無料ブログはココログ

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月31日 (木)

ラスト1か月

高校の卒業式まで残り約1か月。今春から関東で大学生活を送る予定の次男は、自動車の運転免許取得に向けて教習所通いをする一方で、家に居る時は自分の部屋の大掃除を連日繰り返していた。

足の踏み場もないほど散らかっていた今までと違って、綺麗に片付いた部屋は別世界だった。

おまけに自分の部屋のカーテンやシーツ、タオルケットなども洗濯しては、手当たり次第に家の中へ干していた。Dscf0867

中学時代から自分の衣類は自分で洗濯していた次男だけに、洗濯は得意としていたけれど、衣類以外のものまで徹底的に綺麗にするのは初めてだった。

あと2か月ほどで済み慣れた家を出て、大学での合宿生活に入ることを思って、自分の部屋に感謝を込めて綺麗にしているのだろうか・・・。真意は定かではなかったけれど、何とも言いようのない感覚だった。

明日から2月。すなわち次男の高校卒業まで残り1か月・・・。今は何も言わず、好きなように過ごさせてやろうと、静かに見守っている睦月最後の日door

2013年1月30日 (水)

仕事人

高校ラグビー生活に区切りがついた次男は、運転免許の取得に向けて、連日、教習所通いを続けていた。

適度に筋トレは続けていた次男だったけれど、部活がなくなったことで、私の心の張りが薄らいでいたことは事実だった。Dscf0877

けれども、私以上に次男の部活と深~く付き合ってきたモノが我が家には存在した。何も言わずに、次男の部活をジーと支えてきた我が家の洗濯機だった。

ドロドロになったジャージや短パン、ソックスなど、次男のラグビーグッズだけでも日によっては2度、3度と稼働していた我が家の洗濯機。

私と違って、一言も文句を言うこともなく、次男が放り込む洗濯物を綺麗にしてくれた。我が家の中で一番の仕事人だった。

その仕事人も、最近はめっきり活躍の場が減り、今では家族3人の洗濯物さえ1度の稼働だけで済むほど、仕事の機会が激減していた。

3年間もフル稼働を強いられてきたんだし、これからはちょっとペースを落として働く頃かもしれなかった。定年にはまだ早いから、これからは少しクールダウンといったところだろうか・・・。

でも、心なしかたたずまいが今までと違って見えたので、「部活がなくなって、お前も少し淋しくなったか?」と思いながら洗濯機を見たら、ピッと光ったような錯覚を覚えた睦月の夜t-shirt

2013年1月29日 (火)

雪害

降り積もった雪を気にしつつも、少し残業をして帰宅した。案の定、20cmほど積もっていたので、愛車を家の前の道路に止めたまま、除雪することにした。

風除室を開けて、玄関にカバンと上着を脱ぎ捨てて雪かきを始めることにした。家の中に居る奥さんには、帰宅したことが伝わったはず・・・。そのうち、雪かきの手伝いに出てくるだろう・・・。

30分が経過したけど、家の中からは誰も出てこない。出てくる気配すらない・・・。次男は自動車教習所に行ってるはずだから、しょうがないにしても、奥さんは私の帰宅に気付いたはず。

