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2012年10月

2012年10月31日 (水)

きみまろ

花園出場を賭けた大一番で声を枯らして応援していたらしく、奥さんは決戦翌日から1週間、ガラガラ声だった。

敢えて例えれば、葛城ユキ、リリィのようなハスキーボイスとも言えなくもなかったけれど、『森進子』がピッタリだった。

そのガラガラ声が、ようやく日曜日あたりから復帰しつつあるようだった。所詮、声が元に戻ったところで美声になるはずもなく、今夜も決勝戦のビデオを観ては、「おっ、行けー」「あぁ、残~念」と一人でテレビを独占していた。

本当に勝手な行動する生き物だった。国体応援のため名古屋に行った際も、一人では行き方も知らないくせに、いったん目的地に着くと一人で勝手にズンズン行動する生き物だった。「絶対に俺は乗りたくない」と言ったにもかかわらず、観覧車に乗るといい、「中に入っても無駄」と止めたにも関わらずブランドショップに立ち寄ろうとしたり・・・。本当に勝手な行動する生き物だった。Img_0792 Img_0804

それでいて、次男の部活に必要な用具を準備しなければいけない時だけは、私の背中を全力で押す生き物だった。

呆れるほどの中高年パワーを前に、今夜も綾小路きみまろの漫談が頭の中でリピートしている神無月最後の日snail

2012年10月29日 (月)

わがまま

決戦から早くも1週間が過ぎていた。心労とも疲労とも安堵ともつかない、変な感覚に襲われて、抜け殻みたいな1週間。正直、歳だと思った・・・。

たった1試合のことではあったけれど、10話ぐらいはUPできるほど、幾多のドラマと多くの思い入れがあった試合だった。ついつい『回想』と題して何度かUPしてきたものの、とても表現しきれる私ではなかった。

決戦翌日、出社すると、「おめでとうございます」「よかったですねぇ」「テレビ見ましたよぉ」と祝福していただいた。ありがたかっけど、「あっ、どーもぉ」「お陰様で・・・」「テレビみたんだぁ・・・」というのが精一杯だった。

決戦を終えた夜に父兄仲間や先生方と祝勝会をしていたので、翌日は軽~い体調不良だったけれど、しなければならないことがあった。新聞集めだった。自宅や会社の新聞はもちろん、コンビニに行ってスポーツ紙を調達。「いったい、どんなふうに記事化されてるんだろ」という子供並みのワクワク感からだった。Dsc_0033

「あっ、載ってる、載ってる」「残念、1面は原ジャイアンツかぁ・・・。そりゃ、そうだよなぁ」「うんうん、いいトコついてるかも・・・」「もっと大きく扱ってくれても良かったのにぃ・・・」Dsc_0037 Dsc_0038 Dsc_0040

わがままな読者だった神無月の決戦翌日memo

2012年10月28日 (日)

回想「仲間」

試合終了を告げるホイッスルとともに、選手達の喜びの表現はさまざまだった。天に両手を突き上げる者、仲間と抱き合う者、笑顔の者、感涙する者。スタンド席の私は、やっぱり感涙派だった・・・。 Dsc00209_2 20121021144656112012102114465612 20121021144656132012102114465614    2012102114465617 2012102114465616

正面に整列した選手達は、花園出場の喜びを思い思いに噛みしめていた。一番キツイ練習を繰り返し、一番多く練習を重ね、一番泥んこになっていた我が校の選手達。全ては、この瞬間のためにあったのだから、思い思いに3年間の集大成を噛みしめればいい・・・。2012102114465610Dsc00215_3 

表彰式で選手達一人ひとりにメダルが掛けられた後、恒例の記念撮影が始まるといういうので、我々父兄達もスタンドからグラウンドに駆け寄った。当然だけど、皆、いい笑顔だった。Dsc00216

けれども、何か違和感に気付いた・・・。選手達をよくよく見くと、さっき首に掛けてもらったはずの優勝メダルを3年生達が誰一人掛けていなかった。

あれ、優勝メダルはどうした?と思い、周囲を見回していたら、1か所にみんなのメダルが集まっていた。決勝戦前日の練習で鎖骨を折り、この試合に出場できなかった3年生仲間の春樹の首に3年生全員のメダルが・・・。Dsc00217

こいつら・・・。今日は何度泣かせるつもりなんだ・・・。3年間苦楽を共にした仲間を思いやる選手達に、優勝した瞬間と同じくらい嬉しかった神無月の試合終了後t-shirt

2012年10月26日 (金)

回想「好敵手」

刻一刻と迫るキックオフ。監督から最後の指示を聞き、円陣を組んだ選手達。気合は全員みなぎっていた。201210211358251 201210211358252

センターライン付近に整列し、気合いを入れ直してグラウンドに飛び出そうとしている選手達。応援席からは、クラスメイトの名前を叫ぶ生徒達、息子の名を絶叫する親達。そんな大歓声を振り返ることもなく、選手達はグラウンドに飛び出していった。戦場に向かう兵士達を見送る心境の私は、「みんな行ってこい。3年間の泥んこ苦行の成果を出してこい」と心の中で叫びつつ、もうウルウルしていた。201210211358253

運命のホイッスルが吹かれた。キックオフとともに攻め込む選手達。相手もこの一戦に賭けて練習してきただけに、序盤は一進一退の攻防。いつも序盤の立ち上がりが悪いだけに、序盤さえ上手く乗り切ってほしかった。201210211358254

しかし、私達の期待とは裏腹に前半5分、ゴール前左隅に蹴り込まれたキックパスをトライされ先制点を献上。その後のコンバージョンキックも入れられて、いきなり7点を許した我が校。それに対して意気上がる相手校。最後の大一番も立ち上がりは悪かった・・・。201210211358255

ここで下を向いてはいられない、とばかりに再び攻めては守り、守っては責める我が校。やっと決勝戦に間に合わせて出場してきた主力選手達は、試合に出られなかった悔しさを爆発させるようにボールを追いかけた。201210211358258

10分が過ぎ、20分が経過。前半も残り10分という時に、ゴール前左マイボールラインアウトからモールで攻め込んだ我が校。英之が放ったボールを次男がキャッチしてモールを組む、という何百回も練習したセットプレーだ。応援席からは「押せ~」「行け~」。そして2年生Sが初トライ。5点を返した。201210211358256

応援スタンドからは「うぉー」「キャー」「いいぞ~」。選手達にも応援スタンドにも笑顔が戻った。201210211358257_2

必勝パターンで5対7に持ち込んだ我が校。勢いが復活した。前半30分に再びゴール前左マイボールラインアウトからモールで前進。さらにマイボールスクラムからボールを持ちだした利幸が3人に囲まれながらも逆転のトライ!10対7とリードした。慢性化したヘルニアに悩まされながら、ここ一番の大仕事はサスガだ。コンバージョンキックも決まり、前半を12対7で折り返した。201210211358259 2012102113582510

ハーフタイム中に監督の指示を再確認する選手達。集中力を保って、後半も攻め続けろー。201210211446562

後半30分は、相手を上回る気力と動きで徐々に試合を制しつつあった我が校。相手の反則で得たゴール正面のPGを決めて15対7と点差を広げた。相手に1トライされても逆転されない点差となったが、点差はいくらあっても十分ということはなかった。もう1本トライを取って来い!201210211446561

その願いが通じたのか、後半15分にFWの突進から2年生Aがトライ。その後のコンバージョンキックも決まり、22対7に点差を広げた。201210211446564

こうなると、残り15分が長いこと、長いこと・・・。「早く試合が終わってくれ―」と願う私達だったけれど、相手校も最後まで諦めることなく、最後まで攻防が繰り広げられた。

