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2012年4月

2012年4月30日 (月)

仲間&仲間

父母会の今年度総会も無事に済み、そのまま父兄仲間とともに息子達の練習ぶりを見学していた。穏やかな春の日差しの中で、部員達が黙々と練習を繰り返す姿を観ているのは極上の時間だった。

けれども、部活終了間際に足首を痛めた次男。よりによって、父兄達が練習を見守る中でケガだっただけに、「あらっ、1年生の父兄さんに恐怖心を与えなきゃいいけどぉ・・・」と思いつつも、この日の部活が終わるのを見届けた。

練習が終わり、左足を引きずりながらグラウンドを後にする次男に「大丈夫か?乗って行くか?」と聞くと、次男「うん」と言うので、次男を乗っけて帰宅。左足は相当痛むらしく、腫れていた。Img_0220

GW真っ只中の日曜日の午後。インターネットで診療してくれそうな整形外科を探しに探したけれど、一軒もなし。「大会が4日後に迫っているから、何とか診てもらわなきゃ」と思い、手当たり次第に整形外科へ電話。

「もしもし、休診中に申し訳ありませんが、ケガしたもので先生がいらっしゃれば、診て頂けないでしょうか」「実は、ラグビーで足首を痛めちゃいまして・・・」「あっ、私じゃなくて、高校生の息子です。男の子です、デカイけど」

必死さが伝わったのか、診ていただけることになった。ラッキーだった。「お~い、やったどぉ~。先生が診てくれるって。大至急、行くぞぉ~」と言うことで、先生様が待つ整形外科へGO。Img_0223

すぐに写真を撮っていただき、先生「あ~、捻挫ですねぇ。骨には異常はみられませんから、湿布を続けていて下さい」。次男「はい」。先生「大会でケガしたの?」。次男「練習です。大会は5月3日からです」。先生「あっ、4日後かぁ。2日ぐらいは歩くのも大変だよ。試合に出られたとしても、普段の実力は出せないだろうなぁ」。Img_0225 Img_0226

ここで、私「試合には出られそうですかぁ?」。先生「テーピングでグルグル巻きにして、ガッチリと固定すれば、出られないこともないとは思いますが・・・。走れるかどうか・・・。まずは患部の湿布を繰り返して下さい」

休日にも関わらず、診療していただき、あざーすだったm(_ _)mしかも、初診にも関わらず、噂通りに優しい先生だった。シッカリと、休日診療代も加算してくれて、本当にあざ~す・・・。

診療を終えて、帰路の途中、私「骨には異常がなかったわけだし、良かったな。春季大会は4日後だし、今回は走られる状況でもないし、出場するのは諦めて治療に専念しろ」。次男「・・・」。私「他の部員や先生には申し訳ないけど、他のメンバーがお前の分もなんとか頑張ってくれるさ。その腫れ上がった足首じゃ、スパイクに足も入らないし、今後に影響してもマズイから、仲間を信じて今回はおとなしくしてろ」。次男「・・・」。

最終学年として迎える最初の大会に標準を合わせ、練習を繰り返してきたことを思えば、次男には気の毒だったけれど、大会前にケガをするのは恒例のような次男。まして、今回は骨折じゃなかっただけでも良し、と前向きに捉えることにしよっ・・・。よくぞ、捻挫してくれた?今回は仲間に頑張ってもらい、優勝を目指してもらうことにしよう。

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実は、父母会の総会があったこの日、3年生の父母会メンバーで『今年も熱く応援するぞー!!』という趣旨で飲み会をしましょうという話が急遽できあがっていた。皆さん、総会で顔を合わせただけでは物足りなかったのだろう(笑)。私もだったけれど・・・。

父兄仲間のO君のママさんがやっているお店に今夜集まろうぜ!という話が急遽まとまり、昼間に総会で会ったメンバーのほとんどが夜に再開することになっていた。う~ん、まとまりのある父母会だ。特に酒となると・・・。

次男の診療が済み、ほっとしている暇もなく、近所のT君のママを乗っけて、O君のママさんのお店に急いだ私。私「どーもぉ」。店内に入るなり、「〇〇(次男)の具合はどう?」「骨は折れなかった?」と皆さんに心配していただき、恐縮するばかり。

私「ごめんね。今回も大会前にケガしちゃって。今回は試合に出るのは無理だと思うので、なんとか皆んなで頑張ってもらわないと。でも、ウチの次男はでられなくても、春季大会は三日間応援に行くからね。次男は春季大会後に岩手で開かれる大会には間に合わせま~すm(_ _)m」

参加メンバーに、2年生の父兄が一部交じってくれたことも嬉しさが増した要因の一つでもあった。学年の枠を超えて、息子達も、父兄同士もそれぞれ一枚岩になることは大事なことだった。

時間の経過とともに参加メンバーも増え、「今年も勝つぞ―!」「花園行くどぉ~」と何度となく乾杯が繰り返されて盛り上がる私達。今年度最初の大会を前に、まだ1勝もしていないにも関わらず、優勝気分の私。祝勝会の前倒しと思えばいいか・・・。Img_0230

この後、店内では私が撮影した過去の試合のDVDを鑑賞しながらの大宴会となり、ボルテージは上がるばかり。そして酒量も増すばかり。

「『TSUTAYA又左衛門店』を続けていてよかったぁ~。こうして、自分達の息子のプレーを観ながら父兄仲間と親睦を深められるって、いいよなぁ~。今年も頑張ろっ、俺」と思いながら、ビールの中を泳いでいた卯月のGW二日目の夜beer

2012年4月29日 (日)

次男達ラグビーの父母会の平成24年度総会が今日、学校で開かれた。例の談合で日程を決めた総会だったので、私自信も爽快だった。

ゴールデンウィークの真っ只中だったので、正直なところ「参加者は少ないだろうなぁ・・・」と思っていたけれど、3年生の父兄仲間は殆どの方が参加してくれた。『息子達の応援をできるのも今年だけ。連休中であろうと、参加しなきゃ」という思いがひしひしと伝わってきた。ありがたかった。Img_0209

Y先生(監督)、K先生(顧問)から御挨拶を頂いて、S会長の司会で会議を進行して、なんとか総会も滞りなく閉会。想定通りの展開だった。Img_0208

その後、グラウンドに向かい、父兄仲間とともに練習見学。大会直前とあって、次男達は本気モードで泥んこになりながら練習に没頭していた。Img_0214

幸いにもOB達6~7人が参加して練習相手を務めてくれていたので、次男達には格好の練習が繰り返されていた。いいどぉ~、もっとガンガンやれ~。Sの気が少しあるらしい私だった。

あと5分で練習終了という時に、ラック(密集状態)の中で。突然、次男がうずくまった。足を痛めたらしい。Y監督「大丈夫か?ボーと立ってるからタックルされるんだろ。で、大丈夫か?」。次男「あっ、はい」と言い、ベンチで背中を丸くする。ははは~、もっと怒られろ。ガンガン怒られて、もっと強くなれ~。いつしか完全にSになっていた私だった。Img_0216

総会も終わり、部活の終了を見届けて、大会前にテンションを上げた私。この後、青ざめることになるとも知らず、ニコニコして帰宅した卯月のGW二日目cherry

2012年4月28日 (土)

好事魔

GW初日の29日。朝6時に叩き起こされた。一昨日は飲み会、昨夜は残業で、今朝はゆっくり起床したかったにも関わらずだった。泊まりがけでの行楽が無理だと分かった奥さんの逆襲が始まった瞬間だった。なんとか起き出すと、間もなく長男や長女がやってきた。まだ7時前だというのに・・・。

長男や長女と画策し、朝から出掛ける計画を立てていた奥さん。次男の部活ばかりに付きっきりだと長男にも長女にも申し訳なかったので、どこか近所にお出掛けだったら一日ぐらいは付き合ってもいいかなぁ~、ぐらいには思っていた。

