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2012年9月

2012年9月30日 (日)

パクパク・・・

昨日の休日出勤で、一日延期された掃除。「今週は暫く家を空けるし、今日は念入りに掃除しよっ」。外は雨降りだったけど、朝から気合が入っていた私だった。

いつもの作業分担を珍しく軽くこなしたけれど、まだ時間が余っていた。幸いにも雨が上がったので、窓の掃除もすることにした。玄関横にある屋外の水道の蛇口にホースをつなぎ、窓掃除用のワイパーを片手に気持ち良ーく掃除をしてやった。

良い行ないをしている自分に酔っていたら、家の中で掃除をしていた奥さんが「雨降った後に窓の掃除する人もなかなか珍しいけど、綺麗になったから、まあいいかぁ」

そう言われると思ったけれど、網戸にくっ付いた虫が気になっていたこともあり、意地になってやり遂げた。多少空回りの部分もあったけど掃除は完了。あとは、ゆっくりと岐阜へ行く準備でもすることにした。

お昼頃に父兄仲間から電話が入った。会話の詳細は割愛するけれど、数時間後に大量のホタテ貝が愛車のトランクにあった。電話の主からは、以前にエイリアン(トゲクリ蟹)や鯛を頂いていたけれど、今回は大量のホタテ貝・・・。Img_0700父兄仲間によると、今夏の猛暑の影響で海水温が未だに高いため、成長が今一つとのことだった。話には聞いていたけど、まだ海水温が高いのかぁ。ホタテ貝にとっても今夏の猛暑は難儀だったんだなぁ・・・。Img_0697

帰宅し、台所で鍋にホタテ貝を入れて水を入れてあげた。ホタテ貝の皆さんがパクパクと動き出した。みんな、ホッとしたんだろうなぁ(笑)Img_0699

ここから私の悪い癖が始まった。パクパクと動くホタテを見ているのが楽しかった。飽きずにズーと見ていた。30分後もパクパク。1時間後には、ますますパクパク・・・。ふふっ、元気、元気(笑)

ニコニコしている私の横で、奥さん「こんなに大量にあると、そろそろ殻から外す作業をしないと」。私「えっ、やっと元気を取り戻したのに?」奥さん「じゃあ、後で全部、殻から外してくれる?」。私「ムムム・・・」。

殻から外されたホタテは、調理されて数時間後にパクパクと家族の口の中に運ばれていた。複雑だったけど、私もパクパクと食べた。裏切り者として、ホタテ貝に会わす顔がなくなっていた長月最後の夜cancer

2012年9月29日 (土)

潔白っ!

土曜日だったけど、一人で出社した。仕事に精を出したかどうかの判断はビミョーだけど、とりあえずは頑張った。自分なりに・・・。

有給休暇をとって、国体の応援に行くっていう目的があれば、進んで休日出勤もこなす私。目の前にニンジンがぶら下がった馬のようだった。

来週火曜日には、青森を発って岐阜へ向かう次男もいろいろ事前準備が必要だった。国体という大きな大会ともなると、高校生とはいえ、ドーピング検査の同意が義務付けられていた。Img_0681

「ドーピングって・・・。オリンピックとかなら分かるけど、高校生も必要になるんだぁ・・・」

同意書に署名し、写真を添付して、完成したけれど、「ん?ちょっと待てよ・・・。次男はドーピングに無縁であることには違いないけど、それって思い込みじゃないよなぁ・・・」

高校生とはいえ、ラガーマンは体が資本。半ば常識のように誰もがプロテインを摂取していた。最近は殆ど口にしないけど、次男も2年間ほどプロテインを摂取していたので、WEBでドーピングに関する情報を検索してみた・・・。

ほっ、よかった。当然だけど潔白だぁ~(笑)自ら進んでドーピング違反を犯すことはないけれど、今後も口に入れる物は注意しないと・・・。Img_0687

この日は奥さんも休日出勤をしていた。私と同様、有給休暇をねらって頑張って仕事をしているらしい・・・。私「無理しなくてもいいぞ~。休みが取れなかったら、俺一人で行くから~」。奥さん「じゃあ、自分で旅費を何とかできるの」

口に入れるものだけでなく、口から発するものにも注意が必要だった長月の土曜日kissmark

2012年9月28日 (金)

ももかん

何気なく、今日も父兄仲間とメールで近況報告をしていた。仕事中にも関わらず・・・。

そして、そのメールは帰宅後間もなく突然届いた。キャプテンRのママからだった。「大腿四頭筋打撲(通称・ももかん)で、国体断念しました・・・」

えっ、何?どうしたって?しばし、絶句した。

私「Rが国体に行けないって本当か?」と次男に聞くと、次男「そうらしい・・・」

そうらしい・・・って、聞かれる前に教えろよぉ~。聞いたからといって治してあげられる私ではないけれど・・・。

来週火曜日に岐阜を出発するという直前に、全青森チームのキャプテンの離脱。無念だった。無念だったけれど、一番無念なのは、Rであり、Rのご家族だった。

全青森チームのキャプテンを務めるRは、我が校ラグビー部でもキャプテンだった。持ち前の闘志と運動神経で先頭に立ってチームを牽引してきた。次男と一緒に国体という舞台に立ち、勝利を目指して戦う日を楽しみにしていた。201208190958173

ケガの辛さは、私達も身に染みているつもりだった。好んでケガをするはずもな勝った。特に、Rは毎試合、毎試合、キャプテンとして、そして一人の選手としてチームの原動力の役目を果たしていた。ケガや疲労も人一倍蓄積されていたはずだった・・・。2012081910401712

キャプテンRも、主力選手のYやNも不在という暗雲漂う中で国体に臨む全青森チームではあるけれど、R達の魂も国体のグラウンドに連れていかなければ・・・と一人で力んでいる長月の夜punch

2012年9月27日 (木)

トビウオ

実は、ずーと密かに選択を迫られていた。10月に岐阜県で開かれる国体への出場が決まってからというもの、葛藤しっぱなしだった。一人で・・・。

選手達の応援に行きたいと思っていたので、とっくの昔に会社へは休暇は申請していた。会社側では忘れてるかもしれないけど・・・。

費用は、奥さんに拝み倒して何とかしてもらうことにした。ただし、「私も行くっ!」と言われたけど・・・。

体調の不安もなかった。ちょっとメタボ気味に針は振れているけど、断酒をして毎晩腹筋を繰り返していた。効果は、まだない。

問題は、岐阜への行き方だった。新幹線、マイカー、漁船を頼むか、はたまた歩いて行くか・・・。

国体という大会の性格上、我が校の選手だけが出場するのではなく、全青森チームとして県内の高校ラガーマンからセレクトされて出場するだけに、普段はチームメイトであっても、全青森チームに名を連ねていないチームメイトもいた。

