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2012年2月

2012年2月26日 (日)

淡々と

来週の土・日は出張だったので、今週の土・日はゆっくりと過ごそうと決めていた。幸いにも、ここ1週間は寒さは幾分和らぎ、降雪量も少ない日々を過ごしていた。

にもかかわらず、油断しきった私をあざ笑うかのように降られた。「まとまった量の雪としては、きっと今冬最後の降雪だろう」と信じ込み、淡々と雪掻きに取り組んだ。最後という保証は、どこにもなかったけれど、そう思うことにした。Img_0269

期末試験が終わり、部活が再開された次男を学校に送って行くことにした。次男が通う高校では、3月1日の卒業式を目前に控えていた。4月には再び新入生が入ってくるのだろうけれど、今は3年生の卒業を前に少しだけ静かさを湛えていた。Img_0275

帰宅すると、今度は掃除が待っていた。「まあ、しょうがないか。さっさと済ませて、ゆっくりすればいいさ」と再び淡々と掃除を手伝った。あっという間に半日が経過していた。Img_0276

明日の仕事の準備に取り掛かろうとしていたら、「3月11日」までちょうど2週間だったことに気が付いた。被災地では、雪掻きしたくてもできない命。子供を送迎したくてもできない命。自宅の掃除をしたくてもできない命が数多くあった。原発事故の影響で、それが許されない人々もまた数多く存在していた。

忘れてはならない、忘れられない「あの日」から、間もなく1年。豪雪があろうと、こうして淡々と過ごすことができていたことはありがたいことだった。

午後、晴れ間を見計らって久しぶりに遊びに来た1歳様(長男の娘)は、見違えるように一人前になっていた。今や、立派なBG(ベビーギャング)に育ち、私のPC操作を邪魔するようになっていた。Img_0288

この子にも、いつかは「3・11」のことを伝えなければ・・・、そう思いつつも、成長したBGに淡々と振り回されていた如月の休日午後carouselpony

2012年2月25日 (土)

前科者

「ただいまー」と玄関を開けたら、「あらっ、ちょうど良かった。ちょっとスーパーまで乗せていってちょうだい」と奥さん。

夕食のオカズが微妙に足りないらしい。私の胃袋にも関わることだったので、「おぉ、いいよ」ということで、奥さんと近所のスーパーへ。

時刻にすれば夜7時。惣菜の割引が目当てだったのだろうか、惣菜コーナーの一帯を前に後ろに、右に左に移動する奥さん。その動きを、家の中でも発揮できないものか・・・。

ひととおり調達したらしい奥さんがレジに向かう途中で、「疲れたから、チョコでも買って帰ろうか」と奥さん。出たな、いつもの別腹シリーズ!

「どれでも好きなの選んで」という奥さんの視線の先をーに目をやると、『今週のイチオシ!!』。よーく見ると78円シリーズ。安っ!Dsc_0002去年、奥さんから貰ったバレンタインチョコを忘れて何か月も冷蔵庫に入れっぱなしにし、賞味期限切れまで熟成させ過ぎた前科のあった私。その一件のせいか、今年は奥さんからバレンタインチョコはなかった。バレンタインの話題も、噂も、雰囲気さえなかった。

別にそのことは何とも思わなかった。絶対に何とも思わなかった。何とも思わないように自分に言い聞かせていた私。

しかし、バレンタインから10日が経過したとはいっても、この時期に自分でチョコを選ばなきゃいけないわびしさがフツフツと・・・。しかも78円シリーズからのチョイス・・・。

「こいつ、78円で罪滅ぼしのつもりか・・・。いや、待てよ。ここで不満顔をすると、78円のチョコさえ、手に入らなくなるのかぁ・・・。いやいや、もっと深く考えろ、俺!3月にお返ししなきゃいけなくなるかもしれないぞ・・・」と一人で熟考している私に、「決まったら持ってきてね。レジに並んでるから」と奥さん。Img_0273_2

『LOOKネクターピーチ』の味が複雑だった如月の夜japanesetea

2012年2月22日 (水)

16歳

昨日の朝のことだった。我が家からさほど遠くない踏切で、高校生が電車にはねられて、亡くなった。その悲報を聞いた時に、嫌な胸騒ぎを覚えた。

亡くなった生徒の名前も学校名も伏せられたままだったけれど、時間が経つにつれて、亡くなった生徒は高校1年生の男子生徒で、次男が通う高校の1学年下の生徒だったことが分かった。次男とは部活は違っていたが、運動部にも所属していたと聞いた。