けれども、近場では済まなかった。盛岡まで越境する話ができ上がっていた・・・。①奥さん②長男③長男の奥さん④長男の娘(1歳様)⑤長女⑥長女の娘(6歳様)⑦長男の息子(4歳様)、&私の8人。意気込む7人と、気が乗らない1人。

奥さん「遊園地に行って、次に動物園に行って・・・。帰りにショッピングセンターにも寄ってね」。さすがは、事前に雑誌で下調べをしていただけのことはある。無駄のない行程だった。Img_0112Img_0117 Img_0121 Img_0136 Img_0148 Img_0172

で、往復400km。約束通りに宿泊はなかったけれど、予定が狂い、心身ともガッツリ疲れた私とは裏腹に、ガッツリと休日を満喫していた7人。宿泊にしとけば良かった・・・、と思った卯月のGW初日carouselpony

2012年4月27日 (金)

残念なお知らせ(笑)

いきなりだけれども、今年のGWは私にとって好都合なものとなってくれた。Dsc_0003_3 Dsc_0002_4

以前も記した通り、奥さんから「GWは何処に行く?」「宿を予約しろ」と連日のように急かされていた私。

そのたびに「休日出勤続きで、今は考えられない」「そのうちに決める」とスル―していた。いつもスル―されていたので、たまにはスル―する立場になるのも悪くはなかった。

それでも休日出勤も終わり、通常の日々に戻りつつあったため、「もう数日でGWだし、どこか行き先を決めて」「近い所で、イイトコないの?」と日増しに催促の声は高まっていた。

あらかじめ、5月3日~5日の三日間は次男達の春季大会が開催されることは分かっていたので、GWの後半に出掛けるのは不可能。となると、当然のようにGWの前半(4月28日~30日)がお出掛けの候補となるはずだった。

けれども、今年の私は過去の私とはひと味違っていた。「ふふふっ、ラグビー部父母会の総会を開催しなきゃ(笑)。総会で今年度の活動予定を申し合わせしないまま、春季大会に突入するわけにはいかないし、是非、早目に総会を開催する必要がある」。

父母会会長のSさんも、当然のように早く総会を開催したいと思っていたのだけれど、先生方(監督や顧問)との日程交渉がはかどらず、壁にぶち当たっていたので、私「4月28日か29日あたりで、先生方と交渉しましょう」と二人で談合。幸いにも、先生方からも「29日に総会を開催しましょう」と了解を得て、一件落着♪

29日に総会となると、ほぼ例年と同じ時期の総会だし、今年も出遅れはなしっ!しかもGW前半のど真ん中。ふふふ、財布の中は、相変わらず福沢諭吉が不足しているし、出掛けなくて済む~。嬉し過ぎる~♫

嬉しさを押し殺して、私「非常に残念なお知らせがあるんだけど」。奥さん「どうしたの?」。私「実は29日に父母会の総会が入っちゃった。残念だなぁ。せっかく、GW前半は出掛けられると思ったのに・・・」。奥さん「え゛~。ってことは、28日に一泊もできないし。総会が済んでから出掛けるにして時間が足りないし・・・」。私「そそっ、まったく残念だよなぁ」。奥さん「総会じゃ、しょうがないかぁ・・・」。私「そそっ、そうかい(笑)あははー、つまらなかったな、今のダジャレ」。奥さん「・・・」。

ダジャレがスベったとしても、心の中は嬉しい私。次男も今年が高校ラグビー最後の1年(落第しない限りは・・・)。来年はもう高校ラグビーに打ち込むを姿をみられないのだから、今年はGWを犠牲にしてでも、部活を見守ってやりたいと思っていた。

そして、楽しい楽しい今年のGWがついに明日に迫った卯月の夜tulip

2012年4月25日 (水)

格安

念願の散髪に行く時間が作れた日曜日。仕事帰りに立ち寄ることもできないわけじゃなかったけれど、休日にゆっくりと行きたい派なので、仕事帰りは速攻で帰宅していた。

本当は近所の丁寧な理容院がベストだっけれど、給料日前だということもあり、今回も「近所の美容院」か、「格安料金の理容院」かの二択を迫られていた。近所の理容院に行きたいそぶりを見せたけれど、当然のように却下された・・・。

それでも、「この伸びきった髪のままじゃ、春らしくないしぃ・・・。それに、春季大会も迫ってることだし、俺も気合をいれなきゃっ!」と思い直し、奥さんがお薦めの「格安料金の理容院」に出掛けた。

目的の「格安料金の理容院」に着くと、幸いにも先客は一人。ふふっ、すぐに切ってもらえそっ!。「すいません。お願いしまーす」と言って店内に入ると、お兄さん「はい、どーぞ。こちらにお座り下さい」。私「はい」。お兄さん「どうしましょうか?」。私「しばらく切ってないし、春らしくバッサリとカットしていいです」。お兄さん「どの程度、カットしますか?」。私「横は耳にかからない程度にして、後はお任せ。サッパリとお願いします」。お兄さん「はい」。

というわけで、散髪が始まったけれど、ほとんどハサミを使わないお兄さん。ひたすらジ―ジ―と電気バリカンでカットする。電気バリカンが悪いとは言わないけれど、腰に差した数種類のハサミはいつ使う?ハサミを使えば省エネにもなるのに・・・。

暫く電気バリカンと仲良くなった私の頭。お兄さん「このぐらいで、どうでしょうか?」。正面の鏡を見ると、「私的にはまだ長いなぁ」と思ったので、私「もっと、カットしていいです。後ろ側も短くしてくれればいいなぁ」。すると、手鏡を背後に構えて、私に自分の後ろ姿が見えるようにしたお兄さんが「だいぶ白いので、この程度がいいと思いますけど・・・」。あっ、そういう理由?御親切に・・・。

格安なのは自分の頭髪だと改めて痛感し、静かに理容院を出た卯月の散髪DAYhairsalon

2012年4月23日 (月)

黄砂に吹かれて

先週のことだった。「出社の前に、少しだけ暖気運転しとこっ」と思い、修理に出している愛車に代わって、最近乗っている代車のエンジンをスタートしようと外に出ると、黒いはずの代車のボディが茶色・・・。それも、まだらに汚れている。直球ど真ん中で言うと、「超~汚い」。Img_0098

この時期恒例の黄砂だった。春の訪れはありがたかったけれど、はるばる中国から吹かれてきた黄砂は、ありがた迷惑だった。洗車している時間などあるはずもなく、そのまま「超~汚い」代車を、恥ずかしそうに運転して会社に向かった・・・。

その数日後の土曜日のことだった。黄砂が突然訪れた理由が明らかになった・・・。

キムタクの奥さんで、歌手の工藤静香様が土曜日に来県した。歌手としてではなく、画家としてだった。彼女にとって、全国初の個展『あふれる感情 工藤静香展』の開幕式とトークショーに出席するため、来県したのだった。彼女の父親が本県出身だった縁もあって、本県で初の個展を開催したのだろう。1_20120326112519_l

アートには無縁の私だし、彼女から直接聞いたわけでもないので、詳しくは知らないけれど、画家として16度も二科展で入賞するなど、油絵を描いていた父親ゆずりの才があるらしかった。今回の個展では約50作品が展示されると盛んに事前PRも行われていた。

実は、アートに無縁ながらも、昨秋開かれた「八代亜紀 アートの世界展」を鑑賞したことのある私。別に歌手兼画家の個展だけに興味があるわけではなかったけれど、何役もこなせる才能に関しては正直、羨ましいとも思う無能な私でもあった。Dscf0201_2

ひょっすると、先頃吹かれてきた黄砂は、「青森で個展が始まりまーす」という彼女のメッセージなんだろうか・・・と考えてみると、「暇があったら覗いてみてもいいかな~」とも思っている卯月の夜art

2012年4月22日 (日)

