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2012年12月

2012年12月31日 (月)

Promised Land(約束の地)~いざ聖地へ

決戦を数時間後に控え、朝7時に父兄仲間と共に大阪市内のホテルを出た。行き先は、選手達が宿泊する奈良県天理市。試合会場に向かう選手達を鼓舞するため、ホテル前で待ち構えることにした。

天理市の宿泊先に着くと、ほどなく選手達が搭乗する大型バス2台も宿泊先に到着した。「このバスに乗って、いよいよ決戦の地へ向かうことになるのか・・・。みんな、緊張してるだろうなぁ・・・」

間もなく、入口に選手の影が一人、二人と見え出した。大二郎は、いつもの優しくも逞しい表情だ。キャプテンの凌は、いつもよりも一段と引き締まった表情だ・・・。201212280950174

達距瑠も龍生も照れくさそうな表情だ。悔いの残らないように、この一戦に賭けろ~。201212280950172

大半の選手がバスに搭乗して頃に、ようやく次男が出てきた。アイコンタクトだけで、言葉は掛けなかった。目の前を通り過ぎた次男は、足早にバスに乗り込んだ。201212280950171

そして、マネージャーの友佳が最後を締め括るように宿舎から出てきた。3年間にわたって癒し続けてくれた笑顔だ。今日もありがとう・・・。201212280950175

全員がバスに搭乗した。いざ、決戦の地・花園へ出発の時だ。我々が搭乗するバスも含めて合計3台の大型バスが聖地を目指した。

大阪に向かう途中で雨が降り出した。「ん?雨か・・・。どうせなら、雪の方がいいな・・・」

この雨が試合の行方を大きく左右するであろうことを予期しながらも、「どんな天気であろうと、相手が強豪であろうとも、完全アウェーであろうとも、今日の一戦は絶対に俺達のチームが勝つ!」と密かに心で繰り返しながら、聖地を目指した師走の初戦の朝bus

2012年12月30日 (日)

Promised Land(約束の地)~聖地

真夜中とは言え、どうにか大阪に着いた。「これで明日の開会式に間に合う。みんなの晴れ姿を観られる・・・」。そう思って安心したら、深い眠りにつくまで時間はかからなかった。

6時に起床。「開会式に行かないと!」。その一念で起きられた。朝風呂に入って、7時に朝食を摂った。「花園の空気を早く感じたい」と思い、10時半の開会式には十分過ぎるほど時間があったけれど、ホテルを出た。

天候は快晴。素晴らしい開会式を迎えられそうだ。電車で東花園駅に降り立った。開会式まで時間は十分あるにも関わらず、近鉄花園ラグビー場への道は人の並み。出場する選手達、関係者、高校ラグビーファンの誰もがこの日を楽しみにしているのを感じずにはいられなかった。Dsc00346 Dsc00296

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着いたぁ。1年ぶりの花園だった。聖地は1年前と何も変わらずに私を待っていてくれた。Dsc00301

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「うんうん、この雰囲気。さすがは聖地・花園。ここで最後の試合を迎えるために頑張ってきたんだよなぁ・・・」。高揚感に包まれながら、入口でチケットを買い求め、父兄仲間を待つことにした。Dsc00309

昨夕、青森を出発したバス応援組は、吹雪で開会式には間に合わないらしい。残念・・・。せめて、ここにいる俺達だけでも選手達の晴れ姿を見届けよう・・・。Dsc00311

開会式の時刻が1時間後に迫ったため、スタンドに陣取ることにした。階段を上がると、目の前に選手達がいた。あらっ、思わぬところで次男達と再開。「ここで観ることにしよっ!」

久しぶりに見る選手達は皆、元気そうだった。次男にはアイコンタクトで「俺も来たからな!ガンバレ」と伝えた。きっと、伝わったはず・・・。

開会式のため、選手達はグラウンドに降りた。出場51校の入場行進が始まった。我が校も青森県代表として堂々と入場した。プラカードの女子高生に続き、キャプテン凌、次男、雄太郎、直也・・・。多少は緊張気味かもしれないけど、皆、ハツラツと行進した。Dsc00318

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我が校の右隣には初戦の相手「大阪桐蔭」、左隣には「国学院久我山」、さらに「御所実業」・・・。強豪揃いだけれど、相手にとって不足はないっ!Dsc00323

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開会セレモニーが済み、いよいよ試合開始。初戦を明日に控えた我が校は、昼食を摂りながら他校の試合観戦。そして、再び宿泊先の天理市に戻り、最後の練習だった。明日、グラウンドで会おう!Dsc00336

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他校の試合を何試合か観戦した後、宿泊先のホテルに戻って、明日の応援に備えることにした。といっても、昨夜の長旅の疲れを取っておくだけだったけど・・・。

けれども、ホテルに戻ってみたものの、「何かできることないかな・・・」と思い立ち、大阪城へ出掛けた。「初戦を明日に控えて、天下を獲った豊臣秀吉にあやかろう」という魂胆と、単純に「35年ぶりに大阪城に行ってみたい」という理由からだった。豊国神社にも立ち寄って、明日の勝利を祈願した。勝利を見守って下さい、太閤さま・・・。Dsc00351_3

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この夜、ようやく到着した父兄仲間達と合流し、明日の応援の段取りを打ち合わせ。もちろん、ビール付きで・・・。Dsc_0009

ビールの勢いに任せて、「よしっ、明日の初戦はやってやるどぉ~」と威勢がよかった私達。翌日の二日酔いも気にせずに、父兄仲間との再会を喜んだ師走の開会式の日run

2012年12月29日 (土)

Promised Land(約束の地)~絶対行く

青森空港発18時の伊丹空港行きに搭乗するため、青森空港に向かっていた。天候は吹雪だったので、長女に乗せてもらい早目に自宅を出た。飛行機が嫌いだの、怖いだのと言ってられなかった。選手達の晴れ舞台であり、最後となる大会をこの目で見届けなければならない一心だった。

空港のカウンターに確認すると、私達が搭乗する予定の一便前の飛行機がまだ到着していないとのことだった。時刻は16時。とっくに伊丹空港に向けて飛び立ってしまったのかと思っていた前便に搭乗できると聞き、一便前倒しで搭乗することにした。