普段通りの実力なら、チームメイト全員が選ばれていても不思議ではなかったけれど、ケガのために国体出場は断念せざるを得ない仲間がいた。悔しかった。私以上に選手本人が、そしてその父兄が無念な思いを抱いていることを思うと心が痛んでいた。

我が校チームが国体に出場するのとは異なる上に、最終的な国体メンバーもなかなか発表されなかったことから、父兄仲間の間でも「一緒に応援に行こうぜー」という雰囲気が醸成されないまま、月日だけが流れていた。

それでも、私の周囲には「応援に行くんでしょ?」「どうやって行こうか?」という声があったので、「もしも全青森のメンバーに選ばれて、国体に行くようなことにでもなった時のために、いちおう応援に行く準備だけはしとこっ」と、8月から一部の父兄仲間と岐阜への行き方について相談していた。まだメンバーに選ばれると決まっていない時期にも関わらず・・・。

そんな中、キャプテンR君のママから「安い往復航空券がありまーす。ホテルも付いてまーす」という情報を早くから教えてもらっていた。応援に行きたい気持ちが勝っていたので、ついついそのことを奥さんに話してしまった。奥さんは行く気満々だった。奥さんは・・・。

私には、高い障壁だった。飛行機が不得意だった・・・。正直なところ、離陸してから着陸するまで足に力が入るタイプだった・・・。

格安航空会社・・・。最近流行りのLCC(ロー・コスト・キャリア)が幸か不幸か1年前から青森ー名古屋間に就航していた。無理して就航してくれなくても良かったのにぃ・・・。

ホームページを見たら、トビウオの群れように飛行機が飛んでいる。大丈夫か、このトビウオ飛行機・・・。 Wp03_01

私「LCCのトビウオ飛行機かぁ・・・」。奥さん「別に安けりゃOK!」。私「万が一のことがあったら、二人ともこの世にいない。そうなると、●(次男)が一人になってしまうし、俺だけでも新幹線で行こっかなぁ・・・」。奥さん「歩いていけば」

結局、奥さんの意見が通り、とりあえず1か月ほど前にパック旅行の予約だけは入れておいた、2人分・・・。

そして、いよいよ国体が1週間後に迫り、予約していたチケットを今日受け取ってきた。あ~ぁ、できれば当日は低めに飛んでほしい・・・。Img_0683

試合よりも何倍も緊張してきた長月の夜fish

※お断り=文中にある表現は、LCCの安全性を不安視したものではないことを付け加えます、念のため・・・。

2012年9月26日 (水)

羨まし・・・くないっ!

全国都道府県の先陣を切って、『第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会』(花園ラグビー)の出場校がこのほど決定していた。

北北海道代表の遠軽高校。201209081557552

そして、南北海道代表の札幌山の手高校。201111231305321

両校ともおめでとう~♪これまでに練習試合もしていたし、全青森チームとしての戦いではあったけれど、先月行なわれた北海道選抜大会でもそれぞれ対戦していた。出場を決めた両校には、同じ北国の高校として花園で頑張ってもらいたい。

一方、東北では来月21日に岩手、宮城、山形、そして青森の4県の出場校が決定する。思えば、その日までもう1か月を切っていた。

全国に先駆けて花園出場を決めた両校をちょっとだけ羨ましく思いつつも、高校ラグビーも残すところ僅かだと思うと、正直なところ淋しさも感じる時期だった。

でも、きっと我が校の選手達も勝ち獲ってくれるはずだから、花園出場を決めた両校を羨ましいとは思わずに、残り少ない期間だけれど、我が校の選手達を引き続き信じて、応援することにした長月の夜moon1

2012年9月25日 (火)

犯行後

つい10日ほど前までは「暑ぢぃ~」と言っていたのが嘘のように、涼しい昨今だった。寒暖差アレルギーのせいなのか、クシャミをする日が続いていた。あ~ぁ、歳だぁ・・・。

仕事で十和田市付近に出掛けたこの日。順調に業務が済み、会社に戻ろうと車窓を眺めると見慣れぬ雲。Dsc_0028_2

ふ~ん、変わった雲だこと・・・。Dsc_0027_2

山の向こうは太平洋側。きっと、海上は雨なんだろうなぁ・・・。Dsc_0029_2

時間の経過とともに、徐々に桃色に染まって行く雲の塊。あれが『桃色雲ーばーZ』ってやつかぁ~。Dsc_0030_2

それにしても、威圧感たっぷりの雲だこと・・・。内側からモリモリと湧き上がっているみたい・・・。薄気味悪っ!

青森に戻った頃は既に真っ暗。帰宅すると、青森市西部地区にヒョウが降ったというニュースが流れていた。「あっ、さっきの雲の仕業か。犯行後に悠々と太平洋側に逃れやがって・・・」

収穫を目前に控えたリンゴにも被害が出たことに心を痛めつつ、「あいつが犯人です、きっと!」と誰かに言いたかった長月の夜apple

2012年9月24日 (月)

女王様~♪

いつもならブルーな月曜日だったけど、土曜日も日曜日も仕事をしていたので、ブルーな気持ちになる以前にちょっと疲れていた・・・。

この日は朝から仕事上の所要があり、県庁へ出掛けると、正面入口に数人の人だかり・・・。仕事を済ませて県庁から出ようとすると、入口の人だかりは群衆に・・・。

「あっ、ひょっとすると今日か、県庁に来るのは・・・。よしよし、仕事も順調に済んだし、ちょっと覗いて行こっ(笑)」

間もなく、正面玄関に深紅のブレザー姿の女性が二人、あっ、やっぱりぃ~♪Dsc_0079

ロンドン五輪女子レスリング63kg級で金メダルを獲得した伊調馨選手。Photo_3

同五輪女子レスリング48kg級で金メダルに輝いた小原日登美(旧姓・坂本日登美)選手。Photo_2

以前にも記したように、八戸市出身の二人。県民栄誉大賞や県スポーツ栄誉賞等が贈られるため、県庁を訪れたのだった。胸には、燦然と輝く金メダルが・・・。あれが金メダルかぁ・・・、本物かぁ・・・。Dsc_0086

