼント」。奥さん「えっ?クリスマスプレゼントがあるなんて意外・・・。ありがとう」。秋から春にかけての試合応援には欠かせないと思ったから、プレゼントしようと決めていた。ははは~、実用的というか、ラグビー馬鹿というか、呆れた旦那だった。

私「身長は合うはずだけど、腹回りは保証しないぞ。ウインドブレーカーに腹を合わせろ」。奥さん「現時点では大丈夫みたいだけど、来年はキツイかも。来年はもう1サイズ大きいのにしてもイイよ」。私「来年はないっ!」

そういえば、私にも思いがけないクリスマスプレゼントがあった。午後、IPの世話に行ってみたら、来客がいらっしゃった。ふぶきさんだった。ご長女が先頃、若者の運転する自動車に跳ね飛ばされ、腰の下を骨折する大けがを負っていた。そんな大変な時期にも関わらず、私の粗末な庭を訪ねてくれた。

夜には、まきさんもいらっしゃって下さった。ミニバレーしていらっしゃるもきさんらしく、庭を歩くのが早かったぁ。追いかけた私、明日は筋肉痛になりそっ!

お二人とも、「花園で頑張れー」と見送りに来て下さったものとありがたく受け止めさせていただいた。あざ~す。そして、ほかの方々からも応援のコメント、つぶやきを頂戴していた。重ね重ねあざ~す。Photo Photo_2

次男が不在の中、奥さんと二人で少しだけクリスマスっぽい夕食を摂って、再び明日の花園行きの準備を再開している私。「いっそ、大雪でも降ってくれれば、勝手知ったる我が校有利なのだが・・・」などと思いつつ、氷点下の津軽から熱気あふれる花園へ思いを巡らしては、「あいつらに勝たせたい」。そう念じずにはいられなかった。

初戦は27日の開幕直後。相手は大分舞鶴様。相手にとって不足なしっ!むしろ、お釣りがくるほどの強敵。「おっしゃー、やったるどぉ~~~」。一人だけ、すでにキックオフしていた師走の出発前日xmas

2011年12月23日 (金)

久々の休日

結論から・・・。全く計画通りに進まない一日だった。

昨日で仕事を終え、久々の休日の今日は花園大会の応援に備えて散髪をし、スッキリした後、年賀状づくりを終えて、明後日の大阪出発に向けて準備を整える予定だった私。

そもそも、起床時刻が遅かった。伏線はあったのだけれど、目覚めたら9時だった。それでも「先月末から休日もなく働いてたから、まぁしょうがないかぁ」と自分に言い聞かせて、居間に降りた私。

私「おはよ」。奥さん「休みだって聞いたから、起こさなかったよ」。私「あざーす」。奥さん「で、クリーニング屋さん、銀行、クリスマスプレゼントの買い物、食料品の買い物、お正月の準備、それと大掃除を頑張ろうね」。私「・・・」。もう一度寝たかった・・・。

クリスマス寒波に見舞われた中で、愛車は市内を東西南北に走った。大掃除以外は全ての所要をこなし、帰宅すると午後3時。私「まだお昼ご飯を食べてなかったような気が・・・」。奥さん「はははー、忘れてたぁ」。

それでも、奥さんの買い物中に散髪を済ませることができ、当初の目標の半分は達成できた私。気合を込めて、丸刈りも考えたけれど、やめた。この寒波の中では頭頂部から風邪をひくと思ったからだった。次男ほど根性のない私・・・。

遅い昼食を摂った後にウトウトしてしまったらしい私。少し頭の周辺がスースーしたので目覚めたら夜7時。散髪だけはできたけれど、花園出発前日の明日はやり残した大掃除と年賀状づくり、そして花園出発の支度をしなければならなかった。慌てて更新したブログも、御覧の通りの意味のないものに・・・。

ウキウキ感はとっくに吹っ飛んで、気が重くなっている師走の夜pig

2011年12月22日 (木)

切り替え

一人だけ、今日で御用納めとさせていただいた。部下達にはすまなかったけれど、いよいよ花園に向けて25日に津軽を発たなければならなかったので、26日以降の仕事は部下に託した。Dsc_0001

そして今夜、「一足早いけど、良いお年を」と言い残し、今年の仕事を終えた。「花園、期待しています」「頑張って下さい。仕事はみんなで何とかします」と部下達。あざーすだった。

本来は、最後まで仕事を見届けるところだったけれど、諸般の事情というやつだった。年末に花園に行く!という一心で、この1年間を過ごしてきた私にとって、晴れて大阪入りできることは、今年の大きな出来事と言えた。

豪雪、大震災、台風と幾多の自然災害に見舞われた一年間だったけれども、一年の最後の締め括りのイベントとして花園に行くチャンスをくれた次男達チームに改めて感謝し、明日からは完全に花園モードにスイッチを切り替える師走の夜door

※画像は本文とは全く関係ありません。何となく載っけてみるかと思っただけの師走の夜・・・。

2011年12月21日 (水)