遮断機も警報機も作動していた踏切での出来事。自殺の可能性もほのめかす報道がなされていた。そうだとしたら、15歳の少年の心に何が・・・。直接の面識はなかった私だったけれど、次男と同じ年代の子供が選択した死という事実に他人事ではいられなかった。ただただ無念だった。

誰にも言えず、誰にも知られたくない何かがあったのだろうけれど、思いとどまらせる手立てがなかったのだろうか。

夢と希望を胸に、1年前に入学したばかりだというのに、学生生活だけでなく、人生にも幕を引いてしまった少年。肉親や友人の悲しみを思うと、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。そして、ご冥福を祈るばかりだった。

追いつめられるほどの死を意識したことのない私には、何かに追いつめられた少年の真意も苦悩も計り知れなかった。けれども、人の親という立場からすれば「まだ16年しか生きていないのに・・・。親よりも先に逝かないでほしい」と率直に思った。

次男達は今、期末試験の真っ最中だった。相変わらず成績は悪くても、できるだけ会話は継続しなければ、と心に秘めた如月の悲しい日moon3

2012年2月19日 (日)

再認識

残業から帰宅した金曜夜。「ただいま・・・。あぁ、疲れたぁ」。

一週間の仕事を終えた心地良い疲れが少々と、先週の2度にわたる福島遠征による疲れも少々、そして思いがけない積雪に伴う雪掻きの疲れが90%。今年の豪雪は、私の心身をなかなか楽にはしてくれなかった。

遅い食事を終えると、次男「ほいっ、これ」。手にとって見ると、次男の部活仲間の父兄達から・・・。「ん?皆さんから連名で、私に手紙?苦情かぁ?先日の東北大会で、何かヘマしたっけ、俺?」

封筒の中には、手紙と金一封。2年間にわたって息子達の試合をビデオ撮影し、DVDにダビングしていた『TSUYAYA又左衛門店』へのお礼だった。自分が好きな事を継続してきただけだったのに、恐縮するばかりだった。Photo 次男のプレーが向上するようにと撮り始めたビデオだったけれど、チームメイト達にも参考になるだろうし、父兄仲間達も息子達の活躍を見ることで、家庭でも共通の話題が持てるかなぁ、と思って配布し続けていた。

自分が好きで取り組んでいたダビングだったため、製作に時間を少々要すること以外は苦にならなかった私。それに、これまでも父兄仲間からは幾多の感謝を頂戴していた。褒められて伸びるタイプの私としては、「ふふっ、みんなに早く見せてあげたい」との一念でDVD製作に励んできたため、今回の手紙には正直、驚いた。Photo

父兄仲間に気を遣わせてしまったなぁ、という気持ちが正直あった。けれど、ありがたさも身に染みた。次男も良いチームメイトに恵まれていたけれど、私も良い父兄仲間に恵まれていた。あざ~す。

金曜の夜のうちに、失礼ながらもメールで父兄仲間にお礼を。そして、一夜明けた土曜日、福島で開かれた東北大会のDVDができ上がった。製作する時間さえ確保できれば、取り組むのは早かった。「やれば出来る中年」を再認識した私だった。 Img_0266

「One for all,All for one」に集約されるラグビー。次男だけじゃなく、私もチームメート(父兄仲間)との絆を再認識した如月のウィークエンドcd

2012年2月15日 (水)

きっかけ

福島県いわき市まで2度も日帰りドライブをした疲れが癒えたのか、癒えないのか自分でも分からないまま、今週は仕事に追われていた。正直なところ、まだまだ心の中には無念さが横たわっていた。諦めの悪い私だった・・・。

一方、全国選抜大会出場の道が閉ざされた次男達だが、今週から再び練習に明け暮れていた。悔しいに違いないけれど、次を見据えて再スタートする姿が、たくましくもあり、少々の切なさも感じていた。2010_0508_181314dsc_0052

「ここは私も先を見据えて、仕事に精を出さないと。済んだことは、ひとまず置いとこっ!」と思っていた矢先、父兄仲間から「DVDよろしく!」のメール。初戦のDVDは翌日に製作し、配布していたけれど、2試合目はまだ製作していなかった。

