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2012年6月

2012年6月30日 (土)

宝石

仕事上の付き合いで、昨夜は酒宴があった。帰宅したところまでは記憶があったけれど、その後の記憶が飛んでいた。一夜明けた今朝の私は、二日酔い。想定内だった・・・。

どんな眠り方をしたのかは知る由もないけれど、風邪をひいたようだった。二日酔いの頭痛なのか、風邪による頭痛なのかは定かじゃなかったけれど、朝から鼻水が止まらなかった私。想定外だった・・・。

そんな私にお構いなく、「明日は早朝から出掛けなきゃいけないし、掃除を開始しましょうか」と奥さん。やればいいんでしょっ、やれば・・・。軽い頭痛の中、鼻にティッシュを詰めながら、掃除をした私だった

この日は、仕事上で付き合いのある会社が観光サクランボ園を開園させる日だった。本業とは全く異なる農業分野に参入しようという試みだった。「異業種進出の門出だから是非行ってみよう」と以前から決めていたのだけれど、せっかくの機会だったので、奥さんのほかに、長女と6歳様(小学1年生)を連れていくことにした。長女の息子(4歳様)は保育園だったので、またの機会に・・・。

大規模なサクランボ園ではなかったけれど、100本ほど植えられていたサクランボの木は、どれも宝石のような実をつけていた。2時間食べ放題で、大人800円、小学生500円、幼児200円。初年度だから採算は二の次。まずは観光サクランボ園を覚えてもらおうという価格設定だった。Dsc_0120 Dsc_0122

私「よしっ、好きなだけ食べていいよぉ~(笑)」。6歳様「は~い(笑)」。Dsc_0111_2 Dsc_0106

6歳様以上に楽しんでいたのは奥さんだった。園内に植えられたサクランボの木を次々に渡り歩いては、「こっちの実が大きい」「この木の方が甘い」。真っ赤な宝石を次々に胃の中に格納しては、次の木へと移動していた。小林旭も顔負けの『平成の渡り鳥』だった。相変わらず、見事な行動力・・・。私は、まだ鼻水と格闘していた・・・。

食べ放題とは言うものの、意外と食べられないものだった。暑さのせいも手伝ってか、30分ほど経過した頃には疲れてきた私達。奥さん「美味しかったね」。6歳様「うん」。長女「暑いっ」。私「そろそろ帰るかぁ?」。奥さん「うん」。あらっ、珍しい・・・。Dsc_0117

6歳様の誕生日(6月29日)のささやかな思い出づくりと、次男に手紙をくれた先日のお礼のつもりで、赤い宝石をプレゼントした水無月の鼻水が止まらない土曜日cherryあっ、7歳様になったんだった・・・。

2012年6月28日 (木)

応援

今春以降、次男達のチームは、東北新人、松前杯、春季大会、IBC杯、高校総体、東北大会と県内外での試合をこなし、8月の夏季強化合宿を前にした今は束の間の安息の時間を過ごしていた。

一方の私は、各大会の撮影ビデオを繰り返し繰り返し見る日々を送っていた。出社の車中で、帰路の車中で、そして帰宅後の居間でも、繰り返し繰り返し見る日々だった。

その中でもお気に入りは、雨中の死闘となった春季大会の決勝戦だった。ノーサイドまで0分という場面で、起死回生の逆転で優勝を飾った試合だった。泥んこになりながら、苦しんで、苦しんで掴み取った勝利だっただけに、DVDを観る回数が最も多い試合でもあった。Dsc_0035

撮影したビデオには、父兄達の力強い応援、ピンチの場面での祈るような声、勝利した時の歓声・・・。実にさまざまな声が記録されていた。父兄の誰もが、自分達のチームとして熱く熱く声援を繰り返していた。息子達はプレーで一番を、父兄も息子達に負けまいと声援で一番を目指していた。

次男達の試合を追い続けて3年目。今年に入って、その応援ビデオに大きな変化が現れていた。大きな声を出す1人の父兄が今年に入ってから目立っていた。去年までは、それほどでもなかったけれど、今年は明らかに応援のトーンがステップアップしていた。奥さんの声だった・・・。

「行け~」「止めろ~」「頑張れ~」・・・。ありきたりの声援だった。どの試合にも、これでもかというくらいに奥さんの叫び声が響きわたっていた。

秋田で行われた東北大会が済んだ後も、1週間はガラガラ声の奥さんだった。「声も悪かったら、いいとこ無いだろ・・・」と思ったけれど、言わなかった私だった。

かく言う私も、春季大会の決勝戦のクライマックスでは、何故か叫んでいた。一番いい場面なのに、DVDを見るたびに一人で赤面していた。

声援を送ることができる公式試合も残すところは花園大会の県予選だけとなっていた。負けた時点で、次男達は引退。私達も活動の場を失うことになっていた。応援できる試合が何試合あるのかは神のみぞ知るところだったけれど、この先も息子達に最大限の声援を送るため、ノド飴必携を心掛けようと思っている水無月の夜sun

2012年6月27日 (水)

トマトゼリー

津軽も暑かった。国会で消費税率を上げることが可決され、不快指数は上がるばかりだった。そんな中、残業を終えて帰宅する途中に、アイスクリームでも買って戻ろうとスーパーに立ち寄ることにした。

アイスクリーム売り場に直行すればいいものを、とりあえず店内をグルっと回ってみた私。ある商品の前に立ち止まり、しばらくの間、一人で二ヤついた。Photo

「えっ、『トマトゼリー』って、本当にあるんだぁ・・・。あはは~」。その商品を見るのは初めてだった・・・。

くだらない思い出話だったけれど、次男が幼少の頃、お気に入りのビデオの一つに『トム&ジェリー」があった。幼い次男は『トム&ジェリー』を『トマトゼリー』と呼んでいた。

今は身長190cmの次男だけれど、幼少の頃は間違いなくあった。「ふふっ、そんなこともあった、あった(笑)」とスーパーの売り場で二ヤつき過ぎて、何も買わずに帰宅してしまった水無月の夜pig

2012年6月25日 (月)

お手手

今春、小学校に入学した長女の娘(6歳様)。小学校初の運動会が次男の高校総体と重なってしまったため、応援に行けなかったことが、まだ少し気に掛かっていた私。

「徒競争は6人で走って、6位だったよー」と少し照れながら語る6歳様だったけれど、長女が言うには「遊戯(ダンス)は天才的に上手かった」らしい・・・。遊戯にも1等賞があればいいのに・・・。Img_0422

その6歳様から、次男が思いがけないプレゼントを貰った・・・。Epson001

東北大会の決勝戦をテレビ観戦していた6歳様が、その試合を観た後に書いたものらしかった。次男は、ニヤニヤしながらその手紙をチラ見していた。

小学1年生なりに、次男の右手を心配してくれていたことが、とても嬉しかった私。「次男のお手手が治ったら、また6歳様をグラウンドに連れて行って、声援を送ってもらおう」と思いつつ、来年はお得意の遊戯を褒めてやらなきゃ!と思っている水無月の夜mail

親不孝と祖母孝行

次男達の東北大会出場と時を同じくして、74歳になる母が入院していた。脊柱管狭窄症だった。奥さんには知らせていたが、大会を控えた次男には知らせずにいた。長男にも長女にも知らせずにいた。

入院した母には、「秋田で東北大会があるため、すぐには見舞いに行けないと思う。代わりといっては何だが、決勝戦がNHKで生放送されるから、○○(次男)の試合ぶりを観てほしい」と伝えていた。入院するのに際して付き添ってやれない親不孝な私の罪滅ぼしだった。孫の姿をテレビで観て、少しでも元気になってほしいという思いだった。

東北大会が終わり、その母をようやく今日になって見舞ってきた。奥さんと次男の3人で見舞うはずが、長男と長女も一緒に行くと言い出したため、「よし、みんな行ってくれるんなら、一家で行くかぁ~」という話がまとまった。せっかくの休日なのに、祖母を見舞うという息子・娘達には感謝だった。

従って、愛車には①長男②長男の奥さん③長男の娘(1歳様)④長女⑤長女の娘(6歳様)⑥長女の息子(4歳様)⑦次男⑧奥さん、そして私の9人。総出の見舞いとなってしまった。