この夏の二人の大活躍は、被災地・八戸を間違いなく元気にしてくれた。お二人に続いて光星学院高校も夏の甲子園大会で準優勝まで進んでくれた。「ひょっとすると、いよいよ次は俺の番かぁ~?あははは~(笑)」

冗談にもほどがあると思ったけど、朝から女王2人の笑顔を見れて、ブルーな気持ちもどこかに吹き飛んでいた長月の月曜日crown

2012年9月23日 (日)

チラッ

次男は、今日もオール青森の合宿。私は、今日も仕事。しかも夕方5時まで・・・。まっ、来週は休暇をもらって岐阜に行こうと思っているから、ここは我慢のしどころだった。疲れる仕事ではなかったけれど、夕方5時まで人の話をジーと聞くのは、正直飽きた・・・。

昨日の合宿の打ち上げに、次男達が手渡されたものが気になっていたので、帰宅してすぐにチラ見させていただいた。「ふーん、オール青森に選出されると、こんなのが手渡されるんだぁ・・・」Img_0673 Img_0672 Img_0671 Img_0677

全てが渡されたわけではなかったようだけど、「ふ~ん、これを身にまとって国体出場するのかぁ・・・。多少汚れてもいいから、俺の分も余ってないかなぁ・・・」

しばらく眺めていたら、「ガチャッ」っと玄関のドアが開く音。長男と二人で外出していた次男が帰宅したので、急いでビニール袋に仕舞いこんだ私。鼻歌を歌いながら何事もなく次男を出迎えたけど、「国体から戻ってきたら何か記念にもらおっ!」と密かに企み始めている長月の日曜日bag

2012年9月22日 (土)

ブルっ

今日と明日の2日間は、部下を休ませて、私一人だけ仕事を入れていた。10月初旬に開かれる岐阜国体に応援に行くためには休暇を取らなければならなかったため、今のうちに少しでも仕事をしておいて・・・、という不純極まりない理由があった。

今日の仕事が午前中で片付いたたため、午後はどう過ごそうかと思案したけれど、やっぱりグラウンドに向かった。今日から1泊2日の日程で、青森県チームの合宿があったため、気になって出掛けることにした。当然、10日後に迫った国体に向けての練習だった。

選手達の集合時間に間に合わせるようにグラウンドに付くと、県内各校から選ばれた生徒達が談笑していた。この生徒達がミニ国体(東北大会)を勝ってくれたお陰で、私も岐阜へ応援に行く夢が持てていた。感謝~♪Dsc_0001

昨夜、長電話をした父兄仲間と2人で、合宿を見守っていると、次々と携帯電話が鳴った。「今、どちらにいますか?」「合宿を見に行ってるでしょう(笑)」。父兄仲間達からだった。間もなく、父兄仲間の数は7~8人に膨らんだ。Dsc_0002

1週間前までの暑さは既に去り、この日は心地良い風に吹かれながら合宿の様子を観戦できたけれど、夕方になると心地良いはずの風はいつしか肌寒さを感じるほどになっていた。そして、日が傾く時間も確実に早まっていたたため、グラウンドにはいつしか私達の影が長く延びていた。Dsc_0003

この日の練習が終わり、選手に集合の声が掛かった。指導する先生が選手達に何か手渡していた。オール青森(青森県代表チーム)のバッグや帽子、衣類らしかった。

あぁ、いよいよ国体の場が近付いてきた・・・。肌寒さによる震えなのか、武者震いなのか、はたまた歳のせいでトイレが近くなったせいなのか、自然にブルっと身震いした長月の土曜日maple

2012年9月21日 (金)

フライデーないと・・・

「ただいまー」。仕事帰りとはいえ、元気に帰宅した。週末だったので・・・。

以前にも記したように、健康診断の結果、メタボを指摘されていたので、その後は帰宅してからズーと腹筋を日課にしていた。効果については・・・。まあ、いいや。

帰宅して腹筋が済んだ私を待つように携帯電話が鳴った。「誰だろっ?」と携帯電話を手に取ると、電話の主は父兄仲間。私「もしもし、こんばんはー。俺だけどぉ・・・」

会話の中身は、部活の話が90%。やっと涼しくなった津軽だったけど、私達2人だけは熱かった。

電話の途中で、自分でも「長くなるな、きっと・・・」と思い、相手に聞こえないように、冷蔵庫に移動してビールを飲んだ。そして、いつしか2本目、そして3本目・・・。まだ俺達の会話は尽きなかった。

電話が鳴ってから1時間・・・。女性の長電話は知っているけど、「男の長電話ってどうなんだろう・・・」と思いつつ、まだ会話は尽きなかった。電話の途中で、次男が部活から戻り、奥さんと次男が夕食を食べ始め、そしてご馳走様~♪まだ話していた私と父兄仲間・・・。

会話を続ける中で、PCで調べなければならないことができたので、PCを起動した。「あらっ、キーボードが今夜は歪んでる・・・」。PCが壊れたわけではなくて、自分が故障しかけていた・・・。Dsc_00011

奥さんと次男の視線がちょっと痛くなったこともあり、「また。明日にしようぜー」と元気良く電話を切ったけど、家族の目を忍んでおとなしく寝ることにした長月のフライデーナイト
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2012年9月20日 (木)

どっち・・・

今朝の新聞(地方紙)に、「ぎふ清流国体」の本県選手団名簿が掲載されていた。眠い目をこすって細かい文字を追っていくと、『ラグビーフットボール少年男子』の欄に、次男の名前もあった・・・。

メンバー23人のうち、我が校からは11人。去年よりは少ないけれど、半分程度は気心が知れたチームメイトだし、他校の選手も試合や合宿で知っている面々ばかり。ここは一枚岩となって団結し、全青森チームとして「ぎふ清流国体」の晴れ舞台で故郷のために頑張ってほしいと朝から力が入った私だった。Dsc_0001

出社時に、部下B「新聞見ました。国体に行くんですね」。私「お陰様で。でも、トーナメントの組み合わせが厳しいからなぁ・・・」。部下B「そうじゃなくて、部長も応援に行くんでしょ(笑)」。私「行きたいとは思ってるけど・・・。行っていい?」。部下B「どうぞ、どうぞ(笑)」。私「!?(笑)」

気持ち良く休暇をとってもらいたいのか、私が会社を留守にすることが嬉しいのか、部下の気持ちを読み切れなかった長月の朝building

2012年9月19日 (水)