忘れていた訳ではなかったけれど、時間不足とプリンターのインク不足、そして何よりも疲労から来る気合不足で、DVD編集作業が滞っていた。だからと言って、『TSUTAYA又左衛門店』の看板を降ろすわけにもいかず、申し訳ない気持ちを抱えつつも、『明日できることは、今日しない』を実践していた私だった。

そんな中、部活から帰宅した次男が今夜もジャージ類を一人で洗濯していた。連日、部活で疲れてるのに、毎晩毎晩、洗濯だけは自分でする次男。見慣れた光景ではあったけれど、私の『TSUTAYA又左衛門店』再開のきっかけになりそうな如月の夜flair

2012年2月12日 (日)

雪中攻群

再び福島県いわき市で開かれている東北大会の応援へと出掛けた私。応援する父兄の人数は8人、出発時刻は5時、天気も吹雪と、一昨日と全く同じ条件。違うところと言えば、初戦に敗れたため正直なところ少々気落ちしていたことと、私がピンクのキャリーバッグを持参しなかったことだった。

相変わらず、福島県までの道のりは長かった。それでも、前日の夜遅くまでかかって製作した初戦の試合のDVDを父兄仲間に配って、気持ちを高めながら試合会場に向かった私。雪道ながらも、吹雪や事故で閉鎖されることもなく、高速道路を飛ばして息子達のもとへ急いだ。

この日の相手は、岩手県代表として昨年の花園に出場していた高校。去年は2回対戦し、2回とも12対15で惜敗していた。次男達の世代になってリベンジするにはもってこいの機会だった。

無事に会場に到着し、この日も試合を撮影するため、父兄仲間から遠く離れて、一人撮影ポイントへ移動した私。グラウンドを見渡せる場所へと移動したのだけれど、高い場所は風も強く、寒かった。そのことは計算済みで厚着をして行ったにも関わらず寒かった。

試合開始時刻が迫り、グラウンドに整列した次男たち。次男は、去年まで担っていたポジションへと復帰していたほか、先発メンバーには1年生の姿も・・・。「おっ、今日はやり慣れたポジションかぁ。どこのポジションでもいいから頑張れ」201202101526001 201202101526003

試合開始とともに、試合を優位に進める次男達。次々と得点を重ねて試合を優位に進める。満点ではないけれど、悪くはない試合運びだった。

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得点を重ねるに従って、もう一つ増えたのが降雪だった。福島県いわき市まで津軽からはるばる南下してきたのに、雪も連れてきてしまった私達。吹雪に近い状況となりはじめたが、試合は進む。いくら激しい試合だとは言え、短パン姿の選手達には気の毒だったけれど、雪の中にも関わらず、群れになって攻める姿は『雪中攻群』チームだった。

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リードしたまま前半を終了し、試合は後半へ。後半は風下だったため、前半よりも不利な状況を強いられるかと思ったが、風向きに左右されることもなく、ひた向きにプレーする次男達。着実に得点を積み重ねていく姿が少し頼もしかった。

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次男も積極的なボールに絡み、好機を作っていた。雪融けの時期までは再び試合ができないのだから、燃え尽きるくらいに走り、ぶつかり、戦ってほしかった。

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ノーサイドの笛が吹かれ、試合が終了。生憎の雪の中での試合だったけれど、両チームとも懸命に戦ってくれた。相手を無得点に抑えて勝利した次男達だったけれど、我が校も相手校もまだまだ発展途上チーム。4月から始まる新年度の大会で一回り成長し合って、激突してほしかった。201202101607395 201202101607397 201202101644011

試合後に父兄仲間のもとに駆け寄ると、皆、笑顔がひきつってる。そんなに嬉しかったのか・・・と思ったら、寒かったらしい。豪雪の津軽から来ても、雪は雪、寒さは寒さかぁ。

試合が済んで、選手達もこの日は青森へ戻る予定になっていた。「よしっ、俺達も速攻で帰ろう」。津軽に戻り、学校で解散した時に生徒達を迎えに行かなければならない父兄達。慌ただしく応援グッズを片付けて、福島県いわき市を後にした。スパリゾートハワイアンズに泊まりたかったけど・・・。

この日も7時間かけて福島県に来て、1時間の試合を応援し、再び7時間かけて津軽へ戻る強行日程。この日は勝利したことで、帰路の車中は少し賑やかだったけれど、疲労しきった様子。私もぐったりしてたけれど、この日の勝利の余韻だけで何とか運転できた如月の深夜snow