しかもBG(ベビーギャング)が3人。「病院に着いたら、静かにしろよ」と言うと、「はーい」とBG達。どこまで分かっているんだか・・・。

入院中の母は、以前会った時に比べると少し歳を重ねた感じだったが、元気な表情だった。私の子供達3人、そしてBG達も勢揃いして見舞ったことを喜んでくれた。そして、東北大会の決勝戦の放送を観てくれた母は、「頑張ったね」と骨折した次男の右手を見ていた。Img_0411

病状を聞いたり、それぞれの近況を報告し合ったりと、あっという間に1時間ほどが経過していた。今週中に手術を控えた母に「じゃあ、また来るから」と言い、病院を出た私達。一緒にお見舞いしてくれた子供達やBG達には「お見舞いありがとう。よしっ、少し遅くなったけど昼食にするか」。BG「うん、やったぁー」。Img_0429

当然、奢らされた・・・。しかも、食後には奥さんも長男・長女も「子供達ヨロシク」「ちょっと、あそこのショップに行ってくるから」。皆、BGを私に預けて四方八方へ散って行った。残された私は、BGの皆様とゲーセンを右往左往。正直、くたびれた。一人で見舞いに来れば良かったかも・・・。Img_0427

私を除いた8人は、満腹感と満足感でご満悦の様子。私はというと、子守でくたびれたことは確かだった。それでも、母を見舞うことができて安堵したことも事実だった。

すぐに見舞いに来られなかった親不孝を恥じるとともに、病室で長女の娘(6歳様)が「おばあちゃん、早く良くなってね」と言ってくれたことに、ちょっとだけグッときた水無月の日曜日hospital

2012年6月23日 (土)

患者3

気力に体力が追いつかない一週間だった。平成24年度(第63回)東北高等学校ラグビーフットボール大会(兼NHK杯東北高等学校ラグビーフットボール選手権大会)の応援のため、青森―秋田間を3度も往復した疲れに加えて、選手達の健闘に安堵したことと、健康診断の精神的疲れが要因と思われた。

しかも、自分で撮影したビデオと、テレビ放送された試合の録画を毎晩観戦しては、数日前の興奮が蘇り、さらに疲労が増す循環に陥っていた。観なければいいものを、毎晩繰り返し観るものだから、落ち着いた夜など過ごせるはずもなかった私だった。

骨折が完治しないまま今大会に出場した次男。医師からは「1か月間は部活は駄目!」と言われていたけれど、高校総体を棒に振った次男は、この東北大会の出場にかける思いが強かった。治りかけた骨折個所が悪化しないだろうかと、大会期間中は常にハラハラしながらプレーを追いかけていた私だった。

しかしながら、そんな私の不安にはお構いなく、大会を通じてフル出場していた次男は、これまで出場したどの大会よりも明らかに気合がみなぎっていた。その気合を感じるにつれて、私の不安は増すばかりだったけれど、どの試合でもいつの間にか「頭から行かんかいっ!」「突っ込めー」とついつい夢中になって心の中で声援を送る、いかげんな私だった。201206171445048

決勝戦が終了し、息子達の健闘に酔いながら父兄仲間や監督さんと談笑していると、ようやく会場から選手達が姿を見せ始めた。解散するという時に改めて次男の右手をチラ見した。腫れはあったけれど、しっかりと5本の指があって胸を撫で下ろした。Dsc_0096 Dsc_0093

青森までの車中は、次男、N君、Y君、N君ママ、Y君ママ、私、奥さんの7人で賑やかに戻ることにした。N君は大ケガ、Y君は急な病気で、今回の東北大会には1試合も出場できなかった。それでも、大会中はプレーする仲間達に指示と声援を送り続ける姿が印象的だった。Dsc_0098

当然、二人ともチームの主力だったため、試合に出場したかっただろうし、出場していれば違った試合展開になっていただろうなぁ・・・と思ったけれど、その無念さは花園で晴らしてほしいと思わずにはいられなかった私だった。

骨折が完治していない次男と合わせて、ケガ人・病人の患者3人を運ぶ救急車もどきの私の愛車だったけれど、終始笑いに包まれながら青森まで戻ってきた私達。今度乗り合わせる時は、ケガ人も病人もなく、全員で勝利して戻りたいなぁ~、と切に願った水無月の1週間前rvcar

2012年6月21日 (木)

逃走不能

健康診断が行われた火曜日の夜、ラグビー部父母会で小宴を催すことが以前から決まっていた。決勝戦で敗れたとはいうものの、東北大会で準優勝という成績を残してくれた生徒達。その成績以上に、果敢に立ち向かっていった生徒達の健闘が嬉しかった私達。東北大会決勝戦が終わったその日のうちに、「準優勝を祝して乾杯しなきゃ」という話ができあがっていた。そんな機会を創ってくれた生徒達に、感謝した父兄達だった。

通常ならば欠かさず参加する私だったけれど、生憎と健康診断直後だったため、「実は、カクカクシカジカ・・・なので、今回は参加を見合わます。私の分も皆さんで楽しく飲んで下さい」と父兄仲間に伝えていた。皆さんに「え~」と言われたけれど、ここで飲んでしまっては、例年通りに胃からバリウムが旅立ってくれないので、心を鬼にして、固い決意のまま、お誘いを断ることにした私だった。

多少、後ろ髪を引かれつつも仕事を終えて帰宅し、疲れを癒していた夜8時半過ぎに電話が鳴った。父兄仲間からだった。私「もしもし、○○(私)です。こんばんはー」。父兄仲間「○○(私)ちゃん、来ないのぉ~?」。想像したとおりの電話だった。私「実はカクカクシカジカで、今夜は参加できないんです」。父兄仲間「みんな来てるから、今から来ればぁ~」。私「あっ、は、はい・・・」。逃れられない運命かぁ・・・。

台風の接近に伴って降り出した雨の中、会場に向かった私。「おざーす」と会場に入ると、ウォ~ともガヤガヤともつかぬ、異様な盛り上がりの父兄仲間達。あっけにとられていると、10秒後にその理由が分かった私。監督も来ていた。しかもOB会会長と父母会OB会会長も揃い踏み。盛り上がらないわけがなかった。Img_0231

「私情が入りこまないように」という信念から、父母会の飲み会には普段参加しない監督だったけれど、この日の監督はいつになく呑んでは語り、呑んでは笑い、再び呑んでいた。

そして、東北大会における選手一人ひとりの奮闘ぶりや活躍具合を話し始めた監督さん。普段は鬼のように怖い監督さんだけれど、その夜は選手達の戦いぶりを高く評価していた。そして「ケガしてる奴らが戻ってきたら、もっといい勝負をしてみせる」とまで語っていた。我が校の選手達を信頼している監督の姿がそこにはあった。

さて、健康診断直後の私は一滴も飲まないまま、監督の向かいに座らされて延々と話を聞かせていただくというありがたーい役目を担うことになった。夜中の1時半までその席から逃れることは許されなかった・・・。途中で「いっそ、呑んでしまおうか」とも思ったけれど、今後バリウムと大格闘することを思うと、呑まずに通すことにした。

結局、その夜は一滴も呑まなかったお陰で、監督さんと父兄仲間2人を愛車に乗せて無事に帰宅することができた上に、翌朝も二日酔いとは無縁でいられたことは収穫だった。

多少の睡眠不足はあったけれど、順調に仕事をこなしていると、あと15分でお昼休みという時に携帯電話が鳴った。登録していない電話番号だったので、ちょっと低めの声で「はい、○○ですが」と出ると、相手「○○です」。私「(○○って誰だっけ・・・)。どちらの○○さんですか?」。相手「△△高校の○○です。昨夜はどうも」。私「(あっ、監督。やべぇー)。あ、あ・・・、昨日はお疲れ様でございました・・・」。監督「○○さん(私)の車に、私の携帯電話がありませんか?今朝から見つからなくて」。私「あっ、今は会社の中ですが、駐車場に行って探してみます」。監督「どれぐらいで分かりますか?」。私「(どれぐらい、って・・・。すぐに探せということか・・・)。今すぐに駐車場に行って、車の中を探してみます。ダッシュします」。監督「すみません。宜しくお願いします」。私「はいっ、かしこまりましたっ!」

私なりに猛ダッシュして駐車場に行き、愛車の後部座席をみると、あ、あ、あった・・・。良かったぁ~(笑)。「ありませんでした・・・」と言おうものなら、「ちゃんと探しましたか?」と言われるはず・・・。見つかって本当に良かった、良かった。ホッ・・・。