しかし、伊丹から青森空港を目指していた前便は青森空港に降り立つことなく、引き返していった。「まっ、もともと18時の便だし、待っていよう・・・」。しかし、すぐに私達が乗るはずだった便も欠航と決まった。え゛~、どうやって大阪に行こうか・・・。

同乗するはずだった父兄仲間と「今日は青森-伊丹便が欠航になっちゃった。新幹線に変更できる人は変更したほうがいいかも・・・」「開会式には間に合わないけど、明日の飛行機か新幹線が無難かも・・・」などと連絡を取り合いつつ、「俺はどうしようかぁ・・・」と途方に暮れていた。

再びカウンターに行き、日本航空のお姉さんに「なんとか、今日中に大阪に行きたいんだけど・・・」と相談したら、「羽田空港から到着した便がありますから、折り返しの便で羽田空港まで行き、関西国際空港行きに乗り換えてみますか。羽田空港で多少待っていただきますが、今日中には大阪に着けると思います」と言ってくれたので、「それにしてっ!」とお願いした。Img_0979

大嫌いな飛行機だけど、こうなれば1度搭乗するのも2度搭乗するのも同じっ!乗ってやる、2度でも3度でも!兎に角、大阪に行くっ!俺が行かなきゃ誰が行く!

いったん、予約していた大阪のホテルに電話した。「カクカクシカジカでチェックインの時刻が遅れますが、何としても行きますからっ!」  

搭乗して小窓から翼を見ると、氷を融かしている光景が・・・。お願いだから、ちゃんと融かして下さい、花園に行くまでは墜落したくないですから・・・。Img_0981_2

搭乗中は、買ったばかりの『ラグビーマガジン2月号』に集中し、できるだけ外を見ないようにした。正確には、怖いもの見たさでチラチラ見たけど・・・。Img_0991_3

羽田空港に無事着いた。ありがとう日本航空、さすが「鶴のマーク」。どうか一つ、その調子で羽田空港-関西国際空港の便も安全にお願いいたします。Img_0993 

羽田空港内で夕食を摂ったけれど、何をどうやって食べたのか記憶がなかった。とにかく、花園に、大阪に行かなきゃの一念で、関西空港行きへの搭乗を待った。しかし、関西国際空港行きの離陸も定刻より遅れた・・・。早く飛んでほしいような、飛んでほしくないような・・・。

ようやく飛び立った関西国際空港行きは、大きく揺れることもなく、関西国際空港へ私達を運んでくれた。「うわっ、デカイ空港・・・」と感心している場合ではなかった。時間は既に23時だった。Img_0996

「もしもし、やっと関西国際空港に着きました・・・。今から向かいます」と再びホテルに電話した。しかし、関西国際空港に急遽降り立った私は、空港からの移動手段など知る由もなかった。バスで行けばいいの?電車か?まさか飛行機ってことはないよな?バスターミナルに向かうと、最終便が出た後だった。あらら・・。急いで、駅に行ってみた。あっ、『南海難波』行きを発見!乗るぅ~、乗せろぉ~、乗せて下さい~。

難波。去年の花園応援で訪れてから1年ぶりだった。 うわぁ、1年ぶりぃ~などと懐かしんでいる場合ではなかった。時刻は既に24時を回っていた。うっ、日が変わってしまった。ホテルに急がなきゃ・・・。Img_1003_2

近鉄線に乗り換え、目指すホテルへ急いだ。やっと着いた・・・、時刻は25時。「あのぉ~、何度か電話してた青森の○○ですけどぉ・・・」。ホテルのフロントのお姉さん「お待ちしてましたぁ~。お疲れさまでしたぁ~」Img_1000

おっしゃるとおり、本当に疲れて果てていた・・・。でも、大阪NOWだった。明日の開会式に間に合う~。起床できたらの話だけど。

ホテルのベッドでまばたきしたら朝が来た師走の大阪入りした日airplane

2012年12月28日 (金)

感謝

ありがとうございました。感謝の言葉しかありません。念願の花園のグラウンドを駆け回る次男の勇姿をこの目に焼き付けることができました。Dsc00322

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強豪相手に逆転負けでしたが、津軽の魂を見せてくれた選手達を誇りに思います。
3年間にわたって猛練習に耐え、今年も私を花園に連れて来てくれた次男に感謝しています。
頼もしい選手仲間にも感謝しています。みんなお疲れさまだったね。
わがままを聞いてくれた奥さん、長男、長女、その家族達にも今は感謝です。
熱烈な応援を繰り広げた父兄仲間は皆、とても素敵な仲間でした。
そして、『俺がやらなきゃ誰かやる』をご高覧下さった皆様にも感謝です。とても励みになりました。
今日で私たち親子の高校ラグビー生活はピリオドとなりました。いろんな想いが錯綜して、心の整理がつきません。
次から次へと思い出がよみがえって涙が止まらない師走の大阪の夕方t-shirt

2012年12月26日 (水)

いざ、最後のプチ家出

6時起床。速攻で朝風呂。8時に出勤。この日は早退のため、勤務は13時まで。帰宅後は雪掻きに精を出し(自分なりに・・・)、再び入浴して身を清めた(清まる身かどうかは分からないっ!)。床屋で髪を短くし、気合いも入った!

今朝の新聞には、次男が元気で練習に励む写真と記事が掲載してあった。元気そうだ。花園行きの準備は整った。

敵は初戦の強敵「大阪桐蔭」様と、私が乗る飛行機だけっ!