2012年2月 9日 (木)

550km×2

次男の大会応援のため、早朝5時に津軽を出発した私達。生憎の吹雪だったけれども、行かないわけにはいかなかった。4月の全国選抜大会出場がかかっていた。

この日のために、父兄仲間と連絡を取り合い、「きっと勝つだろうから、今日は大会が開かれる福島県に泊まって祝杯を上げて、明日の準決勝も応援するぞー」と決めていた。応援勇士を募った結果、次男と同学年の父兄達8人が1台に乗り込んで、福島県いわき市の大会会場を目指し、吹雪の中、東北自動車道を南下した。運転は私とS君のパパの二人だった。私は、あのピンクのキャリーバッグを車に積んでいた。

車内は、「今日の試合は、絶対に勝ちますよねぇ」「勝って、今夜は楽しく飲みましょう」「優勝して、全国大会に行きましょうねぇ」と同乗した父兄仲間は元気いっぱい。特に奥さん連中の盛り上がりは凄まじかった。

「寝坊しちゃマズイ。どうせ、勝利したら福島に宿泊するんだし・・・」という思いと、気持ちが高ぶっていたこともあり、一睡もせずに運転した私だったけれど、賑やか過ぎて眠くなることもなく順調にドライブを続けた。

津軽を経って7時間後。走行距離にして550㌔。着いたぁー、福島県いわき市。私にとっては3年ぶりぐらいだろうか。予想通り温暖な気候だ。

個人で応援に行った父兄仲間達とも合流し、試合開始を待つ私達。次男達は元気に練習を繰り返していた。雪で練習ができずにいたため、グラウンドで練習するのは今年に入って昨日が初めて。正々堂々と2年間の成果を試合で発揮しろ。Img_0249

試合開始。相手は宮城県代表。去年の同じ大会では惜敗していた。この日は、リベンジの意味もあった。次男の動きは悪くなかった。空中戦を全て制圧した次男は、ことごとく仲間にボールをつないだ。花園の大舞台を経て、進化していた。201202081526441

エンジンのかかりが遅い我が校が、この試合では先制トライ。そして、再び泥臭いプレーでトライ。「予想したとおりだ。勝てる」。誰もがそう信じて、応援のボルテージが上がった。201202081526442

しかし、我が校と同じように、相手校も宮城県代表として花園大会に出場していた実力校。前半終了間際に逆転を許す。

押し気味に試合を進めていたにも関わらず、前半は僅差ながらもリードを許す展開。後半に爆発を期待する私もビデオカメラを持つ手に力が入った。

実は、試合をビデオ撮影するのが久しぶだった私。2か月ぶりのカメラ撮影は、明らかに腕が鈍っていた。カメラでボールの行方を追い切れなかった・・・。明らかにプランクだった。冬場に撮影の練習を重ねておく必要性を思い知らされた私だった。

運命の後半戦。再び攻め続ける次男達。しかし、攻め手を欠いていた。相手のディフェンスも見事だったけれど、グラウンドでの練習不足からくるフォワードとバックスの連携が不足だった。泥臭くフォワードで前進を繰り返すが、そこから先へ展開できず、逆に相手の逆襲に遭っていた。201202081611201

結局、攻め手を欠いた我が校は、そのまま敗戦。全国大会どころか、去年のリベンジも成し遂げられなかった。悔しかったけれど、現時点での実力だと受け入れるしかなかった。受け入れることで次のステップに進めばいい。雪が溶けたら、再びグラウンドにまみれて、土の感触を、グラウンドの広さを、そして勝利の味を思い出せばいい。

よもやの敗戦で混乱したのは、我々父兄だった。「今夜は福島泊まりだから、帰路のことは心配いらないね」「今夜は祝杯だぁ」の予定が、一転して青森へ戻ることに・・・。

勝利していれば、翌日が準決勝だったため、そのまま翌日も応援のはずだったけれど、敗戦したため、次の試合は一日空いた10日。え゛ー、再び7時間かけて550㌔を走るのかぁ・・・。さっき、到着したばかりなのにぃ・・・。敗戦で折れかかった心がポキンと音をたてた・・・。