速攻で高校に届けた水無月の監督から逃れられない日bar

2012年6月19日 (火)

格闘中

今朝、1年ぶりに健康診断に行ってきた。相変わらず健康を意識することもなく、健康づくりも実践もしなかったつけが今日判明するかと思うと、気が重かった私。まして、あのバリウムによる胃の検査は、私にとって天敵だった。お金積まれてもヤリタクナイ私だった。

健康診断では、いきなり身長が縮まっていた。「あ~あ、もう縮まる一方かぁ・・・」と少しブルーな気持ちでいると、看護婦さん(正確には分からない)に「51歳でも、ショックですか?」と言われ、気を取り直すことにした私。

意外にも体重は去年と変化はみられなかった。「次男には、だいぶスネをかじられていたから、そのせいか・・・」。

視力は0.2と0.4。「これも想定内だ」と言い聞かせ、胸レントゲン、血液採取・・・と次々に診断メニューをこなす私。

血圧測定には自信があった。例のトンネルに右腕を滑り込ませる。右腕に徐々に圧力が・・・。「きたきた、身長は縮まったけど、血圧は大丈夫」と自信満々でいると、ピィーと機械が鳴り、カシャカシャと印字されたデータが出てくる。ちょっと年増の看護婦さん(正確には分からない)が「○○さん、血圧がちょっと高いですね」と言う。えっ、そんな・・・。「あはは、看護婦さん達が美人だから、血圧が高めかも~」と言う私に、看護婦さん「関係ありませんよ~」。私「あっ、はい・・・」

今日の検査メニューの最後は、天敵の胃の検査。2人ほど待たされる中、スポーツ紙を手に取って読む私だけれど、「あの壁の向こうでは、グルグルと回されて、大変な光景が繰り広げられている・・・」と妄想のオンパレードの私。

そうしているうちに、若い看護婦さん(正確には分からない)が「112番の方、中にどうぞー」。きたぁー。もう十分にシュミレーションして精神的に疲労感いっぱいだけど、しかたなく部屋に入った私。

例の冷たい台に乗ると、ガラスの向こうから「発泡剤を飲んで下さい」。言われるままに口の中へ放り込む。「やっぱり、パチパチしてるが、これは想定内だ」と思っていると、今度は、小さな容器に入った白い水で飲み込めと言う。これも想定内でオッケー。

ついにガラスの向こうから「バリウムを一口飲んで下さい」。続けざまに「今度は全部飲んで下さい」。「分かってるから、急がせるな」と思ったけれど、大人の私は言わないで、ゲップと格闘しつつ、なんとか喉の奥へ・・・。やっと飲めた・・・。

飲みたくもないモノを飲み干すと、ガラスの向こうからは「右に3回まわって下さい」「左斜めに向いてー、もうちょっと」「もう1回腹這いになって」・・・など、無機質な声で次々に指示が繰り返される。そのたびに「またかよ」「仰向けってどっちだっけ」などと心の中でつぶやきつつも指示に従った私。

ゲップ出そうな私にはお構いなく上下に傾く検査台。別にジェットコースターに乗りにきたわけじゃないのに、回す、回す・・・。いつもより多く回してねえかと思うほどのサービス。だいぶ上下に回された末に、ガラスの向こうからは「もう一度、発泡剤飲んで下さい」と冷たい声が・・・。再び大人の対応の私は、ゲップと戦いながらお利口さんに指示を聞いて回転していた。そして、今年も何とか終わった・・・。

最大の難関は、健康診断後だった。毎年、バリウムが体外に出てくれない私。貧乏性なのか、バリウムさえも蓄えようとしてしまう悲しい体質か・・・。それも想定内だったので、今回も看護婦さん(正確には分からない)から下剤を2人分もらってやった。病院内で早速2錠飲むが、いまいち反応が遅い。「このままじゃ、去年までと同じ苦しみが・・・」と思い、お昼過ぎにもう1錠。反応はイマイチ・・・。Dsc_0002

現在も格闘が続く水無月の夜hospital

2012年6月17日 (日)

誇り

平成24年度(第63回)東北高等学校ラグビーフットボール大会(兼NHK杯東北高等学校ラグビーフットボール選手権大会)の決勝戦。試合結果は10対30で負けた。準優勝だった。201206171404531 201206171445041_3

けれども、みんな決勝戦を楽しめた。負けてヘラヘラしているわけではなくて、試合内容に満足できたから、嬉しかった。相手は、今年度の花園大会優勝を狙える超強豪校。高校総体や東北大会を通じて1点たりとも許していない王者に対して、正面からぶつかることができて嬉しかった。 201206171404533_2

前半は相手に2トライを献上したが、我が校もキックで得点をもぎとり、3対10。後半も、相手校の圧倒的な攻撃力に4トライを献上したけれど、選手の力を結集して待望の初トライをあげた。うぉ~、取ったどぉ~。201206171445043 201206171445044 201206171445045 201206171445046

あっという間に決勝戦はノーサイドを迎え、我が校は準優勝。選手達は、悔しさ半分、満足感半分というところだろうか。その一方で、私を含めた父兄達は、息子達の健闘に満足だった。ケガや病気で主力を欠いた中で、ここまで戦った息子達が誇りでもあった。201206171404533_3 Dsc_0074

次男は、痛いはずの右手をかばうこともなく、果敢にタックルをし、密集の中で下敷きになっては、再び起き出してボールを追いかけていた。骨折を経て、この大会でひとまわり成長したかもしれないと思った私だった。201206171404532 Dsc_0084

準優勝を最高のプレゼントとして胸に刻んだ水無月の「父の日」ribbon

2012年6月16日 (土)

即決

土曜日だというに、6時に目覚めてしまった私。大会期間中だから、そんなもんだった。朝から掃除に精を出した。自分なりにだけど…。
お昼頃に掃除が終わった。明日の決勝戦を考えると、そわそわしていた。気持ちはすでに秋田に飛んでいた。

そんな私の様子を見ていた奥さんが「今日から行けば?」。その声を聞き逃すはずがなかった。「行くっ」と即決し、今夜宿泊可能な秋田市内のホテルを片っ端から探した。ちょっと高いけど、あった(笑)。「予約」のボタンをクリック!予約したからには、行くしかなかった。三日連続の秋田行き。Dsc_0001_2

決勝戦前日に秋田入りをしたからといって、応援があるわけでも、次男に会うわけでもなく、取り敢えず、来たというだけだった…。
ホテルの近くの居酒屋で奥さんと二人で前夜祭。主役の次男不在のまま、決勝戦進出をささやかに祝った。Dsc_0002 Dsc_0003

明日は、朝から会場入りをするため、秋田の夜を堪能することもなく、就寝することにした水無月の決勝戦前日の夜 moon3

2012年6月15日 (金)

8人の侍

平成24年度(第63回)東北高等学校ラグビーフットボール大会(兼NHK杯東北高等学校ラグビーフットボール選手権大会)の準決勝のこの日。昨日の初戦とは異なり、応援に駆け付けられる父兄の数は限られていた。2日連続で休暇をもらって応援に駆け付けられる父兄など稀だった。私はどんなことをしても行く!と決めていた。

前日に父母会会長と出発の待ち合わせ時間を約束していたため、どうしても休暇が取れない奥さんを職場に送り届けて、待ち合わせの場所に。縁起をかついで、昨日と同じTシャツにした私。私の勝負服だった。昨日の汗の臭いが少し残っていたけどぉ~。Dsc_0021

愛車には私を含めて父兄が4人。そこまで少ないかぁ・・、しょうがない、一人10役のつもりで応援しなければ!車内で昨日の試合のDVDを観ながら秋田への道を再び走行した私達。疲れなど感じることもなく、勝利を信じて愛車を走らせた。

昨日から秋田市内に泊まり込んでいる一部の父兄仲間と再開し、応援体制を整えることにした私達。応援の父兄の数は、私も含めて総勢8人。まあ、こんなものか・・・。

そして準決勝のキックオフ。今日も次男は、赤いラグビーミットを右手にはめて先発した。巨人の柴田選手(古っ!)のように・・・。対戦相手は秋田●央高校。秋田県内では、超名門の秋田●業高校と常にしのぎを削る強豪校だった。しかも場所は秋田市。完全なるアウェーの戦いだった。 201206151609001

