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2012年11月

2012年11月30日 (金)

どうぞ安らかに・・・

11月も明日で終わり。今年も残すところ1か月。次男達の高校ラグビー生活も残すところ1か月。振り返れば本当に月日の経つのは早かったぁ・・・。

次男達が花園大会に出場することだけを唯一、最大の目標に掲げて走ってきた(ほとんど歩いて)この11か月間。いろいろな情報を切り捨てて暮らしていた私だった。その一つが、今年接した訃報だった。

二谷英明、山口美江、安岡力也、尾崎紀世彦、桑名正博、ホイットニー・ヒューストンの各氏・・・。数え上げればキリがなかった・・・。

元フォーリーブスの北公次氏も逝った。今のアイドルグループの先駆け的存在だった・・・。

大滝秀治氏と地井武男氏は、『北の国から』の演技が脳裏にこびり付いていた。

松平康隆氏は、全日本男子バレーボールチームの監督として、ミュンヘンオリンピックで見事に金メダル獲得を成し遂げた。当時、小学6年生の私はどれだけ熱狂したことだろう。Photo

政治評論家の三宅久之氏も逝去した。決断できない政治と相反して、同氏の歯切れの良い語り口は爽快だった。Photo

米国俳優のマイケル・クラーク・ダンカン氏も亡くなった。出演していた『アルマゲドン』や『グリーンマイル』は何度観たことだろう。あの存在感は過去の映画でしか観ることができないと思うと惜しまれた。Photo_2 Photo_3

そして、双子のデュオ『ザ・ピーナッツ』の伊藤エミ氏も亡くなった、シャボン玉ホリデーのイメージが強烈に残っていた。故ハナ肇氏との「おとっつぁん、おかゆができたわよ」「いつもすまないねぇ」のフレーズは昭和の名場面だと思っていた。

本業の歌手としては、比類なきデュオぶりだった。今、聴き直しても、これだけのハーモニーを聴かせてくれるデュオは見当たらないような気がした。

大好きな『ウナ・セラ・ディ東京』を聴きながら、故人を偲んだ霜月の寒い夜moon1

2012年11月28日 (水)

無添加

木曽ヒノキ、秋田スギと並んで日本三大美林に数えられる青森ヒバ。この青森ヒバから抽出した「ヒノキチオール」という成分を使ってスキンケア商品等を開発・販売している会社が新商品を販売すると聞き、行ってきた。

スキンケアなどという分野には程遠い私が、何故そんなことに顔を出すのかと言うと、まぎれもなく仕事以外の何物でもなかった。

以前から顔見知りの社長さんだったこともあり、私「どうもお久しぶりです。いつもお世話になっております」。社長さん「今日はわざわざありがとうございます」

新商品は、従来の商品に磨きをかけたもので、無添加のシャンプー、コンディショナーだった。その名もズバリ『ヒバの森 無添加』。Dsc_0035

エメ●ンシャンプーしか知らない私には縁遠い商品だったけど、いろいろと説明を受けているうちに、「きっと、アレルギーなんかに悩まされている人にとっては、いい商品なんだろうなぁ」ということは感じた。

国内はもちろん、中国や韓国などからも問い合わせが来るらしく、「健康は世界共通なんだなぁ・・・」ということも改めて知らされた。

社長さん「今日は来ていただいてありがとうございました」。私「いえいえ、どういたしまして。商品の良さが伝わって、たくさん売れればいいですねぇ」。帰り際に1セット貰っちゃった・・・。私「あっ、すみません。次からは購入します」

帰宅後、そのことを奥さんに話したら、洗面台の扉の奥に速攻で格納された。俺がいただいてきたんだけどぉ・・・。

興味のある方は「ヒバ開発㈱」(http://www.aomori-hiba.com/index2.htm)まで・・・、とさりげなくPRに努める霜月の夜new

2012年11月27日 (火)

Walker

行ってきた。次男の大学入試二次試験に・・・。

津軽を抜け出して上京する私達を見送るように、出発当日は雪。別に見送ってくれなくてもいいのに・・・。Img_0877

長旅の末に到着した東京は快晴。この日は日曜日だったせいか、朝の通勤ラッシュもなく電車を乗り継いで目指す駅へ。駅前のバスターミナルには受験生達の行列・・・。Img_0883

緊張はしていない様子だけれど、明らかに長旅で疲労感がみえみえの次男。「よしっ、時間に余裕はある。朝食摂ろっ!」ということで、朝から牛丼屋ヘ立ち寄り、「並盛二つ下さい~」と元気良く私。店員「自動販売機で食券買って下さい」。私「あ、あ、そう・・・(朝から失礼しましたぁ・・・)」

駅から大学まではバスで10~15分。大学の正門前には、やはり多数の受験生。私「よし、行ってこ~い!席を確認したら、トイレに行けよ」。次男「うぃー。じゃあ」Img_0885

ここからが大変だった。試験中に時間のつぶし方を知らない私。とりあえず、駅に戻って作戦を練ることにした。土地勘なし!福沢諭吉も留守!時間だけはある!