スポーツ店の必勝神社に勝利は祈願済み!!投げ入れた賽銭の金額の多寡ではない。気持ちだ!Img_0915_2

いざ参る、花園!最後の試合の見届けるため。大雪警報が出ている中、最後のプチ家出する師走の午後airplane

桃色

目覚めたら、ガッツリと雪が積もっていた。断続的な降雪で、その光景は夜まで続いた。緩やかな坂道でもスリップで登れない車両が相次ぎ、渋滞が相次いでいた。雪道に慣れているはずの地元ドライバーでも今日の雪は難儀だった。Img_0978

ようやく帰宅できたけれど、待っていたのは家の周囲の雪掻きだった。今年初の雪掻きは、疲れた身体にムチ打つものだったけれど、やらないわけにはいかなかった。北海道や新潟に比べれば、津軽の雪は現時点では可愛いものだった。

渋滞にも大雪にもめげずに、こうして今日一日を振り返っていられるのは、明晩、大阪に旅立つという今年最大の目的があったからに他ならなかった。

食事を済ませ、大阪に行く準備に取り掛かった。去年も大阪に持ち込んでいたピンクのキャリーバッグに今年も着替えを詰め込むことにした。ピンクは気恥ずかしいけど、私の黒いキャリーバックは次男が持って行ってしまったので、今年もこれを引っ張って大阪に乗り込むことにした。世間では『桃色』がはやっているらしいけど、あぁ、恥ずかしい・・・。Img_0973_2

この大雪の中で、家を留守にして大阪へプチ家出するのは決心が要るけれど、花園大会に出場することが、私達の最終かつ最大の目標だった。

24時間後には無事に大阪の地を踏んでいる願いながら、花園へ想いを馳せている師走の出発前夜snow

2012年12月24日 (月)

おせちもいいけど、かれいもね

グィ~ン。けたたましい掃除機の音で起こされた。奥さんは朝から気合が入っていたらしく、掃除機の騒音は「いい加減に起きろ!」ということ暗示していた。布団の中で「だから、昨日のうちにやっときゃいいのに・・・、ブツブツ・・・」と言ってみたところで、掃除を始めた奥さんには敵わなった。

玄関の掃除、物置の片付けを終え、いったん居間に戻ると、外から視線を感じた。友達がこっちを見ていた、4人(羽)も・・・。

あっ、今年も来たんだ~。我が家の隣の池に『冬の使者』が今年もやってきた。真っ白な親鳥2羽と、グレーの子供が2羽。お菓子をあげようと思い、再び外に飛び出した。少しばかり湿ったお菓子だけど・・・。今冬も白鳥オジサン開始の日だった。Img_0967

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大掃除にお構いなく白鳥とたわむれている私の姿を、奥さんが居間のガラス越しに見ていた。きっと「しょうがないオヤジだこと・・・」と思っていたはず。目がそんな目をしていた、間違いなく・・・。

昼過ぎには大掃除にケリがついた。少し遅い昼食を摂っていると、電話が鳴った。父兄仲間からだった。

父兄仲間「もしもし、どーもぉ。今、何してますかぁ」。私「大掃除が済んで、午後から大阪行きの準備をするつもり~」

父兄仲間「ちょっと、ウチまで来られませんか?」

私「どうしたの?」

父兄仲間「今朝獲れたてのヤツを持っていってほしいんですけど~」

私「えっ、あらら、いいんですかぁ?いつもすみませーん」

というわけで、大阪行きの準備は夕方からにして、奥さんと二人で父兄仲間宅へ向かった。頂戴する一方では申し訳ないので、母が先日持って来てくれたリンゴを手土産に持参した。

父兄仲間は、以前にも何度か登場したことのある、漁師さんをしている父兄仲間。今朝は鰈(かれい)が大漁だったとのこと。

到着して「何十Kgぐらい獲れたの?」と聞くと、父兄仲間「何トンか分からない(笑)」。桁違いの鰈の量だった。「他の父兄仲間宅にも届けてくれませんか」というので、一手に引き受けることにした。合計7箱。

父兄仲間宅へ次々に立ち寄り、「メリ~クリスマ~ス。良い子の皆さんにプレゼント~。って、俺からじゃなくて、○○さんから~」。無事に6箱を届けて、残る1箱が我が家の分だった。発泡スチロールの中には、大小織り交ぜて鰈が25匹も・・・。魚屋さんでも始めればいいんだろうか・・・。せっかくの御厚意を粗末にしてはいけないと思い、長男宅と長女宅に再び配達した私。1

「うわ~、年内は毎日、鰈ばかり食べることになるかも・・・」という長女の横で、7歳様(娘)「うわ~、生きてるぅ~」。5歳様(息子)「わ~、水族館~♫」2

結局、我が家に帰宅できたのは夜6時をまわっていた。大阪行きの準備は何もできずにいたけれど、次から次へと父兄仲間宅を急襲していたら、サンタクロースの大変さが少し分かった気がする師走の連休最後の日present

2012年12月23日 (日)

静夜

年賀状のデザインはできていたのに、相棒のプリンターがないまま一夜がすぎた製作作業。休日出勤が昨日で片付いていたため、電器屋さんの開店を待って、出掛けた。

余計な出費を拒む奥さんを今回だけは納得させていた、珍しく・・・。ただし、奥さんも同伴での電器屋さん通いだった。値切れないであろう私を見越してのことだった。

気に入った機種もあったけれど、買える機種はまた別物。コストパフォーマンスを考慮して1機種に絞った。後は奥さんの出番だった。案の定、特価から値切りに成功したようすだった。交渉上手というか、値切り上手というべきか、見事だった。

晴れて、新しいプリンターが我が家にやってきた。早速、懸案だった年賀状の印刷が始まった。あっという間に済んだ。しかも従来機種よりも早い上にも静かだった。私「いいね、これにして正解だった」。奥さんは「あ、そう。良かったね」Img_0958

年賀状が完成しホッとする間もなく、大掃除を始めことにした。手始めとして、私は〝持ち場〟の浴室から。生憎の雪模様だけど、窓ガラスと外壁も洗ってやった。綺麗になった。でも、寒かった。この冬空にする事ではなかった・・・。

大会前の合宿で忙しいことは承知していた上に、必要な時以外は連絡をよこさない次男にメールで連絡をとってみた。しばらく経ってから「今、練習が終わった」と返信があった。新たなケガ人もなく、皆元気で合宿を続けている様子だった。続いて、一枚の写メが届いた。この迫力ある顔は、2年生のHだった。 Photo_2

年賀状の製作が片付き、大掃除の一部も完了、次男達の様子も確認できて、少し胸を撫で下ろしていたけれど、そこから夜までの時間が結構しんどかった。休日出勤を2か月間続けていたことに加え、次男が不在なため、奥さんとの会話が少しぎこちなかった。