再び「行きます」

5月3日に開幕する春季大会の組合せも分かり、日に日に気合が高まっていた。大会まで、あと10日もあるのかと思うと、そのうちに気合いがハチ切れそうだった。

そんな中、十和田市内で今日、「普及指導講習会」が開かれることになっていた。県下の高校ラグビー部員が一堂に会するこの講習会では、今月入部したばかりの1年生はラグビーの基本を改めて学び、2、3年は各ポジションごとに技術の向上を図る。試合は特に行われないけれど、今後再び1年間にわたって相まみえる顔触れが揃うのを眺めるのも悪くはないと思っていた。

学校に向かう次男が「今日は何もないから、まさか来るわけじゃないよね」と言うので、私「うん、たぶんな・・・。今日はボクチャン(愛車)が修理から戻って来るので、引き取りに行かなきゃいけないし・・・。まぁ、ケガだけはしないように、やってこい」。次男「おぉ」。

次男は学校へ。先日の暴風で傷んだ愛車の修理が完了したと連絡が届いていたので、私はディーラーに。すっかり元通りになった愛車の引き渡しを受けて、御満悦の私に、父兄仲間から電話が・・・。

私「もしも~し、○○(私)でーす。おはようございまーす。どーもぉ。」父兄仲間(Sさん)「おはようございます。今日、行きますかぁ?」。私「試合ではないし、どうしようかと・・・」。Sさん「行きませんか?父母会総会の話もできればいいんですけど」。私「あっ、はいっ。じゃあ、やっぱり行きます」。Sさん「私はもう会場に向かっていますから(笑)」。私「了解しましたぁ」。

というわけで、やっぱり行くことになった私。会場に向かう途中で、父兄仲間のAさんからも「おはようございます。ところで、〇〇さん(私)、いつ来るの?」と電話、私「おはようございます。はははー、悩んだんですけど、やっぱり行くことになりましたぁ。今、向かってます」。Aさん「来ないわけないですよね。私、グラウンドに居ますから」。早っ・・・。

会場に着くと、すでに講習会も後半に入ったらしく、大勢の生徒達がグラウンド3面を使って指導を受けていた。あっ、R君だ。T君も元気に走ってる・・・。我が校の生徒達の元気そうな姿は嬉しかった。Dscf0557 Dscf0560

よく見ると、向こうからこちらに手を振る人が・・・。「おざ~す」と近付くと、Sさん、Aさん、Yさん、Kさん、別なKさん夫妻。見渡すと、広いグラウンドには父兄は私達だけ・・・。もの好きな親たちだった。Dscf0558

他校の生徒達と一緒に練習をしたこの日を境に、各校とも10日後に開幕する春季大会に標準を合わせて、明日から再び猛練習が再開される。この日ばかりは、私もほのぼのと雑談に明け暮れていたけれど、大会が迫りつつあることを再び考えると、猛練習に明け暮れる息子達を父兄仲間とともにサポートしなきゃと思い直していた。Dscf0559

講習会を終えた生徒達が、私達に気付き「御苦労様でーす」「こんちはー」と目の前を通り過ぎていく中で、次男「あらっ、来たの?」。私「おぉ、やっぱり来た(笑)それで、講習会はどうだった?」。次男「普通~」。Dscf0561

未だに『普通』の意味をどう解釈すればいいのか分からなかったけれど、乗り慣れた愛車も手元に戻り、次男を乗せて普通に家に帰った卯月の日曜日rvcar

2012年4月21日 (土)

行きます

3月から続いていた休日出勤が一段落したとはいうものの、この日は八戸市と十和田市の2か所に出掛けなければならなかった。先方から「土曜日で申し訳ないんですが、来られるでしょうか?」「申し訳ありませんが、土曜日に来て頂けますか?」と言われては、「休みですから・・・」とは言えなかったので、いつも通りに「行きます」と安請け合いしてしまっていた。

部下に行ってもらう選択肢もあったけれど、自分で行くことした。部下思いでも何でもなく、また1年間にわたって次男の試合に付き合うとなると、今年も一時的に仕事に穴をあけるケースが出てくると思われたので、今のうちにアドバンテージを稼いでおいて、試合の時は抜け出させてもらおうというイヤらしい魂胆そのものだった。

出張先の十和田市には、官庁街通りと呼ばれるメーンストリートがあって、弘前公園(弘前城)に次ぐ本県の桜の名所だった。Komakaidou2

幸いにも、その官庁街通りへの出張だったため、仕事が終わると、一人でぶらぶらと散歩に洒落込んだ。厳冬だったせいか、今年の桜はまだ固い蕾のまま。Dsc_0065

通りの向こうから歩いてきた市民(おばちゃん)に聞くと、「1週間ほど、開花は遅れているみたい。ゴールデンウィークの頃が見頃でしょうね。あんた、何処から来たの?わざわざ官庁街通りの桜を見に来たんだったら、気の毒にねぇ」と言われた。敢えて肯定も否定もせず、「あはは~」と笑ってみたけど、おばちゃんは明らかに「ちゃんと調べてから来んかいっ!」という顔をしていた。

官庁街通りには、昨年も訪れていた『十和田市現代美術館』が立地していたので、散歩のついでに展示されているアートを楽しむことにした。芸術センスはないけれど、これでも馬と猫の違いぐらいは分かるつもりだった。Dsc_0058Dsc_0060Dsc_0057_2   

去年ここを訪れた時は大人数だったため、ゆっくりと観られなかったけれど、今回は一人。ゆっくりとアートを鑑賞した。正確には、鑑賞しているように見せかけていたけれど、アートは良く分からなかった。鑑賞は、感傷に変わった私だった・・・。

「感傷に浸ってばかりもいられない。とっとと戻ろう」と思い直し、帰社することにした。ここで、ひらめいた私は「積雪も減ったし、復路は八甲田山を帰ってみよっ!」と思い立ち、十和田市と青森市を直結する『八甲田十和田ゴールドライン』(国道103号)を縦断してみることにした。Dsc_0107_2

八甲田山の中を突っ切る路線で、冬期間は閉鎖されている路線だったけれど、4月から冬期閉鎖が解除されていた。今冬の豪雪では、最大積雪量が8mほどに達した個所もあったと聞いていたが、さすがにこの時期は半分ほどの積雪だった。Dsc_0117 

それでも、『雪の回廊』を求めて多くの行楽客が車を停車させては記念写真を撮る姿が、あちこちで見られた。また、春スキーを楽しむ若者達の姿も数多く見受けられた。Dsc_0119

さらに青森へと車を走らせ、鼻を突く硫黄の臭いがすると、そこは「酸ケ湯」(すかゆ)。国内第1号の国民宿舎で、混浴で有名な湯治場だった。けれども、今日は温泉も無し!Dsc_0123

出張を終えて帰宅し、遅い昼食を摂ろうとしていると、携帯電話にメールが。送信先は次男。きっと『電車に遅れた。迎えに来られる?』だろっと思って、メールをみると、案の定『電車に遅れた。迎えに来れる?』。次男からメールが来るとしたら、200%がその内容だ。1年前も、2年前もその内容だ。

本当は『来れる?』じゃなくて、『来られる?』だろと思ったけれど、今日は細かいことを言わずに、「行きます」と素直に迎えに行ってやった卯月の夕方snowboard

2012年4月20日 (金)

最後のスタート

それは朝の一本の電話から始まった・・・。携帯電話を見たが、見覚えのないダイヤルナンバーだった。

私「もしもし、○○です」。相手「おはようございます(笑)。〇〇(E君)のママです」。私「あっ、どーもぉ(笑)」。相手「春季大会の組み合わせを知りたいと聞いて、電話しましたぁ(笑)」。私「あらっ、ははは・・・」。

