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2012年8月

2012年8月31日 (金)

純白

日曜日に日焼けしたせいで、浅黒い姿で仕事をこなした1週間も今日が金曜日。ここ数日は、顔の皮が剥け始めて、部分的なマダラ顔を余儀なくされていた。「今さら、ジャニーズ事務所のオーディションを受けるわけじゃないし、これはこれでワイルドなんだ」と無理やり自分に言い聞かせていた。

まだまだ日中は30℃超えの連日だったけれど、寝苦しい夜も幾分和らぎ始めた津軽だった。そんな昨今の夜に、窓の外を眺める機会が多くなっていた。

エアコンに頼り過ぎない!節電あるのみ!微風でもいいから、自然の風を屋内に取り込む!という意識に、痩せ我慢が加わって、居間の窓をOPENにするよう心掛けていた。もちろん、奥さんはというと、しかめっ面だった。

何気なく窓の外を見上げると、頭上には純白の月が毎晩煌いていた・・・。毎日見上げていると、火を追うごとに満月に近づいて行くのが分かった、私にでさえ・・・。

そして、「今夜が満月ですよー」とご教示下さった方がいらっしゃったので、今夜は頭上の月をガン見していた。私にガン見される月には気の毒だったけど、怒ることもなく今夜の月も煌々と煌いていた。Dsc_0011

仕事を終えて帰宅し、遅い夕食を摂っていると突然、ピンポーン。「誰だぁ、こんな時間に突然・・・」。よく考えると、大抵のピンポーンは突然に訪れるものだった。

玄関からは「宅急便です」。あっ、来た来た。ネットで注文していた、次男の白いラグビーパンツだった。Dsc_0014

現在履いている白ラグパンが洗っても洗っても汚れが落ちず、見かねた奥さんが「新しいのを買えば?ただし、安いヤツを!」という命令が下ったので注文しておいたものだった。

今は純白のラグパンも、今後は練習や試合を重ねるごとに土や草の色に染まっていくことになる運命だった。どうせなら、国体開催地・岐阜の土と芝と色、風の匂いを存分に染み込ませてほしいなぁ・・・と純白の月に願った葉月最後の日fullmoon

2012年8月30日 (木)

夜の訪問者~♪

8月も終わりかけているというのに、連日の暑さ。どっかの避暑地にでもエスケープしたいなぁと思っていた矢先に、知り合いから電話があった。

相手「夜間見学会があるんだけど、来ませんか?」。私「行った方がいいですかぁ?」。相手「できれば・・・」。私「夜間だと、涼しいかもねぇ(笑)」。相手「日中よりは・・・(笑)」

というわけで、その夜間見学会に行くことになった。何の見学会かというと、白神山地の麓に建設中の『津軽ダム』の工事現場だった。仕事柄、何度も足を運んだことはあったけれど、夜間は初めてだった。

この津軽ダム。数十年前に建設された『目屋(めや)ダム』の直下に、国土交通省が建設を進めているダムで、目屋ダムの貯水容量が不足しているため、もっと大きなダムを建設しようという事業。①岩木川の洪水被害軽減②水道水の供給③工業用水の供給④農業用水の確保⑤岩木川の流量確保⑥水力発電―を目的とするダムで、2016年度の完成を目指していた。よく予習したから、知っていた(笑)。

仕事を終えて、愛車を白神山地の方向に走らせて集合場所に到着。見学者向けの大型バスに乗り込んで、ダムの見学現場へ。膝の上には、手渡されたヘルメット。Dsc_0070

煌々と照らし出されたダム建設現場は、綺麗~♪とさえ思えるものだった(写真では上手く写っていないけど・・・)。ダンプカーや重機、そして作業員が寸暇を惜しんでコンクリートを打ち込んでいた。日本の土木技術って凄い・・・、改めてそう感じた私だった。Dsc_0022 Dsc_0032

工事現場で活躍する大型ダンプカーに試乗する人、ダムの骨材(コンクリートを造るためにセメントと混ぜる石や砂)に使用する石に記念のメッセージを書き込む人など、参加した人々は、思い思いに夜間見学会を満喫していた。Dsc_0045

ちなみにもこの大型ダンプカーは、1台の価格が1億円。タイヤ1本のお値段は、なんと100万円。一般道を走行することはないので、ナンバープレートはなし。運転免許も不要。これに乗って出勤したい~♪Dsc_0047

「この石がダム本体の一部になるんだぁ・・・」と思い、せっかくなので私も記念に骨材にメッセージを書き込んでみた。Dsc_0069

「コンクリートから人へ」「脱ダム宣言」など、ダム建設を始めとする公共工事にとっては逆風の時代だけれど、今夏のような猛暑の時だからこそ、将来は『津軽の水瓶』となる津軽ダムの完成には期待していた。Tsugaru_dam               津軽ダムの完成予想図

「早く津軽平野から洪水が減り、水不足が解消されてもらいたいなぁ」と思いながらヘルメットを脱ぎ、この日の「夜の訪問者」の任務を終えた葉月の夜wrench

2012年8月29日 (水)

AKITAスピンオフ版

国体出場を賭けた東北ミニ国体(8月17-19日)から10日が経過し、9月から始まる花園大会県予選会と、10月に行なわれる岐阜国体に心が向いていた私。今年はNHK杯とミニ国体の両方が秋田市内で行われ、いずれも選手達は結果を残してくれた。その意味では、秋田は良い思い出が多い場所だった。

そのミニ国体の応援のため、試合前日に秋田入りした私(達)。試合前日の練習を観たい私と相反して、奥さんは観光気分。意見が分かれた時は私に分があるはずもなく、練習見学を断念し、秋田市行きを目指していた愛車のハンドルを右に切った。