前半は点が入らない息苦しい展開のまま、時間だけが経過する。我が校がトライを奪い、ついに均衡が破れる。その後もトライを取ったり、取られたりの一進一退の攻防が続き、前半をリードして折り返した我が校。201206151528401

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昨日の初戦に比べて、次男のプレーが少しだけ通常に戻りつつあるように見受けられたけれど、次男にボールが渡ると右手が心配でならない私だった。それでも、懸命に前へと突進し、ラインアウトをキャッチし、密集に身を投じる姿は生き生きとして見えた。201206151528404 201206151528402 201206151528403

後半も依然として一進一退の攻防が続き、気が気でない私達。ケガで試合に出場できない仲間達は、この日も水を運んだり、声援を送ったりと、一緒にグラウンドで戦っているつもりで選手達を後押しする。その声援に呼応して戦う次男達・・・。そして、たった8人の父兄達もアウェーの逆風を苦にすることなく声援を送り続けた。201206151609003

僅差ながらもリードしたまま試合は進む。次男はこの日も最後までグラウンドに立ち続けた。「(うちの次男に)タックルするな~」「(次男の)右手をつかむんじゃないっ!」と心の中で叫びながらハラハラしていると、ついに勝利を告げるノーサイドの笛。あ~、いい音色だこと~。24対21の僅差だけれど、勝っちゃった!!応援に駆け付けた我々8人の侍も笑顔。201206151609005_2

試合終了後、宿舎に引き揚げる生徒達を見送ることにした私達。この日も次男と会話を交わすこともなく、「ご苦労さん」と心の中でつぶやいて、生徒達を乗せたバスを見送った。「そろそろ俺達も帰ろうか」ということで、青森へ戻ることにした私達。帰路の車中は6人だったけれど、勝利の余韻と心地良い疲労で、帰路の車内は意外と静か・・・。皆さん、本当に応援ご苦労様~。

東北一を決める決勝戦は日曜日。NHK杯を兼ねる大会だけに、毎年、NHKが生放送してくれていた。一昨年も去年も決勝戦に進めず、「テレビ放送される決勝戦に、いつかは進むどぉ~」が合言葉になっていた私達。その夢を次男達は叶えてくれた。その頑張りには本当に感謝だった。

決勝戦の対戦相手は、名門中の名門である秋田●業高校。花園大会優勝15回、花園大会出場62回、花園大会勝利数126勝と花園大会3冠を誇る日本一のラグビー名門校。今年4月に行われた全国選抜大会でもベスト4に入り、花園大会3連覇を果たした東福岡高校をも一時リードするほどの強さを備えていた。さらに、今大会も1回戦88対0、準決勝86対0と、圧倒的な攻撃力と頑丈な守備力を誇り、東北に敵なしの別格ぶりを見せつけていた。

その秋田●業高校と決勝戦を戦える次男達は幸せだった。日本一に最も近い高校と対戦できる機会に恵まれたのだから・・・。正々堂々と戦って、今の実力差を肌で感じればいい。より高いレベルへと駆け上がるため、日曜日は横綱の胸を借りようと前向きになっている水無月の夜sun

2012年6月14日 (木)

払拭

平成24年度(第63回)東北高等学校ラグビーフットボール大会(兼NHK杯東北高等学校ラグビーフットボール選手権大会)が秋田市内で今日開幕した。往復6時間を費やして行ってきた。応援に・・・。初戦の相手は、宮城県高校総体優勝校の仙台育●学園。過去2年間惜敗していた相手・・・。天敵だった。

次男達は、悔し涙を飲んだ先輩達の思いも背負って戦った。骨折から完治していない次男だったけれど、1か月ぶりにジャージをまとっていた。えっ、出る気かよ・・・。201206141409272

高校総体に出場できず、仲間に迷惑をかけていた分、チームの勝利に少しでも貢献したいという気持ちは分かった。その一方で、骨折が悪化したらどうしよう・・・。そのことばかりを考え、次男じゃなくてもいいのにぃ・・・とさえ思った。201206141409273

過去の相性の悪さもなんのその。前半から試合の主導権を握った我が校。立ち上がりの悪さからPGで先制点を与えたけれど、下を向くことなく、前を見つめ、そして声を出して挑んだ。同点、逆転、そして点差を広げにかかる我が校。頼もしかった。201206141409275

フル出場した次男も、生き生きとしていた。大会直前に買い与えたサポーターとラグビーミット(手袋)を骨折した右手に重ねて着用し、久々にグラウンドを駆け、ボールを追い、仲間をサポートした。201206141449311_2

1か月間のプランクのせいなのか、右手が痛むのか、売り物のラインアウトの出来は良くはなかったけれど、気合いだけはみなぎっていた。201206141449312

終始リードを保ち、そして、ついに天敵に勝った・・・。28対15。仙台育●学園に勝利するのは、4年ぶりだという。

両校とも選手は毎年異なるけれど、先輩達に2年間鍛えてもらった恩返しもできた。選手達は晴れ晴れとした表情だった。私も超~嬉しかった。201206141449313 201206141449314

試合終了後に、選手達を出迎えた私達。「おめでとう」「よくやった」「ケガはないか?」と選手達に声を駆けた私。みんな、いい笑顔だった。

ロッカールームから最後に出てきた次男。父兄仲間から「よく頑張った」と声を掛けられて照れくさそう。大きなケガもなさそうだったし、ひとまずはホッ・・・。Dsc_0018

父兄仲間とともに、意気揚々と青森に戻った私。勝利の美酒に酔い過ぎつつ、明日の準決勝のことを少し考えていた、水無月の天敵の悪夢を払拭した夜scissors

2012年6月13日 (水)

引っ掛かり

次男の高校総体準決勝が行われた6月3日(日曜日)は、長女の娘(6歳様)が小学校に入学して初めての運動会でもあった。私は次男の高校総体へ、奥さんは6歳様の運動会へと役割分担する予定だったけれど、前の晩に奥さんが突然、「私も高校総体に行こうかな」と手のひらを返した。「一緒に来なくても、俺だけで十分なのに・・・」と思ったけれど、言わなかった・・・。Dsc_0001_2

二人とも応援に行けないのは可哀想だということで、長女宅を訪ねて果物を差し入れることにした私達。せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。

私「明日、運動会の応援に来たかったけど、○○(次男)もラグビーの運動会(高校総体)があるから、来られなくなっちゃった。ごめんね」。6歳様「○○(次男)も運動会なの?」。私「うん。ごめんね、応援に来られなくて。でも今度は絶対に来るからね」。6歳様「うん」。救われたぁ・・・。

果物の差し入れを喜んでくれた6歳様は、ピカピカのランドセル姿を披露してくれた。私が選んだ真っ赤なランドセルは当初、奥さんには不評だったけれど、よく見ると似合っていた。その姿を見て、「来年の運動会は来るからね、きっと」と思った私だった。Photo

何故、数日後になってこんなことを記したのかというと、ずーと心にそのことが引っ掛かっていたからにほかならなかった。この場に記して、少しだけスッキリした今夜の私だった。

話は変わって、次男達の東北大会がいよいよ明日に迫っていた。ゲンをかついで、さほど伸びてもいない髪を切った私。春季大会の前にも髪を切って大会に臨んでいた。

愛車の洗車も済ませた。さほど汚れてもいなかったけれど、やっぱり春季大会の前にも洗車して応援に出掛けていた。

その愛車の給油も完了し、父母会の応援グッズも積み込んでおいた。それでも、何か忘れてないだろうかと気にかかるけれど、何が不足しているのか分からない私・・・。Photo_2

潔く今夜はもう寝ることにする水無月の夜rvcarあっ、ビデオカメラの充電だった・・・。

2012年6月12日 (火)

いざ秋田へ

高校総体の余韻を一人で引きずっているうちに、明後日からは東北大会が迫っていた。今年の会場は秋田市。試合に出場するしないに関わらず、次男は明日、高校で練習した後、秋田に向けて仲間達と出発することになっていた。ギプスが外れたことで、次男は仲間と共に毎晩練習に明け暮れていた。Img_0325

日が暮れる時刻が遅くなったために、グラウンドで練習できる時間は春に比べて長くなったというものの、骨折が完治していない現状では、練習に明け暮れることは嬉しい反面、不安でもあった。けれども、練習を終えて満足そうに愛車に乗り込む次男の顔を見ると、悪い気ははしなかった。いい加減な親だった私・・・。