電話の主は、次男の1学年上のラグビー部先輩「E君」のママさんだった。試合があると、常に会場に駆け付ける父兄仲間の一人で、去年、一昨年と2年間お世話になっていた。もちろん次男もE君の指導を受けて、現在に至っていた。

E君のママ「Y子ちゃん(S君のママ)から、○○ちゃん(私)が春季大会の組み合わせを知りたがっている、って連絡が来たので、私の持ってる組み合わせをお届けしようと思って(笑)」。私「あらまっ、それはどーも、どーも(*^_^*)。それにしても、皆さんの連絡網って、相変わらず凄いっすねぇ」。

そのY子ちゃんも、E君のママと同様に、次男の1学年上のラグビー部先輩「S君」のママさんで、仲良くさせていただいていた。もちろん、花園大会を応援に行った戦友でもあったし、お二人のパパさんも熱心、かつ良い人だった。Img_0050               E君ママ(左)とS君ママ(右)

休日出勤から解放されつつああり、まして週末だったことに加えて、待望の春季大会の組み合わせが分かると知って、朝からハイテンションの私。会社宛てに組み合わせをファックスしていただけることになり、猛スピートで出社した。

私にしては珍しく意気込んで出社したけれど、まだファクスは届いてなかった。まだか、まだか。ワクワク、ワクワク・・・。

来たぁ~、ファックス\(^o^)/どれどれ、うんうん、想定内のトーナメントじゃないか。忘れないうちにと思い、お礼の電話をした私だったけれど、よくよく考えてみれば、E君もS君も今春卒業した先輩達。そしてママさん達も昨年度までの父母会メンバー。にも関わらず、こうして後輩達の試合を気にかけて、私なんかに連絡を下さるなんて、次男達も私も幸せ者だと、ふと思った。そして、電話を切った後に、少しこみ上げるものがあった。

すると、突然「おざ~す」と部下が出社。部下B「あっ、部長。朝から花粉症ですかぁ」。私「そそっ、年寄りは敏感だからな。ははは・・・」。感激も一瞬で吹き飛んだ私だった。

仕事中も大会の組み合わせをチラ見しつつ、順調(?)にこの日の仕事も終了しかけた頃、再びE君ママから電話。私「今朝は本当にありがとうございましたぁ(*^_^*)」。E君ママ「どういたしまして(笑)。ところで、明後日は〇〇(次男)達の普及指導講習会でしょ?」。私「あっ、はい」。E君ママ「実はオール青森(青森県選抜チーム)の選考も兼ねてることを知ってる?」。私「えっ?知ってないです」。E君ママ「ウチの高校から全員選ばれるように頑張れって、〇〇(次男)に言っといてね!」。私「あっ、はいっ。了解です。次男は無理かもしれませんけど、頑張らせます」。

ありがたかった。「このお礼は身体でお返しします」と言おうと思ったけれど、「結構ですっ!」と断られるのがオチだったので、それは言わなかった・・・。

息子さんが既に卒業したとは言え、ここまで後輩達(次男も私も)の事を案じ、気にかけてくれる父母会の先輩方には本当に「あざ~す」だった。201110231152071

この日ばかりは、残業もせずに自宅へ直行し、すぐに父兄仲間に「カクカク、シカジカだから、普及指導講習会も頑張らせましょうね」と連絡した私。それと同時に、明後日は普及指導講習会の会場に足を運んでみようとも考えていた。

部活から帰宅した次男にも今日の出来事を伝えると、次男「あっ、やっぱりそうなんだ・・・」。私「うん、先輩の父兄さんも応援してくれてるぞ」。次男「うん」。私「とにかく、気合いと元気、そして勢いだ」。次男「そろそろ晩飯食ってもいい?」。お、おぅ・・・。

周囲の方々に支えられつつ、最後の高校ラグビーシーズンがスタートしようとしている卯月の夜dog

2012年4月19日 (木)

落ち着き

次男達ラグビー部の春季大会が2週間後に迫っているというのに、トーナメント表が公式発表されず、少しイラッとしていた。「何か聞いてないか?」と次男に聞いても、「初戦は○○高校らしいけど、それ以外は分からん」を繰り返すばかり。

しかも、開催場所を巡っても、今年度はグラウンドの都合により、例年恒例の十和田市内での開催ではなく、八戸市内での開催という話が進んでいることも聞いていた。にも関わらず、この時期になっても公式発表はなされていなかった。

試合に出場するわけでもない私が、春季大会の組み合わせや会場について気をもむ必要はさらさらなかったけれど、「早く発表しろ」「いつになったら分かるんだ」と半ば病気のように気にかけては溜息をついていた。

そんな私にお構いなく、次男達は連日、練習に明け暮れていた。『開催場所がどこであろうと、対戦相手がどこであろうと、全力を尽くすのみ!』の心境なのだろう。未だに次男達から学ぶことが多い私だった。

青森市から100km離れた八戸市での大会開催をにらみ、とっくにホテルを予約している父兄仲間もあった。「毎日、青森―八戸間を往復するのは大変だから、もう八戸にホテルを予約しちゃった」という父兄仲間メールに、「ウ~ン、先を越された。俺も春季大会モードに入らねば!」と焦りを感じずにはいられない私でもあった。2011_0506_114925dscf0436

そんな中で、今月末をめどにラグビー部父母会の今年度総会が開催される予定になっていた。事前の根回し(談合?)の末に、何故か私が副会長を務める話が進んでいた。正直なところ、適任者は多々いらっしゃるのだけれども、ただ単純にグラウンドに足を運ぶ回数が多く、暇そうな私にお鉢が回ってきただけのことだった。

春季大会が近付くについて強まるワクワク感とともに、父母会にも選手達にも迷惑かけないようにしなきゃという無言の圧力も強まっていた。次男達を見習って、「副会長であろうと、何だろうと、全力を尽くすのみ!」の心境に辿りつけないでいる、卯月の何かと落ち着かない夜moon1

2012年4月17日 (火)

兆候

次男達にとって今年度初の公式大会が約2週間後に迫っていた。①春季大会②高校総体③花園大会県予選④新人大会―の四つが県内高校ラグビーの主要大会に位置付けられていた。その第1弾が、毎年ゴールデンウィークに開かれる春季大会だった。入学早々の1年生の時も、去年の2年生の時も優勝していた。当然、今年も優勝を!と願っていた。

これまで積み重ねた伝統を今年で途切れさせるわけにはいかない!という思いは、私達以上に選手達が抱いているはずだった。けれども、盛者必衰の例えにもあるとおり、連覇もいつかは途切れるもの。大会前から弱気になっていたわけではなかったけれど、2年間の個々の努力と持ち前のチームワークを発揮して、高校生活最後の春季大会を戦い抜いてさえくれれば、そう願っていた。

グラウンドの雪も消え、大会が近付くにつれて部活も本格化しているらしく、9時間際にならないと帰宅しない次男だった。その姿に、「おっ、大会を前にして、本腰をいれてるみたいだなぁ(笑)いいぞ、もっとやれ」と無責任に喜んでいる私だった。

夕食後、台所に飲食物を取りに来るか、歯磨きをする以外は自分の部屋でくつろいでいる次男。練習の疲れから、いつも部屋の灯りを付けたまま眠り込んでいるのが常だった。Dscf0556

ところが、居間のソファーでテレビを観ている次男の姿があった。欲しいものがある時の兆候だった。何か欲しいものがある時だけは、居間に降りてくる次男なのだ。分かりやすい次男だった。

分かりやすさの反面、「今度は何が欲しいんだろ?部活に必要なものだったら何とかしたいけど・・・」と思って、ジ―と様子を見ていると、テーブルの上に目当ての物が載っているカタログを広げた!

ん?スマホ?あら、大会を前にしたこの時期に、部活の用具じゃなくて、スマホか・・・?