そこは八郎潟。かつては国内2番目の面積を持つ湖で、干拓によって広大な農地となったことなど詳しく記す必要もないほど有名だけれど、何度訪れても広大な農地が広がり、北海道の大地を疾走しているかのような感覚。Img_0588

やがて、「道の駅おおがた」。産直施設内には近隣で採れた多くの野菜や果物。車中では「暑い、暑い」を連発していた奥さんだけど、別人のようにハツラツとして買い物開始!ガッツリと野菜を買いこんでいた。Img_0589 Img_0590

「野菜なら青森にもあるのに・・・」と思ったけれど、黙っていた。ところが、ここで買ったミニトマトの甘いこと・・・。これほど甘いトマトにはもう巡り合えないかも・・・と思うほどの甘さだった。もっと買っときゃいいのに・・・(笑)。

屋外には、干拓に尽力した先人を顕彰する銅像。奥さん「この場所でいいかなぁ?」。写真撮れってことか・・・。Img_0591

愛車を更に西へ向けると、男鹿半島の先端にある入道崎。ここを訪れるのは3~4年ぶりぐらいだろうか。 Img_0602_2

早速、「はい、写真お願い」「こっちも撮ってぇ」と催促が・・・。兄弟や姉妹との再会ってところかぁ・・・、いずれも、よく似ていらっしゃることぉ~。Img_0593 Img_0594

昼食を摂った後、しばらく付近を散策したけれど、暑さのせいか奥さんは次の場所へ行きたい様子。せっかく来たのに・・・。「俺も1枚撮れっ!」Img_0599

秋田市内に進路を向けると、次に立ち寄ったのが「道の駅てんのう」。高さ役60mのタワーがそびえ、綺麗な庭園も備えた「道の駅」だった。この日は展望タワーが無料だというので、奥さん「Go!」。Img_0610

歳を重ねるに従って高い場所が苦手になっていた私は「俺、下で待ってよっかなぁ・・・」。やんわり拒否しようと思ったけれど、奥さん「誰が写真撮るの?」Img_0605

展望室は、高くて怖いやら、暑いやら・・・。ここから眺める日本海と男鹿半島は確かに綺麗だったけど、適当に写真を撮って、速攻で下界に降りた私だった。Img_0607

やっとの思いで下に降りると、そこに待っていたのはソフトクリーム売り場。買わされた・・・。「がんばろう東北」、そして「がんばろう私」。『キャラメル味』のソフトクリームは確かに美味しかったけど。Img_0609

実は翌日、再びここで同じソフトクリームを買わされた。そのことも忘れずに記しておくことにしよう・・・。

道の駅てんのう」を出発すると、目指す秋田市内はもう目の前。嬉しい~、もう「道の駅」に寄らなくても・・・。

あらっ、「道の駅あきた港」・・・。ここのポートタワーは地上100m。以前に上った時は、足がすくんで動けなかったタワ―だった。Img_0614

ここだけはスルーするに限る。どうか気付かないでくれぇ。奥さん「ここは寄らなくていいから」。ホッ・・・。助かったぁ~(笑)

翌日、国体出場を決めた嬉しさの反面、二日酔いと疲労と暑さでグッタリしながら青森への帰路を急いだ私。車内では、次男も奥さんも熟睡なさっていらっしゃったけれど、「道の駅」が近付くと不思議に目を覚ます奥さんだった。良い性格をなさっていらっしゃること・・・。

道の駅ふたつい」「道の駅たかのす」も当然のように立ち寄って、安い土産を物色する奥さん。Img_0633 Img_0585

試合での良い思い出と共に、「道の駅」がちょっとだけ飽きた葉月の秋田路rvcar

2012年8月27日 (月)

躊躇

昨日の日焼けにも負けず、残暑にも負けず、ブルーな月曜日にも負けず出社した。

浅黒い顔だったので、出社してすぐに笑われたけど、慣れっこだった。

部下B「いつも日焼け対策はしないんですか?」

私「そんなもん、しない」

部下B「ヒリヒリしませんか?」

私「ちょっとだけ・・・。でも、去年までと違い、水膨れはできてないから~。俺って毎年進化してるかも(笑)」

この歳で進化など有り得なかった。退化はしても・・・。Dscf0774

帰宅し、夕食の食卓に座ると焼き魚があった。尻尾が少し黒く焦げていた。心なしか他人とは思えなかったので、食べるのを躊躇した葉月の夜fish

2012年8月26日 (日)

楕円球の軌跡

花園大会県予選会の組み合わせも決まり、1週間後には県予選会がスタートする時期を迎えていた。花園出場を賭けた最後の戦いの開幕直前だった。

各校とも対戦相手が概ね定まりつつある中、県予選会に標準を合わせるように、今日は市内のスポーツ公園で練習試合が急遽組まれた。炎天下が予想されたけれど、次男と、親友Yを乗せてグラウンドへ向かった。Dscf0779

まだ父兄の姿はなかったけど、ギラギラした日差しの下で、試合が始まるのを待った。日傘など持ち合わせるほずもなく、タンクトップと短パン姿。手には、ポットボトル2本と必勝オニギリ2個。それだけで十分だった。

この日の公園内では、少年野球や少年サッカーの大会も開かれていたため、チビッ子を応援する若いパパさんやママさん達が数百人・・・。それに比べて、ラグビーグラウンドにいる父兄の姿は、中年の私一人だけ・・・。別に一人でもいいんだけどさぁ・・・。Dscf0781_2

参加した高校間で20分ハーフの試合が何試合も続けられ、観戦する私にとっては退屈している暇もなく楽しいひととき。いつしか父兄仲間も数人集まり出し、炎天下の下で一緒に観戦していた。 Dscf0791_2

8月末の津軽だというのに、この日の暑さもいつしか30℃を超え、黙っていても全身から汗。手足の汗は蒸発して塩に・・・。まっ、息子達は同じ暑さの中を走り回って、ぶつかり合っていることを思うと、私の暑さなど大したことではなかった。でも暑かったけど・・・。Dscf0788