加えて、この1か月間というもの、自転車通学できない次男を毎朝毎晩送迎していたが、それも間もなく終わりかけていた。ホッとするような、ちょっと淋しくなるような複雑な心境に、我ながら「子供離れしてねえなぁ、俺・・・」とも感じていた。Img_0321 Img_0327 Img_0322

東北大会が迫るにつれて、練習に拍車がかかっていた次男達。その一方で、父兄達も日々、気合が高まっていた。各県の高校総体優勝校が一堂に会して、東北NO1を決める大会だけに、「平日とはいえ、何とか応援に行きたい」という父兄仲間が周囲に溢れていた。年末年始の花園大会に向けて、県外の強豪校の実力と我が校の水準を見極める絶好の機会でもあり、去年の大会の雪辱を果たす機会でもあった。

実は、高校総体優勝の翌日に会社へ休日届けを出していた。どうしても応援に行きたかった。仕事の段取りはイマイチだけど、こういうことの段取りは抜け目のない私だった。社長も「是非、頑張って!」と快く送り出してくれた。給料が安い分、休みはくれるということかぁ・・・。まあ、いいや・・・。

ということで、応援に行ける父兄仲間を一緒に連れて行きたい私。父母会会長と相談し、「数台の車両に同乗して応援に行こう」という話がまとまり、十数名の父兄で応援に駆け付けることになった。仕事は消極的だけど、こんなことには、仕事そっちのけで積極的に関与する私。自分でも正直、呆れる性格だと思った・・・。

それでも仕事を休むからには、会社にも部下にも迷惑はかけられないと思い、連日の残業を自分に課して、なんとか仕事上のアドバンテージは稼ぎつつあった。「秋田に行って応援するぞ~」という目的があれば、仕事も苦にすることなくこなせる私。相変わらず単純な中年でもあった。

世間では、増税法案がどうした、原発再稼働がどうした、○○○真理教元信者がどうしたというニュースが駆け巡っているようだったが、今は東北大会をどう戦い、どう応援の段取りをするかの方が重要だった私。世間ズレを覚悟で秋田へ参じようとしている水無月の東北大会前々日cancer

2012年6月11日 (月)

半分

5月13日に盛岡市で行われた大会で骨折してから約1か月という時間が経過していた次男。今日は4度目のレントゲン撮影のために再診を受けた。Img_0403

ギプスの中から出てきた右手はまだ腫れていた。レントゲン撮影の後に受けた再診では、先生「くっついてきましたね。もうギプスは外してもいいでしょう」。私「あっ、そうですか。ありがとうございます」。先生「もう箸や鉛筆は持ってもいいですよ。普通の生活なら右手を使っても大丈夫です」。箸は持つけれど、鉛筆は持つはずのない次男だった・・・。Img_0404

右手の腫れについて聞くと、先生「少し曲がってくっついています。手術することもできますが、私はお奨めしません。このままでも、不都合はないと思います」。私「あっ、そうですかぁ・・・」。先生「普通に生活する分にはいいですけど、まだ部活は1か月間はできませんよ。ここで無理すると、やっかいですから」。私「あっ、そうで・・・」。

当初の診察どおり、約1か月かかってくっついた次男の骨折した指。くっついてくれたのは吉報だったけれど、部活再開まで再び1か月・・・。嬉しさも半分の私と次男。

ここで私が凹むと、次男のモチベーションにも影響があると思い、「当初の予定通り、くっついてて良かったじゃん。どうせコッソリと部活もしてることだし、少しずつ馴らしていけばいいじゃん」という私に、「うん。でも先週、先生に『東北大会には出ます』って喋っちゃった・・・」。やっぱり、出場する気だったのかぁ・・・。

そうと知ると何とかしてやりたいと思いつつも、ここで無理をして、秋の花園大会県予選会に影響があっては、それこそ取り返しのつかないことになってしまう・・・。私「とりあえず、先生には正直に言え」。次男「・・・」。

病院を出て、高校に送り届ける途中、「コイツのことだから、何をしだすか分かったもんじゃない。どうせ練習も本格的に始めるんだろうし、試合にも出るというかもしれないし・・・」と思った私。ちょっと寄り道をして、いつものスポーツ店に立ち寄った。

右手の甲を隠すサポーターとラグビーミット(ラグビー用手袋)を急遽買うことにした。私「とりあえず、今日の練習から右手にコレとコレを重ねて着用しろっ」。次男「お、おう」。素肌でいるよりは、少しでも保護してくれるだろう、という安易な発想以外のなにものでもなかった・・・。Dscf0601

練習が終わり、いつものように高校へ迎えに行くと、しばらくして生徒玄関から出てきた次男。私「どうだった、サポーターとミットは使ったのか?」。次男「うん。右手だけ」。私「で、使えそうか?」。次男「うん」。嬉しさもラグビーミットも半分だった水無月の夜moon2

2012年6月10日 (日)

ライン引くぅ?

大学ラグビーが開かれたこの日は、生憎と昨夜から続いていた霧雨とも小雨ともつかぬ天気だった。我が校の3年生達は出場しないけれど、高校生の試合もあるため、朝早くから出掛けることにした私と奥さん。昨日は徹底して掃除に汗を流していたため、ドヤ顔で「おいっ、行くぞ」と威勢よく出掛けた私だった。Dsc_0001

高校生達の試合を観戦してはいたが、父兄仲間と話すことといえば、秋田で来週行われる東北大会のことばかり。本当に、本当に勝ちたい私達だった。

高校生達の試合が終了した頃に、長女が6歳様(娘)と4歳様(息子)を連れて会場にやってきた。娘にも、この日のチケットをプレゼントしていたからだった。肌寒かったので、6歳様と4歳様には気の毒だったけれど、BG(ベビーギャング)は元気だった。Img_0346_2

県内で明治大学VS慶応義塾大学戦が観戦できるとあって、スタンドには熱心なラグビーファンが詰めかけた。両校選手が入場し、それぞれの校歌が会場に流れて、雰囲気だけは秩父宮球技場か国立競技場といった感じ・・・。Img_0361 Img_0369 Img_0365

試合が始まり、前半は明治大学が伝統の『前へ』で21対7とリード。次男達高校生は、バックスタンドに陣取り、大学生のプレーを目に焼き付けていた。Img_0376 Img_0385

後半も明治大学が『前へ』と優位に試合を進める中、慶応義塾大学も伝統の『魂のタックル』らしき(?)プレーで応戦したが、40対19でこの日は明治大学の勝利。青森のラグビーファンに好プレーを見せてくれた両校選手には感謝だった。Img_0389 Img_0401

この日も次男は、試合の合間にライン引きの補助として大活躍(笑)。スタンドから、その仕事ぶりを見て、「いいライン引きになれる。日本一の塗装屋さんにでもなるかぁ~?」と思った私だった。Img_0340

会場の後片付けが済んだ頃に、我が校生徒達の練習が始まった。東北大会まで残すところ4日間。今日はラグビーのお祭りみたいな日だったけれど、それが済んでしまえば、一日たりとて時間を無駄に過ごすわけにはいかない次男達だった。Img_0335

わざわざ来てくれたBG達は、次男が出場しないとあって少しガッカリしていたけれど、必ず復帰して、再びグラウンドでプレーする姿を見せてやらなければと思った水無月の日曜日clover

2012年6月 9日 (土)

黒と白、そして決意

ゴールデンウィークから次男の大会続きだったため、5月以降は土日の予定が殆ど埋まっていた私。奥さんも大会に駆け付けることが少なくなかったため、家の掃除が手抜き状態だった我が家だった・・・。

実は、今日も小・中学生や高校1年生を対象にしたラグビークリニックが開かれるため、「グラウンドに足を運ぼうかなぁ~」と思っていたけれど、「今日、掃除をしておかなかったら、家の中がたいへんになるかも・・・」と思い直し、次男をグラウンドに送り届けた後、家にUターンした。しょうがなく・・・。

私「ただいま」。奥さん「あらっ、そのままグラウンドにいるんじゃないの?」。私「俺はそのほうがいいけど、掃除しとかないとマズイだろ。とっととキックオフして、さっさと終わらせるとするか」というわけで、朝から掃除に精を出した。

掃除がひととおり終わった後、今頃になってだけれど居間のフロアーに敷いてあるカーペットを外して、夏用のゴザに模様変えを行った。さらに、体力と気力が満ちていたので、庭に出て愛車の洗車も行った。夜になって雨が降り出したのにはガッカリしたけど・・・。