私のメールには殆ど返信をよこさないくせに、いい根性してるじゃねーか。必ずメールを返信しなきゃいけない機能がついてないかどうか、カタログをめくってみる卯月の夜mobilephone

2012年4月15日 (日)

小市民の休日

何故か理由は分からないけれど、今朝も目覚めは早かった。平日では絶対にあり得ない、5時半の起床だった。「休日出勤も土曜日で終了。日曜日は休めるぜ(*^-^)」というだけで、起きられた・・・。やっぱり小学生並みだった。

特に休日の目的を決めていたわけでもなく、ぼ~と新聞に目を通しつつ、朝のニュースに耳を傾けた。静かで穏やかな日曜日の朝を満喫し、満足していた。ほぼ新聞も読み終えたけれど、まだ満喫していた。そろそろ満喫もお腹いっぱいになったのだけれど、誰も起きてこない。もういい加減に誰か起きてきても良かった。

ようやく奥さんと次男が順に起き出した。朝の会話もそこそこに、奥さん「どっかに出掛けるの?」。私「いや予定も目的もない。ゆっくりと過ごす」。私「じゃあ、もう少ししたら、掃除を開始しようか」。それを聞くと、急に出掛けたくなった。

掃除を終えると、愛車の修理の打ち合わせがあることを思い出した私。「カーディーラーに用事があるけど、その後に何処か行くか?」と聞くと、異議などあるはずもなく、出掛ける準備をする奥さん。私「あっ、そうだ。帰りに温泉に寄るか」。

先日の暴風で被害を受けた愛車の修理を行うため、カーディーラーで打ち合わせを進めていると、最近販売された新型スポーツ車が目に入った私。「もう1台持てるとしたら、こんなのもいいなぁ」という言う私に、「次は何処に行こうか」と奥さん。パスをスルーする技術は健在だった。Dscf0544

カーディーラーで用事を済ませてしまったため、今日の目的は早くも達成してしまった私。このまま温泉に向かってもよかったけれど、いったん出掛けたからには、ホームセンターに寄ってみたい、家電量販店も久々に眺めてみたい心境に駆られ、順に立ち寄ることにした。Dscf0547

なかでも、ホームセンターの園芸コーナーには、春らしくたくさんの花木が並んでいた。例年ならば、我が家のリアル庭にもチューリップやクロッカス等が咲き始めている時期だった。けれども、豪雪の影響で今年は開花が遅れていたため、殺風景だった。

休日出勤も終わったし、気分だけでも春らしく・・・と思い、私には不似合いだったけれどミニバラを買おうと思った。私「これ買おっかなー」。奥さん「安いの?」。私「おぉ」。奥さん「高いんだったら、自分で買って」。お、おぉ、安いのにしとく・・・。Dscf0553

その後、目当てだった温泉に浸かり、久々に小市民の休日を取り戻した私。帰宅した後、ゴールデンウィークの話にさんざん付き合わされ、少しだけ出社したくなった卯月の待望の休日tulip

2012年4月14日 (土)

フィールド

休日出勤も、この日が最後になるかもしれないという期待感に、朝から快晴だったことが加わって、気持ち良く出社したこの日。「なんとか今日で仕事にケリをつけて、明日からは部下達を休ませてやろう」と意気揚々と出社した私。

珍しく(?)計画通りに仕事が進み、「よぉし、今回の休日出勤も、これをもって終了!御苦労さん。皆んな、明日は休めるぞ。自分のフィールドに戻って、好きな事していいからなぁ」。部下B「はーい。じゃあ帰りまーす」。部下C「じゃあ、お先に失礼しまーす」。帰宅する時は、皆んな笑顔だった。Img_0285

部下達を会社から送り出したものの、私には他の部署との間で仕事の擦り合わせが残っていたので、部下達を少し羨ましいと思いつつも、他の部署と仕事を続けていた。すると、珍しく出社していた社長が「じゃあ、最後頼む!」と言い残して帰宅。社長ってそんなもんだし、いない方が私達には気楽でよかった。

社長が戻ってくれたお陰で、その後も順調に仕事は進み、晴れて休日出勤から解放された私。まだ日が暮れていないこともあって、ルンルンで帰宅した。きっと、私と擦れ違った人は「あのオジサン、陽気のせいで浮かれてる」と思っていたことだろう。

「ただいま」と帰宅した私に、「あらっ、お帰り。今日は○○(長男の娘=1歳様)が来てたわよ」と奥さん。

休日出勤続きだったため、1歳様とはしばらく逢っていなかった私。「元気そうか?」と聞くと、奥さん「元気、元気」。私「歩き方もシッカリしてきたか?」。奥さん「あんたよりはシッカリしてるかも」。あっ、そう・・・。

ようやく休日出勤から解放され、明日からは自分のフィールドに戻れることになったけれど、まずは1歳様に歩き方から教えを乞おうと思った卯月の夕方run

2012年4月13日 (金)

喜び組

『13日の金曜日』であっても、週末となると単純に嬉しかった私。明日の土曜日も休日出勤ではあったけれど、とりあえず今週も終わってくれた。というか、仕事に追われているうちに、今週が終わってた、というのが真実に近かった。

嬉しさの背景には、このところ気温が10℃を超え、ようやく青森市も今日で積雪がゼロになったと発表されたこともあった。今冬の記録的な豪雪には再三にわたってウンザリさせられ、疲労を余儀なくされていた。Img_0289_2

記録的な積雪で、亡くなった市民、全壊・半壊した建物。そのことを思うと、日陰に一部の雪は残っているものの、積雪がゼロになったことは、私に限らず、春の到来を待つ津軽の人々には何よりの吉報として届けられた。Img_0290

さらに、8月のネブタ祭りに向けて、ネブタの製作小屋の組み立てが開始されたと聞き、密かに心躍るものがあった。ネブタ祭りまで4か月を切り、今後急ピッチでネブタの製作が進められ、祭りが日々近付いてくるのかと思うと、無意識のうちにワクワク感も感じていた。Dsc_0005

加えて、この日は北○鮮が今朝打ち上げた人工衛星と称するミサイルが打ち上げに失敗し、何処にも被害が発生しなかったことも、「あー、良かった。今日はいい日だ」と思わせる要因の一つでもあった。

そして、次男達のラグビー部でも新年度に入り、15、16人程度の新入部員があったらしいと聞いていた。私「まあまあ部員が集まったらしいじゃん」。次男「うん」。私「デカイ奴も入ったか?」。次男「うん、みんなデカイ。戦力になるかも」。そう聞くと、「次男達にもいい刺激になるし、来年以降にも希望が持てるなぁ」と密かに嬉しくなった私。

さらに、次男「俺も一人、中学の後輩を勧誘して、入部させた(笑)」。私「へぇ、やるじゃん。可愛がってやれよ。お前が入部した2年前のことを思い出して、面倒見てやれ」。次男「うん。分かってる」。2010_1226_231751

きょう一日の中で色々な吉報が舞い込み、ミサイル打ち上げに失敗した北○鮮には申し訳なかったけれど、一人『喜び組』になっていた卯月の一日note

2012年4月11日 (水)

再発

休日出勤が続いていたので、曜日感覚が薄れる日々が続いていた私。それでも、さほど疲れも蓄積しないで出社できていられたのは、「休日出勤ももう少しの辛抱。それが終われば普通に休める」というワクワク感からだった。遠足を控えた小学生レベルと大差なかった私だった。

休日出勤が続く私にお構いなく、奥さんの病気が今年も再発した。ゴールデンウィークの行き先を探そうと、夕食後は連日のように旅行雑誌に目を通す日を送っているようだった。

「今年は何処に行く?」「また日光にでも行く?」「思い切って、金沢に行ってみたらどう?」「近場の仙台あたりで我慢しとこうか?」。毎晩、行き先が違っているような気がした。

毎年、この休日出勤から解放されない限りは、ゴールデンウィークのことなど考えられない私は、正直、全く聞く耳など持っていなかった。そして、次男の練習試合が組まれた場合には、それを最優先にしたいとも考えていた。それは、今年も同様だった。Dsc_0001