今日の次男はというと、正直なところプレーが冴えなかった。ボールが手につかず、ポロリ、ポロリと落としていた。汗でボールが滑るなら、条件は皆同じ。国体出場が決まったことで、集中力が欠如したか?引きしめないと・・・。Dscf0790

4時間にわたって続けられた今日の練習試合。すべてが終わった頃に、父兄仲間から「〇〇さん(私)、焼けましたねぇ(笑)」と言われたので、自分の手足を見て、「ちょっと焼けたかも(笑)。まっ、こんなもんでしょ」と豪快に笑って颯爽と帰宅した私。

「ただいまー」と次男と二人で帰宅した私に、奥さん「練習試合って、アフリカでやったんだっけ・・・?」

「バカなことを言いやがって・・・」と思い、シャワーを浴びに浴室に入ると、そこには真っ赤を通り越して、全身が真っ茶色の私の姿。特に、顔はチョコレート色。美味しそう過ぎる~♪多少は覚悟の上ではあったけれど、そこまで焼けたかぁ(苦笑)。Dscf0783_2

こうして次男達のラグビーチームを追い掛けて、時間と精力を注ぎ込んでいられるのも、残すところ最長でも3か月間だけ。この身が茶色く焦げようと、来年はどこか壊れていようとも、残る3か月間だけは楕円球の軌跡を追い掛けていこうと決めている葉月の午後sun

2012年8月25日 (土)

パチパチ

夏の甲子園も終わったというのに、この暑さってどうなんだろ・・・。

30℃まではギリギリ許すとしても、30℃をオーバーした分の温度を何とか冬場に蓄えておいてほしいものだと常々思っていた。

その甲子園に本県代表として出場した光星学院高校(八戸市)。去年の夏は準優勝、今年の春も準優勝、今年の夏こそは・・・、と150万人の県民が固唾を飲んで見守っていた。サッカーファンも相撲ファンも、そしてラグビーファンも、高校野球に連日見入っていた。

今年の夏も準優勝・・・。

決勝戦で優勝を逃した直後は、「あ~、くそー、勝てなかったかぁ・・・。また準優勝かぁ・・・」という思いが心の大半を占めていたけれど、時間の経過と共に、「でも、やっぱり凄いことだよなぁ。よくやった、よくやった。3大会連続で決勝戦を戦い、全国の球児の中で一番最後まで野球ができたんだから、立派、立派・・・」。そう思うようになっていた。

準決勝が行われた日に、光星学院高校のお膝元の八戸市に出張する機会があった。ふと立ち寄ったショッピングセンターには、パブリックビューイングとは呼べないほどのテレビ観戦スペースが設けられ、多くの市民がオラが高校の戦いに声援をおくっていた。Dsc_0003

ヒットを打つたびに「おー、いいぞー(パチパチ)」「よしっ!(パチパチ)」。相手をアウトにするたびに「ナイスー(パチパチ)」「その調子ー(パチパチ)」

1年半前に大震災と大津波に襲われた八戸市。その復興のシンボルのような球児たちに対して、多くの市民が、そして多くの県民が声援をおくっていた。

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悲願は叶わず、深紅の優勝旗は今年も青森に来ることはなかったけれど、球児の準優勝に今もパチパチしている葉月の午後baseball

2012年8月23日 (木)

終わりの始まり

今年10月に岐阜で開催される国体出場を決めた青森県チーム。そのことを喜ぶ時間は余りに少なかった。花園大会に向けた県予選会の抽選が行われたのだった。

今年6月の高校総体を制していた我が校は、スーパーシード扱いとして準々決勝から出場するのだけれど、当然、どんなトーナメントになるのか関係者の誰もが気になっていた。

抽選会の様子がニュースで放送されることを知っていたので、出社前に録画のタイマーをセット。仕事中に父兄仲間と情報交換しながら、トーナメントの行方を気にかけていた。

帰宅後、録画しておいた抽選会の様子をガン見。どこのチームも強く感じる・・・。でも、息子達を信じて、再び応援役に徹しよう。信じることしかできないし・・・。

我が校のキャプテンRは、テレビ局のインタビューに対して、「気持ちで圧倒するのが自分達のラグビー。優勝するのが最低条件、花園で結果を残すことが目標なので、しっかりと予選を勝ち上がりたい!」

そっ、その通りっ!先輩達に続いて2年連続14回目の花園へ行くぞー、絶対に!

青森県チームとして国体出場を目指したチームメイト達も、ここからは再びライバルに戻る。皆、各校のチームに戻り、花園を目指してしのぎを削ることになる。

そして、ここからは負けた時点で次の大会も次の試合もなく、高校ラグビー生活に幕を降ろす。まさに、終わりの始まりだった。Img_0629

最後の最後に万全で戦うためにも、ここからのケガは致命傷であり、命取り。花園大会の県予選会の期間中に行われる国体では、誰もケガせず、そして勝ってほしいと二兎を追っている葉月の夜fish

2012年8月22日 (水)

やってまれ

猛暑の中での国体予選。普段は赤黒のジャージに身を包み試合に臨む次男達だけれど、この日は白地に赤緑の青森県チームのジャージ。胸の『全青森』の文字がちょっと眩しかった。

次男は普段のポジションとは左右が入れ替わり、2年生の時までこなしていたポジション。背番号も2年生の時まで背負っていたものだった。懐かしい・・・。

センターライン付近に整列する両県チーム。対峙する岩手県チームは、鮮やかな真っ赤なジャージ。白と赤の激突の時が迫り、両県とも円陣を組んで気合い注入!次男達は、全青森チーム伝統の「やってまれ、やってまれ」の雄たけびを上げた。201208190958172 201208190958173