「万が一、合格でもしたら、この町で4年間暮らすことになるんだろうなぁ。よしっ!」と思い立ち、街を散策することにした。

「ふ~ん、ここが交番で、ここが銀行か・・・」。ぶつぶつ言いながらキョロキョロする中年は、自然に大学の方向へ歩きはじめていた。バスで往復したばっかりだったし、その道しか知らなかった・・・。

「まっ、いいや。大学までの道程を歩いて、この街の雰囲気を感じててみよっ」。それが間違いだった。バスでは10-15分の距離でも、歩くと50分。しかも坂道。Img_0897

疲れた。思いっきり、後悔した。歩いてる途中で、お婆ちゃんに抜かれたぁ・・・。「知らない街に来て、俺、何やってるんだろ・・・。お婆ちゃんに徒歩で追い越されるために来たんだっけ・・・」Img_0898

再び大学に着いた頃には、身体も心もグッタリだった。けれども、まだ受験が終わっているはずもなく、再び大学の周囲を散策した。目的のない中年は悲しかった・・・。

大学のすぐ近所に学生寮があることは知っていた。「ここかぁ~。洗濯物がいっぱい干してあるけど、1年生が先輩の分も担当してるんだろうなぁ(笑)」。ボーと洗濯物ばかり見ていると、変なオジサンに思われるので、再び歩いた。そして再び疲れた・・・。Img_0904

やっと、試験を終えて大学から出てきた次男。私「どうだった?」。次男「参ったぁ・・・。面接で想定外の質問ばかりで、答えられなかった・・・。あ~あ、やべぇ・・・」

とりあえず二次試験は終了。結果は神のみぞ知る。本当は一泊して、ゆっくり翌日に帰青したいところだったけれど、明日から仕事。年末の花園大会へ行きたい身としては、今ここで休むわけにはいかなかった。

私「じゃ、帰るかぁ・・・」。次男「うん・・・」。歩き疲れた私、面接で凹んだ次男。お互いに声は小さかった~。

3連休最終日のこの日は、新幹線の指定席を取れなかったため、仙台までは立って乗車。「あ~ぁ、昼間に歩くんじゃなかった・・・」Dsc_0003

デッキに座り込んで眠る次男に「今日はお疲れ・・・。そして、俺も・・・」と思った霜月の歩いた日bullettrain

2012年11月24日 (土)

上京直前

朝から小雪が舞い散る中、グラウンドに行ってきた。札幌山●手高校との練習試合。練習とは言え、久しぶりの試合だったので、楽しみだった。Dsc00289

断続的に小雪が舞う中、次男は短パンに半袖・・・。気合なのか、無神経なのか・・・。Dsc00286Dsc00288 

夜には大学の第二次試験のため、上京しなければならなかった。無事に怪我なく試合が終わってくれることだけを願いつつ、試合を観ていた。久しぶりの試合は楽しかったけど、寒かった。そして、痛かった。あと1か月で花園大会というこの時期に新たなケガ人も数人・・・。大事をとって、救急車まで呼んだ。チームにとっては痛~い強化試合だった。Dsc00292

チーム内にケガ人が出たことが心に引っ掛かり、今夜の上京は気が重いけど、明日の第二次試験に向け、父子でプチ家出する霜月の夜bus

2012年11月23日 (金)

手段

会社は今日から3連休。明日から次男の推薦入学第二次試験に付き添っていくことにしていたため、ゆっくりできるのは今日だけだった。でも、今日は休日出勤すると決めていたので、朝から出社することにした。

よりによって今日は『勤労感謝の日』。普段の勤労ぶりが不十分な私だったので、『勤労感謝の日』こそ仕事をしろ、という天の声が聞こえたような気がした・・・。とりあえず、祭日恒例の『日の丸』を玄関に掲揚し、「行ってきまーす」。Dscf0845

年末には花園大会の応援に絶対に行く!という目的を達成するためには、今のうちに少しでも仕事を片付けておく必要があった。目的のためには手段を選ばない悪の組織『ショッカー』のような中年だった。

休日出勤の成果はビミョーだけれど、そんなことは気にしない。休日出勤に励んでいる自分に酔っていた。「頑張ってるなぁ、俺って・・・。サラリーマンの鏡だぜ!」。誰も言わないから、自分で自分に言ってあげた・・・。

当初は、今回の3連休に岩手県北上市で次男達の強化試合が行われる予定だった。花園大会に出場する北海道・北東北各県の高校が一堂に会して強化に励み、花園大会ではお互いに頑張ろうという趣旨で、毎年この時期に開かれていた。

けれども、我が校は3年生にケガ人がいる上、昨日から2年生が修学旅行だったことなどの理由から、今年は参加を取りやめていた。花園へ出発する前の最後の試合だったので、以前から楽しみにしていたのだけれど、次男の第二次試験と日程が重なっていたこともあり、「今年は北上行きは無しかぁ・・・。花園大会の本番まで試合がないのも少し不安だけど、しょうがないよなぁ・・・」と諦めかけていた。