行き先が何処であろうと、愛車で行くことが前提となっている以上、わざわざ疲労を買って出たいとは思わない私。しかも、休日出勤直後だし、ゴールデンウィークはゆっくり、まったりを貫きたいというのが今年も私の希望だった。

話題に乗らない私に関係なく、今夜も奥さんは『る○ぶ』や『じゃ○ん』を広げては、聞こえるように「へぇ~、なるほど」「あっ、ここの宿、安い」と大きな独り言・・・。それも毎年、この時期恒例の出来事だった

ゴールデンウィークが待ち遠しい気持ちと、近付いてほしくない気持ちが交ざり合う、卯月の前の夜yacht

ヒーロー

仕事で県庁に出向いたこの日の午後。入口に多くの県職員がニコニコしながら立っていた。

「あっ、そう言えば、春の選抜高校野球で準優勝した光星学院の生徒達が準優勝報告に来るんだったもんなぁ」

仕事を後回しにして、郷土を熱狂させてくれたヒーロー達の雄姿を見ることにした。玄関からは校長、監督、顧問に続き、連日テレビで活躍してくれた選手達が順に入場してきた。拍手~。Dsc_0008

光星学院は、昨夏の甲子園大会で準優勝、秋の神宮大会で優勝、そして今回の春の選抜大会でも準優勝と、輝かしい戦績を残す高校野球の雄に成長していた。

未だに東北の高校は、春、夏を通じて甲子園で優勝したことがないだけに、東北の期待を背負って、そして震災被災地の期待を担って甲子園での優勝を目指してくれた。結果は準優勝だったけれど、一県民としては立派な成績だと思った。Dsc_0018

過去には「出ると負け」という時代が長く続いた本県高校野球にとって、光星学院の昨今の活躍は、太田幸司投手を擁して夏の甲子園で準優勝した三沢高校を彷彿させるものがあった。

野球部員達には優勝できなかった悔しさもあるのだろうけれど、また明日から夏に向けて「足りなかった何か」を求めて練習にあけくれてほしい。そう思いながらも、やっぱり「よく頑張ったね」と素直に祝福できた。Dsc_0023

そして、次の瞬間には、「競技は異なるけれども、次男達にも青森魂を発揮して頑張ってほしい」とすぐに思っていた私だった。

帰宅しても、次男には今日の県庁での出来事は言わなかったけれど、当然のように次男達の代での花園大会出場を、そして聖地での勝利を切望していた私なので、今夜もついつい最近の部活の様子を聞くと、次男「普通」。

光星学院の丸刈り頭君達から、もっとパワーをもらっとくべきだったと少し悔やんだ卯月の夜moon1

2012年4月 9日 (月)

仲良しドア

4月に入ったとたんに爆弾低気圧が日本中を席巻していた。テレビのニュースを見ながら、「こっちに来なきゃいいなぁ」と思っていたその夜。夜中12時を待っていたかのように、猛烈な暴風が津軽にも襲来してきた。

明らかに揺れている我が家。台風でもここまでは揺れないだろ、というほどの暴風が我が家に叩きつけていた。揺れる家の中で眠れるほど神経が図太くはなかった私。暴風が治まるのを待ったけれども、1時間程度待っても治まる気配は微塵もなかった。

「ひょっとしたら、夜中に停電になるかも」「カップ麺の買い置きはあったっけ」「冷蔵庫のアイスは食べておいた方がいいかも」などと気を回して時を過ごしたが、それでも暴風は止む様子はみられなかった。

時計の針が夜中に差し掛かると、幸いにも睡魔が仲良くなりたがっていた。チャンス!この機会に寝てしまえば暴風のことは忘れられる。寝よ、寝よ。

寝室で横になって布団を被ったけれど、寝室がある2階は居間以上に揺れている気がした。「あいつら、よく眠れるよなあ」と思った私。部活で疲れ切っている次男はともかく、奥さんも熟睡しているのか、家が揺れているのに起きてくる気配はない。見事というか、羨ましかった私だった。Img_0091

それでも、いつしか眠り込み、翌朝に「起きろ~」と叩き起こされた私。グズグズしながら仕事に出掛ける準備を整えて、「しょうがない。寝不足だけど会社に行くか」と庭に止めてある愛車に近付くと、「アラッ」。愛車の助手席側のドアが傷だらけ・・・。その横には物置のドアが転がっていた。

夜中の暴風で物置のドアが飛ばされ、愛車の助手席側ドアにぶつかり、ドア同士で一晩中仲良くしていたらしい。ドアも凹んだけれど、私も凹んだ。

私「おいっ、大変だ。ボクちゃん(愛車)にドアが飛んできて、ドアがとんでもないことになってる」。奥さん「とんでる?とんでもない?意味分かんない」。

説明しようと思ったけど、今はやめとこうと思いとどまり、そのまま出社した私。周囲から愛車の傷をジロジロ見られているような気がして、落ち着かないまま会社に向かった卯月の暴風翌朝typhoon

2012年4月 8日 (日)

仕事

年度末からゴールデンウィークまでの期間は毎年、休日出勤続きと決まっていた。この時期特有の仕事を片付けなければ、春は来なかった。そんなこともあって、ココログとの関わり方も4月から変えた私だった。

けれども、早目にしておきたいことがもう一つ残っていた。先日の神奈川での大会をダビングして配布することだった。Img_0097

惜敗はしたけれど、超強豪校との一戦を振り返ることは、少なからず今後に有意義だと思ったので、早くダビングしてチームメイトや父兄達に届けたかった私。しかし、残業と休日出勤続きで、気持ちばかりが先行し、実際の作業には着手できないでいた。

「新年度早々からこんなザマじゃ、チームのためにならない」と思い、昨夜『TSUTAYA又左衛門店』の営業を再開した。

やろうと思えば早かった私。「ふふっ、できたぜ。さすが俺」夜中に完成し、誰も褒めてくれる人がいないので、一人でニヤついた。そして、速攻で寝たっ!

昨夜の作業ぶりを仕事に活かせないものかと再び自分に問いかけた卯月の休日出勤した夜cd

2012年4月 7日 (土)

ニューフェイス

入学シーズン真っ盛りの4月。にもかかわらず、津軽は相変わらず雪だった。しかも、吹雪まで・・・。路面が凍結し、各地で交通事故が頻発。春って来るんだっけ?と思わせる昨今だった。

それでも、暦の上では4月。学校では新入生、社会ではフレッシャ―が希望と不安を抱えて新しい世界に飛び込むこの時期。今はフレッシャーの面影など残っているはずもない私だけれど、希望よりも不安が大きかったことだけは記憶にあった。

神奈川の大会を終えた次男達は、残り少ない春休みも連日の部活だった。年末の花園大会までは10か月足らず。しかも8月末から県予選が始まることもあり、新年度が始まるこの時期とはいいつつも一日一日が重要になっていた。Img_0073

大会で擦り剥けた顔の傷は幸いにも癒えつつあったけれど、2、3日前に髪の毛を再び短く切ったこともあって、ちょっとアブナイ高校生のようでもあった。Img_0079

その次男の高校では、今日が入学式だった。「今年はラグビー部にどんな子供達が入部して来るんだろう。できれば、白鵬とか朝青龍みたいな体格の子が入部してこないかなぁ」と次男以上にニューフェイスに期待していた私だった。

思い起こせば約2年前。入学試験に臨む次男に対して、「面接の時は、デカイ声で『ラグビー部に入って、花園大会を目指します!』とキッパリ言うんだぞ。とにかく、花園を目指すことをアピールしろっ」とそれだけを言って入試に臨ませた私。

そのアドバイス(?)を実行したかどうかは定かではなかったけれど、なんとかギリギリ入学でき、ラグビー部に入部して部活に励んでくれていることは、ありがたかった。Img_0077