選手達はたくましく戦った。やっと主力メンバーが戻り、練習量が十分ではないというものの、3年間築き上げてきたチームワークは健在だった。皆、ケガを気にすることもなく、果敢に走り、突っ込み、蹴った。次男もセットプレーでは終始安定したプレーを続け、断裂した靭帯を気にするそぶりも見せずにタックルに入っていた。201210211446563

「あと2分」「残り1分」と時計を見る頻度が増していく中、花園出場を告げるノーサイドのホイッスル。その瞬間、何も言うことはなかった。正確には、何も言葉にできなかった。201210211446565

試合終了後、相手と握手を交わし、抱き合って健闘を称え合った両校選手達。201210211446567 201210211446566

試合が終われば敵も味方もない『ノーサイドの精神』。試合が終了しても好敵手だと思った神無月の決戦直後t-shirt

2012年10月24日 (水)

回想「後押し」

ジャージ伝達式を見届けて、選手ともども気合が入った私達。早速、横断幕や幟の設置に取り掛かった。最後の試合ともなると、お手伝いして下さる父兄の数も多く、順調に設置を完了。横断幕のテレビ映りも良さそうだ(笑)お手伝いいただいた父兄の皆さん、あざーす!Dsc00187 Dsc00192 Dsc00194 Dsc00188

応援席に戻ると、次男達ラグビー部の先輩達や、我々父兄の先輩達が続々と応援に駆け付けてくれていた。ありがたいことだった。自分達が卒業しても、自分の息子が卒業しても、後輩達を花園に送り出してやりたいという思いに触れて、ただただありがたかった私だった。Dsc00199

そうしているうちに、応援スタンドには沢山の生徒達。選手達を後押しするために駆け付けてくれた我が校の生徒達だった。この日の決勝戦は全校応援だということは聞いていたけれど、数百人規模の大応援団が選手達を励ましてくれることは心強かった。Dsc00200

試合開始前から大声援を選手達に送ってくれる生徒達。そこには最近のクールな世代や、冷めた若者の姿はなく、男子生徒も女子生徒も懸命に声を振り絞って声援を送ってくれていた。「あぁ、次男達は良い高校、良い仲間達に恵まれて幸せ者だなぁ。生徒たちのためにも、絶対に勝利の瞬間を見せてやってくれぇー」Dsc00198

われわれ家族、先輩とその父兄、全校生徒など、大歓声に後押しされて大一番を戦うことができる幸せとプレッシャーの両方を胸に、試合開始前の練習を繰り返す選手達。Dsc00201

みんなの後押しが嬉しくて嬉しくて、もうすでにウルウルしていた神無月の試合開始直前t-shirt

2012年10月23日 (火)

回想「おかえり」

決戦を一時間半後に控え、会場内のチーム控室で行われた「ジャージ伝達式」。花園大会出場を賭けた決勝戦だけに行なわれる神聖な儀式だった。Photo

決戦を直後に控えて最後のミーティングを兼ねて、一人ひとりが決戦に臨む決意を表明して最後の結束を確認した後、監督から選手一人ひとりに伝統の赤黒ジャージが手渡される聖域だった。先生のご配慮で、中に入れてもらえることになった。

そこには、今年3月に大ケガを負った直也の姿があった。7か月も試合に出られず、この最後の戦いにギリギリ間に合わせて出場できるまでになった。彼にとっては、3年生になって最初で最後の大会だった。この7か月間、グラウンドの外からチームのムードを盛り上げていた。今日はグラウンドの上で、7か月分の悔しさを爆発させるぞっ。Photo_2

準々決勝で膝に大ケガを負った英之も、無理をおして決勝戦に臨んでいた。セットプレーで次男に息の合ったボールを放り込んで入れる英之。FW1列目の中心的存在として、復帰戦を飾ってほしかった。Photo_3

同様に、春季大会で被った大ケガに苦しんでいた大二郎。彼の存在感、献身的なプレーにチームは何度となく救われていた。今日も左目周囲のアザが痛々しかったけれど、今一度、怒涛の突破力を見せつけてくれることを期待した。Photo_4

キャプテンの凌は、肉離れで国体出場を棒に振ったばかりでなく、今大会では準決勝にも出場できずにいた。それでもキャプテンシーを発揮して、ここまで選手達を奮い立たせてきてくれた。そして自らも闘志を内に秘めて最後の決戦出場を見据えていた。チームの柱として、最後の決戦を統率してくれ。Photo_5

3年間、選手達とともに涙と汗を流してきたマネージャーの友佳ちゃん。熱い日も、雪の日も献身的にチームをサポートしてくれた。お世話になった分、選手たちが必ず花園に連れていくから。Photo_6

周囲からは優勝候補と目されながら、実はフルメンバーで戦うのは、3年生になってからはこの決勝戦が初めてだった。新チームとして船出してからというもの主力にケガ人続出で戦線離脱が相次ぎ、苦しい戦いばかりの1年間だった。それでも、県内大会無敗でここまでこられたのは2年生達の成長があったからだった。

フルメンバーが揃って練習できたのは、決勝前日の昨日という状態を余儀なくされていた我が校だったけれど、最後の大会の最後の大一番に、やっと全員が戻ってきた。ケガはまだ万全ではないのは承知しているけれど、3年間苦楽を共にしてきた主力の3年生達がこの場にいるだけでもジワーとこみ上げるものがあった私だった。みんな、おかえり・・・。よく戻ってきてくれた・・・。

昨日の前日練習で鎖骨を折って、決勝戦に出場できなくなった春樹の姿もそこにあった。ダラリと下がった右肩は忍びなかった。きっと花園出場を決めて、春樹も花園に連れていってくれるはず。腐らずに、必ず治して戻って来い。Photo_7

そして、次男は骨折続きだった3年間を振り返り、チームに迷惑をかけたことを詫びるとともに、この決戦に賭ける意気込みを語った。事ここに及んでは、靭帯断裂していることなど言っている場合ではなかった。思いっきり、好きなようにやってみろ。Photo_8

皆、故障を抱えながらの満身創痍の選手達だったけれど、その目は輝いていた。強靭な先輩達と、有望な下級生に挟まれて、周囲から『隙間の世代』とさえ言われた次男達3年生。このチームで戦う県内最後の試合に3年間の全てをぶつけてくれ。そう願って、キックオフを待つことにした神無月の試合直前t-shirt

 

2012年10月21日 (日)

感涙

高校生活最後の試合になってしまうかもしれない大一番。

花園出場を賭けた決戦にノーサイドの笛。

目の前に立ちはだかった困難の先にあったのは、唯一望んでいた優勝。Dsc00206

花園行きます。Dsc00225

ご声援、本当にありがとうございました・・・。Dsc00239

次男に優勝メダルをかけてもらい、感涙しっぱなしの神在月の最良の午後crown

Z旗

「天下分け目の戦い」なのか、「地上最大の決戦」とでも言うべきか、それとも「ゴジラ対キングギドラ」が相応しいのかは分からないけれど、この日をついに迎えてしまった。『第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会青森県予選決勝』。応援グッズは、愛車に積みっぱなし。いつでも応援に行ったる!Img_0660

試合前の不安を払拭しようと、昨日は最終仕上げに励む選手達の様子を観に行った私。けれども、払拭するはずの不安を増殖させて帰宅するはめになろうとは予想もしなかった。

練習を終えた次男を乗せて帰宅途中に、2年生の父兄から電話。聞けば、「H君がこの日の練習でケガをし、一歩も動けずに会場に残っている」というSOSの電話。「うわぁ~、明日の決勝を控えてH君もケガって・・・。待ってろ、今すぐ行く」

決勝戦の試合会場となる陸上競技場に戻ってみると、H君が苦痛に顔を歪めていた。私「どうした?」H君「練習中にチームメイトの膝が俺の右肩に入りました・・・」。とても右肩は動かせる状況ではなかった。