そんな矢先に、北海道代表の2校が明日と明後日、我が校へわざわざ練習試合に来る話がまとまった。あらっ、わざわざ北上市から移動してまで練習試合に来るんだぁ~♫でも、私と次男は入試のために明日は上京しなければならないしぃ・・・。

複雑な心境に揺れていると、次男「先生(監督)が『明日の練習試合が終わってから試験に行け』って言ってた」。私「あらっ、そうなんだ・・・」

試合があることの嬉しさと、上京手段を再考することに迫られた霜月の勤労Daybuilding

2012年11月21日 (水)

あっ、そう

次男が通う高校の『平成24年度スポーツ科学科実技発表会』が昨日行なわれた。行くはずだった奥さんが急遽、仕事のために行けないことになり、「あんた代わりに行ってきて!」と言われた。俺だって仕事なんだけど・・・。

必ず行かなきゃいけない種類の学校行事ではなかったけれど、ラグビー部が日頃の練習の成果を披露することもあり、「代わりに行って、ビデオ撮影してこい!」という命令だった。仕事の予定を確認すると、行けないわけでもなかったので、愛車にビデオカメラと三脚を積んで出社した。

次男が通う高校に出掛けるのは日常茶飯事だったけれど、次男の送迎や部活に伴うものばかり。実は入学式以来、私が学校の行事に出席したのは今回が初めてだった。

入学以来3度あった文化祭も試合があったり、仕事だったりの3年間。体育館に入るのも入学式以来だった。今日、来ていなかったら、卒業式まで来ることもなかったんだろうかと思うと、奥さんの命令を聞くのもそれなりに意味があった。201211201401041

開会式や、生徒代表による研究発表に続いて登場したラグビー部は、基本的なパスやキック、セットプレーなどの練習を披露。来賓、市内の中学校の校長先生、父兄達が見つめる中での練習公開にみんな照れ臭そうだった(笑)201211201428041 201211201428042_2201211201428043 

ラグビー部と並んで県内一の強さを誇る空手道部、春季大会で準優勝を飾った野球部の生徒達もそれぞれ練習の成果を発表した。みんなスポーツマンらしく、元気良く、そしてテキパキと行動する姿に好感を感じた。201211201439571201211201448511 

よさこい、団体行動、オリジナル体操なども披露され、35年前にタイムスリップして体育の授業を受けているような感覚だった。昔は、俺もあれぐらい体が動いたんだろうなぁ(笑)。今は・・・(考えないでおこう)。

帰宅後、「ビデオ撮影してきてやったぞ」とドヤ顔で奥さんに知らせた。奥さん「あっ、そう。疲れたから、そのうちに見せて・・・」。

「あっ、そう」と心の中で言い返した霜月の夜movie

2012年11月20日 (火)

ネガティブ

日中降り続いた冷たい雨が、夕方には雪に変わった。

「雨は夜更けすぎにぃ~♫」どころか、「雨は夜と共にぃ~、雪へと変わるだろ~♫」だった・・・。Dsc00280

こんなネガティブな話ばかり続けるのはよそうと思ったけれど、心の中の比重を最も占めるのが、この寒さだった。Dsc00281

雪には慣れているとは言うものの、降り始めは交通事故が多発したり、火災が発生したりと、寒さや雪に起因する辛い出来事も少なくなかった。

実際に今日、我が家の近所でも火災が発生し、3棟が延焼したというニュースが流れていた・・・。

本当にネガティブなここ数日。暫くは楽しみもなく、こんな日が続くのかと思うと気が滅入りそうだった。

唯一の救いは、去年に続いて今年もクリスマスの時期に津軽を脱出し、花園へ出発するというこの1点だけだった。

その年内唯一、かつ今年最大のイベントに向けて、今は雌伏の時だった。

風邪をひかないよう、今は脂肪を蓄える時期だと思うことにした霜月の雪に変わった夜cafe

2012年11月18日 (日)

初雪

ついに、キタァー。この冬の初雪・・・。昨日の記事の中に去年の豪雪の写真をUPしたのがマズかったかぁ・・・。

青森市の初雪は、平年より12日遅く、昨年よりも3日遅いらしい。もっと遅くても良かったけど・・・。Dsc00278

ということで、朝(風呂掃除を兼ねて)、昼、晩と3度も入浴した。もちろん温泉とは異なるけれど、好きな時に好きなように入浴するのも悪くなかった。

天気予報によると、今週は連日寒い日が続くようだった。本格的な冬支度も整わないまま冬に突入した津軽。

Dsc00276_2来年3月までのことを思うと、家の誰もが自然と無口になりかかっていたけど、「まっ、いつかはこの日が来るんだし、平年よりも遅い初雪なら儲かったってことにしとかないと・・・」とポジティブに努めることにした霜月の初雪の日snow

2012年11月17日 (土)