敗れても

花園出場という、たった1枚の切符を獲得するために県大会に臨んでいる各校のラグビー部員達。それも、先日の準々決勝で4校に絞り込まれていた。

こうして現状を振り返っていられるのも、我が校がそのうちの1校に名を連ねているからこそだった。多くの高校が既に戦いの舞台から去っていた。Img_0654

試合に敗れた以上は、3年生にとっては最後の試合。2年前に我が校を破って花園出場を果たしていたA校は、ノーサイド後に全員が輪になっていた。何を話をしているのかは聞かないことにした・・・。でも、また来年以降はいいチームを作ってほしかった。Img_0663

県内有数の進学校であるB校は、全員で記念写真を撮影していた。その様子を見ていて、「ラグビーの試合には敗れたけれど、センター試験で頑張って、次の夢を叶えてほしい」と思った。Img_0657

我が校もいつかは同じ敗者の立場になるかもしれないけれど、その場所が花園であってほしいと改めて感じていた。花園という大舞台が今後の人生に与えるものがあると信じている長月の夜motorsports

2012年9月18日 (火)

雑感

ワイルドな残暑だった。9月も中旬だというこの時期に34℃~35℃という気温は、しんどかった。

暑さもワイルドなら、先日見掛けた車両もワイルドだった。Img_0640

前を走行している車両との車間距離が縮まるにつれて、私「ん?VWかぁ?」Img_0642

さらに、車間距離が縮まり、「あらっ?HONDA S2000だっけ?」Img_0644

目前を走行するのは、オートパイ(3輪)だった。Img_0643

なかなか、ワイルドな車両・・・。お兄さんも『ワイルド』を意識なさっているのだろうけれど、ノーヘルで乗れる車両なのかどうか、ズーと気になっている長月のワイルドに暑かった一日car

2012年9月17日 (月)

周辺整理

暑いと記すことがお約束のように、今日も暑かった。この暑さの中ではあったけれど、今日もスポーツ公園で部活があるという次男を送り届けて、束の間ではあったけれどグラウンドで練習を続ける生徒達を観ていた。

昨日のようにこのまま観ていてもよかったけれど、しなければいけないことがあった。奥さんと共に、土曜日に救急搬送された義父の様子を見に行った。案の定、ベッドの上にジッとしているのは無理らしく、看護師さんにご迷惑をおかけしているようすだった。

それでも、昨夜から食事を摂れるまでに回復し、6人部屋に移されていた。明日、再びMRI検査をして、結果しだいでは、地元の病院に転院も可能だとか・・・。恐るべし、『昭和一桁生まれ』。まぁ、良かった良かった・・・。

1週間前の準々決勝のビデオをDVDにダビングすることも、私に課せられたこの日の仕事だった。プリンターのインク切れもあって、作業が滞っていたけれど、父兄仲間を待たせ過ぎるのは気の毒だったので、病院の見舞いの帰りにインクを買い求めて、自宅でダビング作業を淡々とこなした。Img_0669

本当は、今日も部活の様子を観たかったけれど、「今日は自分の身体をクールダウンする日にしよう」と言い聞かせつつ、パソコンに向かっていた。しかも、明日は仕事が待っていることだし・・・。

10月初旬の国体、同月下旬の花園大会県予選会(準決勝と決勝)、悲願の花園大会とビッグな大会を控えて生徒達の様子が気になりつつも、身の回りのことも片付けないと・・・と大人らしいことも少し考えてみた長月の祭日chick

2012年9月16日 (日)

ぎふとぎふ

日曜日だったので、やっぱり早く目覚めた私。救急搬送された義父の入院で、昨日はそれに掛かりっきりだったけれど、その義父も容態が安定した様子だった。けれども朝から厳しい残暑で、今日はこっちが救急搬送されそうだった。

起床した奥さんや次男に、「おはよー。今朝も残暑が厳しいざんしょっ!」。かましたギャグは簡単にスルーされた。二人は相当寒かったらしい・・・。

次男は、今日も朝から部活があった。この日の部活は、次男の高校のグラウンドではなく、スポーツ公園だったこともあり、練習を見学することにした。スポーツ公園に到着すると、他校の生徒達の姿もあった。あっ、練習試合があるかも~。ラッキー♪

グラウンドに集まったのは、我が校を含めて5校。けれども、他校は既に花園大会県予選会で敗戦していたため、他校から参加していた部員は1、2年生ばかり。11月に1、2年生だけで争われる新人大会に向けた練習試合がこの日のメーンということだった。Img_0665

なーんだ、次男達は出ないんだ。まっ、それもいいだろっ。こんな暑い日だし、たまには気楽に観戦するかぁ~。

練習試合が5校の間で繰り返し行われ、いつしか正午過ぎ。空腹は感じなかったけれど、気楽に見学していた分、暑さには参った。Img_0666

どうにかこの日の練習試合が終わり、次男を乗せて帰ろうとすると、監督の息子さんで、次男達をコーチングしてくださっているKさんが「●●(私)さんは、岐阜へ国体の応援に行くんですよねぇ?」。私「(あらっ、行くんでするよねぇ、って・・・)。ははは~、行きたいとは思っていますよぉ。ははは・・・(笑)」

とは言ったものの、次男が国体のメンバーとして最終的に選出されているかどうかも分からなかったため、応援に行く準備をしたくても、二の足を踏んでいた私。他の父兄仲間も、応援に行きたい気持ちがありつつも、自分の息子が最終メンバーに入っているのか疑心暗鬼だった。

でも、Kさんが「岐阜に行くんですよねぇ」って聞くってことは、国体の応援に行く要素があるってことなのだろうか・・・?義父から岐阜へと意識が変わりつつあった長月の午後sun

2012年9月15日 (土)

『敬老の日』のイブ×2

どうせやらなきゃいけない掃除だったので、午前中のうちに片付けようと取り組んだけれど、朝から残暑が厳しかった・・・。

どうにか掃除も終わりかけたお昼頃に電話がなった。奥さん「もしもし・・・」。ズーと相手の話を聞くていた奥さんが突然、「え゛ー」。そして再び、相手の話に聞き入っては、こちらをチラチラ見ていた。何だよ、何もしてないけど俺・・・。

電話を終えた奥さんが言うには、義父が倒れて、救急車で病院に運ばれたらしく、その病院の医師からの電話だった。私「病院に行かなくていいのかぁ?」。奥さん「大丈夫だと思うけど」。私「県立中央病院に救急車で運ばれるくらだから、行ったほうがいいんだろ。大したことがないなら、それでいいし・・・」