承知しました

帰宅すると、お歳暮が届いていた。送り主は、亡き父の妹。私の叔母さんだった。Dscf0527

毎年のように頂いていた。包装紙を破るまでもなく、中身は想像できた。予想通りだった。そして私よりも喜んだ人が一人いた。トイレの神様は満面の笑みだった・・・。

私「お礼の電話はしたのかぁ?」。奥さん「私もたった今、帰宅したばかりだから、あんたが電話して」。私「え゛ー、俺かぁ?」。奥さん「だって、あんたの叔母さんでしょ。それに、あんた宛てに届いたんだし・・・。電話ヨロシク」。私「業務命令でしょうか」。奥さん「はいっ」。私「承知しました」。テレビの見過ぎだった・・・。

毎年、お礼の電話が不得意だった。電話すると、あれやこれやと話が長くなるのが確実だった。それでも、電話をしないのはいくら叔母さんでも失礼だったので、「もしもし、俺だけど・・・。お歳暮もらっちゃって、あざ~す」。

「今年は雪が多くてねぇ~」から始まって、しばらく近況報告が続く・・・。「あっ、そう」「ふーん、そうなんだぁ」とうなずくこと数十回。うなづくだけでも、口が疲れた私・・・。「うん、じゃあまた」。ガチャッ!ようやく終わった。

私「あー、やっと電話終わったよ」。奥さん「いつにも増して長かったわね」。私「電話を切るタイミングが未だに分からん(笑)」。奥さん「でも、いい叔母ちゃんだよねぇ。いつも気にかけてくれて」。私「あぁ、まったく」。Dscf0526_2

こんな甥っ子をいつも気にかけてくれる叔母さんに感謝しつつ、夕食を摂っていると、ピンポーン!「はーい」と玄関に向かった奥さん。

私「誰だ、今頃?」。奥さん「ジャーン。○○の母さんからだってぇ」。別な伯母さんからのお歳暮だった。

奥さん「夕食が済んだら、また電話してね」。承知しました・・・とは言わなかった師走の夜present

2011年12月20日 (火)

会話の末

休日出勤続きで蓄積した疲労が年々こたえるようになっていた私。しかも、12月としては平年の3倍という積雪にもウンザリしていた。子供の頃のような、雪を見てはしゃぎたい気持ちも、クリスマス直前のウキウキした気分も全くなかった。もうクソジジイ状態になりつつあった私。

今日も残業だった。それでも、連日の残業も今夜で最後になりそうだったため、今夜は踏ん張れていた。そして、5日後には花園に向けて旅立つことが最大のモチベーションとして私を支えてくれていた。そういう意味では、やっぱり遠足や運動会を心待ちにする小学生とやっぱり同レベルの私でもあった。Dscf0522

私「ただいま。疲れた」

奥さん「お帰り。今は雪降ってない?」

私「あぁ、さいわいにも雪は止んでる。ところで、その後、○○(次男)から連絡あったか?」

奥さん「ないけど。きっと、大会直前の練習や試合で疲れ切ってるんじゃない」

私「そりゃそうだけど・・・。まあ、音沙汰がないのは元気な証拠か」

奥さん「気になるんなら、メールしてみればぁ」

私「俺がメールしたって、いつも返信は来ないし・・・。お前がしてみれば?」

奥さん「用事ないもん。あるとしたら、雪かきがあるから、早く帰ってこないかなぁ」

私「・・・。それって初戦で負けろってことかぁ」

奥さん「そういう意味じゃないけど、今は除雪隊員がほしい」

私「それもそうだよなぁ」

奥さん「花園に行く人は、一時でも雪とお別れできていいねぇ」

私「だって、行ってやらないと負ける」

奥さん「行ったら勝てるの?」

私「○○(長男)か○○(長女)達にでも泊まってもらって、雪かきを手伝ってもらえば?」

奥さん「うん。きっと帰って来る頃には、あんたの荷物はないと思うけど」

私「・・・、風呂入るっ」

予想外の大雪のお陰で、本当に帰宅難民になりそうな予感がした師走の夜house

2011年12月19日 (月)

帰宅難民

今年最後のブルーな月曜朝だった。そう、花園に向かうため、来週月曜日は有給休暇を取っていたためだった。普段から月曜朝の通勤は渋滞なのに、この日は積雪のため、渋滞は深刻な状況になっていた。それでも、すんでのところで遅刻だけは免れて、せっせと仕事に精を出した。Dscf0499_2

少し残業をこなして、帰路を急いだけれど、雪が止む様子は見られなかった。「とっとと、風呂に入って寝よっ」と思いながら再び帰路を急いだ。

あと20mで自宅という最後の交差点を曲がった・・・。「うぉ~、家に入れない。帰宅難民になる・・・」。Dscf0523 Dscf0524

朝から更に40㎝ほど降ったらしい。家の前では、奥さんがうらめしそうに、除雪に精を出していた。奥さん「残業?」。私「うん」。奥さん「もう疲れたー」。私「おー、今から俺もするから」。

そこから1時間弱の除雪作業。正直、くたびれた。途中で、「疲れてばかりじゃ、つまらない」と思い写真を撮った私に、奥さん「雪が珍しいの?」。私「あっ、いや、そんなわけじゃないんだけど・・・。とっとと、やります。はい・・・」。

こんな夜が毎日続くのに、贅肉は増える矛盾に悩む師走の夜snow

2011年12月18日 (日)

3連発っ!