私「分かった。今から病院探そう」と、スマホで休日診療してくれそうな病院を探しまくり、電話、また電話。けれども、電話の先からは「午後は休診です」「先生がお休みです」ばかり。「こうなりゃ、ここしかない」。行き先は県立中央病院だった。4度も骨折した次男の経験を今こそ生かす時だった。

病院に着き、「さっき電話した●●です」と受け付けを済ませ、レントゲン写真を撮った。H君は、ひどい痛みで立ったり座ったりすることが困難を極めていた。いいよ、時間がかかっても。ゆっくり動けばいいから・・・。

診察してもらうと、先生「右肩が折れてますねぇ。ココです」と写真を指差した。確かに折れていた・・・。先生「全治2か月ですねぇ。手術したほうが早く治ると思います。ところで、青森●高校のラグビー部員なの?」。私「はい」。先生「じゃあ、間もなく試合じゃないの?」。私「その決勝戦が明日だったんです」。先生「あらら、花園まで間に合うかなぁ?」。私「何とかお願いします」。

診察する段階で、H君は痛みのために右肩を動かせず、ジャージを脱ぐことができなかった。泣く泣くジャージをハサミで切った。部活の大切な練習着だったし、H君にとっては汗が染み込んだ愛用の品だった。辛かったぁ・・・。

診察を済ませ、H君を自宅まで送り届けることにした。車内のH君の心身の痛みを思うと辛かったけど、凹ませるわけにはいかないので、「ウチの●(次男)なんか、4回も骨折したんだから、Hも早く治って戻ってこいよ」「明日の決勝は、皆を信じよう。きっと、Hを花園へ連れて行ってくれるさ」「治療中も筋トレはしとけよ」・・・。そのたびに「はい」と気丈に答えるH君。どこまでH君に届いたかは自信がなかったけど、腐らずに治してもらいたい私だった。Img_0661

決戦直前という時に満身創痍のチームから再び一人のチームメイトがケガに泣いた。次男達はどこまで試練を乗り越えればいいというのだろう。それでも乗り越えてほしい今日の一戦。Img_0670

「我が校の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」

「本日天気晴朗なれど風強し」

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最後の大会の最後の試合も選手達を信じ、行こう決戦の地へ。長い間ご声援下さった方々に、悔いない戦いだったとご報告するためにも・・・。そして、神様はきっといるはずだから・・・。いざ、参る!キックオフを5時間後に控えた神月の決戦の朝thunder

2012年10月20日 (土)

泥んこ苦行の行方

『第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会青森県予選会』の決勝戦を明日に控え、「落ち着こう、落ち着かないと」と高ぶる気持ちを抑えるのがやっとの今日の私。

2年連続14回目の花園出場を勝ち獲るのか、はたまた高校生活最後の試合になってしまうのか。もちろん優勝してほしいけれど、悔いない戦いをしてほしいと願うばかりだった。

相手は八戸●高校。去年の決勝戦でも戦っていた相手。想定内とはいえ、「やっぱり勝ち上がってきたかぁ」というのが本音だった。

去年の決勝戦では、我が校の屈強な先輩達が相手を一蹴し、花園出場切符を奪い返してくれた。その一戦以来、新人大会、春季大会、高校総体、そして今回の花園予選と、5大会連続で同一カードで決勝戦を戦うことになった。

次男たちが主力となってからの3大会は「接戦」「死闘」「熱戦」の連続。常に紙一重の戦いを強いられ、そのたびに何とか退けて県内無敗を続けていた。けれども、いつかは連勝も途切れるもの。それが明日でないことを祈るしかできない私。無力だった・・・。

相手校が「今年こそ」「去年のリベンジを」と意気込んでいることは、当然、目にも入り、耳にも届いていた。受けて立つ次男達はケガ人続出でメンバーが固定できず、慣れないポジションで大一番に臨む選手が少なくなかった。

しかし、事ここに至っては全てを受け入れ、選手達の底力を今一度信じて、優勝してくれることを信じるだけ。1年前に全員が決死の丸刈り頭で大一番を制したあの心意気を、今一度発揮してくれることを願うばかりだった。3年間の泥んこ苦行は、明日の試合のためにあったんだから。201111061553331

実は、大事な試合を前に必ずしていることが私に一つあった。いい歳をした中年がすることではないと思われたので今まで伏してきたけれど、大一番を前に必ず聴く歌があった。辛い練習を乗り越えてきた選手達に捧げる応援歌でもあり、自分を鼓舞する意味でもあった。3年間、大事な試合に向かう車内で聴き続けてきた。

次男達にとっては最後の一戦。明朝、次男を会場に送る時にフルボリュームで聴こうと決めている神無月の決戦前日t-shirt

セミファイナル

生憎の雨が心配された準決勝のこの日は、天気予報どおり、降ったり止んだりの空模様だった。キックオフは11時。2時間前に会場へ次男を送り届けて、気分を落ちつけながら、そのまま試合開始を待つことにした。

徐々に父兄仲間も集まり出したので、応援の横断幕や幟を設置してキックオフを待つことにした。防寒着の下は背広。そして頭には手ぬぐい姿という奇妙ないでたちの私は、父兄仲間の失笑を買ったけど、そんなことはお構いなかった。

試合前の練習を終えて、伝統の『黒赤ジャージ』に着替えた選手達が再びグラウンドに姿を見せた。あっ、先発出場かぁ?次男は4番を背負って円陣の中にいた。201210191156231

本人も出場したかっただろうし、ケガ人続出のチーム状況下にあっては多少の痛みはあっても強行出場やむなしだった。次男よりも大きなケガをして出場できない仲間達がいることを思えば、出場するからにはその仲間の分もプレーしてほしかった。201210191156232

ケガ人の中には、キャプテンRの姿もあった。これまでチームを統率してきた彼が試合に出られないことは大きな痛手だった。Rは先発出場するチームメイト一人ひとりの背中を叩いて気合いを注入し、仲間をグラウンドに送り出していた。201210191156238

Rの思いを背中に感じながら、グラウンドに飛び出す選手達。 そして試合開始の時が迫った。201210191156233

いざ、キックオフ。レフリーのホイッスルが会場に響き渡った。試合開始のキックとともに、ボールをキャッチした相手へタックルに行ったのは次男だった。あっ、行っちゃった・・・。そういう役目だからしょうがないけど、指は大丈夫なんだろうか・・・。聞きたくても、グラウンドには届かないので、祈るような思いでケガがひどくならないことを願った。201210191156234

試合開始まもなく、Y太郎が右隅に走り込んで初トライ!応援席から「いいぞー」の声が上がった。今までのスロースターターぶりとは異なり、試合の入り方は悪くなかった。201210191156235

その後も、何本かトライを重ねた我が校。ケガ人多数で、本来とは違うポジションを務める選手が多い状況下では、まずまずの試合運びに思われた。201210191156237_2

けれども、ミスからくる失点もあった。さすがは古豪。スキを見せると畳みかけてくる攻撃は流石だった。

次男は、相変わらずタックル、タックルだった。どうか、試合終了までケガがひどくなりませんように・・・。201210191212321

前半をリードしてハーフタイム。ホッとして応援席を見渡すと、奥さんと長女がこっちを見て笑っていた。あっ、来てたんだ・・・。奥さんと長女は、まだ笑っていた。きっと、頭に被った手拭が可笑しかったのだろう。向こうから近寄ってくることはなかった。まあ、いいけど・・・。201210191156236

後半戦が始まり、試合はリードを保ったまま進んだ。いい感じだった。しかし、致命的なミスがあった、私に・・・。

ビデオカメラのバッテリ切れ・・・。次男達にとって最後になるかも知れない試合だというのに、予備バッテリーを持参していなかった。あーあ・・・。

私のミスなどお構いなく、試合は進み、やがてノーサイド。56対14で勝利。古豪を相手に、試合前は不安がないわけではなかったけれど、信じたとおりに決勝戦進出を果たしてくれた選手達。