レフリーのホイッスルが吹かれ、いざキックオフ!おっしゃ~、行ったれ~。

キックオフ直後は単純なミスもあり、落ち着かない試合展開が続いたものの、ついに我が校2年生のTが中央に初トライ。さらに親友Y君も左隅に飛び込んでトライを上げるなど、攻めの姿勢を貫いた。

これで落ち着きを取り戻した青森県チームは、前半を17対0で折り返す。欲を言えば、もう1本トライを上げたかったけどれど、二日酔いの私にそれを言う資格はなかった・・・。

次男も序盤こそ多少緊張感が見て取れたものの、試合の経過と共に徐々に動きが良くなっていた。「150万人の青森県民のために頑張れ」(大袈裟ですけど・・・)とスタンド最上段で見守った私も、次男の調子に比例するように、やっと少しだけ具合が回復しかけていた。201208191013071_2 201208191013072 201208191013077

ハーフタイムでは、青森県チームのスタッフを務める県内各校の先生達が水を運んだり、選手達にコールドスプレーを吹きかけたりと、選手達の世話に余念がなかった。普段はライバル校の監督達だったけれど、国体出場のためには青森県チームとして一枚岩となって結束力を発揮してくれる姿には感謝だった・・・。201208191040175

残暑がいよいよ厳しさを増す中で、後半戦のキックオフ。数名の選手が入れ替わった。この暑さと疲労を考えると、スタメンで出場した選手の交代は当然だったし、ベンチ入りした選手にできるだけ経験を積ませることも大事だった。交代で試合に出る選手達もスタメンで出た選手と実力差はなし。思い切ってガツンと行ったれ~。

次男は後半もそのまま出場だった。試合に出たくても出られない選手達の分も、倒れる寸前まで頑張り通せ。文字通り、「やってまれ、やってまれ」の思いの私だった。201208191040172_3201208191040171_3201208191040173_3      

後半も果敢に攻め込み、固いディフェンスで攻撃の芽を摘む青森県チーム。しかし、岩手県チームも盛岡工業高校、黒沢尻工業高校、黒沢尻北高校を中心に構成するだけあっけ、我々が思い描くような展開は許してくれない。そんな状況の中、キャプテンRが持ち前の闘志と俊足を活かしてトライ。意気上がる選手達、そして応援席。「いいどぉ~、R~」

次男の後半の戦いぶりは、前半以上だった。モールで牽引し、ラックの中で下敷きになりながらボールを出し、ラインアウトを制し、タックルに入っていた。やれば出来るんじゃん。できれば、次の試合は、後半を先にやってから、前半をやってもらいたいと思ったバカな私だった・・・。201208191040174_3201208191040176_2201208191040177_2         

やがて、ノーサイドのホイッスルがグラウンドに響き渡り、試合終了。再びセンターライン付近に整列し、相手の健闘を称え合う両チーム。いつ見てもいい光景。これこそが「ノーサイドの精神」だ。201208191040178201208191040179 

見事に国体出場を決めてくれた青森県チーム。普段はライバル校の選手達も国体までは仲間。さらに全員で磨きあげて、青森を、そして東北を元気にしてほしいと思った私だった。20120819104017122012081910401710_2 

表彰式。惜しみない拍手の中で、キャプテンRに賞状が授与された。その様子を黙って見守っていたら、ホッとしたせいかドッと疲れに襲われていた私だった。

次男と奥さんが愛車の中で爆睡する中、「あぁ、良かったぁ。戻ったら国体出場を報告できるぅ・・・」と思いながらも、睡魔と大決戦しながら秋田を後にした葉月の良き日run

2012年8月21日 (火)

3拍子

残暑厳しい中で行われた岐阜清流国体(10月5日~9日)東北ブロック大会。東北6県から国体に出場できるのは2県だけ。何としても国体出場権を勝ち取ってほしくて、大会前日の土曜日に秋田入りした私。

前日に秋田市内へ入ったからといって、何のプラスになるわけでもなかったけれど、試合が9時キックオフだったこともあり、「こりゃ、やっぱり前日のうちに行かないと、間に合わなかったら大変だ」という危機感と、「もう試合前日から応援に来てるぞー。こっちも気合入ってるぞー」という思いを選手達に伝えたくて、前泊とした。

当然、東北ブロック大会はラグビー競技だけではなく、すべての競技が秋田市内で行われるため、ホテルを予約するのが超難儀だったけれど、仕事そっちのけでホテルの空きをチェックした甲斐もあり、ゲッツしていた。

秋田市内のホテルにチェックインしたのは夕方5時過ぎ。明朝の試合に備え、早目に夕食を済ませようと思い、奥さんとホテルの近くへ外食に出掛けた。明日の勝利を信じて一人で乾杯し、そろそろホテルに戻ろうかという時に携帯電話が鳴った。あっ、父兄仲間のAさんだ・・・。

私「もしもし・・・。おーす(笑)どうしたの?」。Aさん「今、どこ?」。私「秋田・・・」。Aさん「俺も~」。私「ははは~、〇〇(店名)でちょっと早い祝杯をあげてる」。Aさん「俺も行く~」。奥さんを先にホテルに戻し、合流したAさんと再びちょっと早い祝杯。明朝の試合に備えて、今夜は1杯だけで済ませるつもりだったのに・・・。

祝杯が進む中で、再び携帯電話が鳴った。そして、別の父兄仲間Tさんと再び同じ会話・・・。そして、再び合流・・・。大事な試合を翌朝に控えているからこそ、前泊までして体調を整えようとしたはずが、次々に空になるビアジョッキ・・・。Img_0615

翌朝は、さすがに二日酔いとは言い出せず、元気に朝食を食べる奥さんの横で、渋いお茶を飲んでいた私に、また電話・・・。当日に会場入りする父兄仲間達からだった。「もう会場に着いたんだけど、何処に居るの?」「もう会場に来てますかぁ?」「スタンドのどっち側に居ればいいかなぁ?」