募金partⅡ

今日も行ってきた、花園大会出場のための募金活動。募金を募る場所は、近所のショッピングセンター。この日は奥さんにも「募金活動するぞ」と言っておいた。

生憎の雨だったけれど、店内での募金活動だったので、さほど寒い思いをすることもないだろうということで、長女の娘(7歳様)に「一緒に募金しないかぁ?」と誘ってみた。7歳様「行く行く。で、募金って何?」

カクカク、シカジカと適当に説明しつつ、結局、「好きなお菓子を買ってあげる」ということで一本釣りに成功した。Dscf0833

会場には既に当番の先生と生徒、そして一緒に募金を呼び掛ける父兄仲間が集まっていた。募金担当の先生が次男の担任の先生だったし、父兄仲間は次男の親友のお母さんだった。しかも、会場は近所とあって、ホームで試合をするようなものだった。今日も募金活動がんばらないと!

「花園大会の募金をお願いしまーす」「全国大会に出場しまーす。募金にご協力お願いしまーす」Dscf0831

この日、一緒に募金を呼び掛けてくれた生徒達は、我が校の剣道部の皆さん。ラグビー部のために元気良く募金を呼び掛けてくれた。Dscf0830

助っ人の7歳様も、最初は恥ずかしそうだったけれど、徐々にコツが分かったらしく、それなりに募金を呼び掛けていた。途中でオモチャ屋さんに行っちゃったけどぉ~。Dscf0838

そして、快く募金に応じてくれる市民のみなさん、本当にありがとうございました。

いよいよ、花園大会まで40日。これからはグラウンドを使用できる日も少なくなり、試合勘を取り戻すのが大変になるけれど、市民の御厚意を胸に刻んで練習に励み、花園では悔いのない試合をしてくれることを期待した霜月の土曜日moneybag

2012年11月16日 (金)

いつもどおり

津軽の霊峰・岩木山。少し前の写真だけど、この山が白くなるのも時間の問題。土日は、里でも寒くなるという噂。やっぱり、今年も冬は来るのか・・・。Photo

当然、一番気になるのは今冬の雪の量。2年連続の豪雪だった。そのリバウンドで今冬は小雪だったらいいな・・・。降る前からそのことばかりが気になっていた。Img_0269_2

そんな中、「年賀状の注文を今年もお願いしたいんですけど~」と知人に頼まれていた。「去年並みの枚数でいいかな」と思っていたけど、「まだ先のことだしぃ」というテキトーな性格の私は、まだ注文しないでいた。

しかし、いくらパソコンでデザインを製作し、プリンターで印刷するだけとはいいながらも、いつも担当するのは私。「どうせ、やんなきゃいけないんだったら、そろそろ準備だけはしよう」と重い腰を上げることにした。

ちょうど、「そろそろ、いかがですかぁ」という知人の催促があったので、「じゃあ、今年もいつもどおりで」とお願いすることにした。

帰宅して、私「年賀状を頼んでおいたぞ。いつもの枚数にしといたからな」

奥さん「あっ、そう。もうそんな時期なんだ」

私「おぉ。で、年賀状の枚数はいつもどおりにしといた。全部で●円だから、立て替えといた」

奥さん「それもいつもどおりでいいんだけど」

今年も私が支払うことになっていた霜月の金曜日pig

2012年11月15日 (木)

伝染

きょう15日は、次男の推薦入学の第一次選考の合格発表の日だった。

仕事中にネットで大学のホームページにアクセスし、受験番号を入力して合否を確認するのだけれど、該当の番号は『なし』。

ははは・・・、何かの間違いだろと思い、何度も検索するけれど、やっぱり『なし』。

えっ、まさか・・・。もう一度やってみよっ!と何度目になるのか忘れるくらい確認して、やっと気付いた。入力した受験番号が間違っていた・・・。他人の受験番号を一生懸命に入力しては合否を検索していた馬鹿な私。

正式な受験番号を入力したら、『第一次選考合格 第二次選考の手続きをして下さい』との表示。はぁ、良かった。

周囲は大丈夫と言ってはくれるものの、受験ばかりは『合格』の二文字を見るまではドキドキだった。

第二次選考は今月下旬。本人は試験そのものよりも、大学への行き方が不安な様子。一人で上京して電車やバスを乗り換えて目指す大学まで行けるかどうか不安がっていた。身体は大きいけれど、気は小さい方だった。私に似ていた・・・。

今まで、そんな経験もないのだから、当然と言えば当然だった。私だって、迷わずに行けるか不安だもの。安心して第二次選考を迎えるため、今回だけは連れて行ったほうがいいかもしれないなぁ・・・という親馬鹿ぶりが頭をもたげていた。

久しぶりに上京する出番が私にも巡って来るかもしれないと思うと、第一次選考をクリアした嬉しさよりも、無事に連れて行けるだろうかという不安が伝染しつつあった霜月の夜pen

2012年11月14日 (水)