掃除も済んだので、「まだラグビークリニックが行われているんなら、行ってみよっ」と思い立ち、洗車で綺麗になった愛車に乗り込もうとしたら、次男から「終わったから迎えに来て」のメール。な~んだ、もう終わったかぁ・・・。次男はラグビークリニックには関係なかったけれど、同じ会場で明日開かれる『大学ラグビー 明治大学VS慶応大学』の会場設営のため、チーム仲間とともに会場へ手伝いに行っていた。Img4271245150001

会場に到着しグラウンドを見渡すと、明日の準備がすっかりと整っていた。会場には明日の試合に臨む大学ラグビー部員の姿もチラホラ。さすがに大学生ともなると、明らかに高校生とは体格が異なった。「○○(次男)も大学でラグビーを続けることになったら、あんな体格の人達の中でやることになるのかぁ・・・。今だったら、壊されるなぁ。きっと・・・」と思って、大学ラガーマン達を見ていた私だった。Img_0331 Img_0330 Img_0334

明日の『大学ラグビー 明治大学VS慶応大学』の前座試合として、本県高校生によるセレクションマッチ(選抜試合)が組まれていた。県内高校生のラグビー部員の中から東北高校代表候補選手を選ぶための一つの試合だった。Img_0332

花園大会県予選会が行われる頃には、骨折から完治して元気にプレーできるだろうと期待を抱いている私と次男。その一方、青森県代表として国体に出場することも一つの夢だった。特に、最近は「みんなと一緒にオール青森(青森県代表)として国体に行ってみたい」と言いはじめていた次男。これまではラグビーの話をあまりしない次男だったけれど、高校ラグビー生活が残すところ半年間しか残っていないことを改めて思い直したのだろうか・・・、「青森県代表」などに対する思い入れの強さが最近は見え隠れしていた。

骨折さえしていなかったら・・・という悔しさがヒシヒシと伝わってきたために、ついつい「ギプスを外して、東北大会に出てみるか?」と言った私に、次男「うん、・・・」

月曜日は三度目の再診で、レントゲン写真を撮影することになっている次男。明日の会場設営のために、ライン引きをしたという次男の左手は白く汚れたままだった。Dsc_0006

薄黒く汚れたギプスに包まれた次男の右手と、白い汚れが落ちない左手を見ていて、月曜日にギプスが外れなかったら病院を変えることを決意した水無月の午後punch

2012年6月 7日 (木)

背中

前述のとおり、未だに高校総体一色だった私。

大会期間中に、限られた時間の中でライバル校の試合を観戦していた息子達だった。Dscf0588

相手の強みと弱みを発見、確認しようと熱心に観戦。これぐらい勉強も熱心だったら・・・、と思ったのは私だけ? Dscf0587

それにしても、いつの間にか肩幅も広がり、厚みを増したその背中は、たくましく、頼もしかった。

次男も1、2年前に比べるとガッチリとはしてきたけれど、未だになかなか太れないでいた・・・。Dscf0586

奥さんの遺伝子はどうなってる?と思った水無月の大会の合間riceball

2012年6月 6日 (水)

金の卵

今週いっぱいは、高校総体関係の話題だけで押し切れるほど、本当に今回の優勝が嬉しかった私。小学生並みのはしゃぎようと思われても、一向に苦にすることもなく、毎日を過ごすことができていた。お陰様で・・・。

高校総会の期間中に、同じ会場で1年生大会も開かれていた。青森県内では、ラグビー部を持っている中学校は1校もなく、子供を対象にしたラグビースクールも盛んではないため、高校に入学してからラグビーを始める子供達がほとんどだった。

中学時代は野球やサッカー、バスケなどメジャーな競技の部活に入り、高校入学後に勧誘されたり、自分から興味を持ってラグビー部に入部してくる生徒達ばかり。次男の場合も、私がラグビー部に勧誘したようなものだった。

入部したばかりの1年生は、楕円球に触ったこともなく、ルールも知らず、ポジションも不明・・・。他県の高校ラガーマンに比べて、明らかにスタートから出遅れて部活を始めることを余儀なくされていた。

少子化や、ラグビー人気の低迷で、各校とも新入部員の数が少ない中で、我が校は19人(女子マネージャー含む)の1年生が入部してくれていた。次男も中学時代の後輩1名を勧誘し入部させていた。

どうにか、楕円球の扱い方に慣れ、ルールも変わりかけてくる頃に開かれたのが、今回の1年生大会だった。ラグビー部員とはいえ、3か月前までは中学生。それでも3年生や2年生に教えてもらい、鍛えてもらいながら一人前に成長していく、金の卵達の初の試合だった。Dscf0592

1年生の試合は正直、観ていて楽しかった。先輩達の日頃の姿を見よう見まねでプレーする姿は、微笑ましささえあった。きっと他県の1年生達のプレーは凄いレベルなのだろうけど、この時期の本県1年生部員のプレーは「観ていて楽しい」というレベルだった。Dscf0591

それでも、いざ1年生『大会』という以上は、可愛い後輩達を熱く応援してしまう父兄達。入部したばかりのため、部員の名前も分からなかったけれど、「頑張れー、頑張れー」と金の卵達を声援した私達だった。

次男達は、先輩ヅラをしながら、偉そうに指示を送る。時には笑いながら、時には大きな声で指示を出しながら・・・。自分たちが入部したばかりの頃を思い出しているのかどうかは分からなかったけれど、微笑ましい上下関係だった。Dscf0593

この金の卵達もきっと将来は、強靭な肉体に鍛え上げられて、我が校のラグビー部を背負ってくれることだろう。そう考えながら1年生達を観ていたら、「この金の卵達を年末には絶対に花園へ連れて行きたい」と少し気の早い事を思っていた水無月の1年生大会chick

2012年6月 5日 (火)

それぞれの輪

昨年度に続き2連覇、通算21度目の高校総体を制した息子達。ケガ人続出で危ぶまれていた優勝だったけれど、春季大会以降の成長には目を見張るものがあった。201206041426491 201206041426492 201206041426493 201206041426494_2

「前夜のミーティングで、俺達なりに冷静に対策と戦略を練り、『明日は勝てるっ!』『勝つんだ!』と信じて試合に臨んだ」と大会後に次男から聞かされて、息子達の成長を実感した。先輩が去り、不安の中で優勝した昨秋の大会とは比べようがないほどに成長していた。成長していないのは私だけだったかも・・・。201206041426496 201206041426497

膝を大ケガしていたにも関わらず、涙ながらに決勝戦への出場を直訴したD。ヘルニアを抱えながら歯を食いしばって試合に臨んだT。フォワード最前列で下級生をリードするH。キャプテンとしてチームを統率するR。秋まで出場出来ない大ケガを負いながらも、ムードメーカーとしてチームの雰囲気を盛り上げるN。2012060414264910 201206041426499 201206041528444

誰もがこの一戦に集中し、優勝を目指して、一つの塊となっていた。そこには、3年生も2年生も1年生もなく、チームのために自分ができることを出し尽くす姿があった。201206041528443

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この日の暑さにも負けないぐらいに、応援スタンドも熱かった。声を枯らして声援を送り続ける父兄やOB、同級生達・・・。息子達がひた向きにプレーする姿を見せられては、興奮するなというほうが無理というものだった。 Dsc_0001 Dsc_0002

チャンスでは「よしっ、イケ~~~~」「攻めろ~~~~」。ピンチになりかけると「止めろ~~~~」「頑張れ~~~~。負けるな~~~~」。そんな応援風景をスタンド最上段から見ているだけでも、心強かった。Dsc_0003 201206041426498

高校最後の総体に間に合わなかった次男だったけれど、率先して水を運んで仲間をサポートする姿には、手前味噌だけれど「ご苦労さん」と心の中で思った私。201206041547041 Dsc_0007

「骨折から復帰できたら、今度はお前が仲間を引っ張れ。お前の分も優勝してくれた仲間への恩返しだから・・・」と思いつつも、次男が試合に出場できない私を気遣ってくれた父兄仲間達の数々のご厚情にも感謝だった。「父母会のために俺ができることは、これからもがんばらなくっちゃ・・・」と改めて感じた私でもあった。201206041547042