クリスマス寒波が押し寄せている外の様子と比例して、家の中も冷え込んでしまったかと思っていたら、長女が7歳様と5歳様を従えて凱旋した。「人生ゲームしよ!」「一緒に御風呂入ろう~」・・・。ありがたいけど、正直たいへんだった・・・。Img_0965 Img_0964

さっきの静けさがビミョーに懐かしかった師走の『天皇誕生日』の夜door

2012年12月22日 (土)

陰刷

11月から続いていた休日出勤が今日で終わった。毎年のことではあったけれど、歳を重ねるとともに休日出勤続きのウンザリ度は高かった。正確に言うと、ずーと仕事をしていて自分の時間が持てないストレスがジワジワとボディブローのように効いていた。

11月から一人で地道に進めてきたお陰で、自分の仕事は昨日で片付いていたけれど、まだ仕事が終わっていない部下達のために出社した。特に手伝うわけでもなければ、何かをしてあげるわけでもないけれど、とりあえず見守ってあげた。部下達にすれば、いい迷惑だったかもしれないけど・・・。

その最後の休日出勤もお昼頃に済んだぁ~♫休日出勤ともオサラバ。いざ、花園だー!というわけにはいかなかった。年内で片付けなければならないことが山積していた。大掃除、年賀状製作、冬支度・・・。どれもこれも一朝一夕に片付くものではなかった。

休日出勤から帰宅し、手始めに年賀状製作に取り掛かった。製作に日数を費やしてはいられなかった。「簡単にできるデザインで、我が家らしいものを・・・」と製作したのがコレだった。Imgz221058260001

多少の粗はしょうがない!今年は年賀状を出すことが先決だった。去年もそうだったけど・・・。これでいいや、よしっ、印刷しよっ!

ん?プリンターがいつものようにギコギコと作動しない。「あらっ?インク切れか?」と思い、プリンターを見ると『廃インク吸収パットが限界です・・・』の表示。初めて見た表示だった・・・。

今日のうちに印刷を済ませたいと思い、電器屋さんに走った、聞いた、そして驚いた。メーカーに出す必要あり。だいたい4000~5000円ぐらいかかるらしく、今、メーカーに出してもプリンターが戻って来るのは正月明け。しかも、他にも不具合があれば、さらに追加負担も・・・。ご丁寧にあざ~すだった・・・。

購入してからまだ2年も経っていないのに、私がこき使ったせいだと思われた。「そう言えば、次男達の試合を何百枚もDVDにダビングしてはレーベルに印刷していたもんなぁ」。でも、そんな自分を懐かしんでいる時間は今の私にはなかった。

思案した末に、長男に電話した。私「もしもし、俺。プリンター貸してくれ~」。長男「なんで?」。かくかく、しかじか・・・と事情を話すと、長男「なぁ~んだ、がっかり・・・。俺も明日、年賀状を作るんだけど、プリンターが調子悪いから、親爺から借りようと思ってたのに・・・」。あらっ、お互いにあてにしていたのか・・・。

私「とりあえず、今日は帰ります。明日、また来ます・・・」

電器屋さんの店員「お待ちしています」

休日出勤が終焉を迎え、多少はウキウキしていたのに、現実の厳しさを痛感して電器屋さんを出る頃には、心は陽から陰へと振れていた・・・。

この手の出費には絶対に理解のない奥さんのことを知っているだけに、電器屋さんから戻っても黙っていた私。休日出勤が終わったというのに、気分が重~い師走の夜snail

2012年12月20日 (木)

予習

花園高校ラグビーの開幕がちょうど1週間後に迫っていた。開幕が待ち遠しい反面、まだ先であってほしい心境でもあった。

去年は、父兄仲間と一緒に大型バスで選手達の応援に駆け付けたけれど、今年はギリギリまで仕事に追われることに加えて、奥さんが「経費がかさむけど、飛行機にしたらどう?」と勧めるため、ずっと思案が続いていた。

ちなみに、去年はわたしが大型バスで十数時間かけて関西入りしたのに、奥さんは飛行機でグィ~ンと1時間半で関西に瞬間移動してきた。飛行機での移動に対しては別に羨ましいとは思わなかったけど、平気で飛行機に乗ることができる精神は正直羨ましかった。

結局、今年は飛行機で応援にいくことになった。国体応援のため、10月に青森―名古屋間を往復搭乗したばかりだというのに、また搭乗するはめになった。

青森空港は青森市郊外の高台にあり、市街地に比べて積雪が多かった。

「きっと、滑走路とか滑るんだろうなぁ」

「ジェットエンジンの中に雪が詰まってしまったらどうなるんだろっ」

「コクピットの窓にはワイパーとか付いてるんだろうか・・・」

夏場のフライトよりも心配の種は多かった。

私の不安をよそに、奥さんは静かに読書していた。よくよく見たら・・・。Dscf0866

「む、む、むっ、予習してる・・・」

大阪モードに突入していた人がいた師走の夜book

2012年12月19日 (水)

人生ゲーム

今朝も、雨は夜更けすぎに雪へと変わった・・・。このまま、雪のないクリスマスと正月を迎えられればいいなぁ~というささやかな願いは叶わぬ夢だった。

テレビのニュースではの「今年最高の冷え込みでした」とキャスターが言っていた。最高という言い方が正しいのかもしれないけれど、この冷え込みは私にとっては最低だった・・・。

そんな寒い日に、奥さんの昇進パーティーあるらしく、奥さんは不在だった。外見だけでなく、会社でも存在感が増すらしかった。長女も、長男の奥さんも自分の部下として従えているのだから、それも納得できないわけではなかった・・・。

パーティーには当然、長女も行くことになるため、長女から「今晩は娘(7歳様)と息子(5歳様)の面倒を見てちょうだいね」と言われていた。7歳様と5歳様とは仲良しだから、面倒を見るのは得意だった。残業もせずに直行で帰宅した。

夕食を済ませて、3人で入浴することにした。小学校や保育園で習っている歌を大声で次から次へと歌ってくれた。でも、全部フルコーラスだった・・・。「この曲って、5番まで歌詞があるのかよ・・・」。のぼせるかと思った・・・。