不器用だけれど、一途に部活だけは続けている次男。その次男の高校生活も残り1年間を切っていた。高校ラグビーにおける最後の舞台は、年末の花園大会で迎えてもらいたい。そう思わずにはいらけない私だけれど、「今は己を鍛えつつ、1年生を暖かく出迎えて、伝統をつないでほしい」と次男に期待しつつ、早くニューフェイスに逢いたいと楽しみにしている卯月の夜bud

2012年4月 6日 (金)

東京の一夜

大会に出場する次男達を応援するため、早朝に青森を飛び出して、神奈川へと南下した私だったけれど、そのまま南下しっぱなしでいるわけにもいかず、再びその日のうちに青森へ北上しなければならなかった。

渡り鳥でも、こんなに慌ただしく移動はしないだろうと思われた。小林旭の気持ちが少し分かったような、分からないような・・・。

平塚から東海道線に揺られて東京駅に着いた頃はちょうど夕暮れ。東京駅のホームから見る丸の内の夜景は、ちょっと青森じゃ見られない光景だった。あんなに高いビルもないしぃ・・・。Img_0085 青森へと乗り継ぐ新幹線まで少し時間があったので、久しぶりに東京駅構内をウロチョロしてみた私。基本的には変わっていなかったけれど、飲食店やショップの充実には目を見張るものがあった。Img_0080

プチ家出とはいえ、お土産の一つも買って帰らなきゃと思い、人混みの中をさまよったけれど、目指す『雷おこし』と『人形焼き』がない。売っているのはハイカラな洋菓子だったり、食べるより見ていた方が楽しそうなお菓子が中心・・・。東京バナ奈でいいかぁ・・・。

本当は久しぶりに東京を堪能したかったけれど、今日の私はプチ家出の身。派手な行動は慎まないと。新幹線の発車時刻も迫り再びホームに戻ると、反対側には今日の目的地だった平塚行きの電車。ははは~、神奈川が私に泊まっていけと誘ってるみたい(笑)。思い過ごしも甚だしかった私だった。

Img_0087

後ろ髪を引かれる私にお構いなく、定刻通りに新青森行きの新幹線「はやて」がスーと入線。やっぱり帰んなきゃなぁ・・・。Img_0088

新幹線に乗り込む前に、都内に住む友達に電話した私。「東京に来たら、必ず電話してね」と言われていたからだった。

私「もしもし、俺。元気?久しぶりだなぁ(笑)」。友達「あらっ、珍しい。元気?」。私「おぉ。実は今、東京に居る」。友達「え~。時間あるの?」。私「あはは~、今、新幹線に乗って帰るとこ」。友達「えっ?なんで、早く電話くれなかったの?」。

カクカク、シカジカ・・・と訳を話すと、友達「日帰りで青森-神奈川を往復するなんて(笑)。でも、わざわざ電話くれてありがとう。今度はゆっくりと来てね。その調子だと、すぐに来られそうだったりして(笑)」。

そう言われると、東京に急遽、一泊とも思わなくもなかったけれど、まぁ元気な声も聞けたし・・・。さぁて、新幹線に乗ろっ。さらば関東、さらば東京。Img_0090

帰りの車中で、「そう遠くない時期に東京出張を企ててみるか」と考えていた卯月の夜bullettrain

2012年4月 5日 (木)

任務完了

ついに決勝戦のキックオフ。高まる興奮と、怪我人だらけの不安が交差する中で、両校の選手がグラウンドに整列した。

「うわ~、みんな痛々しいなぁ」と思ったけれど、カメラ越しに観る選手達の目はギラギラしていた。「おっ、こいつら勝つつもりだな。いいぞ、まずは気合いが大事だし!」。201203291357582

グラウンドの反対側にカメラを向けると、そこには全国大会では見慣れたジャージの軍団が・・・。T海大G星(大阪)。今年の花園大会で準優勝に輝いた、全国屈指の超強豪校。201203291357583_5

その超強豪校と決勝戦を戦うことが分かっていたから、急遽、応援に来たのだったけれど、「あら~、無理して出場しなくてもいいのにぃ・・・。今から決勝戦を辞退してもいいんだけどぉ」。およそスポーツマンシップに反することを一瞬思った私だった。201203291500003 

そんな私の思いなどお構いなくキックオフ。試合開始とともに、相手の強さは直ぐに痛感した。コンタクトの強さ、パス回しの上手さ、つなぎの徹底・・・。どれをとっても一級品に思えた。201203291357584

「うわ~、やっぱり強え~。でも、ウチの選手達もひるまずにやってる、やってる」。超強豪校相手とはいえ、我が校もなかなかいい勝負を展開していた。靭帯を断裂して出場できなかったO君がいればなぁ・・・、と思う場面もあったけれど、代わりに出場していた1年生のⅠ君も必死にプレーを続けていた。201203291443053

一進一退の戦況の中で、健闘むなしく初トライを献上した。むむむっ、ついに均衡が破れたか・・・。ドンマイドンマイ、取り返したれ~。201203291500002

県内レベルでは通じるプレーも、なかなか簡単にはさせてくれない相手校、さすがだった。それでも、擦り剝け顔の次男はハツラツとプレーしているように見えた。公式試合、練習試合を通じて過去最強と思われた対戦相手だったけれど、必死に喰らいついていた。201203291443051_2

それでも何度かトライ直前まで攻め込み、ついにT君が飛び込んでトライをあげた。「いいぞー、T君。父ちゃんにもシッカリと伝えとくからな~」。そして前半が終了した。5(1トライ)対10(2トライ)。後半に期待が持てる内容と点差だった。201203291416381_2

後半戦は風下になったため、キックが伸びずに劣勢が予想された。前へ前へと果敢に攻める選手達だったけれど、進んでは戻され、進んでは戻されと、歯がゆい戦いを強いられていた。201203291443056

ビデオカメラを撮っているにも関わらず、どうしても力が入ってしまう悪癖が復活し、ついつい声を発していた私。再生してダビングする時は、鳥羽一郎か誰かの歌謡曲でもバックに流しておこうっと・・・。201203291500001

余計なことを考えているうちに、後半戦もあっという間に時間が経過し、ついにノーサイド。試合終了の時だった。5対17で負けた。

でも、正直よくやったと思った私。花園大会の準優勝校とこれだけの試合ができたのだから、今後の自信になるかもしれない。敗因も今後の糧にすればいいだけの話だ。最終目的は花園出場なんだから。201203291518451

私の神奈川へのプチ家出も、ついに任務が完了してしまった。勝てなかったけれど、唐突かつ無謀な行動もまんざらではなかった。満身創痍の中で、これだけ頑張ってくれれば、何も言う事はなかった。みんなお疲れ~。201203291524041

閉会式。S君が我が校を代表して準優勝の賞状を受け取った。「おめでと~、これからもまた学校から駅まで乗っけていくからなぁ~(笑)」。201203291524042

そしてMVPには、我が校のT君が選ばれた。「いいぞー、T君。父ちゃんも喜んでるぞ~」。201203291524043

しかし、感慨に浸っている時間は、あまりわしには残されていなかった。青森まで帰らなきゃ・・・。青森から南下してきたルートを、今度は北上しなければならなかった。

監督さんに挨拶し、グラウンドから引き上げる選手達一人ひとりをねぎらっていると、次男の姿が。あらっ、擦り剝け具合が顔の左半分まで拡大してる・・・。

私「おー、お疲れ」。次男「おぉ」。私「顔、大丈夫か?」。次男「おぉ」。私「じゃあ、俺、帰るわ」。次男「おぉ」。グラウンドを後にし、平塚駅へ急いだ私。おぉ。

帰路はグッタリと疲れていたにも関わらず、年末の花園大会を展望していたらなかなか眠れなかった私。負けた悔しさは正直あったけれど、少しだけ充実したプチ家出だったなぁ~と自己満足することにした卯月の夜bullettrain