「おいっ、いい加減に雪かき手伝えよ」と言いたい気持ちをグッとこらえて、雪かきを続けた。まっ、夕飯の支度でもしてるんだろっ。そのうち手伝いに出てくるさ・・・。

それから30分が経過した。雪かき開始から1時間。2軒隣りのお宅でも仕事から戻ったらしく、ご夫婦で雪かきを開始した。

私「こんばんはー。よく降りましたねぇ」

近所の旦那さん「ほんと、ほんと。でも、だいぶ綺麗に片付きましたね」

私「いえいえ、やっと半分ぐらい片付いたかなってところです」

近所の奥さん「でも、旦那さん一人で雪かきするんですから凄いですね」

私「いえいえ、○○さんこそ、いつもご夫婦仲良く雪かきしてて羨ましいです(笑)」

本当に羨ましかった・・・。奥さんでも愛人でも2号でも3号でもいいから、手伝ってほしかった私だった。

そこから再び30分が経過した頃に、次男が教習所から戻ってきた。

次男「ただいま」

私「おぉ、お帰りー」

次男は雪かきを手伝おうとしたけれど、雪かきもほぼ8割完了していたので、「いいよ、もうすぐ終わりそうだから。それより先に風呂に入って、飯食え」

次男「了解」

そこから、5分ほどして奥さんが出てきた。すっかり夕食も済ませて、テレビを観ていた様子だった。

ほとんど雪かきは済んでいたけど、「手伝おうか」という言葉を待っていた。そう言ってくれれば、「いや、もうすぐ終わるから大丈夫」と言う予定だった。

にも関わらず、奥さんは言わなかった。そして、家の中へ戻っていった・・・。

意地になって、そこから20分ほど雪かきを続行した。予定外だったけれど、家の裏側の一部まで片付けてやった。

家に入って、疲れた表情を丸出しでゼーゼー言ってみた。「御苦労様」の一言がなかったので、またゼーゼー言ってみたけど、「お風呂沸いてるけど」と返された。

雪さえ降らなければ、こんな目に遭っていないのに・・・。Dsc00371_2

今夜の月だけは私の孤独ぶりを見ていてくれたはず・・・と思いながら、居間の窓から雪かきが済んだ外の様子を一人眺めた睦月の疲弊した夜moon2

2013年1月28日 (月)

北島並み

豪雪、豪雪と騒いでいた1週間前が嘘のように、土日も好天に恵まれた津軽。お陰で、この一週間ほどは雪かきらしい雪かきもせずに、身体を休めていた。

出勤前のニュースを観ていたら、「関東で積雪」と盛んに報じていた。一面が真っ白の成田空港の画像は、青森空港を思わせるものだった。

無責任に「あぁ、都会の人達はたいへんだろうなぁ・・・。長靴とか、スコップとか持ってんのかなぁ・・・」と思いながら、会社に向かった。凍結はしていても、雪のない道はドライバーにとってはありがたかった。お陰で、月曜日のブルー加減が少しだけ和らいで出社することができた。

ところが、帰宅時になって天気が一転し、とうとう降ってきた。全然待っていないのに・・・。

「このところ、天気が良かったもんなぁ。そろそろ降る頃だよなぁ・・・」と思いながら帰路を急いだけれど、その考えの甘さにすぐ気が付いた。ワイパーで拭き取る途中で次から次へと雪が窓に降り注いできた。うわっ、早く家に着きたい・・・。

幸いにも自宅の積雪はそれほどでもなかったけれど、愛車を停めて少しだけ玄関周りの雪かきをしていると、あっという間に積もる、積もる・・・。

北島三郎が紅白歌合戦の大トリで歌う時に天井から降り注ぐ紙吹雪のように、真っ暗な上空から綿雪が容赦なく降っては降ってはずんずん積もる~♫だった・・・。Dscf0876

明朝の出勤前の雪かきが確定的になり、夕食が喉を通らない睦月の夜penguin

2013年1月26日 (土)

新分野

休日だったけれど、少しだけ仕事があった。郊外の大型ショッピングセンターで行われているイベントに顔を出せばいいだけだから、仕事と言えるほどの仕事ではなかったけれど、今後のこともあるので出掛けてみることにした。

というよりも、家に居ると家族にこき使われるだけなので、喜び勇んで出掛けたという方が正解に近かった。

イベントは、県庁が主催したもので、公共事業が減少して経営環境の悪化が続く建設業が、本業以外の分野で頑張っている姿を市民にPRする展示会だった。いわゆる建設会社の新分野進出を支援するという趣旨だった。Dsc00390