最北端

行ってきた。本州最北の地、青森県下北郡大間町。何年ぶりだろっ・・・。

海沿いの県道をひたすら爆走&激走すること3時間超。ドライブは好きだけど、本州最北の地はやっぱり遠かった・・・。


最近では言わずと知れた「大間のマグロ」。県内に住んでいてもなかなか口にするすることのできない(我が家だけ?)高級魚を一本釣りする漁師町であり、本州最北端の町として知られるようになっていたけれど、県外に行くよりもはるかに遠かった。

マグロ漁船かどうかは不明だけれど、漁港内には津軽海峡の荒波を避けるように停泊する漁船。夕焼けに照らし出された漁港の風景に、冬本番が近付いていることを実感させられた。Dsc_0011Dsc_0013 

そして、観光客を出迎える大漁旗。最北端の町だけれど、ここの町の人々はもてなしの気持ちに溢れていた。Dsc_0014

町の北端には、『こヽ本州最北端の地』の碑がそびえ立っている。大間崎と北海道の汐首岬の距離は僅か17km。石碑の背後には弁天島(灯台の立つ小島)、その向こうには北海道を臨むことができる。

Dsc_0016さらに、石碑の隣には、『まぐろ一本釣の町 おおま』のモニュメント。

Dsc_0018  Dsc_0019 Dsc_0017北端の地の夕暮れは早かった。急いで帰宅したけれど、青森に着いたのは夜8時。「ただいま・・・」。疲れていたけど、「本マグロは買ってきた?」と聞かれるのが分かっていたので、大間町まで行ってきたことはまだ黙っていた霜月の疲れた夜fish

2012年11月12日 (月)

アマゾネス

奥さんが、揺るぎない王国を築き上げようとしていた・・・。

最近、奥さんの会社に長男の嫁さんが勤務し始めた。

数年前には長女も務めていた。

二人とも奥さんが入社を勧めたものだった。

我が家の女性陣が同じ職場に集結することを意味していた。

仕事をする上でやりやすいのか、やりにくいのかは分からないけれど、職場で男どもの悪口に華が咲くことは疑う余地はなかった。

もう女達の牙城を崩すことは困難だと思われたので、何か言いつけられたら「承知しました」と素直に従おうと思っている霜月の月曜日house

2012年11月11日 (日)

線路は続く・・・

東北新幹線が一昨年12月に新青森まで全線開業し、間もなく丸2年を迎えようとしていた。開業当初は、全国から沢山の旅行客が来てくれるだろうという期待に地元は湧いていた。しかし、全線開業から丸3か月も経たないうちに東日本大震災に見舞われ、東北新幹線全線開業祝賀ムードは吹き飛び、震災からの復旧・復興が最大かつ喫緊の課題となっていた。可哀想な東北新幹線だった。

そして、数日前のことだった。『北海道新幹線レール発進式』ってヤツが青森市内で行われた。新幹線建設を担当する機関に勤務しているわけでもなければ、建設会社に勤めているわけでもないし、役所で働いているわけでもないけれど、「来い」と言われたので式典に行くことになった。

東北新幹線が全線開通してまだ2年を経過していないのに、あと3年すれば北海道新幹線新青森ー新函館間が開業する予定になっていた。つまり、あと3年で東京から北海道(新函館)まで乗り換えなしで新幹線移動できるということだった。

このレールが北海道新幹線のレール(1本の長さ200m)だった。Dsc_0076

送り込み装置という機械からゆっくりと北に向かって伸びるレール。ゆっくりだけれど、確実に北へ延伸されていった。Dsc_0015

その先には青函トンネルがあり、さらに北の大地につながることになっていた。線路は続くよ、北海道までもぉ~♫だった・・・。Dsc_0079出席していた人々は、晴れがましく、誇らしい顔をしていた。それはそうだ。高速交通体系が整い、利便性が向上することは歓迎すべきことだった。Dsc_0058

でも、私の心の中は少々複雑だった。

東北新幹線が全線開業し、やっと青森県も新幹線時代に突入したと思った矢先の大震災で、壊滅的な被害に見舞われた東北地方。東北地方の復興にどれぐらいの歳月を要するのか分からないけれど、3年後に北海道新幹線が開業した場合に、旅行客は東北をスルーして、北海道へ渡ってしまうのだろうかという思いがあった。

私ごときが考えても仕方ないことだったけれど、東北の復興過程を、そして復興した姿を理解していただくためにも、「北海道へお越しの際は東北にも立ち寄ってくれたらいいなぁ・・・」と思いながら北へ延びるレールを見ていた霜月のとある一日bullettrain

2012年11月10日 (土)

回想「男は黙って」

通勤時の車内、帰宅時の車内、夕食後、そして社内の昼休み時間・・・。撮影した試合のDVDを毎日毎日、繰り返し繰り返し観ていた。そんな暮らしが2年ほど続いていた。Dsc00275

画面の中では、楕円球を持ってぶつかり合う選手達の動きや息遣い、応援する人々の歓声や悲鳴が交ざり合い、何にも代え難い空間になっていた。Dsc00191Dsc00198 