次男も最後まで試合に出続け、ケガの様子もたいしたことはなさそうだった。まずは一安心というのが本音だった。

3年間で最大の大一番となる決勝戦は日曜日。準決勝に勝利し、決勝戦進出を喜びたかったけれど、次の決勝戦に勝って花園出場するまでは喜びを一時封印することにした私。準優勝で3年間の高校ラグビー生活を締め括るわけには絶対にいかなかった。『散る場所は花園の地』と決めて、3年間過ごしてきたのだから。

手拭を被っていたため、頭髪がペッタンコのまま午後から出社して怪しまれた神無月の準決勝の日run

2012年10月18日 (木)

全力闘眠

明日は準決勝。ここまでくれば、相手は皆、強豪。どこが相手であろうと、全力で戦うだけ。『全力闘球』あるのみだった。Photo

対戦相手は三本木●業高校。花園出場回数は、我が校と同じ13回を誇る高校ラグビーでは古豪の難敵だった。

最近1年間では、今年の高校総体で1度戦ったきり。その時は、29対7で退けていたけれど、古豪ゆえの精神的なプレッシャーを日増しに感じていた私。私がプレッシャーに負ける分にはいいけれど、選手達には伸び伸びとプレーし、そして勝利してほしいと、そのことばかりを考えて明日の準決勝を勝手にシミュレーションしていた。

次男の右手中指の回復具合は一進一退・・・。加えて、チーム内には多数のケガ人が・・・。不安の種は尽きないまま、試合前日を迎えていた私。

なんとしても勝利して、14回目の花園出場に向けて決勝戦に進みたい、その思いばかりで、きょう一日を過ごしていた。「会社のパソコンの中で笑っている選手達の笑顔が再び見られますように・・・」と祈りながら、仕事に励むふりをしつつ、パソコンのモニターの中で微笑む選手達一人ひとりを祈る気持ちで見ていた今日の私だった。Img_0686

今大会の一つの大きなヤマ場を明日に控え、一人勝手に緊張していたけれど、「きっと勝ってくれるさ。一番キツイ練習をしてきた子供達だから」と選手達を信じ、全力で眠ることにした神無月の眠れそうもない夜moon3

2012年10月17日 (水)

ジェーム

準決勝を明後日に控えた今夜、ローカル局の夕方のニュース番組の中で、準決勝を戦う4校の戦力を紹介する特集が放送されることになっていた。

「今夜放送されるから、みんなで観ようねぇ」と父兄仲間に伝えた私だったけれど、帰宅時間によっては観られない可能性もあったため、数日前から留守録をセットしていた。仕事上では絶対に発揮することのない事前準備だった。

急いで帰宅すると、「もう観たよぉ~」と自慢げな奥さん。馬鹿め、録画してたんだぜ、こっちは~♪

急いで再生し、私「おっ、始まった、始まった」。奥さん「あっ、録画したんだ・・・。こういうことはマメだよねぇ」。その声は当然スルーして録画に見入った。

花園出場を目指し、日夜練習に励む我が校の生徒達の様子が映し出されていた。放送された映像の中の次男は、ケガもなく、元気にタックルしていた。

特集を繰り返し、繰り返し観ては、「花園出場へのヤマ場がいよいよ迫ってきたなぁ。勝ってくれればいいなぁ。いや、勝つだろう。きっと勝つさ」と強引に思い込むことにしつつも、「また、ああやってグラウンドに立てればいいなぁ・・・」と思ったことも本当だった。

録画を観ていると、携帯電話にメールが入った。「誰からだろっ?きっと、番組観たぞー」っていう父兄仲間だろうなぁ(笑)

メールの送り主は、キャプテンRのママだった。内容は、R君に小さい時から教え込んできた文章だった。

「もし あなたが負けると考えるならあなたは負ける

もしあなたがもうダメだと考えるならあなたはダメになる

もしあなたが勝ちたいと思う心の片隅で 無理だと考えるならあなたは絶対に勝てない

もし あなたが失敗すると考えるならあなたは失敗する

世の中をみてみろ 最後まで成功を願い続けた人だけが成功してるではないか

全ては人の心が決めるのだ

向上したい 自信をもちたい あなたがそう願うならあなたはきっとそのとおりの人になる

強い人が勝つとは限らない すばらしい人が勝つとは限らない 私はできる そう考えるひとが 結局は勝つのだ」

byジェームス・アレン

ありがたい格言だった。ケガで目標を見失わないようにとの次男へのメッセージだったので、次男に転送した。暫く経っても次男から音沙汰はなかった。もう爆睡してた・・・。

リアルでも、この世界でも仲間に支えられながら、一日一日と週末に向かっていく神無月の水曜日memo

2012年10月16日 (火)

神様

花園大会出場に向けた準決勝と、その先に待つ決勝が今週末に迫り、不安と期待の両方が入り混じる高揚した1週間になるはずだった。昨日までは・・・。

ただいまぁ・・・」。心なしか次男の声が小さかったけれど、「まっ、いつものことだし・・・」と思っていたら、様子がおかしかった。次男「折れてるかも」と小声で・・・。奥さん「え゛ー」と大きな声で・・・。私「何だとぉ~

右手中指が紫色に腫れあがっていた。先週の猛特訓で痛めたらしく、その時は突き指だと思い、気にしなかったらしいのだけれど、日に日に腫れ上がり、痛みに耐えられなくなって言い出した様子・・・。馬鹿野郎・・・、こんなになるまで我慢しやがって・・・。

時刻は夜8時。私「とりあえず、夕食を食べろ。食事が済んだら、すぐに市民病院の救急診療に行くぞ」。次男「うん」。奥さん「今から診てくれる?」。私「診てもらわないと困るっ!」

予め「カクカクシカジカ」と電話した上で病院へ。次男は後部座席で元気なく丸くなっていた。病院に到着したけれど、救急車で運ばれる患者さんもいて、診察してもらえない時間だけが経過する。次男は相変わらず、すまなそうに背中を丸くして小さくなっていた。

あーぁ、俺達の花園出場の夢は、これで散ったのか・・・。

先日の試合が高校生活で最後の試合になってしまったのかぁ・・・。

あの時のトライが次男の最後のトライだったかぁ・・・。

チームメイトには「週末の決戦までにケガだけはするなよ」って言ってた俺なのに、次男がケガをするなんて・・・。

先生にも、父兄仲間にも何て言ったらいいんだろっ・・・。

俺がこんなブログを続けているから、神様が罰を与えたんだろうか・・・。

あ~あ、あ~ああ~あ・・・、凹む・・・。

待合室の私は、無念さと申し訳なさで泣きたい気持ちだった。

でも、もっと辛いのは隣で小さくなっている次男に違いなかった。私「痛むか?」。次男「うん、ちょっと」。私「そうか。もうちょっと待てば診てもらえるから・・・」

待ってる間に次男が自動販売機からポカリスェットを買ってきた。風邪が完全に癒えていないために、熱で喉が渇いたんだろうなぁ、と思っていたら、「ほいっ、飲まない?」と次男。

落ち込んだ私を慰めるつもりなのか・・・。ケガをしているのは次男なのに、どれだけガッカリした顔をしていんだろ、俺・・・。

やっと診察してもらえることになった次男はレントゲン写真撮影のために別室へ。再び時間が経過し、ようやく次男の診察が始まった。急患で診察室が混み合っていたため、私は待合室に。あっという間に次男が診察室から出てきた。

私「どうだった?」。次男「骨折じゃないかもしれないって」。私「はぁ?」。次男「靭帯かもしれないから、専門医に明日診てもらいなさいだって」。私「折れてなかったのか?」。次男「らしい・・・」。