試合終了後、青森県ラグビー協会の会長が近寄ってきて、「残念だった。ところで、今から青森に帰るんだったら、乗せてもらえない?」と聞くので、「どうぞどうぞ」。以前から知り合いだっけど、いろいろと協会の話を聞くいい機会だと思い、同乗させることにした。

帰路の車内は、往路とは別人のように、誰も口を開かない。お通夜の帰り以上にシ~ンと静まり返る。皆、心身ともに疲れていた。私も疲れていたけれど、父兄仲間を無事に青森まで運ばなければならないため、落ち込んではいられなかった。車のフロントガラス前方には、大きな満月が煌々と、そして冷やかに輝いていた。まるで、花札の絵柄ように・・・。

無事に青森に着いたのは、ちょうど夜中12時。着替えなどを詰め込んだピンクのキャリーバッグは、一度も開かれることなく、再び家の中へ。Img_0217

入浴もせず、2日ぶりに速攻で寝ることにしたけれど、疲れているにも関わらず、悔しくて眠りにつけない私。「きっと、次男達はもっと悔しい思いを抱いて、宿泊先の布団の中にいるんだろうなぁ」。そう思ったら、悔しさよりも悲しさがこみあげてきた。Img_0256

この日の敗因は、一度も開けられることがなかったあのピンクのキャリーバッグの呪いだろうかなどと考えながら、布団をかぶった如月のグッタリした夜sleepy

2012年2月 7日 (火)

バスの勝ち!

水曜日からの大会に向けて、雪深い津軽を後にする次男達。「電車がストップすると困るから、送って行け」というので、学校へ送り届けることにした月曜日。

余裕を持って家を出たものの、高校に続く道は雪で道幅が狭く、擦れ違いが困難。集合時間までには余裕はあるけれど、次男は間に合っても、私の出勤時刻に間に合うかどうかヤバイ。

「早く前に進んでくれー」と願いつつも、なかなか前に進まない愛車。前方を見ると、対向車線から路線バスが来ていた。体当たりしてもバスには勝てないので、雪が積まれた路肩に寄って、バスをやり過ごすことにしたけれど、なかなか近付いてこない。Img_0235

ここでイライラしてもロクな事はないと思い直し、待つ、待つ、そして待つ・・・。飽きた。

どうにか無事に学校へ到着すると、既に次男達を乗せる貸切バスが到着していた。またバスに負けた・・・。Img_0237

到着していたバスをよくよく見ると、私が年末に花園へ行った時に乗車したバスと同じ。運転手もあの時と同じ人。今回もしっかり運転を頼むぜ。

生徒玄関には、ジャージを入れたケースやら用具やら、昨日のうちに準備していた遠征用具一式がバスに積み込まれるのを待っていた。いつもながら、徐々に興奮が高まってきた私だったけれど、私が行くのは試合当日。後ろ髪を引かれつつ、次男を降ろして、会社へ急ぐことした。Img_0228

相変わらずブルーな月曜日だったけれど、試合が近付いていたこともあり、さほど月曜日を苦にすることもなく仕事を片付けられた私。年が改まっても、私の単純な構造は不変だった。

次男が一足先に会場入りしたため、帰宅しても奥さんと二人だけ。大した会話も、声を発することもないまま、夜の時間が過ぎていく。Img_0215

声は試合当日の応援で発することにしようと思った如月の夜bus

2012年2月 6日 (月)

異議は・・・

天気予報では、比較的温暖といわれていた日曜日だったけれど、今年の天気予報はやはり私の味方をしてくれなかった。お日様が見られるどころか、雪だった・・・。

東北大会への出発が明後日に迫っていた次男は、朝から部活。奥さんは掃除。そして、私は雪掻きだった。雪掻きを終えて家に入っても、奥さんの掃除は続いていた。そして、玄関と浴室の掃除はシッカリと残してくれていた。やっといてくれてもいいのに・・・。

浴室の掃除は、残り湯とシャワーを使えたので、暖かーいうちに済ますことができたけれど、玄関は寒かった。「玄関は厳寒だぁ」と奥さんに聞こえるように言ってみたけど、「えっ、何?玄関がどうかした?」と奥さん。何でもない・・・。

浴室の掃除のついでに、今は殆ど使用していない次男のスパイクも洗濯。花園大会直前に秘密兵器としてプレゼントした軽量のスパイクばかりを最近は使用しているため、このスパイクはあまり使われることもなく、靴箱で悲しんでいた。Img_0226