自分で試合を撮影するようになってからは、自分の声が残らぬよう、できるだけ冷静に撮影に努めるよう心掛けていた。これまで撮影した何十試合というDVDには、選手の声や、応援する父兄の声がギッシリと渦巻いていた。どのDVDにも珠玉の音が詰まっていた。Dsc00202Dsc00215 

けれども花園出場を賭けた最後の決戦だけは様子が異なっていた。テレビ放送されることが予め分かっていたので、自分で撮影する予定はなかった私。しかし、「これが最後の試合になってしまうかもしれない・・・。結果はどうであれ、息子達の最後の試合は、やっぱり自分の手で撮影しておこう」と思い直し、急遽、撮影することにした私だった。

しかし、当初の予定を変更してまで撮影するものではなかった・・・。

「行げぇ~」「越えろぉ~」「止めろ~」「押し込め~」「いいどぉ~」・・・。挙げればキリがないほど、ガッツリと私の声が入っていた。

けして大声で叫んでいたつもりはなかったけど、なにしろビデオカメラに一番近いのが私。溜息や舌打ちまでシッカリと音を拾われていた。こんなことになるのなら、高性能なビデオカメラに買い替えなきゃよかった・・・。

さらに私の周囲には奥さん、長女、BG達(7歳様と4歳様)・・・。一家でうるさかった。私だけでもおとなしく撮影していればいいものを・・・。

2年間、できるだけ黙って撮影してきた心の糸が、この試合ばかりは切れていたとしか思えなかった。あぁ、恥ずかしっ・・・、私としたことが・・・。

DVDを受け取った父兄達は、『うるせー親爺だなぁ』って思ってるんだろうなぁ・・・。いや、きっと『しょうがねぇ親爺だなぁ』って笑ってるんだろうなぁ・・・。

毎日DVDを観ては、毎日一人で赤面している霜月の夜tv

2012年11月 9日 (金)

人質

猛暑の夏を何とか乗り越えた。厳しい残暑にも耐えた。そして、ようやく過ごしやい秋の日を迎えられる、というささやかな期待を持っていた私が馬鹿だった・・・。既に、津軽は冬直前だった。 Photo

そんな中、愛車の車検が近付いていた。愛車を購入したディーラーから「そろそろ車検ですよぉ」というハガキや電話が届いていた。ディーラーの車検は比較的高価だし、できれば車検を安く済ませたい私は、ディーラーからの車検のお誘いを「はいはい、そのうちに」などと適当にあしらいつつ、他の整備工場で安価に車検を受けようと企てていた。

そして、津軽ではそろそろ愛車のタイヤを冬用(スタッドレスタイヤ)に交換しようとする動きが出始めていた。「今年は車検もあるし、年末に向けて例年以上に忙しくなるから、俺も早目に交換しよう」と思い、物置に置いてある冬用タイヤをチェックしようとした。

「あらっ?」。物置の中にあるはずのタイヤが無かった・・・。夏用タイヤに履き換えた今春、物置に片付けておいたはずなのに、何故?

呆然とした日を過ごしていたら、再びディーラーから車検を促す電話があった。ディーラー「そろそろタイヤ交換の時期ですし、車検と一緒にタイヤ交換も済ませてしまいましょう」。私「う、うん。でも、その冬用タイヤが無くなったぁ・・・」。ディーラー「えっ、春からウチで預かってますよぉ」。私「はぁ~?」。

空っぽの頭だったけど、少しだけ記憶を蘇えらせることにした。そういえば、今春にディーラーで定期検査を受けていた。その定期検査の際に冬用タイヤから夏用タイヤに交換していた。

「あ゛っ!!」。冬用タイヤはそのままディーラーに置きっぱなしだった。なるほど、車検を催促するわけだった・・・。

私「俺の冬用タイヤって、ズーとオタクにあずかってもらってたんだ?」。デーラー「はい(笑)」。私「あ、あ、ありがとうございます(あ~ぁ・・・)」。

冬用タイヤを人質に取られていたので、高価だけれどディーラーに車検をお願いすることにした霜月の週末rvcar

2012年11月 7日 (水)

回想「BG」

私の『回想シリーズ』は尽きることがなかった。それだけ決勝戦に対する思い入れがあったのだったけれど、それ以上の出来事が思いつかない昨今でもあった。

決勝戦があった10月21日。この日は長男の誕生日だった。これまでも節目の大会の時は一家で応援に来てくれていた長男だったけれど、この日は所用のために次男の応援に来られないでいた。

長男に代わって応援に駆け付けてくれたのが、長女とその娘(7歳様)、息子(4歳様)だった。今までも時々ブログに登場するBG(ベビーギャング)達だった。

決勝戦のキックオフが近付き、「いよいよ試合開始だ・・・・。みんな頑張れよ・・・」と祈るような気持ちで選手達に視線を送っていた時に、「お~い、ジ~イ」と背後から元気な声がした。聞き覚えのあるBGの声だった。