昨日も休日出勤だった私。帰宅すると、見覚えのある車に我が家に停まっていた。奥さんの両親だった。即座に「やっべぇ~」と思った。

1か月以上も前から、その両親に今年も年賀状の作成を頼まれていた。にも関わらず、忙しくて何もやっていなかった。「とうとう、しびれを切らして直接受け取りに来たかぁ。むむっ、プレッシャーだぁ」。玄関のドアがいつになく重かった・・・。

意を決して、「ただいまー。おっ、いらっしゃい。よく降るねぇ。じゃあ、着替えしてくるから」。いつになく冗舌な私は、急いで2階に駆け上がった。着替えを終えて、再び居間に降り、ついつい「実は、ズ―と忙しくて、年賀状に全然手がつけられなくって・・・。でも明日の朝までには作っておくから(笑)」と私。言ってしまった手前、やらないわけにはいかなかった・・・。

夕食を済ませ、歓談も終わると、両親は就寝。「しょうがない、やるかっ!」と年賀状づくりをスタート。奥さん「ごめんね」。私「いいよ、毎年のことだから」。それでも、その日のうちに何とか完成。やれば早い私だった。やるまでが遅い私でもあった・・・。

私「できたぁ(^_^)v」。奥さん「お疲れ様。で、我が家の年賀状はできたの?」。お前、首絞めたろかぁ~。今日はここまでで勘弁しろっ!

一夜明けた日曜。相変わらずの休日出勤。相変わらずの降雪。そして、相変わらずの疲労だった。それでも、ボチボチ仕事をこなし、帰宅すると、居間にキラキラが・・・。Dscf0518 Dscf0515

私「ただいま。懐かしいヤツを引っ張りだしてきたじゃん」。奥さん「クリスマスだしね」。私「ふ~ん、そうかぁ」。奥さん「クリスマスだしねぇ」。私「あぁ、聞こえた」。奥さん「クリスマスだしねぇ」。私「・・・」。こいつ・・・。

クリスマス3連発の先にある言葉を聞くまいと思い、急いで入浴した師走の日曜夜diamond

2011年12月17日 (土)

津軽とスコップ

津軽といえば、吹雪、リンゴ、ねぶた・・・。そして、三味線も連想されるらしい。津軽民謡と津軽三味線は、この地に生まれ、育ったものにとっては子守唄も同然だった。唄えないけれど、聞くのは嫌いじゃなかった。

地域活性化への取り組みが各地で進む中、この津軽三味線に関連して地域を盛り上げる気運がここ数年の間で、津軽各地が盛り上がっていた。

少し変わった趣向ではあるが、津軽では『スコップ三味線』がここ数年盛り上がりをみせていた。三味線の代わりにスコップ、撥の代わりに栓抜き・・・。津軽民謡や演歌に合わせて、栓抜きでスコップを叩く。エアギターならぬ、エア三味線といったところ・・・。Dscf0452

先日、その演奏風景を見る機会があった。いかにも三味線を弾いてるようにみせるのがコツなのだろう。叩くと言うよりも、やっぱり弾いている。津軽の『モツケ』(津軽弁で、お調子者の意)の面目躍如といった感じだ。Dscf0454

じーと見入っていた私に、「アレならあんたもできるんじゃない?」と奥さん。「まあな。でも、栓抜きはビールを飲む時に使いたい」と私。「じゃあ、スコップは?」と言うので、「これからの時期は毎日のように雪掻きしなきゃいけないって時に、スコップの話はしないでくれる」と私。「じゃあ今年の冬も雪掻き頑張って!」と奥さん。

激励されたのか、私に押しつけたのか悩んだけれど、聞き返すのが怖かった師走のスコップDaynote

2011年12月16日 (金)

大雪のち・・・

津軽は、この冬一番の大雪だった。この大雪の津軽から、関西へ向かう次男を今朝、学校に送り届けた私。Dscf0498

私「忘れ物はないな」。次男「うん」。私「本当に大丈夫だな」。次男「あぁ」。忘れ物に気付くくらいなら、誰も忘れ物などするはずもなかった・・・。

私「よしっ、じゃあ行ってこい。俺も10日後に行くから、席を取っとけー」。次男「うぃ~」。

次男を送り届けて、八戸へ向かった私。急な出張が入っていたからだったが、大雪の中の200㎞ドライブは神経をすり減らした。帰社すると、部下達は帰宅した後。まぁ、しょうがないかぁ・・・。

明日も土曜出勤を余儀なくされていたため、残業はせずに帰宅しニュースを見ると、次男達の姿が・・・。高校の体育館で今日行われた壮行式の様子が映し出されていた。

疲れも忘れて、「おー、○○君だ。△△君もいるじゃん」。いるのは当然だった・・・。

でも、テレビ局が壮行式の取材に行ってくれて、その日のうちに放送してくれたことが嬉しかった私だった。

選手達を乗せたバスが今どの辺を走行しているのかは分からなかったが、「県民が、そして、ココログのお仲間が応援してくれているぞぉー。私もだぞぉー」と思いながら、窓から南方の空を見上げたら、さっきまでの猛吹雪が少し弱まったように感じた師走の金曜夜snow