2012年4月 4日 (水)

唐突×無謀

3月29日(木)。平日なのに、神奈川県平塚市に立っていた私。年度末で仕事が多忙を極めていたのにも関わらず。

T大学主催の第18回松前杯争奪ラグビーフットボール大会(3月27日~3月29日)に出場していた次男達が、接戦ながらも初戦、2回戦を制して決勝戦を迎えていた。

かねてから応援に行きたい気持ちは多々あったけれど、この時期に仕事を休んで応援に行くことなど想定していなかった。けれど、決勝戦と聞くと、居ても立てもいられなくなっていた。

前日の夜、仕事を終えて駅に並んだ。「平塚まで行きたいんですけど・・・」。始発の新幹線の切符を買っちゃった。Img_0060

切符を買っちゃった以上は、段取りが早い私。「ビデオカメラの準備はOK。オヤツは500円まで。バナナは持たない。で、この時期の神奈川って暖かいのか?何を着て行けばいいんだろ?」

始発だったこともあり、新青森駅から乗車する人は多くなかっけれど、盛岡、仙台と進むほどに子供連れの乗客が増えてきた。「春休みだもんなぁ。TDLにでも行くんだろうなぁ」などと思っているうちに東京に着いた。Img_0064 Img_0067_2

東海道線に乗り継いで約1時間後に平塚駅に降り立っていた。初めての平塚市。うっ、暖かい。さすがは湘南。加山雄三さんは出迎えてくれなかったけれど、温暖な気候はありがたかった。Img_0068

大学キャンパスを目指してバスに揺られていると、「あっ、富士山見つけ」。もう完全に遠足モードだった私。やっぱりバナナも持ってくればよかった。

広大な大学キャンパスの真ん中に士会会場となるグラウンドがあった。「おっ、いるいる。決勝戦を前に、こいつら緊張してんな」と思ったけれど、冗談を言う場面じゃなかったので、ジ~と練習を見ていた。Img_0070

次男は、顔の左目周辺が擦り剝けていた。初戦、2回戦の試合内容の厳しさを想像するのには十分な擦り剝け具合だった。そして、チームメイトもそれぞれに傷だらけで決勝戦に臨もうとしていた。こいつら、ここまでボロボロになって決勝戦に残ってきたのかぁ。やっぱり来て良かったかも・・・。

気が付くと、目の前に監督さんが居たので、私「センセー、ご苦労様です」。監督「あ、ご苦労様です。わざわざ来たの?」。私「あはは、なぜか来ちゃいましたぁ(笑)」

試合前の緊張感を壊しちゃマズイと思い、再び練習に見入っていると、スタンドにチームメイトのO君の姿があった。訳を聞くと、前日の試合で靭帯を断裂したらしく、痛々しい姿でスタンドにポツンと座っていた。

私「だいぶヒドイのか?」。O君「今回は駄目みたいです」。私「O君が居ないと大幅な戦力ダウンだなぁ。でも、焦らずにジックリと治して、花園には行こうな」。O君「はい」。201203291357581

こうして、唐突に神奈川まで来てしまった私。この後、試合開始とともにラクビーモード全開になれたことは嬉しかったけれど、年甲斐もない無謀な行動を少し恥じている卯月の夜run

2012年4月 3日 (火)

4月1日の決断・続

勝手に、しかも一方的に『ポチっと』を休ませて頂くことにした私だったけれど、「不特定多数の人に向かって、一度のつぶやきでお伝えするのは、余りにも無礼だろっ」と思い、『ポチっと』を休ませていただく旨を一人ひとりにお伝えした。全く同じ文言だったけど・・・。

恐れ多くも、ご丁寧に幾多のつぶやき返しを頂戴することになっちゃった。ブログにも沢山のコメントを頂戴してしまっていた。改めて、「あ~、つながってるんだなぁ・・・」と痛感させられた・・・。

一方的に休むことにさせて頂いたにも関わらず、暖かいお言葉ばかりで、正直、参った・・・m(__)m

加えて、決断した日が4月1日だったにも関わらず、『エイプリルフール』だったことを忘れていたため、自分の決断の間抜けさについつい赤面もしてしまった^_^;「4月1日に大事なことを決断するもんじゃないな・・・」と少し賢くなった私でもあった。

「投げられたボールは投げ返さなきゃ」という性格上、頂戴したつぶやきには、できるだけお返ししたいと思い、相変わらずのトロい文字入力ながらも、お礼兼お詫び、そして今後のお付き合いの意味も込めて皆様につぶやきをお返しした(23時現在)。ハッキリ言って、『ポチっと』のほうが楽だったぁ・・・。

それでも、「あ~あ、勝手に『ポチっと』を休んじゃうのに、ありがたいことだよな。俺なんかに・・・」と思うと、申し訳なく思えてきた私。つぶやきをお返ししながら、「こんなに、ご返信下さるんなら、やっぱり『ポチっと』もそのうち再開しよっかなぁ」とさえ思ったりもした。朝令暮改を絵にかいたような心の揺れだった。Dsc_0044

そして、実は『4月1日の決断』にもう一つ取り組むことにしていた。タバコを止めることにした。

35年間、一日たりとて休まずに吸い続けたタバコだった。過去何度か取り組んでは、半日と持たずに挫折し、周囲の笑いを買っていた。

けれども、今回は禁煙に再挑戦ではなく、「完全に俺やめる!」モードに移行することにした。理由は多々あったけれど、大きな理由は、次男に「部活頑張れ」と言い続けてる手前、自分も何かに頑張らなければというメンツが最大の理由だった。他人から見れば、たかが禁煙なのだけど、私には頑張るに値することだった・・・。

奥さんに明言すると、また笑われるのがオチなので、黙って決断した卯月の夜nosmoking

2012年4月 1日 (日)

4月1日の決断

ココログの世界に身を置いてから一年と少し・・・。けっして、飽きたわけでも、マンネリ化していたわけでもなかったけれど、昨今は少しだけ気が重くなっていた。ブログが目的で始めたにも関わらず、肝心のブログが更新できない状況を余儀なくされていた。260x350_2012_04_01_16_24_43_3

インターポットの手入れやキラリ、ポチっと、つぶやき、街での会話とガチャ、ブログの更新、読者登録しているブログ巡り・・・。ココログが用意してくれている数々のコンテンツを自分なりに楽しんでいたけれど、なにしろ時間がいくらあっても足りなかった。

特に、仕事から帰宅し、限られた時間の中で『ポチっと』に2時間程度を費やすことが決定的な足かせと思われていた。そこで、甚だ身勝手な決断だけれど、きょう4月1日をもって『ポチっと』は休ませていただくことに決めた。

ポチっとを連日繰り返す中で生まれた会話や、育まれた関係はかけがえのないものだったし、ありがたかった。しかし、自分の性格上、『ポチっと』を頂きながら、返せないでいる今の自分の状況は有り得なかった。「いっそ、ポチっとがゼロだった最初の頃に戻って、ポチっとは休むことにしよう」。それが結論だった。

この世界を通じて知り合った方々は、それぞれに素敵な方々ばかりだった。『ポチっと』を休むことで、これまで培った縁が薄れることは容易に想像がつくことだったけれど、決断するしかない状況だった。

連日『ポチっと』を繰り返すことで、色々な方々の近況や想い、新たな発見や出来事を知ることができていたけれど、それらの情報が今後は確実に減る中で、できる範囲で楽しませていただこう。そう思うことにした。

1年余りの期間にポチっと下さった方々には感謝、感謝、そして感謝だった。あざ~すm(__)m

『ポチっと』を休むことで、その成果が表れるのかどうかは分からないけれど、初心に戻って少し気楽になろう。身勝手に、そう思い込むことにした卯月の1日snail

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