農業分野に進出した会社。特産の加工品を販売する企業。地域の経済と雇用を守るために、本業の建設業に固執することなく、前向きに取り組んでいた。Dsc00387

Dsc00400 出店していた企業の方々は、建設業が本業だけに、販売はちょっと緊張気味の様子だったけれど、自社製品のPRに努めていた。ささやかながら、ちょっとだけ売り上げに協力した。ほんのちょっとだけだけど・・・。

Dsc00388

Dsc00383

頑張っている姿に元気をもらって帰宅したけれど、帰宅後の掃除で元気を全部使い果たした睦月の午後wrench

2013年1月25日 (金)

はい、どうも

雪による事故は毎年のように発生する北国だったけれど、身近な人が犠牲になって、少なからずショックな日を過ごしていた最近だった。

幸いにも今週の津軽は雪が降ることもなく、過ごし易い日々を過ごさせてもらっていた。気温もこれまでの氷点下から、0℃を超える日が続くと、当然のように屋根雪が滑り落ちやすくなっていた。Dsc00377

そんな中で先日、母の友人(77歳)が屋根から滑り落ちてきた雪の下敷きになって亡くなった。新聞を目にした時に「同姓同名だろうか・・・」と思っていたけれど、テレビのニュースに映し出された画像は、間違いなく母の友人宅だった。

母の友人とは言うものの、私も昔はお世話になったことのある人だった。今は高齢者の独り住まいだったらしく、お天気がいいので、軒先の雪かきをしている最中に、落下してきた屋根雪に埋まってしまったようだった。

ご長男が音沙汰のないことを不思議に思って捜索願いを出したところ、屋根下の雪の中から発見されたという。3~4日間も雪の中に閉じ込められていたと聞き、雪の恐怖と残酷さを改めて噛みしめた。

その悲報を聞き、急に母に電話した。

私「もしもし、俺だけど・・・。二ュース観て驚いた」

・・・略・・・

私「天気が良くても、外を歩くときは気を付けろよ。軒下なんか歩くんじゃねぇぞー」

母「はい、どうも」

私「○○(次男)が卒業して大学に行く前に、また遊びに来ればいいじゃん。そのうちに迎えに行くから、そのつもりでいろよ」

母「はい、どーも」

雪国の厳しさを改めて噛みしめながら、身勝手に母へ電話しては一人でホッとしていた睦月の夜night

2013年1月23日 (水)

緩み

大寒に突入しているにも関わらず、今週は雪が降らない津軽だった。

もっとも、先週まで散々降っていたのだから、ここ数日雪が降らないからといって、帳尻が合っているとはとても言い難かった・・・。

しかし、ここ数日間、雪かきから解放される喜びは何事にも代えがたかった。

そんな中、今朝の我が家はプチパニックに見舞われた。見事に全員が寝坊した・・・。

3人それぞれ目覚めた時には、次男が毎朝乗るはず電車の時間が迫っていた。

次男「やべぇ、間に合わねぇ~」

奥さん「乗せていってもらえば?」

私「俺だって会社に間に合うかどうか・・・」

結局、次男を乗せて高校を経由し会社に向かうことになった。Img_1026

次男の部活が終わってしまったため、私にとっては久しぶりの高校だった。

まっ、久しぶりに高校に来てみるのも悪くはないかぁ・・・。Img_1027

それにしても、よくもまあ全員仲良く寝坊したものだった・・・。

気温の緩みとともに、家族全員の心も緩んでいた睦月の朝school

2013年1月21日 (月)

閉店

昨年末の花園高校ラグビーから3週間・・・。まだ3週間とも思えたけれど、もう3週間も経っていた。

真っ白な状態のままに年末年始を過ごし、気が付いたら豪雪との格闘に日々を費やし、グッタリとしているうちに、早くも3週間・・・。Img_1028

大寒だというのに、幸いにも土日は降雪も比較的少なかったため、『TSUTAYA又左衛門店』の錆ついたシャッターを開けることにした。『TSUTAYA又左衛門店』の閉店セールだった・・・。