ということで、すぐに病院へ行った私達。県立中央病院は、次男が骨折するたびに運び込まれる病院。またかぁ・・・。病院に到着し、義母に話を聞くと、目まいがしてよろよろと倒れた時に後頭部を打ったらしく、地元の病院に救急車で運んだものの、万全を期すため再び県立中央病院に救急車で搬送されたとのこと。Dsc_0001_2

看護師さんによると、脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、ほかにも何種類かケガの様子を言っていたけど、忘れた・・・。

本人は意識もシッカリとし、会話も可能で、思ったよりも元気。義母「山菜獲りで一晩行方不明になったと思ったら、今度はこれ。歳なんだから、無理しなければいいのに」。義父「俺は大丈夫」

無事を確認したけれど、入院の準備を整えなければならないため、いったん義母を連れて両親の家へ。保険証、パシャマ、洗面用具、バスタオル・・・、後は忘れた・・・。

再び病院に戻ると、看護師さんに怒られた私達。看護師さん「目を離したすきに、点滴を外して廊下を歩いてました(怒)。申し訳ないですけど、ベッドに固定させていただきました」。

私と奥さん「すみませーん」。その後、奥さんにこっぴどく怒られていた義父。気の毒だけど、しょうがないよなぁ・・・。

明後日の『敬老の日』を目前にして、79歳の義父に再び存在をアピールされた長月の土曜日hospital

2012年9月14日 (金)

強豪ONLY

土曜日の準々決勝を終え、同日午後の強化試合も無事に終了した次男達と、その試合を見守った父兄達。厳しい暑さも手伝って、翌日の日曜日は次男も奥さんもクタ~と疲れていた。もちろん私も思いっきり疲れていた。

準決勝までは、暫く日数が空くこともあり、「ちょっと部活のことから離れよっ・・・。このまま気持ちが張り詰めてたら心臓に悪いし・・」と思い、まったりと土曜日の試合のビデオを観戦しながら、まったりと休日を過ごしていた私。

けれども、まったりタイムが終わりを告げる時がスグにやってきた。その日の夜、何気なくインターネットを覗いていたら、もうUPされていた。岐阜国体の組み合わせ・・・。抽選日だということは知っていたけれど、スグにはUPされないだろうと勝手に思い込んでいた。 

私「な、な、何ぃ~!」。奥さん「どうしたの?」。次男「?」。私「とんでもないことになってる・・・」。奥さん「何が?」。次男「?」。私「こ、こ、国体・・・」Epson001

初戦が『新潟県』。勝利したとしても、2回戦は『福岡県』って・・・。去年も2回戦で福岡県と戦っていた。去年まで4年連続5度の国体優勝を果たしている福岡県様と同じトーナメントかぁ・・・。

組み合わせを見ると、「東京都VS京都府」「秋田県VS大阪府」「島根県VS佐賀県」と好カードが目白押し。出場する都道府県は、大半が地方ブロックを勝ちぬいてきた強豪ばかりだし、ここは福岡県様と戦えるってポジティブに考えることにするかぁ・・・。

私「まっ、福岡県以外と戦ったとしても、どこも強豪だし、ここは西の横綱を胸を借りるつもりで戦うしかないかぁ~」。奥さん「じゃあ、新潟県には勝てるんだぁ」。私と次男「いや、手強い」

最重要に位置づけられるのは花園大会出場だったけれど、国体も当然のように気になっていた。まったりとした日曜日は束の間で終了。いつしか再び部活モードに突入していた長月の夜moon3

2012年9月12日 (水)

おかえり

続々と戻ってきた。私の財布から家出して行った福沢諭吉が戻ってきたわけではなく、選手達が戻ってきた。201209081158545

3月に膝の靭帯に大ケガを負ったN君。実に半年ぶりの試合となった準々決勝では、元気な雄姿を再び見せてくれた。体格を利した前進は、チームにとって心強い限りだった。何よりもチーム1のムードメーカーであるN君の復帰を、チームの誰もが待ちわびていた。201209081158546

FW(フォワード)1列目を構成するT君も、久しぶりに元気な姿を披露した。ヘルニアに苦しめられ、思うようにプレーできずにいたけれど、準々決勝ではスクラムを押し、ひるむことなく前へ突き進んでいた。201209081234554

7月末に左足の肉離れでリタイヤを余儀なくされたT君も、サポーターを巻いて出場した。チームでも1、2を争う俊足を活かして、またトライを量産してくれるのかと思うと心強かった。完璧ではないだろうけれども、その韋駄天ぶりが見られるのかと思うとワクワクした。201209081158547

さらに、病気のために東北高校総体をベンチで見守ったY君は、ライン際を駆け抜けてトライを取った。手術を必要とするにも関わらず、部活優先で頑張り続けているR君は、この日も身を惜しむことなくボールの争奪を繰り返した。201209081234551

戻って来る仲間達がいる一方で、グラウンドに立てない仲間もいた。前回の試合で脳しんとうに見舞われたため、ルールにより準々決勝は欠場をよぎなくされたT君。そして、その準々決勝で靭帯を傷つけたY君・・・。彼らが復帰するまでは負けられなかった。いや、復帰してきても負けられなかった。

ラグビーという過酷な競技ゆえに、五体満足で全員が揃うことはかなり難しいけれど、2年半にわたって苦楽を共にしてきた生徒達。花園の地でそれぞれの花を咲かせてほしいと願いながら、今夜も試合の様子を繰り返し観ている長月の夜tulip

2012年9月11日 (火)

愛のメモリー

海の向こうのニューヨークで起きた「9.11」から11年。身をもって体験した「3.11」から1年半。二つの災禍に見舞われた多くの人々に鎮魂のささげる一日だった。

「花園に行くぞー」「国体の応援に行きたい」と常々言っていた私だったけれど、その日が近づいていたことは数日前から気にかけていた。だからと言って、何か行動をしたわけでもなく、試合翌日からは疲労の回復にひたすら務めていた。

花園大会県予選会の初戦に勝利した土曜日。実はその日の午後には遠軽高校(北海道)との強化試合が組まれていた。遠軽高校といえば、北海道の実力校で、昨年も花園出場を果たしていた。津軽海峡を越えて、わざわざ試合に来てくれたのだから、ウエルカムだった。

さらに、マネージャーから「ラグビー部で所有しているビデオカメラは、他校の準々決勝の様子を撮影しなきゃいけないので、午後の強化試合の撮影をお願いします」と頼まれていた。「おー、任せとけ」という流れになったため、張り切っていた中年だった。

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午前中の試合を終えたばかりだというのに、午後から強化試合に臨んだ選手達にとっては相当キツかったはずだった。どうかケガ人が発生しませんように・・・、そう願いながら再びビデオカメラを構えていた私だった。201209081645261