入浴も済んだのでノルマは達成。よしっ、遊ぶか。かくれんぼがいいと言うので、かくれんぼをすることになった。小さい家なので隠れる場所がなかった。ゴメン、豪邸じゃなくて・・・。

かくれんぼを断念し、次に何をしようかと思案している時に、必殺技を思いついた。ジャーン、『人生ゲーム』。長男や長女が子供の頃に買ってあげた昭和の遺物だった。シッカリと部屋の奥に隠しておいたものだった。

5歳様「何これ?」

私「大人への道」

7歳様「すごろく?」

私「まっ、そんなもの」

7歳様「やるやる」

5歳様「やる~」

これが意外に盛り上がっちゃった。1度目はルーレットの目の分を進むだけ。2度目はお金を交えて再開。3度目は、意味も分からないのに「生命保険に入る?」「転職する?」とそれなりに・・・。4度も繰り返した。Dscf0861 Dscf0860

そのうちに昇進した奥さんと長女が帰宅した。「まだ起きてるの!」と3人揃って怒られた。昇進した奥さんに比べて、窓際が板につき過ぎてしまった私。しみじみと人生いろいろを実感した師走の夜japanesetea

2012年12月18日 (火)

名コンビ

次男達が関西に旅立った昨日から、家の中の居心地が今一つだった。次男が大学に入学する来春以降は、毎日こんな感じなんだろうかと思うとゾ~とした。

私には音沙汰がなかったけれど、選手達は無事に天理へ到着し、早速練習を開始したようだった。奥さんへは連絡が入っていたようだった・・・。

残業を済ませて、「ただいま・・・」と帰宅すると、奥さんが心なしかニコニコしていた。居間のテーブルを見て納得した。一気に二つもお歳暮が届いていた。仕事上のお付き合いがある方からと、親戚からだった。

「もう遅い時間だけど、連絡しなきゃ・・・」と思い、送り主に電話でお礼を申し上げた。お気遣いいただき感謝だった。

奥さんは、中身に感づいている様子だった。「一つはビールかな。もう一つは何でしょう」。私宛なのに、ウキウキしていた。

奥さんの想像通りだった。ビールと蒲鉾の詰め合わせ・・・。お正月にはうってつけの名コンビだった。Dscf0859 Dscf0856奥さん「ひょっとしたら、花園で勝ち進んでお正月にはまだ大阪に居るかもしれないから、明日からご馳走になったほうがいいんじゃない(笑)」

よくもまあ都合良く話を展開できるもんだなぁと思ったけど、そうなってくれたらいいなぁとも感じた師走の火曜日restaurant

2012年12月17日 (月)

いってらっしゃい

花園大会への出発の日だった。出発時刻は午後5時。大型バスで十数時間かけて奈良県天理市へ移動することになっていた。

何とか仕事の段取りをつけて、選手達を見送るつもりだったけれど、年末の月曜日は特に忙しかった。ずーと休日出勤続きだったせいか、いつものブルーな気持ちになることはなかったけど、仕事に追われていた。

精一杯仕事をして(自分なりに・・・)、夕方に時間をつくれるまでアドバンテージを稼いだつもりだった。

でも、ちょっと思いとどまった。これまでも何度か選手達を見送った経験があったけど、結構せつないものだった。高校生活最後で最大の試合に意気揚々と臨む選手達を、沈着冷静に見送ることができるかどうか、自分に自信がなくなっていた。

結局、見送りに行けない旨を父兄仲間に伝え、後を託した。みんな、いってらっしゃい・・・。俺も後で絶対に応援に駆け付けるから・・・。Dsc00219_2

どうか、無事に関西に到着しますように。そして、誰もケガをせずに練習に励んでくれることを会社から願った師走の第1陣出発の日bus

2012年12月16日 (日)

旅立ち前夜

高校花園ラグビーの開幕まで10日ほど。もう直前と言っても差支えなかった。今日も休日出勤だったけれど、大会出場に向けて明日旅立つ生徒達のことで頭がいっぱいだった・・・。

以前にも記したように、冬場にグラウンドを使えない我が校は、大阪に隣接する奈良県天理市でグラウンドを使った練習を行なうため、大会直前の10日程前に津軽を発って、関西入りする段取りだった。

その関西へ旅立つ日が明日だった。明日以降、次男達の姿を見られるとしたら、そこは花園の地だった。

選手達は、大会までクリスマスもなく、大会初戦まで練習に明けくれる日々だった。まして、今年は地元・大阪の強豪校との試合。天理では例年にも増して厳しい練習が続けられるであろうことは予想できた。

休日出勤を終えて帰宅すると、津軽では最後の練習となるこの日の練習を終えた次男が先に帰宅している様子だった。洗ったばかりのラグビーシューズが暖房の前に乾かされていた。秘密兵器も今や秘密ではなくなり、ボロボロだった。Img_0951

私「ただいま。○○(次男)は?」

奥さん「○○(長男)夫婦と出掛けた。映画館に行ったみたい」

私「はぁ?明日出発するっていうのに映画かよ。準備は済んでるのか?」

奥さん「さあ?」

次男の代わりに居たのは、長男夫婦の娘の2歳様。お前が身代わりか・・・(笑)。その2歳様のご機嫌を取るのがたいへんだった。こっちが休日出勤続きで疲れていることなどお構いなく、家中を走り回っていた。私が追いかけてあげないと、機嫌が悪かった。疲れた。まだ会社にいれば良かった・・・。

映画館から戻った長男夫婦と次男は、楽しめた様子だった。大会前に次男をリラックスさせようという長男の思惑だったんだろう。まっ、それはそれで良しとするか。

長男夫婦と2歳様が帰宅し、夕食も済むと、次男は慌ただしく大会出発に向けた準備に取り掛かった。奥さんは知らんぷり。私は気になりつつも、見て見ぬふり。

だいぶ準備が進んだであろうと思われる頃に、次男を居間に呼び出した。

「ほいっ、持って行け」とラグビーシューズとショルダーガードを手渡した。Img_0948

スパイクの痛み具合は事前にチェックしていたし、ショルダーガードも破れて着られる状態じゃないことは知っていたので、予めネットで注文していたものだった。

次男「おっ、あざ~す」

私「これで思いっきりタックルできるだろ?」

次男「まあね」

自ら福沢諭吉と縁を切っているような自分だったけど、次男の高校ラグビー生活に対して私がしてやれる最後の手助けだった。財布は氷点下の状況だったけど、ちょっと早いクリスマスプレゼント・・・。Img_0950