優勝という功績もさることながら、次男はチームメイトの輪の中で、私は父兄仲間の輪の中で、それぞれに得たものが多かった水無月の高校総体good

2012年6月 4日 (月)

沈む

運命の高校総体決勝戦。優勝すれば、新人戦、春季大会と3冠を獲得し、東北大会への切符を手に入れる次男達。敗れれば、先輩達が築いてきた県内無敗の記録が途切れるばかりか、今秋の花園大会県予選に向けて相手を勢いづかせる結果になってしまう。

「神様、シジミ汁も飲みました。メガホンも買いました。どうか、ケガ人続出の次男達を勝たせて下さい。もしも敗れるようなことがあれば、本当に俺、沈む・・・」とそのことばかり考え、いつも以上に朝から落ち着かない今朝の私だった。

涼しい顔をして出社したけれど、部下B「おはようございます。昨日も試合ですかぁ」。私「おはよー。あっ、うん。今朝の新聞見たんだ?」。部下「新聞もそうですけど、部長の日焼けはいつもラグビーですよね」。私「よく御存じで・・・」。

部内で打ち合わせを行い、この日の予定を確認。いつもは最後に発言するのだけれど、この日は真っ先に「俺、今日は弘前方面に仕事が入ってるから、午前中に出掛ける」と私。先手必勝。決勝戦も必勝だぁ~。

そして、今日もグラウンドに来てしまった私。Yシャツにネクタイ、スラックス、そして黒い革靴の私・・・。とにかく暑っ!決勝戦に備えて練習する選手たちの姿を観ていると、一段とヒートアップしそうになるけれど、応援に集まりだした父兄仲間と会話することで、冷静さを取り戻した私だった。

父兄仲間は「今日はDが出場するかもしれない」「Tも出るらしい」と言う。おまけに「S(次男)も出場させるみたい」という話まで・・・。皆、ケガ人ばかりで、今大会は応援に回っていた3年生達だった。「あわわっ、マジか・・・。この決勝戦に懸ける監督の思いはそれだけ強いんだなぁ。出場できるものなら出場して優勝してくれ―」と願った私。

キックオフが近づき、伝統の赤黒ジャージにまとった選手たちが円陣を組んだ。噂通りにD君もT君も先発メンバーに名を連ねた。本来のフォワード第1列を組む、それはそれは頼りになる仲間達だった。靭帯を痛めて足を引きずってはいるけれど、この試合に懸ける闘志は人一倍強く見受けられた。次男は、伝統の練習用ジャージだった。あのギプスを装着しているうちは、やっぱり無理かぁ・・・。

スタンドの応援席には、月曜日にも関わらず多くの父兄仲間、ラグビー部OB達、父母会OB達・・・。凄い人数に膨れ上がっていた。みんな、仕事を抱えながらも、青森から遠く離れた大会会場まで足を運んでくれていた。後輩の応援のために来ていただき、それはそれはありがたいことだった。で、皆さん仕事はどうしたの?(笑)

そして何よりも心強かったのが、応援に来てくれた他部の生徒達だった。先生に引率された次男のクラスメイト達が前列に陣取って声援に来てくれた。正直、心強かった。

不安を抱えた私にお構いなく、いよいよ決勝戦のキックオフ。攻めて、攻めて、攻め抜いた。春季大会の決勝戦で大苦戦を強いられ、死闘を演じたとは思えぬほど、我が校はハツラツと、そして正々堂々と攻め抜いた。

立ち上がりの悪さから先取点を献上してしまういつもの悪癖もなく、ついに我が校から先制のトライが生まれた。「うぉ~」「キャー」と熱狂する応援スタンド。意気上がる選手たち。そして、一人で早くもウルウルする私。

なおも攻撃の手を緩めることもなく、さらに攻め続けてトライを重ねる我がチーム。相手校に得点を許すことなく、点差を引き離す。

「あっ、スゲー。うちのチーム・・・」。次男達チームメイトを信じてはいたが、正直なところ、その底力に驚いた。鬼監督に毎日毎晩しごかれているだけのことはあった。

トライするごとに、嬉しさとも感動とも感激ともつかぬ感情がこみあげて、けっして外見には出せないけれど、内心はグダグタの私だった。

私にすれば予想外の展開で、圧倒的に我が校がゲームを支配して前半を修了。後半開始までの束の間に父兄仲間と会話しながらホッと胸をなで下ろした私。こうなると、一刻も早くノーサイドの笛を聞き、試合終了にこぎつけてほしかった。

後半戦もピンチらしいピンチはなく、というよりもピンチになりそうな芽をことごとく摘むことで安定した戦いを続け、ほぼ完ぺきな試合内容。待ちに待ったノーサイドのホイッスルがついに吹かれ、24対7で優勝。「勝ったどぉ~♪」と父兄仲間と握手。こんな瞬間が訪れるとは、正直、夢のようだった。

私の心配をよそに、底力を発揮して、伝統を守ってくれた選手達。危機感をバネに、結束を固めてよく戦ってくれた。この日、会場に足を運んで下った人々、残念ながら試合には駆け付けられなかった父兄達、すべての人々にも感謝だった。

今大会には出場できなかった次男も満面の笑み。試合後に仲間の輪に入って、優勝を分かち合っていた。そして選手達の喜ぶ顔を見ていると、全身の力が抜けそうになるぐらいホッとした私だった。

優勝後の恒例の記念写真では、皆、満足そうな表情。選手達の笑顔が何よりも嬉しかった。高校総体でも優勝の記念写真を撮れて良かったぁ~。オメデトー、よくやった・・。Dsc_0028

優勝の嬉しさに浸っているわけにいかず、そろそろ会社に戻ることも少し考え始めていたら、父母会会長「今夜、いつもの場所に行きますかぁ(笑)」。私「ふふっ、勝っちゃったら、行くしかないでしょう(笑)」。

今夜は、嬉しすぎてビールに沈むことになりそうな、水無月の高校総体優勝の日crown

2012年6月 3日 (日)

多感な中年

高校総体2日目のこの日は、準決勝だった。急遽、メガホンを調達したこともあり、父母会応援グッズがますます多くなったけれど、応援席が盛り上がってくれるのなら、それはそれで良かった。

父母会の打ち合わせもあったため、キックオフの1時間半前に待ち合わせの場所に集合。日曜日だったことに加え、7月に開かれるラグビーカーニバルの打ち合わせを行う旨を事前に連絡していたため、昨日よりも多くの父兄が参加してくれたことには感謝だった。

打ち合わせも順調に終了し、腹ごしらえを済ませて、キックオフに備えた私達。指が骨折しているとはいえ、走ることだけはできる次男は、ケガ人グループの中でランパスの練習。右手のギプスは泥だらけだけど、仲間と楕円球をパスしている姿を見るのは悪くはなかった。

キックオフからノーサイドまでを1行で済ませると、55対0で勝利。201206031439591

201206031503411

試合経過を記載すれば長くなるので、超簡素化するけれど、セカンドジャージでは苦戦するというジンクスもなく、まずまずの試合。従来の先発メンバーも、ケガ人に代わって出場した選手達も、それぞれに頑張ってくれた。そして大きなケガもなく終了してくれたことにホッとした私だった。201206031520341

けれど、この日は個人的に反省すべきことがあった私だった。後半途中でビデオカメラのバッテリー切れが発生。「あらっ?バッテリーが切れたぁ・・・」。昨夜も充電したつもりが、不十分だったらしい。「あ~あ、今まではこんなことなかったのにぃ・・・」。中途半端な撮影になってしまい、私も心のバッテリーも切れた・・・。

明日の決勝戦の対戦相手を見極めようと、もう一つの準決勝戦を父兄仲間とともに観戦した私。先月行われた春季大会の決勝戦で死闘を演じた八戸●高校が、予想通りに圧倒的な勝利。なんと82対0。しかも、ケガ人は見当たらず、いつも次男達と戦っている選手達がトライを量産する様子を見せつけられる。想像はしていたけれど、明日の決勝戦はかつてない厳しい戦いを強いられる必至だった。

決勝戦が行われる明日は、なんと月曜日。当然のように仕事。父兄仲間には、「なんとか応援には来たいと思っています」とは言ったものの、何一つその保証はなかった私。希望的観測というやつだった。

別に私一人が応援席に居なくても、試合に与える影響は皆無だったけれど、今年も全試合を応援したい私。まして、ケガ人続出のチーム状態の中での決勝戦とくれば、何とか足を運んで見守ってやりたい。さて、どうしようか・・・。

一昨年秋から1年半、県内では無敗だった我が校だったけれど、敗戦という局面を迎えるかもしれない明日の決勝戦。今回ばかりは、弱気の虫を抑えきれないでいる私。息子達の底力を信じたい一方で、敗戦の場合の覚悟もしつつ、明日の応援をどうしようかと、多感な中年でいる水無月の決勝戦前夜wave

何とかする

骨折が治らぬまま迎えた高校総体。試合となると早く起床してしまうため、出発までの時間を長く感じた私。昨夜のうちに、父母会の応援グッズを積み込んでいたので、後はビデオカメラを積んで出発するだけ!