けれども、午前中に県予選会準決勝を応援したばかりの中年には、午後の2試合はキツかった・・・。加えて、この日の残暑は中年には思いっきりキツかった・・・。

挙げ句の果てに、ビデオカメラのメモリーが残り少なくなっていることに気付かされた私。「あぁ、メモリーが足りない・・・。全部は撮影できない・・・」

「マネージャーに頼まれた以上は、何とか撮影しなきゃ・・・」と思い、急遽、数か月前に撮影した試合を消去することにした私。「この試合は消していいか。こっちの試合も消すしかないか・・・」

メモリーの空きを増やして、撮影を再開。「あー、良かった。これでラグビー部のために何とか撮影できるぞぉ」

暑さと疲労にどっぷりと浸かりながら、どうにか『愛のメモリー作戦』を決行した長月の午後movie

約束

花園大会県予選会の準々決勝の朝がついに明けた。次男達にとっては最後の大会の初戦を迎える朝だった。そして、負けた時点で高校ラグビーが終焉を告げることも意味する朝でもあった。

負けることはないと信じていても、昨夜から気が気でなかった私。夢の中に試合の様子が出てきたため、「はっ!」と飛び起きて時計を見ると、「あらっ、まだ5時・・・」。気合が入り過ぎたせいか、それとも単に歳を重ねたせいなのか、目覚めてしまった・・・。

目覚めてしまったものはしょうがないので、試合当日恒例の朝風呂に入った私。神聖なグラウンドには、身を清めてから向かわないと・・・。まっ、こんな私が清められるかどうかは責任持てませんけどぉ・・・。朝風呂から上がっても、まだ5時半・・・。こっちは、いつ試合会場に出発してもいいんだけどぉ~。

初戦の対戦相手は、青森●業高校。一昨年の花園大会県予選会の決勝戦で我が校に勝利し、我が校の6年連続花園出場を阻んだ相手だった。その後、県内では2年間不敗を続けている我が校ではあったけれど、我が校を最も最近破った県内の高校との一戦であり、花園出場を阻まれたという2年前の試合の内容は鮮明に脳裏に焼き付いていた私だった。

試合会場に到着し、父兄仲間とともに横断幕や幟を掲げていると、我が校の選手達が試合前のストレッチや練習を開始した。みんな調子は悪くなさそうだ。

次男の動きは・・・、まぁ普通といったところかぁ・・・。実は昨夜、気合と期待を込めて「明日は1本トライをとれ」とメールをした私に、「分かった」と返信をよこした次男。まっ、過度な期待はせずにいよう。とにかく、ケガをしないことが重要、そしてチームの勝利が最優先だしぃ~。

そこからキックオフまでの時間はあっという間だった。いつものように円陣を組んで気合の雄たけびを上げた次男達。頼むぞ、皆んな!201209081158541

グラウンドに整列し、礼っ!いよいよキックオフの瞬間だった。201209081158542_2

相手校のキックで前半戦開始。しかし、直後のミスを突かれて攻め込まれ、あっという間に相手に先制点を献上した我が校。試合開始から1分の出来事に、選手達も応援席も「・・・」。えっ、マジ?描いてたストーリーと違う・・・。勝手な希望ですが、無失点で勝つ予定だったんですけどぉ・・・。

201209081158543しかし、これで目を覚ました選手達。自分達のプレーを思い出したかのように、タックル、パス、ドライブ、キックを駆使してゴールラインに迫り、2年生のA君がトライ!そそっ、その調子。これで落ち着きを取り戻したのか、次々にゴールラインに迫り、トライを重ねる我が校。あぁ、良かったぁ。その調子、その調子。ふぅ・・・。201209081158544

しかし、良い事ばかりはそう長く続かなかった。前半戦も半ばに差し掛かった頃、親友のY君が右足を抱えたままグラウンドに倒れ込み、起き上がれずにいた。201209081216182

それでもプレーは途切れることなく続けられ、ゴールライン前でボールを拾った選手が頭からインゴールに飛び込んだ。201209081216183 201209081216185 201209081216184

あらっ?トライしたのは次男だった。やればできる中年の息子だから、やればできるのかぁ・・・。約束どおりにトライしてくれて、あざ~すm(__)m

しかし、次男の表情は明るくはなかった。Y君は起き上がることもできずに、グラウンドに伏したままだった。そしてY君が担架で運ばれる姿を、選手も父兄達も固唾を飲んで見守った。次男にとっては、親友であるY君の無念の思いも乗せたトライだった。201209081216181

前半戦を29対5で折り返した我が校。しかし、トライゲッターのY君を失ってしまったこの試合は、勝利と共に、これ以上のケガ人を出すことは許されなかった。後半戦開始とともに再び攻め込む我が校。前半戦以上にトライを力強く重ねていく選手達。201209081234552 2012090812485813 201209081234553

私にとっては、前半戦のトライ以上に価値ある次男のプレーが見られた。パスを受けてから、相手を次々にかわして突進する姿は、なかなか見応えがあった。ゴールライン前で二人に捕まって倒された後もセオリー通りに仲間にパスしたとは、褒めてやる。なかなか見られないプレーだから、特別に連続写真で残しておこうっと。11枚もだけどぉ~♪201209081248581 201209081248582 201209081248583 201209081248584_2 201209081248585 201209081248586 201209081248587 201209081248589 201209081248588 2012090812485810 2012090812485811 2012090812485812

後半戦も41対5と点差を広げてノーサイドのホイッスル。トータル70対10で勝利。10点を献上したのは反省点として、次に生かせばいいことにするか・・・。

敗れれば終わりの一本勝負の初戦に勝利はしたけれど、Y君という大きな代償を払うことになった我が校。後日の診察によると、Y君は右足靭帯損傷。Y君が戦線離脱することになったのは大きな痛手だけれど、ケガ人達が戻って来るまでは、チームメイト全員で勝ち続けなければ・・・。

そして、何度となく骨折した次男が、その都度、皆に助けてもらった恩を返すためにも、次男は次男なりに、そして私は私なりに最後の大会は『全力球』あるのみっ!と密かに心に刻んだ長月の花園ROAD第1章run

2012年9月 7日 (金)

青空から長い夜へ

『第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会』(通称・花園大会)の出場を賭けた県予選会。我が校の初戦が明日に迫った。今の心境を吐露すると、「もう明日になってしまったか・・・」というのが正直なところだった。