「いつの間に買っといたんだか・・・」と隣にいた奥さんに呆れられた師走の旅立ち前夜t-shirt

2012年12月15日 (土)

駅前ラーメン

土曜日も日曜日もなく、仕事、仕事、また仕事だった。多少のうんざり感はあったけれど、この時期は毎年そうだった。まして、今年も「年末は大阪に行く!(行きたい!)」と決め込んでいたので、スッキリと仕事を片付けておく義務があった。

出社後、間もなく携帯電話が鳴った。父兄仲間からだった。

私「もしもし、先日はどーもー」

父兄仲間「実はラーメン屋さんを開店するんだけど(笑)」

私「はぁ?いつ?どこに?」

父兄仲間「今月20日に駅前にオープンする予定(笑)」

私「もうすぐじゃない。花園の応援は?」

父兄仲間「大丈夫!その期間はお店を任せることにしてるから~(笑)」

その父兄仲間は、私の会社の近所にすでに飲食店を構えていた。今度はラーメン屋さんも開店させるという話だった。そして、モニターとして味見に来い、ということだった。

お昼に行ってみた。「ここかぁ・・・。ちゃんと看板も出てる」。入口には息子達の花園出場を祝うポスターまで貼ってあった、3枚も・・・(笑)。Img_0931_2 Img_0933_2

「どぉ~もぉ~」と店内に入ると、開店準備に追われながらも、「いらっしゃーい」と父兄仲間。どんぶり、レンゲ、割り箸が並ぶカウンターの向こうからは、魚介系スープらしい香りが漂ってくる。

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話を聞くと、以前からラーメンづくりの修行を行なっていたらしく、開店することに一点の曇りもなかった。次男とチームメイトの息子さんや、娘さんにも開店を告げずに準備を進めていたとのこと。

店の外も中も、以前ここで営業していたラーメン屋さんのままらしく、これから突貫工事で新装開店に向けた工事を進めるという話だった。店構えよりも、まずはラーメンの味が大切ということで、美味しいラーメンづくりに集中していた様子だった。Img_0938

私「○○(父兄仲間の息子さん)にも、まだ言ってないの?」

父兄仲間「そっ、いずれは子離れしなきゃいけないもの」。

私「・・・、確かに・・・」

いただいたラーメンは、昔ながらの魚介系スープの優しい、飽きない味だった。美味しかった。子供の頃に食べた支那そばとか中華そばをイメージした。いいね、この味!一気に食べ終えた。 Img_0943_2

私「で、店名は決まってるの?」

父兄仲間「修行に行った先が駅前食堂だから、『駅前ラーメン』に決めてるの」

私「青森駅に近いし、最もピンとくる店名ですね」

試食中に、開店前とは知らないお客さんが次から次へと入って来た。みな、一様に「あれっ、まだ開店前?」「殺風景な店だなぁ・・・」という表情だった。

さらに入口にあった券売機を見て、入ってきたお客さん全員が「?」Img_0940

そこには、銭湯の券売機がデーンと鎮座していた。開店までにラーメン屋さん用にリニューアルする予定だった。

父兄仲間「ラーメンとご飯しかないんですよぉ。まだ開店してないお店だから(笑)」

お客さん「あっ、どおりで・・・(笑)」「ははは、てっきり見間違いかと思いました(笑)」

それでも、入ってきたお客さん10人ほどに無料でラーメンを提供し続ける父兄仲間は、生き生きとした表情で厨房の中を忙しそうに動いていた。

ラーメンを試食させてもらい、店を後にした私。自分自身でも子離れしなければ・・・と思いつつも、正直、今の自分には自信がなかった。次男のラグビーに代わって、何か賭けるものを探さなければ・・・と思案しつつ、会社に戻った。

「あの銭湯の券売機、いいなあ。あれはあれで名物になるかも・・・。」と無責任なことを思いながらも、大繁盛を願って仕事に励んだ師走の午後noodle

2012年12月13日 (木)

やっぱり・・・

年末の花園大会は刻一刻と迫っていた。確実に・・・。

完全に根雪となってしまった津軽から、一刻も早く奈良県天理市に移動して強化合宿に励んでもらいたいと思う一方で、もう少し津軽に居てもらいたいという複雑な心境のまま、仕事に追われていた。

壮行式が執り行われた翌日の月曜日。本県代表ということで、県議会議長を表敬訪問した我が校ラグビー部。青森県代表として健闘を誓う趣旨だった。Dsc_0040 Dsc_0049

校長先生、監督さん、選手を代表してキャプテン凌、大二郎、雄太郎、英之、そしてなぜか次男も・・・。 Dsc_0027 Dsc_0028Dsc_0030Dsc_0031Dsc_0033   

皆、姿勢を伸ばして緊張気味(笑)。今のうちに、うんと緊張しておいたほうが後々のためだ。Dsc_0039_2

県議会議長さんも元スポーツマンらしく、チームの状況を詳しく聞いてきた。長身の次男に突然、「どこのポジション?」「身長、何センチ?」「どこの大学に進むの?」と矢継ぎ早に質問。入試の面接では散々な目に遭っていた次男だったけど、何とか答えた・・・。ホッ・・・。Dsc_0044_2

花園での健闘を誓い、県庁を後にした次男達はこの後、大会を後援している毎日新聞社や後援者のもとにも表敬訪問した。Dsc_0061Dsc_0064 

そして、明日は市役所やテレビ局も表敬訪問する予定だった。

私「授業に出なくて済むから、サッパリするべ?」。

次男「うん」。

やっぱり・・・と思った師走の夜pig

2012年12月11日 (火)

激励!