何十試合分、何百枚ダビングしたかなど興味はなかった。次男達のラグビーを見守ってきた私にとって、この最後の試合のDVD製作は一つの大きな節目に違いなかった。

ひと区切りを迎え、解放感や安堵感よりも、「あぁ、本当に終わってしまったんだなぁ・・・」という思いだけが心の中を占めていた睦月の夜cd

2013年1月20日 (日)

スネかじり

幸いにも、土日は比較的穏やかな天候だった。この時とばかりに、家の周囲の雪かきに励んだ。もちろん、自分なりに・・・。

この時とばかりに・・・、という思いはご近所も同じだった。金曜の深夜にブルドーザーが町内の生活道路の除雪に来たこともあり、ブルドーザーが家の前に置いていった固い雪も片付けなければならなかった。

幸いにも、頼まなくても次男が手伝ってくれたので、この日の雪かきも予想より早く済んだ。3年連続の豪雪に見舞われている津軽だったけれど、今冬は次男の存在は心強く、ありがたかった。Dsc00374

きっと明日からの1週間も厳しさが続くことが予想されるけれど、今冬はちょっと次男のスネをかじって春まで乗り切ろうと密かに企てている睦月の休日ski

2013年1月19日 (土)

巨星

大相撲の元横綱『大鵬』さん(納谷幸喜氏)が急逝した。若い人達も名前ぐらいは聞いたことがあるだろうけれど、昭和の大横綱であり、大相撲史上でも最高の横綱だった。

小学生の私にとっては、その強さと、容姿の美しさから、間違いなくヒーローの一人だった。特に青森は「相撲どころ」と言われ、多くの力士を輩出していただけに、私も含めて相撲好き、大鵬ファンの県民は多かった。

大鵬さんといえば、未だに破られることのない優勝回数記録もさることながら、土俵上の態度に対して、子供ながらも「これぞ大横綱だ」と思ったものだった。自由奔放な発言や態度を繰り返す昨今の力士とは明らかに資質が違っていた。真に強い者とは、大鵬さんのような人のことを指すのだろうと思った。021

巨星が逝った報に、昭和がさらに遠ざかってしまったことを実感しつつ、冥福を祈った睦月の土曜日chair

2013年1月18日 (金)

もう一つの学校

次男達の高校ラグビー生活が終わり、楽しみにしていた大学ラグビーも日本一が決まり、今シーズンも残すところトップリーグのプレーオフトーナメント、そして日本一を決める日本選手権を残すばかりとなっていた。

その日本一が決まる頃には、津軽も長い冬を終える時期になっているはずだけれど、今は春が来ることなど到底想像できないくらいに、雪、雪、雪の毎日だった。

次男は今週から3学期が始まっていた。最後の学校生活だった。卒業までの限られた高校生活を、ケガなく、仲間達と楽しく過ごしてほしいものだった。

チームメイトの中には明日からのセンター試験を受ける者もいた。ラグビーで培った精神力と、今までの勉強の成果を存分に発揮して、目指す大学へ進んでほしいとも期待していた。

そんな中で、すでに大学入学が決まっていた次男は、センター試験を受けるわけではなかったけれど、今月からもう一つの学校へ通う予定になっていた。今になって勉強が好きになったわけでもなく、進路変更したわけでもなかった。

自動車運転免許を取るためにモータースクール通いをすることになっていた。

35年前に私が通った頃は10万円もしなかった教習所代も、今は30万円弱だとか・・・。今思えば、長男の時も長女の時もそれぐらいかかっていたような気がする。

青森で暮らし、生きていくためには、男女問わず運転免許は半ば必需品のようなものだけれど、それにしても高くなったものだと改めて思った・・・。

果たして3月中に運転免許を取得できるかどうかは不安だけれど、いずれ路上練習するようになれば、冬道の怖さを身をもって体験することになるのだろう。Dsc00372

まだ気が早い話だけれど、運転免許を取得できた後も、くれぐれも安全運転で走行してほしいと願いながら、吹雪の合間に顔を出した月を久しぶりに見た睦月の週末moon1

2013年1月15日 (火)