3年間の集大成の大会であるとともに、負けた時点で次の試合はなく、チームとしては最後の試合。そして次男達にとっては高校ラグビーに終止符を告げることに直結する。

勝ち進んで優勝すれば、青森県代表として花園大会の出場権を得られるけれど、次男達にとっては間違いなく高校ラグビー最後の県内大会の幕開けだった。

次男達は、今日中に試合会場付近に移動して明朝の試合に備える予定だったため、今朝は愛車に次男を乗せて高校へ送り届けることにした。私「じゃあな。頑張れ」。次男「うん」。

次男を降ろして、高校から会社に急ぐ途中に、今年も大きなカカシがそびえ立っていた。「今年のモデルは伊調馨かぁ・・・。オリンピック3連覇にあやかって、なんとしても勝ち進んで花園に行けますように・・・」。神仏ではなかったけれど、カカシを拝んで、勝利を祈願した。Img_0636

初戦が明日に迫る中で、落ち着いて仕事をしていられる私ではなかった。試合会場の方面に用事をつくった、無理やり・・・。そして、お昼過ぎには試合会場で他校の試合を観戦、いやリサーチしていた。Img_0650

この日も4試合が行なわれ、勝利した4校のうちの1校と明日戦うことになっていた。そして、戦前の予想どおりに青森○業高校が104対0という大差で立ち上がり、我が校と戦うことになった。「やっぱり青森○業高校かぁ・・・。よっしゃあ、燃えてきたぁ」。

その後の試合に出場したのは青森△業高校と□山高校の合同チームだった。このうちの青森△業高校には次男の友達S君が所属していたので、青森△業高校と□山高校の合同チームを応援しながら、試合の行方を見守っていた。

ラグビーの試合に必要な15人の選手を確保できなくなっていたため、2校による合同チームの一員として出場したS君は、キャプテンとしてチームを牽引していた。リードしては追いつかれ、再びリードしては追いつかれ、そして終盤に逆転され、ノーサイドの笛が吹かれた。S君の高校ラグビー生活が、青空の下で終焉を迎えた・・・。Img_0647

負けた時点で部活終了という現実の中で、他校の控え選手や父兄達の応援もボルテージが上がっていた。グラウンド上の選手を必死に盛りたてる女子マネージャー、先輩のプレーに声援を送る後輩、息子の名前を叫ぶ母親。Img_0652 Img_0651

この日行なわれた他校の試合の観戦を終えて、何事もなかったように帰社した私。日焼けした顔は隠せなかったけど・・・。

初戦を明日に控えて、私がするべきことはここからが本番だった。愛車に給油した後、いつも通りに洗車。汚れたままで試合会場に乗り込むことは、自分自身が許さなかった。そのせいで負けるようなことがあったら、顔向けできないしぃ・・・。

そして、大会直前の散髪も忘れてはならないということで、帰宅前に理髪店へ。「気合が入るように、短くお願いします」。

帰宅後は、綺麗になった愛車に父母会応援グッズ一式を積み込んで、「よしっ、これで皆んなと応援できる」。ビデオカメラのバッテリー充電もOK。明日の応援について父兄仲間とも電話で確認完了。Img_0658

まだ、何か忘れていないだろうか・・・と思っていると、奥さん「晩ご飯は?」。あっ、そうそう、食べます、食べます。

S君の最後の試合を観戦することになったこの日。次男達には、せめて花園の地でその瞬間を迎えさせてやりたいと思いつつ、忘れ物はないかどうか、まだ思い出そうとしている長月の長い夜moon2

2012年9月 6日 (木)

粗大ゴミ同士

今年の健康診断の結果を受け、保健指導が会社で行われた。社内の総務部から「9月6日、個別に保健指導を行ないますから、できるだけ受けるように」と言われていたのは知っていたけど、まだ先のことだと思っていた。はっきり言うと忘れていた。

朝9時半、会社に女性の保健師さんが来た。総務部員「では、予定どおりに保健指導を行いますから、都合の良い順に受けて下さい」。

「どうせロクなことは言われないだろうし、仕事のフリをして社外に出掛けようかなぁ・・・」と思っていたら、部下達がこっちを見た。「なんだよ、俺から受けろってことかぁ?やればいいんだろ、やれば・・・」

私「おはようございます。お願いします」。保健師さん「おはようございます、お久しぶりです、○○さん」。私「?」。以前も保健指導をしてくれた人らしいけど、私には記憶がなかった・・・。

単刀直入に、「メタボ」と「コレステロール」を指摘された。ソフトな語り口だったけど、シッカリと、何度も「メタボ」と「コレステロール」という単語を言っていた。本人も分かっているにも関わらず、念を押すように言った、「メタボ」と「コレステロール」を・・・。

顔は笑いつつ、心では凹みながら、「えぇ」「分かりました」「おっしゃる通り」を繰り返すだけの私。そして、保健師さんの提案で、毎日の運動と食生活の改善に取り組むことに・・・。

『腕立て伏せや腹筋の運動』をしたら○印。『シッカリ朝食を摂って、毎日の食生活も変える』ことができたら○印。この2項目を毎日チェックすることになった。「はいっ、やってみます」と言ってしまった以上、取り組むことになっちゃった。

帰宅してすぐに2階に眠っているマシーン(?)を引っ張り出した。10年以上前に奥さんが購入したけど、結局は私しか使用せず、そのうちに私も使用することもなくなり、半ば粗大ゴミ化していたものだった。粗大ゴミという点では、私も仲間だった・・・。Img_0634

その腹筋マシーンに再び登板してもらい、粗大ゴミ同士仲良くすることにした私。いつまで続くのか全く自信はないけれど、『継続は力なり』を実践しようと鼻息だけは荒い長月の夜bomb

2012年9月 4日 (火)

長月は今日も暑かった

「一部で降雨」の天気予報も出されていたけど、今日も降らなかった。私の周囲には一滴も・・・。ちょっとだけ、雨が恋しかった。いっそ、長崎あたりに行けば今日も雨だろうか・・・。

私も奥さんも仕事、次男は学校。日中は留守の我が家なので、帰宅した時の室温は異常だった。

いつもなら、私よりも早く帰宅している奥さんだったけど、この頃は私の方が早く帰宅することも珍しくなかった。いや、よく考えると、私の方が早く帰宅する日の方が多かった。特に、この夏はそうだった。

てっきり、「仕事が忙しいんだろうなぁ」と思っていたけれど、実際のところは、会社に居た方が涼しいのだろう。私が異常な暑さの我が家に帰宅し、窓を空けて空気を入れ替えたり、エアコンで室温を下げた頃に不思議と帰宅してきた。Dsc_0003