27日に開幕する第92回全国高校ラグビーフットボール大会(花園ラグビー)に出場する我が校ラグビー部の壮行式が日曜日に執り行われた。選手や父母会、OB会など関係者約130人が出席し、花園大会での活躍を祈った。201212091801128 201212091801127201212091801129 

花園ラグビーの定番曲『コズミックラグビー』が流れる中で入場した選手達は、ちょっと緊張気味だったけど、全員が元気良く会場に整列した。2012120918011211

県ラグビー協会会長さんや校長先生のご挨拶に続き、選手全員が登壇し、キャプテンが意気込みを語った。201212091801121201212091801122 

続いて、先日行なわれた組み合わせ抽選会で『運命の好カード』を引いてしまった春樹が「大阪桐蔭戦を引き当ててしまって、どうもスミマセン・・・」。会場がドッと沸いた(笑)。201212091801124

最後に監督さんが、「真っ直ぐぶつかっていく!」と力強く抱負を述べられた。初戦は大阪府代表の強豪だけど、当然勝つつもり。それは、ここに集まっている全員の願いでもあり、期待でもあった。201212091801125 2012120918011212

久しぶりの父兄仲間と歓談は、花園大会が半月後に迫っていることも手伝って、大いに盛り上がった。皆さんシッカリと大阪行きの準備を整えていた。何も準備ができずにいたのは私ぐらいだった・・・。2012120918011210 Dsc00021

恒例の壮行式も無事に済み、いよいよ1週間後には選手達は雪のない奈良県に移動して練習漬け。そこから大阪へ移動し大会に出場する段取りになっていた。寒さのせいなのか、武者震いなのか、妙にゾクゾクしてきた師走の夜beer

2012年12月 8日 (土)

釣るっ!

今日も明日も休日出勤。絶対に花園に行く!という目的を達成するためには、休日出勤など苦にならなかった。

根雪となった津軽では、もうグラウンドを使って練習することはできなかった。今年に限った事ではないけれど、花園大会開幕まで20日を切ったこの時期にグラウンドを使えないことは選手達には気の毒だった・・・。

少しでも土の感触を取り戻すため、選手達は雪のないグラウンドを求めて貸切バスで日帰りの遠足、いや遠征(練習)に出掛けた。私も行きたかったけど、休日出勤の身。みんなケガのないように行ってらっしゃい~。Img_0914

休日出勤も何とかこなして帰宅すると、玄関先に長男の車が止まっていた。「あっ、あいつら来てるなぁ~♫」と思い、元気良く「ただいまぁ~」と自宅に入ると、居間には2歳様(長男の娘)。

改めて「ただいまぁ~」と言ってみたら、変な生き物を見たような顔をしながら逃げていった・・・。疲れが倍増した・・・。機嫌をとろうと、あらゆる手を尽くしたけれど、近づいてこなかった・・・。疲れは3倍に増した・・・。

困った時は食べ物に尽きると思い、母が持って来たリンゴで釣ることにした。まんまと成功した。ふふっ、これで仲良しになれる。良かったぁ~。Img_0916

私「もっと食べる人は~?」。2歳様「あ~」。次から次へと食べてくれたので、繰り返していたら、隣に居た奥さんから「晩御飯を食べられなくなるといけないから、もういいんじゃない?」と横やりが入ったので、やめた。

リンゴの供給のストップしたとたんに、2歳様は私から再び距離をとった・・・。でも、2歳様の機嫌の取り方を覚えた~(笑)。

今後、2歳様と接する時は常にリンゴを携帯することにした師走の土曜日apple

2012年12月 7日 (金)

金曜再震

今週降り続いた雪は、もう来春まで消えることはないとさえ言われた。根雪っていうやつだった・・・。もう今年は地面を見ることがないのかと思うと、いっそう寒さが身に染みた・・・。Img_0906 Img_0905_2

土日も休日出勤とは言いつつも、やっぱり金曜日は前日までとは異なり、気が楽だった。この日は、昼から津軽方面へ出掛け、立派(?)に仕事をこなして、帰社する途中にあった。

突然、カーラジオがブーン、ブーンと言い出した。聞き覚えのある音だった。緊急地震速報を伝える音だと気が付いた。すぐにラジオ番組が中断し、アナウンサーが地震発生を連呼した。え゛っ!

連日の吹雪で路線はデコボコだったので、地震の揺れなのか、デコボコの揺れなのか判別不能だった・・・。

ラジオからは「海岸付近の人は津波に注意しろー。運転中の人は路肩に車を寄せろー」とアナウンスが流れるけど、走行している場所は高架橋の上・・・。橋の上で地震が止むのを待つのはちょっと勇気が要るぅ・・・。橋桁が落ちたら困るしぃ・・・。

恐る恐る高架橋を進んで、平地に辿りついた。会社までは10分程度の距離・・・。会社までは戻れそうだけど、ちょっと考えた。「まだ停電はしてない・・・。ひょっとしたら、ガソリンパニックになるかもしれないし・・・。おっしゃー、まずはガソリンを満タンにしよっ」と思い立ち、Uターンしてガソリンスタンドに直行し、「満タンで!」。学習能力が備わっていた。

ガソリンスタンドから会社までの道程は、夕方のラッシュも重なり、想定どおりの渋滞。とにかく、ゆっくりと安全に戻ろっ・・・。Img_0912

帰社すると、ボロ会社は今回も壊れずに立っていた。たまには壊れてもいいのに・・・。

部下A「地震は大丈夫でしたかぁ」。私「うん、雪道だったし、地震の揺れなのか、デコボコの揺れなのか、よく分からなかった・・・」。部下A「(笑)」。私「万が一のことも考えて、ガソリンも満タンにしといた」。部下A「(笑)」。笑ってばかりじゃなく、少しは感心してくれても良かった・・・。

仕事を終え、長男や長女の家族、次男の無事を確認。残念ながら、奥さんの無事も確認できた・・・。次男は下校途中の電車の中で暫く足止めを喰らったようだったけれど、とりあえず全員無事。ホッ・・・。

奇しくも「3.11」と同じように、厳冬の金曜夕方に発生した今日の地震。一週間の中でブルーな曜日が増えたような気がした師走のブルー曜日snow

※追伸 ご心配のつぶやきに感謝~m(__)m

2012年12月 5日 (水)