「父兄仲間も大勢いるんだから、『ジイ』はやめろぉ・・・」と思ったけど、応援に来てくれた気持ちを斟酌すると、怒るわけにもいかず、「おぉ、来たのか・・・」と言うほかはなかった私。今度はもう少し小さい声で私を呼んでくれぇ・・・。

ところが試合が始まると、このBGの声援が凄かった。「●●(次男)、頑張れぇ」「北高、頑張れー」「よぉし、いいぞぉ」「もう1本~」。熱くなるところは私譲りなのかもしれなかった・・・。

BG達は飽きることもなく、最後まで声援を続けてくれた。試合終了後、次男に向かって「おめでとー」と叫ぶBG達。身内ではあったけれど、心の中で感謝した。「あざーす」。そして、長男に花園出場という誕生日プレゼントを送ってくれた次男にも感謝した。

決勝戦から半月が過ぎ、その後、BG達と再会する機会はまだなかった私。きっと、元気に小学校や保育園での生活をそれぞれ送っているのだろう。いつか感謝の気持ちを伝えないと・・・。Img_0011

今年のクリスマスは、ちょっと負担が重くなることを覚悟している霜月の夜xmas

2012年11月 5日 (月)

御厚意

金曜日から1、2年生だけによる新人大会が開かれていた。金曜日は仕事の合間を縫って応援に出掛けた。生憎の空模様だった。「スタンドで応援したいけど、背広が濡れてしまったら大変だし・・・。ここで観ていよっ」。ヘタレの私は、我が校の1、2年生の戦いぶりを車中から見守っていた。91対0で勝利。良かったぁ~。Img_0850

ついでに、ほかの3試合も見守った。「仕事の合間を縫って」とは程遠かった・・・。Img_0856

土曜日は、大手を振って応援に出掛けた。1、2年生の試合ともなると、父兄の顔触れも今までとは打って変わり、知らない父兄も何人かいらっしゃった。これまでの3年生中心の試合とは異なり、新人大会ともなると「我が子が出場する機会があるかも・・・」という親心は痛いほど理解できた。この日は93対0で勝利した。

「3年生達と切磋琢磨してきただけのことはあるなぁ。なかなか1、2年生もやるじゃん」と感心した私。自分が練習相手をしたわけでもないのに・・・。

日曜日は決勝戦。当然、応援に行く予定だった。けれども土曜日の夜に父兄仲間から連絡が入り、決勝戦の応援が危うくなった。

実は日曜日から花園大会に出場する選手達のために街頭募金活動を行うことになっていた。我が校の先生方や生徒達、ラグビー部員、そして私達父母会が5会場に分散し、11月の土日に交代で市民に募金を呼び掛けるのだった。去年も2回ほど街頭に立っていたので、要領は分かっていた。

私の当番は11月17日だったため、「まだ、ちょっと先だなぁ」と思っていたのだけれど、父兄仲間から「風邪気味で、明日は街頭募金に立てそうもないんですけど・・・」とSOSが入っては、やらないわけにはいかなかった。「大丈夫、大丈夫。俺やるから」と安請け合いした。

新人大会の決勝戦を観たい気持ちを抑えつつ、募金会場となるスーパーに向かった。当番の先生方や生徒達も到着したので、「代打で登場した●●(私)です。頑張って1億円ぐらい集めましょう(笑)」。Dscf0811

一緒に募金を呼び掛けてくれる生徒に「じゃんけんで負けたの?」と聞くと、「いえ、自分達で率先して引き受けることにしました」と男子生徒。(うわぁー、ぶしつけな質問をしてしまった・・・)ウチの次男からは絶対に出てこない返事だった。ラグビー部のために本当にありがとう・・・。Dscf0819_2

募金活動が始まった。「青森北高校ラグビー部が今年も花園大会に出場しまーす。募金をお願いしまーす」「青森北高校のラグビー部でーす。募金をよろしくお願いしまーす」。恥ずかしがってはいられなかった。必死で募金を呼びかけた。「出来る範囲で」ですけど・・・。Dscf0815 

次男達が通う高校の近所のスーパーだったこともあり、買い物客は比較的協力的な人達ばかりだった。「卒業生でーす」という若い主婦。「私、ラグビー部のOBだから」というお父さん。「今、豆腐を買いに来ただけから、これしかないけど」と言って、お釣りを全部入れて下さったお母さん。

「ウチの孫も卒業生だったんだよ。●●(お孫さんの名前)って言うんだけどね。陸上部だったんだけど、あんた知ってる?」というおばあちゃん。知らなかった・・・。

でも、「あ~、なんか聞いたことのあるような、ないような・・・」と調子のいい私。いろいろ話を続けていたら、1000円もいただいちゃった・・・。Dscf0812

毎年のように、花園出場の募金活動を続けてきたせいか、市民の皆さんにはこの時期の募金活動が定着しつつあった。

「花園で頑張ってきてね」と言って下さった奥さん。はい頑張ります、次男達が・・・。

「たまには優勝しろよ~」と激励して下さったオジサン。ちょっとハードル高いです、正直・・・。でも、皆さんの御厚意がありがたかった。

私が街頭に立ったのは11時から13時30分までの2時間半。その後は、他の父兄仲間とバトンタッチすることになっていた。新人大会決勝戦のキックオフは13時10分。必死に高速道路を飛ばしても、最後の5分間を観られるかどうか・・・。