「普段から常に秘密兵器ばかり履いてたら、秘密兵器じゃなくなるだろっ!練習だったら、こっちのスパイクも履いてやれよ。なぁ、お前だって、まだまだ十分に活躍できるんだし・・・」とブツブツ話しかけながら、スパイクを洗ってやった。スパイクに自分の姿を見たのだろうか、私・・・。

連日の雪掻きの疲労に加えて、「玄関は厳寒だぁ」で心が折れかかったため、次男が通う高校の隣にある温泉に行って、自分の身体と心の傷を癒すことにした。次男から「練習終わった」とのメールが届いたのを待って、次男を迎えに行き、そのまま温泉へ。Img_0227

さすがに昼下がりの温泉は夕方ほどの混雑は見られなかったけれど、私のように雪掻きで疲れた市民の姿も少なくなかった。湯船の中では必然的に雪掻きの話題があちこちで交わされていた。皆も疲れてるんだろうけれど、こうして毎日温泉で疲れを癒してるんだろうなぁ・・・。

私と次男は必然的に東北大会の話題。「初戦は、こうしろ」「きっと、相手はこう来るはずだから」「お前のプレーにかかってる」・・・。確たる根拠があるわけでもなく、精神論中心の私。とにかく自信を持たせて試合に送り出したい・・・、その一念だった。

いつものように温泉の中だけは、ラグビーのことで会話が弾む私と次男。疲れが癒えたどころか、試合のことで頭が混乱しかかったため、私「もう、いい加減に上がろうぜ」。次男「うぃ」。

帰宅前に、スーパーに立ち寄り、「リポD」もどきも1箱(10本)購入。私「疲労回復にはタウリンを摂取しないと。コレを飲んで、練習の疲れをとって、試合頑張れ!」。次男「コレって効く?」。私「大丈夫、大丈夫。これが一番タウリンが入ってるみたいだから。気にしてたら効かないから、効くと思って飲め」。Img_0239

泊まりがけで大会に臨む時は、いつも私のキャリーバックを持って行く次男。今回の東北大会は奥さんも行くらしく、温泉から戻ると「新しいキャリーバックを買ったほうがいいんじゃないの?」と奥さん。私も欲しかったけれど、「自分で買ったら」と言われるに決まっていたので、自分からは言い出さないでいた。ふふっ、いいタイミングだ。異議はないっ!

大きなショッピングセンターなら種類も豊富だったのだろうけとれど、「湯冷めをしたらマズイ」と思い、近所のショッピングセンターへGO。確かに、あるにはあるけど、デザインやカラーがどうもイマイチ・・・。

奥さん「急なことだし、価格で折り合いをつけるしかないんじゃない?」。私「おぉ、分かってる。それにしても、ピンとくるやつがないなぁ。あっても高いし・・・」。奥さん「価格と容量からいけば、コレ?」。私「え゛ー、コレかいっ。この色かいっ。俺はコレを引きづって歩けん!今年も花園大会に出ることになったら、俺、このピンクを引いて大阪に行くのかぁ・・・」。その後も10分ほど、あーでもない、こーでもないをくり返した挙げ句に、最後は財布を握る財務大臣の言うがまま・・・。異議は・・・、ないことにしとこっ。Img_0231

大会の応援にちょっと行きづらくなった如月の休日bag

2012年2月 5日 (日)

継続駄ぁ~

ちょうど1年前のこの日に、ブログを開設するという暴挙に出た私だった。1年前のこの日の津軽は、今年ほどの豪雪ではなかったため、陽気に誘われるかの如く、計画性も何もなくブログを開設してしまったのだった。

内容も1年前とは大差ない「駄ログ」(堕ログ)を継続だった。世相を切るわけでもなく、為になる知識を披露するわけでもない。披露できる知識もなし!