恵み

いつもなら「ただいま・・」と言いながら帰宅するところだったけど、この日は「ただ・・・」と言ったきり、目を見張った。

玄関にド~ンと二つのリンゴ箱が縦に積まれていた。母の仕業に決まっていた。

私「もしもし、リンゴ持ってきてくれたのか?しかも2箱も?」

母「そっちに行くついでがあったから、置いといた。暫くの間は食べられるだろ」

暫くどころか、永遠に食べられると思った・・・。

大量のリンゴだったので、電話で会話しつつも、ご近所と会社のみんなに配ることを思いついた。Dscf0851

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私「で、体調はどうだ?」

母「こうして出掛けられるぐらいなら何とかなる。今のうちは」

今夏入院していたのだから、無理を押して来なくてもいいのに・・・。

私「今度、ゆっくりと遊びにくればいいじゃん」。

母「ありがと。そのうち行くから、その時はよろしく」

私「おぉ。それまでは無理するなよ」

母「分かった」

私「正月には顔出すつもりだけど、逆にこっちに来てもいいんだぞ」

母「行けたら行くから」

私「おぉ、分かった、待ってる。じゃあ、風邪ひかないようにな」

母「お前も」

時々は様子を見に行こうと思いつつも、なかなか顔を出せないでいた親不孝の私。こうして心配かけていれば、この先もまだまだ元気でいてくれるかも・・・と馬鹿な思いを巡らせながら、津軽の恵みと母に感謝した師走の夜apple

2012年12月 3日 (月)

グラデーション

何歳になっても、月曜日はブルーだった。というよりも、ブルーじゃない月曜日のほうが珍しかった。特に月曜日の朝は『濃紺』の私だった・・・。Dscf0819

ほとんど惰性で出勤した今朝の私。部下達も揃ったので、「そろそろ今週の予定確認しよっかぁ・・・」と朝のミーティングを始めた。

私「今日はこーで、明日はあーで・・・。ということで、今週も頑張ろっかぁ・・・」。部下達「はい」。ミーティングが終わりかけた頃に、ようやく濃紺から少し明るいブルーに変色しつつあった私。

「それじゃあ、今朝の打ち合わせは以上にしよっ!」とミーティングを切り上げようとすると、部下A「あっ、ちょっと待って下さい」と言って自分の机に戻り、再びミーティングの場へ。

部下A「コレ、私達一同からです」と言って茶封筒を私に。私「(ん?何か文句か?ラブレターなわけないし・・・)」。部下A「息子さんの花園の足しにして下さい」。私「あ、ありがとう」。

次男達の花園出場は部下達も知っていたけれど、社内では寄付金の話も、募金活動の話もしないでいた私。今まで部下達に無理なお願いを強いてきた手前、募金活動の話は控えていた。

頼みもしないのに・・・。ありがとう、みんな・・・。濃紺から一気に水色へと変わっていた師走の月曜日sweat02

 

2012年12月 2日 (日)

安堵のち黙考

シーズン真っ盛りだった。国内ラグビーの最高峰であるトップリーグ、大学ラグビー、そして年末からは全国高校ラグビーの開幕だった。Photo_3

休日だった今日は、テレビの前で大学ラグビーを終日観ていた。鍛え上げられた屈強な男達が、この日も好試合を繰り広げていた。

先月29日に次男の合格発表があった。インターネットで検索し、次男の合格番号を確認していたけど、正式な通知を待っていた。

そして、先日、大学から合格証書と入学手続き書類一式がドサッと送付されてきた。

大学から送られてきた書類の束の中には、当然のように入学金だ、授業料だと、我が家の不得意分野も・・・。

画面の向こうで戦う屈強な大学ラガーマンを観ながら、「来春から、あんな大学生に交じって練習をしたり、試合をしたりするんだっけ・・・」と思いながら、合格に安堵ばかりもしていられなかった師走の日曜日leo

2012年12月 1日 (土)

抽選

運命の抽選日だった・・・。町内会の歳末売り出しでもなければ、宝くじでもなく、年末の高校花園ラグビーの組み合わせ抽選日だった。

どこの高校と相対することになるのか・・・。この日も休日だったけど、その1点だけが気になって、仕事に身が入らなかった。身が入らないのはいつものことだけど、今日は特別だった。

抽選会場は、大阪の毎日新聞社オーバルホール。我が校からは、肩を脱臼していたキャプテンに代わり、これまた骨折治療中のHが監督と二人で昨日から会場に向かっていた。できれば、いきなり強豪校との戦いは勘弁してほしかった。

仕事をしながら、昼前からずーとホームページ「http://www.rugby-try.jp/index.html」をチェックしていたけど、なかなかUPされなかった。当然だった、抽選会は午後だった・・・。

午後、父兄仲間から「組み合わせが決まりましたね」とメールが届いた。「あっ」と思い、ホームページをチェックした。あららら・・・。92

初戦の相手は、地元・大阪府代表の『大阪桐蔭』だった・・・。ノーシード校ではあるけれど、全国一とも言われる大阪府の代表校。やりたくなかったぁ・・・。

頭を抱え込んでいると、「組み合わせ決まった・・・」と次男からもメールが届いた。「うん、俺も見た・・・」と返信すると、「そういうことだから」と再び次男から返信が。休日出勤したにも関わらず、仕事は完全に滞った・・・。

ショックを引きずったまま会社を後にした。外は吹雪いていた。私の心模様のようだった。帰宅して再びホームページを確認した。「会社のパソコンは壊れてるんだ、きっと。自分のパソコンなら、ちゃんとした組み合わせになってるだろっ(笑)」。そんなことはあるはずもなかった・・・。Dscf0846

初戦の相手は強豪校。勝ち上がれたとしても、2回戦は国学院久我山(東京都)という名門兼強豪校が待ち受ける不運な組み合わせだけれど、全国大会という晴れ舞台で高校ラグビーの最後を終えられることは幸せなことなのだろう、きっと・・・。

「花園大会までの残る1か月弱の月日は、次男も私もそれぞれ仲間と思い出を作らなきゃ・・・」と思うことにした師走の初日t-shirt

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