あは、あは、はは、は、は・・・。骨折ではないらしいと聞き、全身の力が一気に抜けた私。靭帯とは厄介だけれど、今回は骨折だけは免れたか・・・。Dsc_0004

一夜明けた今日、次男とともに昨夜お世話になった市民病院の整形外科で再診を受けることにした。ここの病院の整形外科部長を務めるT先生は、次男達のラグビー試合で医務委員としてケガの手当てをして下さっていたため、高校生活最後の診察としてお世話になることにした。

看護師さん「●●(次男)さん、中にどうぞ」

私「おはようございます」

次男「おはようございます」

T先生「おっ、いつケガした?」

次男「先週末に・・・」

T先生「最後の試合の前だから、毎日練習きついだろ(笑)。昨日、腫れてきたのか?」

次男「はい」

T先生は全てをお見通しだった・・・。

T先生「レントゲンを見る限りでは、骨折はしてないみたいだね」

私「あっ、やっぱり骨折じゃないんですかぁ?」

T先生「ええ」

私「あぁ、良かったぁ~」

T先生「かなり痛むと思うから、痛み止めと、腫れを抑える薬を出します。しっかりとテーピングもしたほうがいいな」

次男「はい」

私「あのぉ、それでぇ、金曜日と日曜日の試合は・・・」

T先生「だいぶ痛むと思うけど、テーピングをガッチリしとけば、出場できないこともないでしょう。思うようにプレーはできないかもしれないけど」

私「え゛ー、出てもいいんですかぁ♪」

T先生「出たいだろ?」

次男「あっ、はい」

私「先生ありがとうございます。本当にすみません。痛み止めをいっぱい出して下さい」

T先生「ははは~。金曜日は行けないけど、日曜日の決勝戦は行きますから。頑張って!」

次男「はい」

私「はい、先生の恩に報いるためにも頑張らせますっ!」

3日後に試合を控えたこの時期に神様から天罰が下ったものとばかり思っていたけれど、ラグビーの神様の存在を信じずにはいられなかった神無月の月曜日と火曜日hospital

2012年10月15日 (月)

点滴するぅ?

急激な冷え込みのせいなのか、ハードな練習からくる疲労なのか、次男の顔色は今朝も優れなかった。熱を測ったら、やっぱり38・5℃・・・。

日曜日だけど、どっか診てくれる病院を探そっ!インターネットで休日診療して下さる医院を調べた。数か所見つかった中から、次男の通う高校の近所の医院に電話し、「カクカクシカジカで、昨夜から熱があります。診ていただけますかぁ?」

ローラみたいに「オッケー」と言ったかどうかは忘れたけれど、看護婦さんからOKの返事をいただいたので、急いで病院GO。あぁ、良かったぁ・・・。

しばらく、次男と待合室にいた私だったけれど、他に行かなければならない場所があった。部活が行なわれるグラウンドだった。

今日も市内のスポーツ公園で練習が行なわれることになっていた。次男が風邪のために部活を休むことはマネージャーを通じてチームメイトに伝えていたけれど、この日は次男と次男の親友Yを乗せてスポーツ公園に行く約束をしていた。次男は練習には行けないけれど、Y君は連れていかなければならなかった。

私「俺、今からY君をグラウンドに連れて行かなきゃいけないから、ちゃんと先生に症状を言って、点滴とデッカイ注射を打ってもらえよ」。次男「うぃ」

Y君をグラウンドに連れていくことは容易なことだった。次男がY君ママに乗せていただくことも少なくなかったし、Y君ママに用事がある時は、私がピンチヒッター。次男もY君も両方息子のようなものだった。

私「お待たせー」。Y君「あれっ?●●(次男)は?」。私「ごめん。この大事な時期に、昨夜から熱を出しちゃって。今、病院に捨てて来た。今頃はデッカイ注射してるはずだから(笑)」

この日は、昨日とは打って変って晴天だった。残念・・・、昨日も快晴だったら、次男も風邪をひかなくて済んだかもしれないのにぃ・・・。グラウンドに着くと、たくさんの人で賑わっていた。第32回東日本ラグビースクール中学生ラグビーフットボール大会1stステージが行なわれるとのことだった。Dsc_0003

本県ではラグビー部を持つ中学校がないため、中学生まではスクールで細々とラグビーをするしか手段がなかった。中学生かぁ、いいなぁ。この中から、次男達の後輩になる子が一人でも多くいてくれればいいのになぁ。

しばらく中学生達の試合を観ていると、次男から「病院終わったんだけど・・・」と電話。あっ、はいはい、只今参りますので、そのまま少々お待ち下さいませー。Dsc_0002

結局、次男は風邪らしく、しばらく安静にしていれば回復するようだった。まずは一安心し、次男を家に送り届けて、再びグラウンドに向かった私。中学生の大会は既に終わり、チームメイト達が昨日に続いて猛練習を繰り返していた。

部活が終わるのを待ちながら、父兄仲間と週末の準決勝、決勝の応援について打ち合わせをしていた私だったけれど、「応援の打ち合わせをするのも今回が最後かぁ・・・」と思うと月日の流れの早さを痛感した。

部活が終わり、親友Y君を乗せて帰路につくことに。Y君「●●(次男)は大丈夫ですか?」。私「ごめんごめん。今週末に最後の決戦を控えたこの時期に風邪をひいちゃって。たぶん、1~2日で練習に復帰できると思うけど・・・。だめなら、点滴したまま試合に出すから」

最後の試合を今週末に控えて、冗談とも本気ともつかない返事しか出なかった神無月の決戦前の日曜日run

2012年10月13日 (土)

チームプレイかぁ

準決勝まで1週間を切ったこの日、練習を見学に出掛けた。連日続けられる猛特訓をこの目に刻んでおこうと思い、グラウンドに出掛けた。Dscf0804

次男達にとって県内での公式試合は、残すところ最大で2試合。敗戦は、次の試合がなくなるばかりでなく、部活そのものが終わってしまうと思うと、練習を見に行かないわけにはいかなかった。

いくらグラウンドで動き回っているとは言え、小雨混じりの天気では寒いはず・・・。観ている自分が寒かったせいか、天気が恨めしかった。

次男達が言う通り、確かに今までにも増して白熱した練習が続けられていた。選手達に教え込む監督さんの姿は、熱血そのものだった。Dscf0801 Dscf0802

長く指導者として関わって立場だからこそ、今のこの時期になすべきこと、やらなければならないことを熟知しているのだろう。その熱意に応える意味でも、厳しい猛特訓を乗り越えて、残る準決勝、そして決勝を勝ち抜き、監督さんを花園に連れて行ってくれー。ついでに、私も連れてって・・・。Dscf0803_2

練習から戻った次男は、今夜も爆睡。食事も細かった。「明日の練習のためにも体力をつけさせなきゃ」と思い、半ば夕食を強要すると、次男「熱っぽいし、食欲ない」。熱を測ったら、あらまっ、38℃・・・。

高校ラグビー生活の集大成まであと1週間。何とか万全で試合を迎えさせるためにも、明日は部活を休んだほうがいいかも・・・。

チーム内に風邪を蔓延させるわけにはいかなかった。仲間に迷惑をかけないためには、休むこともチームプレイか・・・。そう言い聞かせつつ、休日診療してくれそうな医院を探すことにした神無月の夜rain

2012年10月11日 (木)

何のビデオ?