2011年12月15日 (木)

いざ大舞台へ

2年ぶり、13回目の全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園大会)への出場を決めた次男達ラグビー部。その第1陣の出発が明日に迫っていた。第2陣は今月25日に出発し、現地で合流。27日の開会式と、その直後の初戦に備える段取りだった。

第1陣として出発するメンバーの中から、試合に出場するフィフティーンとサブメンバーが選ばれることは周知の事実だった。主力メンバーは体力的にも技術的にも優れ、経験豊かな3年生中心となることは明白。まして、骨折が完治しない次男は、完全に第2陣の出発のはずだった・・・。

急な話だった。昨日の夜のこと、次男「ただいまー」。私「お帰り。今日も部活だったのか。いよいよ第1陣の出発も近付いたなー」。次男「うん。で、俺も選ばれた」。私「え゛ー、嘘っ!第1陣で行くってことか?」。次男「うぃ」。奥さん「えー、骨折してても」。次男「今日、監督からメンバー発表があって、俺もメンバーに入った」。私「・・・」。

意外だった。意外だったけれど、正直なところ、ニヤリとした私。第1陣の選手達は、花園大会までの約10日間、宿泊先の奈良を拠点に、通常の練習のほかに、全国の強豪達と練習試合を組む予定だった。どうせ花園大会への出場はできないだろうけど、練習試合ぐらいには出られるかもしれない。全国の強豪校と試合を重ねられる最高のチャンス~。

喜んだのも束の間。出発は16日。慌ただしく準備に取り掛かる次男。奥さん「お小遣いはどれぐらい要るんだろ?食事は出るとしても、着替えとかは?」と急な話に財布の心配でオロオロ。挙げ句の果てに「へそくり貸してー」と私に・・・。そんなもん、あるかぁー。

花園大会の初戦まで最低は10日間にわたって関西で練習や試合にあけくれる次男達。今までにない長期間の遠征だった。それだけ、花園大会に出場する意義は大きかった。

2階で準備を進めていた次男が「いろいろと不足してるものがあるんだけど・・・」。ガーン!そうだった。大会の前になると、必ず「あれがない」「これが必要」と言い出す次男だった。特に今回はラグピー部員として最大の目標である花園大会。

けれども、いつもは愚痴る奥さんも今回は「何が足りないの?」。次男「練習用のジャージ、ソックス、それと・・・」。

奥さん「明日、一緒に行って買ってきてっ!」。私「はいっ、かしこまりましたっ!」。これまで次男の部活用品は常に私が負担してきたことを思うと、大きな変わりようだった。今後もその調子で頼みたい私だった。

一夜明けた今日。仕事を終えて、次男とともに、いつものスポーツ店に行くと、いたいた、チームメイトがぞろぞろ。皆、第1陣の選手達だった。知り合いの店員に「毎度ぉ~!花園特需で、大繁盛じゃん(笑)」。店員「お陰様で(笑)今日だけですけど~」。Dscf0491

不足していたものを何点か購入して帰宅。次男は再び明日の出発に向けて準備を再開。まさかの第1陣出発で、慌ただしく準備に追われた2日間だった。ほぼ準備が整ったらしく、居間に下りてきた次男。

私「ほいっ、これ。持ってけ」。次男「ん?うぉー、スゲー、これ欲しかったぁ。ありがとう」。私「うぃ」。Dsc_0002

大きな試合や大切な大会に出場するようなことがあったら使用するようにと、クリスマスプレゼントのつもりで、かなり以前に購入していた『秘密兵器』だった。現在使用しているスパイクに比べて、明らかに軽くて、走りやすいはずだった。

第1陣出発というサプライズに、サプライズの超軽量スパイクで対抗した私。明日は全校生徒が体育館で壮行式をしてくれるらしかった。全校生徒をはじめとする学校関係者や市民の声援を背に、いよいよ津軽を出発する次男達。元気で大舞台の雰囲気を味わってこい、そう期待する師走の夜t-shirt

2011年12月14日 (水)

爆弾処理

壮行式の翌日は、かなり具合の悪かった私。2次会でも盛り上がってしまい、いろいろと飲んでしまったことが敗因だった。モスコミュールを2杯飲んだところまでは記憶があった・・・。

翌日は、例の如く、いつものブルーな月曜日。起床しすると、気分だけじゃなくて体調もブルー。むしろブラックに近いこの日の私。

出社すると、部下B「おはようございます。だいぶ飲みましたね」。私「おはよ。午前中は、そっとしといて・・・」。部下B「はははー」。

心身ともにブルーな月曜日の仕事も終わり、帰宅するとテーブルの上に宅配便。私あてに届いたものだった。

「誰からだろっ」と思って送り主を見ると、仕事の付き合いがある方。たしか、そう言えばお中元もいただいてたような・・・。

「開けてみようかぁ」と少しワクワク気味の奥さん。「開けていいよ」と私。

奥さんは若干複雑な表情。正直なところ、私も今日はお酒と再会したくなかったぁ・・・。

それでも、送って下さった相手にお礼の電話をしなきゃと思い、「もしもし、○○です。こんばんはー。今、帰宅したら、不審物が届けられてました」。相手「はははー、いつもお世話になってるから。爆弾処理班でも呼んで、処分しちゃって下さい」。私「ありがとうございます。徐々に肝臓で爆弾処理させていただきます」。相手「今年もいろいろとお世話になっちゃったからねぇ。ちょっと早いけれど、来年もヨロシク」