にも関わらず、1年間にわたって継続できたのは全国(一部に国外在住の方も)の仲間のお陰に他ならなかった。260x350_2012_02_05_19_50_47

私生活そのものが直結している私のブログ。日記代わりとは言いつつも、「誰かがご覧になってるんだろうなぁ」と思い始めたら、照れくさくもあり、体裁も整えたかったけれど、この道をいくしかなかった私。

開設1年に合わせるかのように、アクセスもちょうど3万に達していた。それも、ありがたいような、照れくさいような・・・。

ブログを開設して間もない頃に襲われた東日本大震災では、いろいろとご心配をいただていた。次男達が花園大会出場を決めた時には、幾多の激励と祝福を頂いていた。そして、次男達が丸刈り頭で県大会を優勝した時には、頂戴したコメントに再び泣けたことも・・・。

そして、同時に始めたインターポットも365日を迎えていた。粗末な庭を応援して下さり、あざ~すだった。1328438878277_13054

この1年間の中で、友達登録して下さった方々、つぶやきを下さった方々、ポチっと、いいね、キラリを下さった方々・・・、素敵な方々に恵まれた私だった。そして、今はココログから退会された方々も皆、掛けがいのない方々だった。来るものは拒まず、去るものは追う(?)のも、変わらぬ自分の性分だった。

1年が過ぎ、2年目に入ったからといって、何かを変える予定も、変えられる要素もなかった私。再びこの調子で「駄ログ」を継続していくのだろうけれど、今はこの1年間の中で知り合えた方々にひたすら感謝する如月の夜night「あざ~す」

2012年2月 4日 (土)

再点火

気が付けば、次男の大会が来週に迫っていた。連日、父兄仲間と連絡を取っていた私。その熱意を仕事にも活かせ、という声が聞こえそうな気もするけれど、仕事も連日忙しかった。もちろん、雪掻きも・・・。従って、あっという間に一日が終わる、そんな日々が続いていた。

年末の花園大会応援から戻り、少々燃え尽き気味だった私。それに拍車をかけるような今年の豪雪で、振り返ってみれば1月は自分の思いとは裏腹に更新頻度は少なかった私のブログ。

つぶやきだけは返信できたつもりだったけれど、ブログに限らず、まちに行くこともさえなく、読者登録しているブログさえ、2、3日まとめて拝見することも正直なところあった私だった。

それでも、大会が近付くにつれて、再び血湧き、肉躍るような感覚が蘇りつつあった私。雪掻きで疲れていたはずなのに、今夜は「久しぶりに、まちに行ってみよっ」という気持ちになった。今年2度目のまちだった。見慣れないエリアが多々あったけれど、「危険な場所には近付くな」と亡くなった祖母に言われていたので、端っこの広場に静にINした。

見慣れない背景を頂いた。ガチャで何かを頂くなんて、去年のいつ以来だろっ・・・。270x285_2012_02_04_03_21_43

悲しいかな、頂いたものは試してみたい性格の私。背景にしてみたけれど、水玉そのものが不釣り合い。それでも、「まぁ、いっかぁー。去年の背景を使い回しばかりしていたことだし、せっかく当たったんだから、しばらく背景にしとこっ」と、バックに水玉模様を背負うことにした。少しは運も向いてきたのだろうか。

猛烈な暴風雪が去り、土日は少しだけ穏やかな日々が続くことも見込まれていた。大会が近付くにつれて、些細なことではあったけれど、そんな状況が単純な私を再び前向きにさせた。Img_0192

「きっと、天候と気持ちの両方がどん底の状況から脱したのだろう。たぶん、そうに違いない。いや、間違いないっ」と自分に思い込ませ、大会に向けて再び凍死、いや闘志に再点火する如月の夜up

2012年2月 2日 (木)

ニヤっ(笑)

暴風雪から一夜明けた津軽。県内各地で国道、県道、市町村道が通行止めとなり、飛行機は欠航、電車も運休。経済どころか、市民生活が麻痺寸前、いや麻痺していた。Img_0220 Img_0221 Img_0222

「今朝は絶対に渋滞するに決まっている」と思い、いつもより早目に家を出ようとすると、次男「実は今日、スケート教室があって、県営スケート場に行くんだけど、電車が止まってるみたいだから、乗っけていける?」。

私「えっ、今から県営スケート場を経由すると俺も遅刻するけど・・・。でも、授業の一環だし、しょうがない。分かった、乗れっ!」。

幸いにも、積雪は僅か。「おっ、ラッキー。意外とスムーズに走行できるかも」。発車しようとすると、次男の携帯にメール。ジーとメールに見入る次男。次の瞬間、少しニヤついた次男・・・。