花園出場に向けた準決勝が1週間後に迫った。その2日後には決勝戦。いや、決勝戦のことを考えるのは、まだよそう・・・。目の前に迫った一戦を勝つだけっ!そう思うようにしていた。

これほどまで息子達の部活に入りこむことに対して、中年としては些か気恥ずかしさもないわけではないけど、性格からして入りこむタチなので、自分でも始末が悪いと感じていた。冷静にしてはいられないタチだった。

その性格が奥さんにも乗り移って、今では夕食後に「ビデオ見ようか」と決まって言う奥さん。性格が悪い私は「何のビデオ?」と聞き返すと、「春季大会にしようかな」「今日は高校総体の決勝戦」「NHK杯がいいんだけど」と答える奥さん。

本当は「映画か?それとも音楽か?」という意味で聞いているのだけれど、奥さんには『次男達のラグビー』しかジャンルがなかった。「映画がいい」と答えられると、逆に困る私でもあったけど・・・。何しろ映画のDVDといっても、アルマゲドンくらいしかない我が家なので、どっちにしても始末の悪い一家であることは間違いなかった・・・。Img_0661

ここから1週間は、次男達にとって最後の正念場。「負けても今度頑張ればいいや」は許されなかった。カウントダウンの日々が刻一刻と迫っていることをヒタヒタと感じつつ、今夜もビデオを観ていた神無月の夜clock

2012年10月10日 (水)

独占

ぎふ清流国体は、残念ながら思うような結果につながらなかった。そして、久しぶりに出社した今日の私。気が重かった・・・。

会社に向かう車中は、「あ~ぁ・・・、名古屋に向かう前は元気良く『青森県のために何とか勝利に向けて応援頑張って応援してくるからっ!じゃ、後のことは頼む!』と部下達に言ってしまったし・・・。敗戦を伝える記事があんなに大きく新聞に載ってたから、皆、結果は知ってるだろうしなぁ。あ~ぁ・・・」という思いばかりで、超ブルーな私だった。

出社すると、机の上は書類の山。「あははは、想像通りだわ・・・」と思っていると、部下達が続々と出社してきた。私「おはよー。留守中は、いろいろとありがとう。残念ながら、負けちゃったよ(笑)」。部下A「すみません、机の上に部長宛ての書類を上げておきました」。部下B「残念でしたね」

いろいろと気遣いさせてしまった部下達のためにも、頑張らないと!花園大会は~(笑)

私以上に敗戦がショックだったのは、ほかならぬ次男達だった。岐阜から帰青した日こそ、部活は休みだったものの、翌日からは花園出場に向けた練習が当然のように始まっていた。

その練習内容といったら、「ハンパねぇ」(次男談)というほどの「猛特訓」(次男談)らしかった。国体で敗戦したことを糧にしつつ、次なる目標である花園出場を果たし、そして最終目標である花園大会で勝ち抜くため、最近にはないほどの猛特訓が続けられている様子だった。Dscf0786

次男は今夜、浴槽の中で眠っていた。おぼれたり、風邪をひかなきゃ、しばらく浴室を独占しててもいいよ・・・。

国体という舞台では結果を残せなかった分、どうか誰一人としてケガをせずに、残る県大会2試合を全員で勝ち抜き、花園大会という最後の大舞台に立ってくれることを期待しつつ、自分自身も名古屋の旅行疲れを癒している神無月の夜moon3

2012年10月 9日 (火)

痛恨

都合により、まだ名古屋に滞在していた私達。自分でも、名古屋市民になるんだろうかぁ・・・と思うほど、長い滞在だった。

名古屋観光もいよいよ大詰め。インターネットで下調べをしていて、以前から気になった場所があった私。行き先を告げずにホテルを出た。付いてくる奥さんは「また、アウトレット~?(^^♪」みたいな顔をしていたけど、地下鉄を降りて目的地付近に着くと、奥さんの表情はすぐにガッカリに変わっていた。

『東本願寺名古屋別院』。京都の東本願寺には及ばないながらも、大きなお寺だった。個人的に崇拝しているわけではないけれど、私の実家の宗派が浄土真宗大谷派だったので、「これは行っとかないと」という思いからだった。Dsc00109

「無事に青森へ戻れますように。特に飛行機が落ちませんよう、お願いします・・・」。拝んで、ホッとした。

続いて足を向けた先は『熱田神宮』。ここはどうしても行きたかったので、「次は熱田神宮に行ってみる」。奥さん「分かった」Dsc00119

「また神社仏閣かぁ・・・」と言われるかと思ったけれど、熱田神宮に一度は行きたかったらしい。よかったぁ・・・。境内に入ると、七五三の家族連れで溢れかえっていた。

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ていねいに参拝した後、授与所でお守りを授かった。花園大会に出場できますように・・・、大学進学が上手く進みますように・・・。名古屋に来て、やっと一品だけ自分のモノを手に入れた。満足~♪Dsc00120

「お守りなら、青森の神社でもあると思うんだけど」という奥さんの声はスルーした。

そのお守りを手にしながら、重大なミスに気付いていた私。「あっ、何故、試合前に来なかったんだろ、俺・・・。国体勝利を祈願してれば良かった・・・。勝利を祈願しなかったから、負けたんじゃないのかなぁ・・・。俺としたことが・・・」

痛恨のミスに気付き、そこから先の行動は奥さんの希望を聞いておとなしくしていた神無月の午後japanesetea

2012年10月 8日 (月)

みえ

岐阜国体に出場していた本県チームを応援するため滞在していた名古屋なのに、この日は南国に立っていた私達。Dsc00096

『三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島』。三重県桑名市の長島スパーランド(長島温泉)に隣接するアウトレットだった。奥さんの希望で連れていくことにした・・・。Dsc00099

どれぐらいの数のショップが入っているのかは知らないけれど、とにかく凄い人出だった。人混みを縫うようにして、奥さんは次々とショップに入って行った。こういう場所では、お腹も自由自在に引っ込むらしい・・・。

いったんショップに入ると、長かった・・・。私は、行く先々のショップの入口で散々待っていた。私の話し相手はガラスエリアの中に立っている色白のお姉さん達。けれども、お姉さん達は忙しいらしく、私から視線をそらしていた・・・。Dsc00105

そのうちに、紙袋を2、3個抱えた奥さんがショップから出てきた。こいつ、買い物しやがったなぁ。私の心中を察した奥さんは「大丈夫。安物だけだから~」。当たり前だ。

隣接する遊園地を羨ましそうに見ていた奥さんが、「今度はこっちに行ってみる?」。ジェットコースターだけは絶対にあり得ない私。「今度来た時にしろっ」と深く考えずに言うと、奥さん「今度ってことは、また来られるんだぁ。それでいいかぁ」Dsc00103

私も2、3店舗ほどショップに入ってみた。でも、敢えて買い物はしなかった。国体応援のために名古屋まで来たんだから、アウトレットで買い物でもしようものならアウトだろ!というコダワリからだった。Dsc00100

三重で見栄を張っていたけれど、ほしいものが1点だけあった神無月の一日carouselpony

2012年10月 6日 (土)

おもてなし

私にとっては想定外だった国体初戦敗退。連日応援するはずだった予定が崩れたのに加え、疲労と無念さで目覚めてもボーとしていた。あぁ、今日は応援がないんだもんなぁ・・・。何をしよっかなぁ・・・。

奥さんの切り替えは早かった。同じように疲労感と無念さは滲ませていたけれど、「名古屋観光するぞー」という気迫に溢れていた。昨日は、あんなに声を枯らして応援していたのに、見事な回復ぶりだった。

地下鉄とバスが乗り放題だというカードを買って、名古屋観光に繰り出すことにした。向かった先は、名古屋観光の王道『名古屋城』。天下の名城に行くのは半ば必然だった。歴女ならぬ歴おばさんの奥さんも当然賛成だった。「金の鯱鉾の輝き具合でも観てみるかぁ~」