旧知の知り合いだったため、冗談交じりでお礼したけれど、このお礼はまた仕事で返すしかなかった。

奥さん「しばらくビールを買わなくてもいいんじゃないの」。私「今夜のところは、まだお酒の話はしないでほしいんだけど・・・」。二日酔いが完全に癒えてなかったため、すぐに蓋をしてお酒を見ないようにした師走の月曜日の夜beer

2011年12月13日 (火)

旋風を

次男達ラグビー部の花園大会健闘に向けた壮行式が、先日執り行われた。ラグビー部父母会やOB会などの主催によるもので、奥さんと二人で出席した。Dscf0475

OB会会長や校長先生、奨学会会長から激励の言葉があり、監督と主将がそれぞれ花園大会での健闘を誓った。Dscf0480_2

我が家の次男のように一部の怪我人はいるものの、選手達は充実した表情だった。参加した父兄達も、息子達が全国の強豪を相手に、きっとやってくれるものと信じていた。

「食べながら、飲んだ方がいいよ」と言われながらも、はやる気持ちを抑えられない私は、ひたすら飲んでいた。そして、ラグビー部員58人の雄姿を見て、また少しだけウルウルしていた。Dscf0483

参加した父兄やOBなど百数十人と、この日来られなかった父兄達、全校生徒、そして募金して下さった地域の方々の期待を担って、数日後には雪の津軽から関西へと移動し、大会に向かう選手達。Dscf0472

どうか、旋風を巻き起こしてほしいと願った師走の夜

飲むか

厳寒期に入ると恋しくなるのが温泉だった。たまの休日に出掛ける程度なのだけれど、最近は休日もなく、ずーと温泉には行けなかった私。

せめて、我が家で入浴する時だけでは、気分だけでも温泉気分を味わいたいと思い、入浴剤だけは何種類か用意していた。

買い物に出掛けた土曜日、スーパーにあった入浴剤を手に取った私に、「買ってみれば」と奥さん。「気が変わらないうちに」と思い、すぐに買い物カゴに放り込んだ私。Dscf0466

奥さん「まさか、飲んでみたりしないよね」。苺が好きでも飲むか、こんなもの。どこまで本気で聞いたのか分からない師走の夜spa

2011年12月11日 (日)

バスVS愛車

1週間前の12月4日。東北新幹線全線開通1周年の記念イベントが盛んに行われていた。東京駅と、我が家の近所にある新青森駅が1本のレールでつながって1年を経過したことになる。

当然、地元では1周年を祝う様々なイベントが催されていたが、暴風雨だったことに加えて、忙しかったので敢えてイベントに行こうとは思わなかった私。にも関わらず、冬場は電車通学する次男が「定期券を購入する」というので、新青森駅まで連れて行った。

驚いた。暴風雨にも関わらず、人、人、人。こんなに人口あったっけ・・・。B級グルメには女性達、電車の模型には子供達、ゆるキャラには親子連れ・・・。こんなに混雑するのも1年前の開業以来と思われた。Dscf0443 Dscf0445 Dscf0450

次男の定期券も購入し、帰宅しようとすると、「大阪まで電車の運賃ってどれぐらいかかるんだろう」と奥さん。「えっ、学校が用意する応援バスで花園まで行くんじゃないのか?」と聞くと、「バスだと時間がかかり、疲れそうだし・・・。それとも、ボクちゃん(愛車)を運転して大阪まで行く?」と奥さん。Dscf0451

「応援バスで行くのも、ボクちゃんで行くのも、同じ高速道路を通るんだけど・・・。ただ単純に、寝っ転がって行きたいだけだろ」とは言わずに、駅を後にした新幹線1周年の日bullettrain

2011年12月10日 (土)

11日のお告げ

厳寒だというのに暖房器具が故障し、寒い夜を余儀なくされた昨夜の私。通常は冷房しか使わないエアコンだったが、今回は一時的に暖房の役目を果たしてもらったけれど、今ひとつピンとこなかった私。それでも、いざという時のために2種類以上の暖房は必要だと実感しただけでも良かった。年の瀬に、暖房器具の修理代1万2000円は痛かったけれど・・・。Dscf0459

休日出勤した今日は、みっちりと仕事に精を出した。もう花園大会まで2週間に迫っていたので、例年以上に仕事の進捗を図る必要があったからだった。

部下達も全員帰社し、会社には私一人。それでも、「花園に行かなきゃ」という目的があったため、苦にせず仕事ができたこの日。誰もいないのを再確認して、「おー、終わったぁ。今日は、いい仕事したぜー」とわざとらしく発して、会社を出た私。

車中から見えた月があまりに見事だったので、帰宅途中で家の近所にある三内丸山遺跡の上空に浮かぶ月を1分ほどボーと眺めた。寒いので2分は眺められなかった、根性のない私だった・・・。Dscf0460