まだホテルで死んでます、とは絶対に言えなかった私・・・。「ガッツリと朝食を摂って、応援に備えてます。今、ホテル出まーす」

グラウンドに着くと、夏空がやけに澄み渡っていた。そして、「これでもか!」というくらいに朝から容赦なく夏の日差しが照りつけていた、私を・・・Img_0625

「マズイ、疲労と暑さと二日酔いの三拍子揃ってる・・・。このままじゃ、選手を応援するどころか、俺が応援されるかも・・・」と思い、ひたすら水分補給を繰り返しながら、キックオフ前の練習を見つめていた葉月のキックオフ直前sun

2012年8月19日 (日)

4行day

『平成24年度国体東北ブロック大会』兼『第39回東北総体』のラグビー競技少年の部。201208190958172

応援の甲斐あって、全青森チームは全岩手チームを29対0で退けて国体出場が決定。2012081910401710

厳しい残暑の中、よくやった選手達。岐阜での国体にも応援に行ったるどぉ~! 2012081910401711

嬉しさと疲労で4行しか入力できない葉月の夜scissors

2012年8月18日 (土)

再南下

明日の東北総体に向けて、今日中に秋田入りすることにした。2か月ぶりの秋田だった。

奥さんは旅行気分・・・。置いていきたいけど、大蔵省がいないと行けない私・・・。

残暑の中を秋田に南下するのは辛いけど、何としても朝早い試合に間に合わせて応援したい身としては、秋田市内に前泊することにしていた。

勝てば「岐阜清流国体」に出場。負ければ・・・、それは考えないことにした。勝ってくれるさ、きっと・・・。2012.8.18に撮影した【又左衛門】さんの【空き地1】での写真です。

どっか1か所ぐらいは観光地に立ち寄ってやるかぁ・・・と思いつつ、青森を発つ葉月の午前10時watch

2012年8月16日 (木)

默曜日

お盆休暇も今日が最終日。明日の出勤を思うと朝からブルーだったけれど、そのブルーな気持ちを払拭しようと、次男達の練習を見学することにした。

週末に秋田で始まる東北総体出場のため、青森県選抜チーム(オール青森)の一員として次男達は今日から再び強化合宿に入っていた。東北6県の中から2県だけが国体出場の切符をゲットできるため、その2県を決めるための大会だった。

合宿地のグラウンドは人影もなく、ひっそり。「お盆期間中だし、皆さんお忙しいんだろうなぁ・・・。暇な奴と言えば俺ぐらいだろうなぁ・・・。それに、我が校ラグビー部の練習じゃなくて、オール青森の練習だしなぁ・・・」などと思いながら待っていると、選手達がグラウンドに登場しはじめた。

我が校から約15人、他校(4校)からも約15人の合計約30人がオール青森の構成だった。「○○高校の△△君は相変わらずデッカー」「◇◇高校の□□君は走るの早っ」Dscf0761 Dscf0763

県内の試合ではライバルとなる他校の生徒も、「オール青森」という一つのチームの中では仲間。心強かった・・・。Dscf0768_2 Dscf0770

次男はというと、私との約束を守らず、早くも秘密兵器2号をデビューさせた。しかも、泥んこになって・・・。あれほど、「新しいスパイクは当面、試合の時にだけ履け。練習は重いスパイクで頑張れ」って言ったはずなのにぃ・・・。

「こらぁ~、まだそれを履くんじゃない!」と大声を出せるはずもなく、秘密兵器2号が泥まみれになっていく姿を見守るだけの私・・・。あぁ、あ、あ・・・。Dscf0769 Dscf0771

それでも夕方まで練習を見終えて、ご機嫌で帰宅した私。「さて、土曜日の秋田での応援準備でもしよっかなぁ~」とビデオカメラの充電をしようしていた私に、「ところで明日の出勤の準備はいいの?」と奥さん。

あっ、明日は出勤・・・。クリーニング屋さんに背広を取りに行かないと・・・。「あぁ」と言ったきり、黙って出勤準備に切り替えた葉月の木曜日sandclock

2012年8月15日 (水)

分割で

次男が「電器店に乗っけていけ」と言ったので、希望通りに電器店に出掛けることにした。どうせ自分でも暇だったし・・・。

電器店に向かう車中で、私「で、何か買うのか?それとも下見か?」。次男「うん、ちょっと」。

電器店に到着し、二人で店内へ。店内を進むに従って、次男の魂胆が分かった。

そう言われれば、「携帯の充電が上手くできない」と最近しばしばつぶやいていた。私に聞こえるように・・・。Dsc_00022

今度は、ちゃんと『スマート』にメールを返信してくれるだろうか・・・・と疑心暗鬼な私。

買わされたのは『スマート』だったけど、支払いはスマートに現金でとはいかず、分割払いの手続きを進めていた葉月の午後mobilephone

2012年8月14日 (火)

報告

今年は、奥さんの実家の墓参りへ先に行ったため、自分の実家の墓参りが今日になっていた。一時退院していた母が「何時頃来る?」と朝から電話をよこした。早く来いということか・・・。

実家に着き、亡き父の墓前に現況を報告した後、一時帰宅を許された母達としばし談笑した私達。長女の家族も連れて行ったため、7歳様と4歳様は、田舎の広い家の中を大はしゃぎで駆け回る。今日は大目に見て下さい、仏様・・・。

ふと、裏の畑が見たくなった私は、一人で実家の周囲を歩いてみた。母が入院していたせいで、裏の畑は荒れていたけれど、懐かしい景色を目に焼き付けられた。Dscf0754

帰宅するという時に、「コレ持って行け」と言う母。ビールやらリンゴジュースやら・・・。青森市内でもビールは売ってるぞ、と言いたいところを抑えて、もらって帰ることにした。