でっかい。奥さんの体格もだいぶ立派になっていたけど、遥かに名古屋城はでっかい。Dsc00062

見事なお城だった。流石は徳川御三家の居城。石垣も櫓も植栽も立派だった。Dsc00067

広大な敷地内を歩いていると、人垣が・・・。ひょっとすると、例のアレかぁ(笑)予想通り、『名古屋おもてなし武将隊』の演武が行なわれていた。歴史モノ好きの私達。当然、近づいて、演武に見入っていた。Dsc00053

あらっ、ひょっとするとあの人は・・・。

そこには、私が居た・・・。金色の陣羽織を着た『前田(又左衛門)利家』。私のHNは、彼にあやかったものだった。あはは~、こんな所で自分と逢うなんて・・・。出迎え大儀であった!苦しゅうないっ(笑)Dsc00048

奥さんも名古屋城に来られた上に、、『名古屋おもてなし武将隊』に会えてご機嫌だった。さらに、お気に入りの『前田慶次』とも話ができてテンションが上がりまくっていた。Dsc00077 その後、徳川園などを巡り、名古屋駅ビルを散策したけれど、移動に使用したバスも金色。徹底したおもてなしぶりは、流石だぁ。Dsc00083

この日は、「きしめん」と「エビふりゃー」をお腹に納めた私達。Dsc00074

日が暮れて街にネオンが灯る頃になると、再び「手羽先唐揚げ」が恋しくなっていた。Dsc00087 Dsc00088

名古屋飯に完璧ハマっていた神無月の夜beer

2012年10月 5日 (金)

平成24年度ぎふ清流国体「完」

「平成24年度ぎふ清流国体」

次男達が出場するラグビー競技は岐阜県関市が会場だった。早朝に名古屋を発って会場入りした私達。青森県チームの対戦相手は新潟県チーム。相手にとって不足なし。というか、強豪だった。

国体特有の華やかな開会セレモニー。地元の皆さん、ありがとうございま~す。Dsc00010

そして、あっという間に、試合開始。先制を許し、追う展開に・・・。しかし、点差は縮まるどころか、開いていった。あっという間の1時間が過ぎた。10対39.。勝てなかったぁ・・・。

強豪県であることは十分に承知して臨んだ選手。そして私達も・・・。何か歯車が狂っていたけれど、結論は新潟県チームが強かったということ。新潟県チームの選手達、おめでとう!いい戦いぶりでした。

そして青森県チームはご苦労様。全国レベルの戦いを肌で感じたんだから、これからは花園大会出場のために活かしてほしい・・・。

試合終了後、チームの元に駆け寄って、健闘をねぎらった。皆、勝てなかったことが信じられない様子だった・・・。Dsc00022

私の顔を見つけた次男は、申し訳なさそうに、苦笑いをした・・・。お疲れさん・・・。Dsc00017

ケガ人多発の中だっけど、みんなよくやった。24人がそれぞれの胸の中に今日の戦いを刻み込んで、今後の人生に活かせばいい・・・。Dsc00021

本当にそう思ったけど、少なくてもその3倍は残念だった神無月の岐阜にいた日spade

2012年10月 4日 (木)

でら

国体の応援に行くというワクワク感よりも、飛行機に乗らなきゃいけないという思いが頭を離れず、目が覚めた。朝早くに・・・。昨夜から頭の9割を飛行機のことが占めていた。

持っていくものは何とか整えた。ピンクの旅行バッグに・・・。あぁ、恥ずかしぃ・・・。Img_0715

もちろん、早起きしたせいで青森空港にも早く着いた。まぁ、いいや。ギリギリに着いて、慌てて搭乗するよりは・・・。

これか、俺が搭乗しなきゃいけないトビウオ飛行機は・・・。離陸する前に、ちゃんと整備してちょうだいね。上空で燃料が切れるようなことだけは勘弁してほしいから、満タンでお願いします。満タンで・・・。Img_0724

ついに、搭乗する段階になっちゃった。万が一の時のために、ズボンのポケットにカメラを忍ばせた。機内で何かあったら、後世に伝えないといけないしぃ・・・。Img_0727

離陸は定時だった(と思う)。ジェットエンジンがゴォーーーー。身体が背もたれに押し付けられるぅー。久しぶりに体感するG。凄い加速・・・。機首が上を向いたと思ったら、浮いたぁ~♪

と思ったら、すぐに遥か上空に達しようとしている。Img_0729

もういいよ、このぐらいで・・・。あんまり高く飛ぶと燃料も大変だし、何しろ俺が怖いから。でも容赦なく上昇した・・・。もうちょっと高度を下げて、下げてぇ~。

あ~あ、ついに雲の上まで達しちゃった。Img_0732

機内ではCAのお姉さまがニコニコしながら、何かを説明していたけど、何の事を言ってるのか耳に入らなかった。ただ、「只今、秋田市上空を飛行中です」というアナウンスだけは知っていた。えっ、もう秋田なの?早っ・・・。Img_0734 Img_0735奥さんは、隣の席で読書をしていたけれど、あまりに私がアレコレ話しかけるので、「いいかげんに落ち着いたら?」

あっ、はい・・・。でも冷静に乗っていられる人の気持ちは最後まで分からなかった私だった。Img_0738

新潟を過ぎ、長野も過ぎたようだった。眼下には、雲。そして雲の隙間から見える陸地。こんなにサービスして高く飛ばなくてもいいんですけど・・・。Img_0741 離陸して1時間ほど経過したら、「間もなく機首を下げて高度を落とします」と機長さんからアナウンス。低くなるのは嬉しいけど、機首から突っ込まない程度に、そっとお願いします。何事も急激な変化は良くありませんから、そぉっと、そぉっと・・・。

名古屋の街並みがハッキリと見え始めた。高度が下がったのはありがたかったけど、今度は低すぎるんじゃない?もうちょっと高く飛ばないと、建物に接触しそうなんだけど・・・。上がれ、上がれぇー。Img_0744

私の願いはコクピットに届くはずもなく、ますます高度が下がるぅ~。Img_0746

間もなく、タイヤらしきものがキュッ!あらっ、着いたの?あっ、名古屋空港だがねぇ~♪ほっ・・・。Img_0751

あざ~す、トビウオ飛行機様。無事に運んでくれて、ど~もぉ~。Img_0752 地上に降り立ってしまえば、こっちのもんだった(笑)空港ビルからバスに乗り込んで、名古屋市街地へ移動する頃には、元気全開だった。

宿泊地は名古屋市の栄地区。文字通りに栄えていた。テレビ塔、セントラルパークを散策する私の足取りは軽かった。ピンクの旅行パックは、やっぱり恥ずかしかったけど・・・。

高い場所はもう十分だったので、テレビ塔は下から眺めるだけにしといた。Img_0757_3

この日の名古屋は30℃超え。でら暑いがねぇ・・・。まだ日も高かったので、いったんホテルにチェックインを済ませて、しばしクールダウンした後に、再び街なかに繰り出した。地上では元気だった。

オアシス21、栄地下街と巡りつつ、その規模の大きさにただただ驚く田舎者の私達。Img_0759 Img_0774

「LOUIS VUITTON?」。ここは用事がないからスルーした・・・。Img_0776

明日の試合の応援に備えなきゃ!と思い、早目に夕食を摂ることにした私達。居酒屋に飛び込み、カウンターに腰掛けて、調理場のご主人と仲良く会話をしながら、「名古屋飯」を中心に注文させて頂いた。美味しかった。

当然、縁起をかついで「味噌串カツ」は欠かせなかった~。相手に勝ち、己にも勝つために2本食べた。もっと食べられたけど、メタボを思い出したので、止めといた・・・。Img_0783

それにしても、手羽先唐揚げが、でら旨かった神無月の往路airplane

2012年10月 3日 (水)

あらっ、こんなところに

ぎふ清流国体の応援に旅立つ日が明日に迫っちゃった。応援には行きたいけれど、飛行機に乗るのはちょっと・・・。近づいてほしいような、まだ先であってほしいような・・・。