明日11日は、「3・11」から9か月。11日を迎えるたびに、「3・11」のことが未だに脳裏をよぎっていた。そして、明日は大津波に見舞われた八戸市に出張しなければならなかった。震災以降、何度も訪れていた八戸市だったが、今年の八戸市出張は明日が最後になるのだろう。

大震災のあった年の師走に暖房器具が故障したのも、何かのお告げ?それても因縁?そんなことも思いながら、明日は晴れたらいいなぁと、キリリと冷えた夜空に月食を探した師走の夜moon3

2011年12月 9日 (金)

速攻

我が家の暖房が昨夜故障した。10年目だから、不具合が生じても不思議ではなかった。けれど、この厳寒期に予告もなく故障されるは死活問題だった。

メーカーに連絡を取ると、修理に気胃暮れるのは、あすの土曜日。今夜は暖房なしの生活を強いられた。それでも、、エアコンで少し寒さを凌げる分、9か月前の大震災の寒さに比べれば今夜はマシだった。

試験を終わりとともに強化合宿に入った次男。奥さんは会社の忘年会。従って、今夜は私一人だけ。普段なら、嬉しいところだったけれど、暖房が故障した我が家に一人いるのは辛かった。

明日は再び休日出社。嬉しいはずの週末なのに、何も光明が見出せず、今夜は速攻で就寝する師走の凍てつく夜mist

2011年12月 8日 (木)

都合良く

日ごとに寒さを増していた今週の津軽。今日も一面の銀世界の中を帰宅した私。
試験中の次男は既に帰宅していたが、試験勉強もせずに自分達の試合のビデオに夢中だった。私「ただいま」。次男「うぉー、びっくりした。お帰り」。私「勉強しなくていいのか?」。次男「うぃ」。
このまま、昨日のように勉強しないと、本当にマズイと思い、「うん、本当にやれよ」と私。再び成績が悪かったら、一緒にビデオ観戦していた私の責任問題になる。
間もなく、会社の旅行だった奥さんも帰宅。
奥さん「ただいまー。あー疲れた」。私「お帰り。楽しかっただろ」。奥さん「まあまあかな」。
夕食を摂りながら、秋田旅行の話を切り出す奥さん。「ホテルの風呂はまあまあかな」「夕食の料理はそこそこ。蟹はしっかり食べたけれど・・・」。私と次男の大盛り弁当だって負けていなかったけれど、さすがに蟹は付いてこなかった・・・。
明日が試験の最終日の次男。試験を終えたラグビー部員は、そのまま3泊4日の花園直前合宿に向かう。雪の津軽から、雪の少ない県内太平洋側の宿泊施設で最後の強化を図るためだった。
私「きっと、この最終合宿でメンバーが決まるんだろうなぁ」。次男「言っとくけど、今回は俺はメンバーには選ばれないから」。私「しょうがないだろうなぁ。今回はケガを治しながら、3年生最後の試合を目に焼き付けておくことだな」。次男「うぃ」。
左手親指の骨折から、ようやくボールを触れるまでに回復しつつあった次男に、「いいなぁ、また雪から少し解放されるじゃん」と私。「うぃ。でも、相当きつい合宿になりそう」と次男。
インターポット
雪からしばし解放される次男を追うように、なぜか一部だけ白く変化していた私の庭。雪の降るシートなんて持ってないのに・・・・。きっと白星に違いないっ!と都合良く解釈した師走の夜snow

次男にカメラ

奥さんが会社の旅行だったこの日、試験中だという次男と、録画しておいたラグビーの試合を観ていた今夜の私。悪い親 だった・・・。Dscf0457_2

この日も残業だったため、夕食は弁当を買ってきた。中身や質よりも量が第一。ご飯は大盛り、昨夜の鍋の残りを暖めて、冷凍しておいたご飯も温めて、量だけは確保した。これでも足りなかったら、カップ麺もあるし・・・。

その一方で、奥さんは県外の温泉地で、上げ膳、据え前の挙げ句に、ゆっくりと温泉に浸っている頃。くっそー、ご飯の量だけなら、俺達も負けてねぇぞー。

次男と二人の食事は、自然とラグビーの試合を観戦しながらの食事となり、良い子には見せられない風景の私達。観戦していた試合に次男の先輩が出場していたこともあり、「おっ、行け~」「押せ~」と私達。テーブルの上には誰が飛ばしたのか見分けのつかないご飯粒・・・。

何とか食事が済むと、次男「ほいっ、これ」。私「おっ、修学旅行の写真じゃん。どれどれ・・・」Epson002 Epson001_2

私「で、自分で撮った写真はどうした?」。次男「面倒だから撮ってない」。私「えっ、1枚も?」次男「うぃ」。私「せっかく持たせたのにぃ・・・」。次男「スキューバダイビングで、そんな暇なんかないんだってば」。

猫に小判、次男にカメラを痛感した師走の男二人の夜camera

2011年12月 6日 (火)

正直に

今朝も寒かった・・・。

私「おはよう」。部下B「おはようございます」。私「俺、年末は早目に休暇を取るわ」。部下B「ってことは、やっぱり花園に行くんですかぁ」。私「うん」。部下B「俺も秘書として行きましょうかぁ」。私「俺の分も仕事たのむ」。

こうして始まった今日の社内。部下には言ってみたが、社長にはまだ言ってなかった私・・・。年末は多忙なことが分かっているし、部下達だけで大丈夫だろうか・・・。

理由をどう説明するべきか、12月に入って、ずーと思案していた私。親戚に一人死んでもらうか・・・。いや、今どき小学生でも使わない手だろ。親戚に法事はないし・・・。

コンコン。社長室をノックし入室。正直に言うのみっ!