起きたばかりの奥さんに「もう出発したいんだけど・・・」と言うと、「試合開始まで、まだ5時間もあるけど」。はいっ、すみませんでした・・・。

軽い朝食を済ませ、いざ、会場へGO。天気は快晴、しかも無風。ナイスコンディションだぁ(笑)。いつものように、ゲンをかついで、昨夜のうちに愛車『ボクちゃん』も洗車済みっ!「おっしゃ~、行くどぉ~。待ってろ高校総体」。満を持して出発したつもりだったけれど、それでも今回もやっぱり早く着き過ぎた・・・。

試合開始に備えて練習する我が校の生徒達の姿を遠くに見ながら、顔見知りのスポーツ店の店員を見かけたので、私「おはようございます。何か手伝おうか?」。店員「おはようございます。絶好のお天気ですね。今回も優勝間違いないんじゃないですか?」。私「実は、カクカク、シカジカで・・・」とケガ人続出の現状を話すと、定員「えっ、それってマズイじゃないですか。でも、Y先生(我が校の監督)なら、何とかしてくれるんじゃないでしょうか」。私「そう信じてるんだけど・・・」。

キックオフの時間が迫るにつれて、父兄仲間の数も増えだし、あっちこっちで「おはようございます」「応援頑張りましょう」「何とか優勝したいですねぇ」などと会話が弾む。見慣れた光景だったけれど、今回はケガ人が多いこともあり、ちょっと悲壮感も感じた私だった。

ケガ人が居ようが居まいが、容赦なくキックオフの時間となった。円陣を組んで気合を入れる我が校。その輪の中に次男の姿はなかったけれど、「ケガ人の分も頼むぞ、みんなっ!」と仲間を信じた。そして、「どうか、もう誰もケガをしないでくれ・・・」とも願った私だった。201206021228511

相手は、我が校とともに、過去に何度も花園大会に出場していた県内の古豪。ここ数年は本来の強さは影を潜めていたけれど、あなどることのできない相手だった。

キックオフとともに優勢に試合を進める我が校。ケガ人に代わって先発した2年生達も臆することなくプレーしていた。次男は、ケガ人仲間とともにジャージを着ることもなく、グラウンドで戦ってくれている仲間をベンチから声援。プレーはできなくても、仲間を応援で助けることもいい経験だ。今は声援で頑張れ~。201206021228512

前半をリードして折り返し、ホッと一息。我が校の応援席を見渡すと、現役選手の父兄のほかにも、今春卒業したばかりの先輩(OB)や、父母会の先輩達も駆け付けてくれていた。ケガ人続出と聞き、後輩達を案じて駆け付けてくれることには、本当に頭が下がった。あざ~す。

後半戦もリードしたまま試合が進み、安堵感が広がる応援席。それでも、ノーサイドの瞬間までは何が起きるか分からないのがラグビー。「どうか、このままケガ人もなく、勝利してくれー」と念じながら、ノーサイドの笛を待った。201206021306081

そして、待ち焦がれたノーサイド。29対7で勝利。7点を与えたのはいただけないけれど、まあ消費税だと思うことにしとこっ・・・。

勝利の余韻に浸る間もなく、他校の試合を観戦することにした私達。特に、決勝で激突するであろうと思われるライバル校の試合を観ないわけにはいかなかった。

試合を終えた我が校の生徒達もスタンドに詰めかけて、ライバル校の試合ぶりをガン見した・・・。さすがにライバル校は、我が校以上の大差をつけて勝利していた。ケガ人もなく、相変わらずお元気そうな戦いぶりで何よりでございます・・・。Dscf0585

この日の全日程を終えた時間は、既に夕方5時。会場に残っている父兄仲間も数少なくなり、「じゃあ、明日また」と再開を誓い合って、帰途についた私達父兄。

帰りの車中で、奥さん「試合の最中に、みんなで言ってたことがあるんだけど」。私「何だ?俺の悪口かぁ?」。奥さん「選手達に声援が届くようにメガホンがあったらいいなぁ~って・・・。アンタ買えば?」。私「はぁ?俺?」。奥さん「だって、みんなが『あればいいのにねぇ』って言ってたし、アンタが買えば、みんな喜ぶと思うけど」。私「お、お、おぉ・・・。何とかする」Dscf0595

とりあえず、店に置いてあった分は全て買ってきた水無月の夜good

2012年6月 1日 (金)

頼みます・・・

今朝も次男を高校に送り届けた。今日は授業を受けずに、明日から開かれる高校総会に備えて会場入りをする予定になっていた。

校門に伸びる直線の通学路には、チームメイトの姿、姿・・・。私に気付いたチームメイトは、感心に笑顔で会釈をしてくれた。その中の一人に、私「おはよー。総体の優勝、頼むぞ―」。チームメート「はい、頑張ります」。次男「分かったって。もういいから早く先に行って」。私「おぉ」。

高校の生徒玄関に着き、私「(応援)」頑張れ」。次男「おぉ」。私「じゃあな」。次男「おぉ」。試合に出場しないことが分かっていたから、いつもよりも切なかった。次男も、ひょっとしたら同じ思いだったのだろうか・・・。

それでも、息子が試合に出場できない辛い想いを抱いた父兄と数多く接してきた。それと比例して、試合に出場できない歯がゆさを抱いている選手達の姿も数多く見て接してきた。その当番が私達親子に巡ってきただけのこと・・・。そう思うことにして、会社に向かった。

「明日からは最後の高校総体だ!」という不安と期待を抱えながら、超ビジーな仕事を終えて、帰宅すると、自宅は真っ暗。「次男は大会・・・。あっ、そう言えば奥さん飲み会だった・・・」Img_0317

急遽、コンビニへ弁当調達に走り、再び帰宅した後に、「なんとか優勝してくれぇ、みんな頑張れ~。頼みます、勝たせて下さい神さま・・・」。父兄仲間から預かった応援グッズを愛車に詰め込みながら、少しだけ明るい西の空に祈った水無月の夕方house

沈まないっ!

土曜日から始まる高校総体に向けて、明日(金曜日)から会場付近に泊まり込んで大会に備える次男達。もっとも次男は今大会には出場できないのだけれど、チームメイトと行動を共にしてサポート役に徹する予定となっていた。

大会に出発する前日の恒例行事のように、帰宅してスパイクを洗っては、新聞紙の上に乾かした次男。けれども明らかに、いつもに比べて洗い方は雑。しかも、擦り減ったスパイクのスタッド(ピン)を新品に交換することもなく、無造作に乾かされていた。

「試合に出場できないと、こうした手入れにも力が入らないんだなぁ・・・」と改めて無念さを実感することになった私だった。Img_0315

そんな中、長男が「シジミ貝を貰ったから、おすそ分け」と言って、大粒のシジミ貝を持って来てくれた。津軽半島の北端に近い十三湖(汽水湖)の特産品だった。

「シジミ貝の味噌汁にしてくれー」という私の要望に応じて、奥さんが味噌汁づくりを始めた。それはそれで、あざ~すだった。Img_0299

けれども、「それにしても、この時期にシジミ貝って、シズムかい・・・、沈むかい・・・。チーム内にケガ人続出で、マジに沈んでいる時に、縁起でもない・・・」。従来からのシジミ好きも手伝って、いつもなら大喜びの私だったけれど、この日は少し根性が曲がっていた私だった。

「沈まないように俺が何とかするっ!」と馬鹿な決意をして、シジミのみそ汁を飲んでやった。4杯も・・・。そして、シジミのみそ汁の鍋を空っぽにしてやった。日頃の肝臓への感謝も込めて、飲み干してやった。

我ながらワイルドだろぉ~と思った皐月の最後の日riceball

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