「まだ出発まで数日あるしぃ・・・」という愚かな余裕から、殆ど準備はできていなかった。このブログを速攻で切り上げて、準備に着手しなければならなかった。自分で撒いた種ってやつだった・・・。

そんな私も一つだけ事前に準備していたものがあった。一眼レフカメラを新調した。ミラーレスってやつだった。以前から狙っていた。価格が落ちるのを待っていた、我慢強く・・・。国体が迫ってきたのと、価格の下落の折り合いをは見計らって決断した。福沢諭吉に縁のない私としては、もちろんカード払いで・・・。Img_0695

これまでの一眼レフデジカメは、数年も前のモデルだったため、大きくて重たかった。「今度買うとしたら、ミラーレスの一眼レフにしよっ!」。そう決めていた。Img_0685

同じシリーズの上級グレードもあったけど、手を出すのは止めた。というよりも手が出なかった。どうせ、すぐにモデルチェンジを繰り返すだろうし、このグレードでも満足だった。レンズも2本あるし、費用対効果を考えれば、良い買い物をしたと思うことにした。Img_0693

「よぉーし、明日から持ち歩いて、国体の写真を撮るもんねぇ~♪」と勇んでいたけれど、カメラを買ったことを未だに奥さんに話せていなかった・・・。

岐阜に着いてから、「あらっ、こんなところにカメラが入ってる。なんでだろう・・・」というシナリオを密かに描いている神無月の出発前夜camera

2012年10月 2日 (火)

忘れ物ありがとー

日も暮れかかった夕方6時に岐阜に向けて青森を発つ本県チーム。会社から「忘れ物はないか?」とメールしたら、「帽子忘れた・・・」と次男から返信が・・・。あらら。

試合中に使用する物ではなかったけれど、万が一、使うようなことがあっちゃマズイと思い、急遽、家に戻って、出発前に次男へ届けることにした。

本当は、「選手達をちょっと見送りに行きたいかもぉ~」という気持ちもあったので、「あ~あ、次男が忘れ物しちゃったよぉ~。ゴメンゴメン、ちょっと学校まで行ってくるから、俺・・・」と部下に告げ、仕方なさそうに会社を出た。でも、その足取りは間違いなく軽かった♪ふふっ、よくぞ帽子を忘れてくれた。あざ~す(笑)Img_0673

高校に着くと、見慣れた父兄仲間の車両が1台・・・。先日、大量のホタテ貝を下さった父兄仲間だった。私「あらっ?」。父兄仲間「やっぱり来ると思ってました(笑)」。私「あはは、実はいろいろと事情があって、来なきゃいけなくなっちゃって(笑)」

生徒玄関前では、チャーターしたバスに他校の先生方が荷物を積み込んでいた。私「ご苦労様です。いろいろとお世話になりますが、よろしくお願いします。何か手伝いましょうか?」。F先生「あっ、どーもご苦労様です。実はコレ、私たちのガソリン(飲み物)なんです(笑)。お気遣いなく(笑)」。先生達は燃費が悪いらしく、沢山のガソリン(飲み物)を積み込んでいた(笑)Img_0706

選手達が玄関に集まり出した。キャプテンR、D二郎、E藤、T澤、Y太郎・・・。みんな笑顔でイイ顔をしていた。目の前に次男が現れたので、「ほいっ」と帽子を手渡した。次男「うぃ」。私「じぁあな」

選手達も先生達も全員揃い、次々とバスに搭乗した。バスの外には、見送りに来た私と父兄仲間少々。そしてケガのために国体メンバーから外れた我が校のラグビー部員達。本当は、全員が国体に行くだけの実力はあるのに、ケガのためにメンバーから外れるのは、本当に忍びなかった・・・。それでも、仲間達はパスの中の選手達に手を振って健闘を祈ってくれていた。くっそー、故郷のためにも、みんなのためにも頑張ってくれぇ・・・。Img_0708

バスが出発の時を迎えた。あぁ、一緒に行きたくなってきたぁ・・・。バスの座席には余裕があるのに・・・。荷物室でもいいんだけどぉ~。

そんな私にお構いなく、バスは岐阜に向けて、我が校を後にした。みんな、いってらっしゃい。試合に間に合うように俺も後日応援に行くから、それまではいっぱい練習しとけよぉ~。

誰もいなくなったし、そろそろ戻ろうかなーと思っていたら、「きっと来ると思ってたから、コレを持ってきた(笑)」と言い、私に発泡スチロールを手渡そうとする父兄仲間。

父兄仲間「今日獲れたハマチとナマコ」。私「えっ?この前、ホタテ貝をいただいたばっかりなのに・・・、すみません。この借りは、いつか身体で返しますm(__)m」

その父兄仲間からは、鯛、ホタテ貝、ハマチ、ナマコ・・・頂戴しっぱなしだった。これって、俺に転職して魚屋さんでもヤレってことだろうかぁ・・・。Img_0710 Img_0712

国体出発の日にいただいてしまった出世魚のハマチ・・・。きっと選手達も試合で出世してくれるかも~、と無理やりコジツケていた神無月の見送りに行った夜fish

2012年10月 1日 (月)

台風希望

朝方に降っていた雨の影響で「自転車通学できないから高校に送っていけ」という次男に叩き起こされた。「よしっ、じゃあ行くかー」と玄関に出ると、雨は上がり、晴れ間も・・・。「あらっ?雨が上がったからチャリで行けるぞ」と言う私に、「また降るかもしれない」と言う次男・・・。ヘタレの中年の息子も、やっぱりヘタレだった。

出勤して間もなく社長も出社してきた。「ひょっとしたら、国体応援のために有給休暇をとるって言ってたことを忘れてるかもしれない。気持ち良く休みたいから、もう一度言っとこ」と思い、社長室のドアを叩いた。トントン・・・。私「以前も申し上げた通り、今週末から国体応援のため休ませていただきます」。社長「うん、分かってるから。休み期間中のことは部内で上手くやってくれ」

なんだ、分かってたのかぁ・・・。そんなにシツコク喋ってたっけ、俺・・・。まあいいや、そのために土日もズ―と仕事してたんだし、国体が中止になっても休んでやろーっと。

ということで、今週の勤務は水曜日までの三日間。いつもならば、週初めは忙しかったけれど、休日出勤したお陰で仕事も順調そのもの。10月のスタートは好調だった。けれども朝方の風雨が嘘のように、暑い一日だった。職場にいても暑くて暑くて、「更年期障害になったか、俺も・・・」と思いながら、仕事を続けていた。

仕事が終わり、高校へ向かった。「ほらっ、やっぱり雨は降らなかったじゃないか・・・」と思ったけれど、高校に行くのは嫌いではなかった。教室から流れてくる吹奏楽部の練習の音色を聞きながら、部活が終わるのを待った。やっと来たぁ~。Img_0702

明日の午後、岐阜へ出発する次男の準備を様子が気になって、「忘れ物はないか?」「アレは持ったか?」と聞きこうと思った私を制して、奥さんがアレコレと聞いていた。次男は多少ウンザリしていた。良かった、俺が聞かなくて~♪

夜の深まった頃に携帯電話にメール届いた。ケガのために急遽、国体に出場できなくなったキャプテンRが選手達に同行するという吉報だった。試合には出場できなくても、青森県チームをここまで束ねてきた彼がチームにいてくれることは心強かった。

夜遅くに飛び込んだ吉報に、一人でニンマリ笑っていたら、奥さんが「この人、ついに壊れたかぁ・・・」というような顔をしていた。でも、今夜は許す~。

台風はなんとか去ったけど、岐阜国体では台風の目になってほしいなぁーと願いつつ、岐阜へ向かう明日も高校に送っていってやろうと思っている神無月の夜fullmoon

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