「今年はラグビー息子の花園応援がありますので、年末は少々有給休暇を取らせていただこうと思っているんですが・・・」。社長「あっ、そうだったよねぇ。応援に行ってやってくれ」

あざーすm(__)m(\(^o^)/)

たったそれだけで、気持ちよ~く仕事ができた師走の火曜日note

2011年12月 5日 (月)

黒×黒

花園大会の組み合わせも決まり、大会まであと3週間と迫る中、選手達は今日、地元新聞社を訪れて花園での健闘を誓った。県代表を決めてから、県庁、市役所に続いて3か所目の挨拶回りだった。

通常の練習のほかに、花園大会に出場する北海道・東北各校との練習試合、今週末からは雪の少ない場所での合宿の合間を縫って、選手達も忙しかった。

そして、父兄達も忙しかった。今夜は父母会の会議があり、それぞれ回収した寄付金を持ち寄ることになっていた。会議はすぐに終わったけれど、花園の応援ツアーを巡って情報交換した。

学校からは今年も大型バスが出るらしく、初戦が27日に決定したため、25日夕方に津軽を出発し、丸一日かけて近畿入りするようだった。

「ツアーに参加すると、宿泊地は奈良県天理市になりまーす」と顧問の△△先生。「やっぱり、今回も天理市かぁ。天理も久しぶりだなぁ。ウチは浄土真宗だけど、まぁいいでしょう」と一人納得した私。

何処でもいい、いつでもいいから、早く行くどぉ~と思ったけれど、父兄仲間との雑談では「せっかく関西に行くんだから、ゆっくり観光したいので、個人で行こうと思ってる」「もう電車の切符を予約しちゃった」「仕事の都合で行けない」など、いろいろ・・・。みんな都合があるんだなぁ。

帰宅して、奥さんにその事を伝えると、「飛行機で伊丹空港まで飛んだらどう?」と奥さん。私「えっ、飛行機は遠慮しとく。それにそんなお金ないだろ」。奥さん「ないっ!ほんの冗談」。

私「他人事のようにしゃべってるけど、お前は行かないのか?」。私「休みを取れるかどうか。それに、今回は○○(次男)も骨折が治りきってないので、試合には出られそうもないし、来年にしようかなぁ」。私「来年も出られるとは限らないんだけど・・・」。奥さん「その時はその時」。ドライというか、冷静というか・・・。

父兄会で顧問の△△先生がしゃべった一言が気になった今夜の私。「今回の初戦では、我が校はセカンドジャージになると思います」と先生。対戦する大分舞鶴高校のファーストジャージは黒。我が校も黒。似たようなジャージ同士なので、これまでも我が校はセカンドジャージで戦っていた。そして、惜敗してきた・・・。

今年も東北新人大会、東北大会(NHK杯)ではセカンドジャージを着用し、いずれの試合でも惜敗していた我が校。『セカンドジャージの呪い』は未だに健在だった・・・。

再び花園でもその呪縛から逃れられないのか。それとも呪いに打ち勝って、因縁の相手に勝利するのか。ジャージを巡って試合前から、一喜一憂する師走の夜t-shirt

2011年12月 4日 (日)

口実

長女の娘・息子が通う保育園のミュージックフェスタを始め、いろいろな用事を足すことが課せられていた今日の私。朝から「9時半には、ミュージックフェスタの会場に着きたい」と言うので、早朝から掃除機をフル稼働させる奥さん。あ~、まだ寝たいのにぃ・・・。

朝食も摂らずに風呂掃除をしていると、奥さん「〇〇(長男)達も一緒に行くって」。私「えー、わざわざ?」。奥さん「だって、〇〇(長男の娘)も行くらしいし・・・」。そうだった、長男の娘も同じ保育園に通っているんだった。1歳だから、出演はしないらしいけれど。Dsc_0004

特急で掃除を済ませると、奥さん「〇〇(次男)も行くって」。私「はぁ~、いくら姪っ子と甥っ子でも、高校ラガーマンが保育園のミュージックフェスタに行くかぁ。それに、もうすぐ試験だろうに・・・」。

結局、①奥さん②長男③長男の嫁さん④長男の娘⑤次男、そして私の6人でミュージックフェスタに行くことに・・・。

ミュージックフェスタについては後日記載するとして、次男がわざわざ行くのには理由があった。ミュージックフェスタを見終えると、次男「〇〇市にある△△(大型ショッピングセンター)に行って!」。ミュージックフェスタは口実で、その後の買い物が目当てだったらしい。まだ修学旅行のお小遣いが残っているのだろう・・・。返せっ!