Dscf0755

母は、次男が元気に部活を続けていることが嬉しかった様子で、「今度は国体なの?」「また大阪(花園)に行けるの?」としきりに聞いていた。

再び明日は病院に戻る母。後日、良い報告を届けてやりたいと思った葉月の墓参りapple

2012年8月13日 (月)

夕暮れ時

墓参りのため、昨日から奥さんの実家へ行った私達。奥さんの実家がお墓を新調したため、今年は順番を変えて、私の実家の墓参りを後にした。

昨日の暑さから一転、朝から降雨に見舞われた。50年以上も墓参りしているけれど、雨の中の墓参りは記憶がなかった。雪よりはいいかぁ・・・。

墓参りから帰宅すると、部活のない次男が暇を持て余しはじめた。部活で消費するはずのエネルギーも時間も消費できず、居間と2階をウロウロしていた。

私「ほいっ、これ使え」。次男「ん?あっ、前のと同じじゃん。サンキュー(笑)」Dsc_0005

今週末に秋田市内で開かれる第39回東北総合体育大会(ミニ国体)で、是非とも国体出場を勝ち取ってもらいたかったので、このタイミングで秘密兵器2号を渡すことにした。Dsc_0001

やっと普通の高校生として夏休みを過ごしているにも関わらず、また部活のことを思い出させてしまった私。明日は部活のことには触れないで過ごそうと心に決めた葉月の夕暮れ時cancer

2012年8月12日 (日)

2号

残暑の中、連日繰り返されていた次男達の部活も明日と明後日は休み。花園大会の出場切符を勝ち取るためとはいえ、残暑の中での連日の部活はご苦労さまだった。

高校生活最後の夏休みだったけれど、部活、遠征、合宿の次男達。この頑張りが、花園に続く唯一無二の道だと信じ、次男達には頑張ってほしかった。

何度か記したように、秘密兵器がボロボロになり、重くて気に入らない古いスパイクで部活に励んでいた次男。てっきり、そう思い込んでいた。けれども、次男はその重いスパイクをよっぽど履きたくないのだろう。下駄箱の奥にしまっておいた別の古いスパイクを持ち出して練習を繰り返していた。

そのスパイクも、だいぶ以前にボロボロになり、お役御免になっていたものだったけれど、秘密兵器のボロボロ具合に比べれば、まだマシという判断なのだろう・・・。

①秘密兵器=ボロボロで履けない②重いスパイク=履きたくない③別の古いスパイク=ボロボロだけど、秘密兵器よりはマシ―の三択の中から、③をチョイスしたのだろう。足元の重さがプレーに影響を及ぼすことは理解できるけれど、②がちょっと可哀想・・・。Dsc_0002_2

そして、最登板した③も見事に大破し、ビニールテープでグルグル巻きになって帰宅してきた。あぁ、ここまで使ってもらったかぁ・・・、秘密兵器ともどもご苦労様でした。

選択肢が無くなった次男は、ついに重くて履きたくないスパイクで練習に励んでいた。重いスパイクで練習を繰り返し、少しでも脚力がつけばいいな~という私の魂胆は結実しかけていた。Dsc_0004

「あとは秘密兵器2号をどのタイミングで投入しようかなぁ・・・」と思案している葉月の朝shoe

2012年8月11日 (土)

備えあれば

今日から実質のお盆休みだった。嬉し過ぎて、5時に目覚めた。加えて、我が家は霊園の近所に建っているため、13日を待たずに墓参りする人の線香の臭いや、お経の声などで、毎年この時期は早朝から眠っていられない状況だった。

それでも、休みは単純に嬉しかった私。休暇初日のこの日は予定もなかったため、「オリンピックか高校野球でも観て、ゆっくりしよっ!」と思いながら朝刊に目を通した。まだ、誰も起きてこなかったので、新聞の折り込みチラシにも目を通した。

それでも誰も起きてこないので、「もう起きろ~」。その一言が間違いだった。朝から掃除をするはめになった・・・。私より2日も早く休みに入っているのだから、やっておいてくれればいいものを・・・。

愛車のタイヤの減りが気になっていたため、午後はタイヤショップへ下見に行くことにした。擦り減ったタイヤが原因で事故につながってはマズイ。珍しく「備えあれば憂いなし」を実践しようとしていた私だった。

タイヤを買うとは言っても、若い頃とは違い、大切なのはメーカーでもなければ、ブランドでもなかった。ズバリ値段だった。コスト最優先でタイヤ選びをしたけれど、予想していた価格よりも一様に高め・・・。「あっ、高~。こうなれば奥の手を使うしかないかぁ・・・」。

奥さんに登場願った。値段が下がった。というよりは、下げさせたぁ。さすがだぁ・・・。Dscf0752

備えあれば憂いなし、同乗させてきて良かったぁ~と思いながら、新品タイヤで帰宅した葉月の夕方rvcar

2012年8月10日 (金)

8の日

ロンドンオリンピック・・・。当然のように毎晩観ていた。一喜一憂しながら・・・。

そして日。来るべき日が来た。

女子レスリング。伊調(妹)、小原(姉=旧姓・坂本)。

二人とも戸市出身。それぞれに姉妹で過去何年にもわたって切磋琢磨してきたアスリートであることは県民の誰もが知っていた。

詳しく触れる必要もないほど、両姉妹の活躍をメディアが報じてくれていた。

ただ単純に「おめでとう~」(o^-^o)そして、「ありがとう~」(*^-^)

正直、スカッとした。「みちのくPOEWR」「青森POWER」だぜ~♪

こんな時だけ、自分勝手に県人の恩恵にあずかって祝杯を重ねてしまった私。Img_0583

単純に、〝さっぱり〟した葉月の五輪DAYbeer

2012年8月 8日 (水)