「ダメでもともとも。行ってみるかぁ。2年生の父兄達にも、『必ず応援に行くから』って言ってあるしぃ・・・」。街頭募金活動を終え、雨中の高速道路を飛ばして会場に着くと、まだ試合の最中だった。父兄仲間に聞くと、キックオフが30分ほど遅れたらしい。ツイテル~♫

この日も1、2年生達は奮闘し、45対0で優勝。よくやった後輩達。

ちょうど1年前に全員丸刈り姿になり、必勝を期してこの大会に臨んだ次男達。勝った瞬間、涙を流して勝利を喜んだ思い出の大会だった。早いものだった、既にあれから1年が経過していた。

代打で出場した募金活動も無事に済み、新人大会の優勝も見届けられたこの日。2年生の父兄から「一緒に祝勝会に参加して下さい」と言われていたけど、帰宅してソファーに横になったら、ズーと眠り込んでしまった私。ついでに夢の中でも募金を呼び掛けていた霜月の夜yen

2012年11月 3日 (土)

回想「家族」

以前も記した通り、花園出場を賭けた一戦は様々なドラマがあった。一試合だけではあったけれど、話題に欠くことはなかった。1試合で何話分も・・・。グリコよりも凄かったぁ~。で、今回も「回想」シリーズだった。

優勝が決まり、選手達のいるグラウンドになだれ込んだ私達。ダ、ダ、ダ、ダ、ダァーと応援スタンドの階段を駆け降りて、グラウンドに猛ダッシュ。今まで生きて着た中で、これほど早く階段を駆け降りたことはなかった。

選手達の記念撮影が終わり、思い思いに写真を撮ることになった。自分の息子とカメラの前に立つ父兄。息子のチームメイトと写真に納まる母親。みな、いい笑顔だった。Dsc00243 Dsc00259

普段は親が近付くと疎ましがっている息子達だったけれど、この時ばかりは笑顔でサービス。なぁ~んだ、やっぱり素直な子供達だった。Dsc00245Dsc00247 

入学時とは異なり、みな身体が大きくなり、大半は親の身長を越していた。たくましくなったものだった。どこの家庭でも、大きくするために、食事や健康に気を遣って下さったんだろうなぁ・・・。Dsc00267 Dsc00254 Dsc00261

写真を撮っているうちに、ちょっと気が付いたことがあった。「息子達は親の身長を越していたけど、横幅はまだママさん達の方が・・・。ママさん達、来年入部してくれないかなぁ・・・」

母親仲間には、未だに口が裂けても言えなかった霜月の土曜日spade

2012年11月 1日 (木)

閉店セール

全国高校ラグビー(花園ラグビー)県予選会で優勝した後も、次男達は練習が続いていた。花園大会まで2か月弱。大会直前の猛練習とは異なり、3年生達はケガを癒しながら、ペースダウンした練習を続けていた。

生徒達に歩調を合わせていたわけではなかったけれど、自分のモチペーションも大会直前とは大きく異なり、低空飛行を続けていた。けれども、いつまでも低空を飛行を続けているわけにはいかなかった。県予選会を撮影したビデオを編集、ダビングしないうちは、私自身の大会は無事に終了したとは言い難かった。

「早くダビングして、みんなに届けなきゃ」「早く観たがってる人もいるかもしれないなぁ・・・」と思いつつも、疲れ果てていた私は、作業を一日、一日と先延ばししていた。得意の『明日できることは、今日しない』の実践だった。

けれども、次男から「T(チームメイト)もDVDが欲しいんだって」と言われては、いい加減に重い腰を上げなければならない時期に差しかかっていた。疲れているのは皆同じ。生徒達はもっともっと疲れていたにも関わらず、勝利という結果を残した以上、私もやらなきゃいけなかった。

作業に着手したものの、今回の『TSUTAYA又左衛門店』は開店以来、最も多忙を極めることになった。県予選会は3試合。ダビングする回数(枚数)は50回(50枚)。家内製手工業のため、連日夜中まで作業は続くことになった。正直しんどかった。

しんどかったけれど、生徒達にとっては高校生活最後の県内公式大会だった。つまり『TSUTAYA又左衛門店』にとっても、今回の作業が最後になる予定だった。閉店前の出血大サービスのつもりで頑張ってみた・・・、年甲斐もなく。

やっと、できたぁ~。「やればできる中年」の最後のお仕事だった。Dsc00273_2 

今夜からゆっくりと眠ろうと思ったけれど、明日から1、2年生だけによる新人戦が行なわれることになっていた。あ、あ、どうしよう・・・。次男達3年生は出場しないけれど、ちょっと気持ちが高揚してきた霜月の1日cd

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