奥さん「いいねぇ、行こう、行こう」。長男「せっかくだから行くか」。長男の嫁さん「見るだけでも」。長男の娘(1歳)「うー」。

分かりました、行けばいいんでしょ、行けば・・・。大荒れの天気の中、今日も多数決で負けた師走のせっかくの日曜日typhoon

2011年12月 3日 (土)

笑うのみ

今月27日に開幕する第91回全国高校ラグビー大会(花園大会)の組み合わせ抽選会が本日午後、大阪で行われることになっていた。我が校からはキャプテンが出席する。Dscf0354

花園大会が日々迫る中で、今日は部下と休日出勤に励んだ私。例年、12月は土日の出勤が常態化していた。特に今年の年末は花園大会の応援に行きたいと思っている以上、例年以上に仕事を早く片付けることが求められていた私。

1番乗りで出社したものの、この日も津軽は厳しい寒さで、社内の気温はなかなか上昇してくれない。従って、私の仕事のペースも上昇しない。結局、部下が出社し始めてから、足並みを揃えるように仕事を本格化させた私。

昼食を済ませて、再び仕事に取りかかるが、「もう、そろそろ抽選会だなぁ」「初戦はどこだろ?」などと気にしているものだから、なかなか仕事がはかどらない私。

挙げ句の果てに、「〇〇君(部下B)、近々飲みに行こうか」「俺、ヒートテックを着ることにしたよ」などと、業務とは全く関係ない話題ばかりを散弾銃のように社内に撃ちまくり、部下達のペースを乱していた私。

いつしか夕方も近付き、「よぉし、今日も頑張った。そろそろ帰ろうぜ」と私。ほとんど頑張っていなかった・・・。Tournament_4

そんなこともお構いなく、帰宅してすぐに組合せ抽選の結果をチェックした私。そして、間もなく卒倒した私・・・。

初戦は、花園出場回数が全国3位を誇る大分舞鶴高校様だった。

26年連続50回目の出場だけでなく、花園通算勝利数は全国5位、優勝経験も当然ある。過去の対戦を振り返っても、勝った記憶は思い浮かばなかった。いきなり初戦から強豪校との対戦だった・・・。

しかも同じトーナメントには、京都成章、東京、流経大柏(千葉)、萩商工(山口)・・・。どこも強豪校・・・。あわわわ・・・。

私の様子を見た次男が「どうしたの?」。私「とんでもないことになった」。トーナメント表を見た次男が「はぁ?何これ。あり得ない組み合せ」

しばし、二人で沈黙。続いて、どちらからともなく爆笑した私と次男。もう笑うことしかできない組み合せだった。

夕食後、私「ヘビーな組み合わせだけど、実は俺、初戦の大分舞鶴戦は勝てるような予感もするんだけど」。次男「実は俺も・・・」。お互いに根拠はなかったけれど、珍しく意見が一致した私と次男。組み合わせが決まり、一気に花園モードに突入した師走の土曜日run

2011年12月 2日 (金)

もう少しだけ

次男が修学旅行先の沖縄から宅配便で送ってきた段ボール箱の中身が徐々に明らかになってきた。

長男や長女、祖父母へは沖縄銘菓。甥っ子(3歳)、姪っ子たち(6歳と1歳)には、美ら海水族館から買ったと思われる縫いぐるみ。Dscf0437

自宅にも沖縄銘菓のほかに、シーサーの置き物。Dscf0429

奥さんにも美ら海水族館から買ったらしいマグネット付きミニぬいぐるみ。Dscf0440

自分のために買ってきたものは、見せない次男。現地でTシャツを2枚買ったことは判明したが、それ以外にもいろいろと買ってきたらしい。まぁ、良しとしよう。

しばらく待った挙げ句に、次男「以上!」。

やっぱり、私には海底から拾ってきたサンゴの欠片だけ・・・。Dscf0442

まっ、いいかぁ・・・。段ボールの隅に何か忘れていないか、もう少しだけ待ってみる師走の夜empty

2011年12月 1日 (木)

気になる

今冬一番の冷え込みだった、この日の津軽。気温は氷点下。いつしか、そんな気温も珍しくなくなるのかと思うと、毎年の事とは言え、ガッカリした。

修学旅行の代休で、昨日と今日は学校が休みだった次男。とは言え、花園大会まで1カ月を切っていたので、部活だけは連日行われたらしく、雪の中で練習が今日も繰り返されたようだった。

厳しい冷え込みの中、残業を終えて帰宅すると、居間には大きなダンボール箱が1箱。次男が修学旅行先の沖縄から宅配便で送ったものが届いたらしい。

私「でっけぇ箱。何が入ってる?」。次男「いろいろ」。私「見ていいか」。次男「後で見せる」。あっ、そう・・・。

食後に2階から降りてきた次男が、「ほいっ、これ」。Dscf0418

奥さん「ありがとう。開けていい?」。次男「いいよ」。奥さん「沖縄らしく、黒糖で、美味しそう」。

甘い物で機嫌を取るとは、次男ながらアッパレ。

私「で、他に何を送ってきたんだぁ?」。次男「いろいろだけど、そのうち分かるから・・・」。

真冬の津軽に戻ってきて、暖かい沖縄を小出しにされた師走の夜libra

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