祭りのあと

毎年楽しみにしていた青森ネブタ祭りが昨日で終わり、津軽はお盆に向かっていた。Dsc_0030 Dscf0693

祭りが終わった青森市内は、いつもの平穏な日常に戻っていた。そして、私も祭りが終わった虚脱感と淋しさ、疲労感と格闘しつつ、仕事に戻っていた。Dsc_0037 Dsc_0079 Dsc_0035_2

6日間の運行が幕を閉じて、その役目を終えた主役たち。Dsc_0024 Dscf0636 Dscf0630

昨日のうちに解体されたもの、来夏まで館内で展示されるもの、他県のネブタ祭りに引き取られるものなど、その行く末はさまざまだったけれど、どれも短い津軽の夏を彩ってくれた。感謝だった・・・。Dscf0710

長男の娘(1歳様)は、今年が本格的なネブタ祭りデビューだった。怖がる様子もなく、ネブタ祭りの囃子に合わせて沿道で跳ねて(正確には屈伸)していた。津軽の血は引き継いでいるようだった。初めて体験する花火の爆発音は、相当怖かったみたいだけど・・・。Dscf0672 Dscf0722_2

祭りが終わり、残暑に見舞われた津軽。早く涼しくなってほしいなぁという気持ちと、冬に向かうのは嫌だなぁという思いとが錯綜しつつも、来年のネブタ祭りに思いを馳せている、葉月の祭りのあとfish

2012年8月 7日 (火)

行く夏 来る秋

今年は一度も跳ねることなく、見るだけの青森ネブタ祭りが、きょうの昼運行でついに閉幕した。Dsc_0002

ネブタ祭りの閉幕。そのことは津軽の短い夏の終わりを示唆していた。Dsc_0006

と同時に、そぐそこまで秋が忍び寄っていることも事実だった。Dsc_0010いつもは勇壮なネブタ囃子も、祭り最終日ともなると寂しく感じられた。参加していた幼児の表情も、どことなく寂しげに思えた。Dsc_0014

行く夏を惜しむようにして、昼間のネブタ運行をチラ見したこの日。最後の1台が国道を曲がり切るまで後姿を見送っていた。Dsc_0017

国道の曲がり角の先に走って行けば、まだ夏が残っていそうだったけれど、それはやめて、秋を迎える腹を括った葉月の祭り最終日snail

2012年8月 5日 (日)

木陰にて

今日も行ってきた夏季強化合宿。岩木山の麓とは言え、昨日のような爽やかな風もなく、ひたすら照りつける夏の日差し。34℃なのか、35℃なのかは分からなかったけれど、そんなことはどうでもよかった。ひたすら暑かった。Dsc_0017 Dsc_0015

炎天下にも関わらず、グラウンドでボールを追いかける高校生達。その一方で、プレーを観ているだけの私達父兄は、日差しを遮るように木陰へ。グラウンドの間近でプレーを観たいけれど、中年に無理は禁物。今日は少し離れた場所で観戦していた私達だった。Dsc_0012Dsc_0001 夕方5時を過ぎても、まだ日は高く、一向に気温は高いままのグラウンド。選手達の疲れもかなり蓄積しているのは間違いなかった。けれども、相手を替えて試合は今日も続けられた。

4泊5日の合宿もこの日が4日目。疲れがピークに達しているせいか、プレーに精彩が感じられなかった。何度も監督さんから厳しい指示が飛ぶ。そのたびに「はいっ!」と応える選手達。

Dsc_0005 Dsc_0010

この日、私に同行した奥さんは、間違いなく帰りたがっていた。正直、私もちょっと「もう、そろそろ終わってくれてもいいかも・・・」とさえ思い始めていた。グラウンド上の選手達は、その何倍も思っていたことだろう、「早く日が沈め」と・・・。

Dsc_0014最後の夏季強化合宿も明日が最終日。この負荷を乗り越えて、花園への道を進んでほしいと、木陰で思っていた葉月の日曜日clover

2012年8月 4日 (土)

夏空と岩木山に抱かれて

「もしもし、おはようございます。今、どちら?」と父兄仲間から電話があった。私「おはようございます。あはは、今、岩木山神社で生徒達の無事を祈願しているところでーす。ひょっとすると、もう着いたんですか?」。父兄仲間「今、着いたんだけど、誰も居なくて・・・」。私「ここからグラウンドまでは10分ぐらいですから、すぐに行きま~す。ちなみに、アイス100円でーす」。父兄仲間「アイス?」。Dsc_0001

8月2日から始まった我が校ラグビー部恒例の『夏季強化合宿』。岩木山の麓にある合宿所で、県内外から集結した他校のラグビー部員と切磋琢磨し、強化に励む合宿だった。Dsc_0004

朝から晩までラグビー漬けの数日間。菅平ほどではないけれども、遠くは東京からも参加校があるなど、『東北の菅平』として毎年高校ラガーマンが合宿を張る場として定着していた。以前は神戸製鋼、クボタ、そして明治大学も夏場の合宿地としてこの地を選び、秋からのラグビーシーズン開幕に向けて強化に務めていた。Dsc_0026

今年も、我が校をはじめ、岩手、秋田、宮城の各県から多くの高校が終結し、代わる代わる試合をしては強化に励み、そしてラガーマン同士の友情も育んでいた。Dsc_0010

合宿直前に愛用のスパイクがズタズタになったため、愛用したくないスパイクで合宿に臨んでいた次男。しかも先日の北海道遠征の前に、いつも着用していた黒いヘッドキャップが壊れたため、代わりに買っておいたグレーのヘッドキャップも次男の好みではなかったので、「モチベーションが下がったまま合宿に臨んでいるんだろうなぁ、きっと・・・」と思いつつ、グラウンドの次男に視線をやった。Dsc_0021