「あっ、ごめん。今日は学校が休みになった。今、連絡網が届いた」

あらっ、そうなの・・・。ニヤけた理由はそれか・・・。考えてみれば、電車が止まっている状況なら臨時休校も当然だった。

私「じゃあ、留守番頼むぞ。勉強してろよ。多分、しないと思うけど」

次男「うぃ」

会社に着く頃には、青空まで出始めていた。Img_0219 Img_0218

「あ~、青空を見上げるのって、いつ以来だろー」と思ったら、少しニヤついてしまった如月の朝snow

しみじみ最悪

2月に入ったけれど、津軽は1月も2月もなく、白い悪魔に襲われ続けていた。

ニュースを見ると、「今日からプロ野球がキャンプインです・・・」。

いつもなら「いよいよキャンプの時期かぁ~」とウキウキしながらニュースを見ている私だったけれど、今年は「あっそう。良かったね」とひねくれた中年になり下がっていた。

連日、テレビや新聞では「今冬最高の寒波です」を連呼。そんなに、最高を更新してるんかぁ・・・。できれば「今冬最悪の寒波です」と言い直してほしいと思うくらいに、この豪雪は私の性格を歪んだものにしていた。Img_0210

そして、本当の最悪の日が今夜だった。よせばいいものを少し残業したばかりに、最悪の時間帯に帰宅することになった私。

地吹雪で愛車の1m先が見えない。

ワイパーを最速にしても、それを上回る横殴りの暴風雪。

暖房もマックスなのに、ガラスは凍り付く。

そして、愛車がワンボックスで車高が高いため、暴風雪で倒されそうなほど浮き上がる。

何もかもが白い悪魔に飲み込まれた世界。前に進むこともできず、かといって愛車を止めると後続車が突っ込んで来る恐怖。

自宅まで、あと1kmまで辿りついたというのに、車外で出ることも叶わず、「今夜、このまま死ぬかもしれない」と正直に思った私。

車内から自宅に電話すると、出たのは次男。「もしもし、俺だけどぉ。お前、帰ってたんだぁ。良かったぁ。ところで、俺の方はしばらく戻れないかもしれない」。次男「飲み会?出張?」。私「いや、猛吹雪で一歩も進めない。今、郵便局の駐車場に避難してるけど、走行できる状況じゃない」。次男「ふーん」。私「とにかく、吹雪の状況をみながら帰るから」。次男「うぃ」。

結局、ノロノロ運転以上のソロリソロリ運転で、何とか帰宅できた今夜の私。もうこんな内容でUPするのはこりごりだけれど、生きてUPできたことだけはありがたいなぁ~、ってしみじみ感じた如月の「今冬最悪」の夜typhoon

2012年2月 1日 (水)

爆発系

年明け最初の大きな大会が来週に迫っていた。「応援はどうする?」「誰の親が応援に行ける?」。仕事そっちのけで、雪掻きの合間を縫って父兄仲間と連日連絡を取り合っていた私。

何しろ、試合会場は福島県。同じ東北とはいえ、北の端っこにある青森から、南の端っこにある福島までは移動するだけでも、ひと苦労。それでも最後の東北新人大会だと思えば、行かないわけにはいかない私だった。

もちろん、今年行われる試合は、それぞれが最後の大会となってしまう次男。誰も褒めてはくれないけれど、今年も応援だけは皆勤賞を目指そうと密かに思っている私だった。

そして、大会が迫ると、決まって「アレが壊れた」「ソレが不足だ」と突然言い出す次男だったため、今回は私から事前に「何も不足のものはないよな」と問いただした。

次男「大丈夫」。それでいい。花園大会から帰ってきて、まだ1か月。そんなに壊れたり、不足があったら、こっちが壊れる・・・。Img_0213

ただ一つだけ不足なものがあるとすれば、次男が毎日飲用していたプロテインが切れていたことだった。そのため、日曜日に次男を伴ってスポーツ店でプロテインを買うことにした私。

2年間飲み続けて、それなりに筋肉は付いていた次男だったが、周囲の仲間達の体格が立派すぎて、か細い印象が拭えない次男。そのことを意識してか、いつもとは異なる、効きそうなプロテインを品定めする次男。

次男「お~、爆発・瞬発系だって」

私「効き目あるかもしれないな」

次男「これにしよっかなぁ」

私「安くはなさそうだなぁ・・・、でも今買っておけば、しばらくは買わなくて済むかも」

これまで愛飲していたものとはメーカーも異なり、イメージだけなら明らかに効きそう・・・。

いちおう、買う前に値段をチェックした私。「うっ、高っ・・・」

値段も爆発系だった睦月の買い物DAYdollar

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