きっと、「そろそろ帰宅して室温も下がった頃だろう」というタイミングを見計らって帰宅している様子だった。ズルイ・・・。

そのことを今頃になって気付いた長月の今日も暑かった一日house

2012年9月 3日 (月)

姫たちも全国~GO~

ついに1週間を切り、今週末に迫った。もちろん、花園大会県予選会の件だった。連日、夜遅くまで続く練習から帰宅した次男は、居間の隣の和室で、今夜も死んだように眠りについていた。未だに続く猛暑の中、夜遅くまでご苦労だった。Dscf0787

一番キツイ練習をした者たちこそが、花園の出場切符を手にすることができるのだ。「花園出場」の夢を現実のものとするために、そして自分達の青春に悔いを残さないためにも、最後の踏ん張りを発揮して県予選会を勝ち抜いてほしかった。Dscf0791

猛暑にも関わらず、昼夜問わずに頑張っているのは、次男達だけではなかった。ラグビー部を陰で支えている女子マネージャー5人の献身的な努力には、グラウンドでぶつかり合う次男達と同レベルでいつも頭が下がった。

部員に代わって用具を移動したり、水を運んだり、ケガの手当てをしたりと、練習でも試合でも身を粉にして仕事をこなしてくれる『ラグビー姫』たちだった。彼女達の頑張りがあればこそ、安心して戦いができる次男達だった。Dscf0792

放課後や土日には、普通の女子高生のように遊びたいところだろうけれど、誰一人として文句も言わず、選手達と同じように日焼けしながら、献身的に男子部員をサポートしてくれる5人の姫たちだった。『青森●高校ラグビー部姫5人衆』、言いかえれば『AKB(青森・●高校ラグビー・部姫)5』というところか・・・。Dsc_0033

『ラグビー姫』たちを花園で開かれる全国大会へ連れて行くためにも、この先に待っている戦いを勝ち抜いてくれるに違いないと信じている長月の月曜日virgo

2012年9月 2日 (日)

営業日

花園大会出場に向けた初戦がいよいよ今週土曜日に迫っていた。気分は土曜日に向けて高まっていたけれど、私にはミニ国体の残務整理が残っていた。

一部の父兄には届けていたけれど、プリンターのインク切れで作業が中途半端になっていたため、土日で残務整理をこなした。今回も『TSUTAYA又左衛門店』をご利用いただき、毎度ありがとうございます。Dsc_0028

『TSUTAYA又左衛門店』の営業もここからが正念場だった。土曜日から始まる花園大会県予選会では、負けた時点で次男達は高校ラグビー生活が終了、部活も引退だった。それは『TSUTAYA又左衛門店』も閉店を余儀なくされることを意味するものだった。

開店できる機会が、あと何試合分なのか・・・。開店期間が長い期間でありますように・・・と願っていた長月の日曜日cd

2012年9月 1日 (土)

暑い、熱い夏

  「(行ってくる・・・)」。奥さんも次男もまだ眠っていたので、静かに出掛けた。行き先は奥入瀬渓流。こっそりと一人で避暑地にエスケープというのなら喜び勇んで出掛けるところだったけど、予定が入っていた。

外気温は30℃。今日も朝から暑かった。青森市街地を抜けて、八甲田山中を駆け抜け、目指す奥入瀬渓流へ。八甲田山中は23℃。市街地に比べて7℃も低かった。目的地の奥入瀬渓流に到着すると、この日の任務が待っていた。Dsc_0011_2

実は、知人から「土曜日に恒例のゴミ拾いをするんだけど、来ない?」と事前に連絡が入っていた。秋の紅葉シーズンを前に、知人らは毎年この時期に奥入瀬渓流の遊歩道のゴミ拾いをしていた。私も過去に3度ほど参加したことがあったので、今年も声がかかっていた。私「ははは~、断れないですね」ということで、参加することにしていた。

今年の参加者は約100人。手分けしてゴミを拾い歩いた。私は渓流の遊歩道コースを歩いくことにした。川のせせらぎを聞けば、少しは涼しく感じられるだろうという発想だったけど、やっぱり暑かった・・・。いつものように、暑さ対策をするわけでもなく、タンクトップと短パン姿。少しTPOを考えればよかった・・・。Dsc_0018

無事にこの日のボランティア活動も終了し、「では、お疲れさまー」ということで、解散。良いことをした後は、たいがい気持ちのいいものだけど、流れ出た汗で超~気持ち悪かった。

せっかく奥入瀬渓流まで来たんだしぃ・・・、ということで、渓流を少しだけ散策してみることにした。 Dsc_0033_3 Dsc_0036

十和田湖や奥入瀬渓流は、本県随一の観光地だったけれど、最近は観光客も減少を辿る一方だった。それでも、土曜日ということも手伝ってか、県外から来たと思われる団体客や外国からの観光客の姿が目についた。まだ十和田湖や奥入瀬渓流もそんなに捨てたもんじゃないかぁ・・・。Dsc_0038_4  Dsc_0040

渓流の散策もほどほどにして、次の場所に再び愛車を走らせた。行き先は、十和田市の隣町のグラウンドだった。今日から花園大会県予選会が始まっていたため、他校の試合ではあったけれど、観戦に行くことにした私だった。Dscf0800

どこの高校にとっても、3年生にとっては最後の大会。負ければ引退。応援の父兄達もそのことは痛いほど知っているので懸命の応援。分かるわー、その気持ち・・・。Dscf0797

大会初日のこの日は4試合が行われ、勝ち上がった4校は来週の次戦に進むことになった。逆に敗れた4校の3年生にとっては、今日が最後の試合。3年間の高校ラグビー生活に終止符を打たなければならないことを意味していた。

悔いなく戦うことができただろうか。持てる力のすべてを出し切ることができたのだろうか。高校ラクビー生活は楽しかっただろうか。その答えを知るのは、彼ら自身と、最後の試合を見守っていた晩夏の青空だった。

「厳しい練習に耐えて培った精神力、体力、絆を、この先の長い人生でも生かしてね。今は、ただただご苦労様・・・」と敗者の背中に無言で伝え、帰路についた私だった。Dsc_0001

私「ただいま」。奥さん「どこに行ってきたの?」。私「奥入瀬渓流」。奥さん「あっ、いいなぁ。行きたかった」。私「ゴミ拾いだけど・・・」。私「行かなくて良かったぁ」。

暑くて、熱いスタートとなった長月の土曜日sun

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