案外と普段通り・・・。特に変わった点もなく、重くて黒いスパイクと、誰も着用していないグレーのヘッドキャップ姿でグラウンドを走っていた。右手を骨折した時に使用させた赤いグラブ(手袋)は、未だに手にはめていた。もう外せなくなったのだろうか・・・。まぁ、次男を見つけやすいという点では助かるけど~。Dsc_0030 Dsc_0017

日没近くまで次々と行なわれる強化試合。ラグビースタイルが異なる相手と次々に試合をできるため、生徒達にとってはスキルアップの好機だった。しかも、隣り合ったグラウンド2面を使って次々に試合が続けられるため、観戦する身にとっては日没までパラダイスだった。生徒達は大変だろうけどぉ~。Dsc_0024 Dsc_0033

Dsc_0035 夏空の下、津軽の霊峰『岩木山』の懐に抱かれて、楕円球の行方を一日中追いかけていられた私。仕事の忙しさもどうにか先日で片付いたこともあり、晴れ晴れとした気持ちで久々に次男達の姿を観られて申し分のない土曜日だった。何よりも奥さんが隣にいなかったしぃ~♪Dsc_0042

帰宅した私の姿を見て、「お帰り。あらら、顔も腕も脚も日焼けして、痛くないの?」と奥さん。そう言われてみると、鼻の頭が少しカユくなってきた私。「明日は、タンクトップを着るのはよそうかなぁ・・・」と思いはじめた葉月のちょっとヒリヒリする夜shadow

2012年8月 2日 (木)

リバイバル

毎年夏場の多忙期も今日で終焉を迎えた。奇しくも青森ネブタ祭りの開幕に間に合わせるかのように、なんとか仕事も片付いてくれた。ここからは、もうネブタ祭り一色、ラグビー一色の夏が待っている。

そのはずだったけれど、最後の残業を片付けなければならず、ネブタ祭りスタートを告げる祝砲が打ち上げられ、街中に響き渡るネブタ囃子が窓の外から聞こえる中、「今夜で終わりだ」「明日からはネブタが見られる」「今夜のところは勘弁してやるけど、明日からは自分の時間だから・・・」とブツブツ言いつつ、残業をこなした。

祭りの賑わいから逃れるようにして帰宅すると、再び奥さんと二人の食事が待っていた。次男は今日から『死の夏季合宿』で、また次男不在の我が家だった。

昨夜のことだった。合宿の準備をしていた次男が居間でウロウロしていた。居間でウロウロしてるってことは、どうせ何か足りないサインだった。「今度は何だ?」と聞くと、ボロボロになったスパイクを持ってきた。あらら、秘密兵器が見るに堪えない姿に・・・。Dsc_0002

昨年の花園大会直前に購入した秘密兵器も、ついに役目を終える瞬間だった。青森県内はもちろん、福島、神奈川、岩手、東京、秋田、北海道のグラウンドを駆け回ってくれた秘密兵器は文字通り『次男の足』となって頑張ってくれた。本当にご苦労様と言いたかった。

秘密兵器には感謝しつつも、その一方で現実問題として合宿で使用するスパイクをすぐに用意しなければならなかった。そこで、こんなこともあろうかと思い、下駄箱に眠っていたスパイスを履くよう次男に勧めた。

サイズはピッタリなのだけれど、秘密兵器に比べるとやや重い上に、デザインも気に入らなかったらしく、あまり履かれることもなく、悲劇のラグビー用品になりかけていた。可哀想だと思い、再登板する日のために綺麗なまま保管していたものだった。Dsc_0003

その悲劇のスパイクは、実際に履かれた回数も少なかったので、スタッド(靴底のピン)を取りつけるだけで、すぐに使用可能な状態だった。「綺麗に洗って、保管しといて良かったぁ~。救世主だ、このスパイクは!」と安堵する私の横で、「あ~あ、今回はしかたないかぁ~」という表情の次男。

Dsc_0001

それでも、『悲劇』から『救世主』へとリバイバルしたスパイクにスタッドを取りつけ、合宿に持って行こうとする次男。そそっ、合宿で使いこんで、スパイクを可愛がってくれ~。

愛情があれぱ、そのスパイクはきっとお前にとっても救世主になってくれるはずだから・・・と思う一方で、『秘密兵器2号』をどう工面しようかと思案している葉月の夜shoe

2012年8月 1日 (水)

前夜

今夜の前夜祭を皮切りに、今年も青森ねぶた祭りが開幕した。連日35℃という津軽としては異常な暑さだったけれど、今年も祭り一色に染まる時期になっていた。Dscf0618

私はというと、熱帯夜による睡眠不足が多少あったのと、明日から次男達が『死の夏季合宿』に向かうため、後ろ髪を引かれつつも今夜の前夜祭をスルーして、帰宅することにした。

「まっ、祭り本番は明日からだし、連日の暑さでYシャツもグダグタだから、今夜は帰宅しようっと!前夜祭に行って『汗臭い中年だ』っていわれたくないし・・・」

そう自分に言い聞かせて帰宅したけれど、正直なところ、「前夜祭は前夜祭で楽しいんだよなぁ・・・。今年も橋幸雄(さん)とかが来て歌ってるんだろうか」と前夜祭会場に思いを馳せていた。

そんな私の横で、次男は合宿の準備を行っていた。岩木山の麓にある合宿所で今年も4泊5日の日程で強化を図る次男達。8月末から始まる花園大会県予選会を優勝するため、暑さの中でキツイ練習と試合が連日繰り返されることになっていた。

市街地での祭りの熱気をよそに、山中で熱く部活に打ち込む次男達。ネブタ祭りを楽しむことはできないけれど、仲間と寝食を共にし、同じ目標に向かって打ち込める姿が羨ましく思えた私。札幌には行けなかったけど、岩木山ならいつでも行けるぅ~とニヤニヤしている葉月の強化合宿前夜sun

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