Promised Land(約束の地)~功労者~

高校花園ラグビーの熱戦から2週間が過ぎていたけれど、録画しておいた次男達の試合を繰り返し観ていた今日この頃だった。

いつものように、家の中の掃除を手伝っていた日曜日。玄関のシューズボックスの下から次男のラグビーシューズが出てきた。花園から戻ってきた時に、壊れたラグビーシューズをそのまま玄関に放置していたからだった。Img_1024

黄、黒、黄・・・。見事なタイガースカラ―だった。さすがは大阪・花園だと思った。

今までもそうだったように、当然、捨てられない私。今まで次男とともに過酷な練習に耐えてくれたラグビーシューズだったから、壊れたからといって、ポイッというわけにはいかなかった。

しみじみ眺めていたら、壊れたラグビーシューズ3足に共通している部分があった。どれも全般的にボロボロになっていたけれど、特に右足のカカトの外側が共通して破れていた。

タックルの時に力が入る部分なのか・・・、スクラムを組む時に痛みやすい部分なのか・・・。いずれにしても、力を入れて地面を踏ん張った末に壊れたものだった。Img_1025

残念ながら、花園大会では新しいラグビーシューズを履いて出場したため、この壊れた3足のラグビーシューズは花園の芝生の上を駆けることもなく、その任務を終えようとしていた。しかし、花園大会出場へと導いてくれたのは、猛練習を支えてくれたこれらのラグビーシューズだった・・・。

これまでの練習や試合を回想しながら、功労者達をシューズボックスの最上段にそっとしまっておくことにした睦月の掃除をした日boutique

2013年1月14日 (月)

プラスマイナス肉

津軽は2日連続で雪を免れていたけれど、関東地方の大雪の話題を聞き、「今日、『成人の日』を迎えた人達には、記憶に残る祝日になったことだろうなぁ・・・」と他人事のように思っていた。それでも、祝意を表して日の丸は掲げた我が家だった。Img_1021

県内の学校は、明日から本格的な3学期。ここから冬の寒さが本格化するという時期に学校生活が再開されることは宿命だったけれど、どうか大きな事故も災害もなく、今冬を乗り切ってくよれるよう祈るばかりだった。

当然、次男も明日から3学期だった。それは、地元で過ごす学生生活も残り僅かということにほかならなかった。高校に通うのも、せいぜい1か月間程度だけ。月日が流れる早さを、改めて思い知った今日だった。

だからという訳ではなかったけれど、夕食は3人で焼肉屋さんに行った。Dsc_0009

次男には、日頃の雪かき手伝いの感謝を込めて・・・。奥さんには、私をこれ以上虐待しないようゴマスリを込めて・・・。Dsc_0010

お腹もいっぱいになり、3人とも気持ち良く帰宅した。

にも関わらず、「お腹を凹ますために、少し雪かきしたら?」と奥さん。せっかく満腹になって、ご機嫌で帰宅したのに、まるで『おじさん狩り』か『中年虐待』だろっと思った。

でも、自分でも気になりつつあることを指摘されたので、お腹の肉を減らそうと「どっかに雪は残ってないか・・・」とスコップを持ってウロウロしていた睦月の夜riceball

2013年1月13日 (日)

中毒

久しぶりに晴れたぁ~♪何日ぶりの晴れ間だろうかぁ~♪

ご近所ではこの時とばかりに朝から雪かきに精を出していた。我が家は昨晩、雪かきを済ませていた。「きっと、明日は晴れる。明日は朝からゆっくりと過ごすぞー」という魂胆から、昨夜の夕食後に雪かきを済ませていたのだった。

その甲斐あって朝からゆっくりできるはずが、そうもいかなかった。恒例の掃除だった。恒例の掃除の方が、高齢の掃除よりはマシだろ・・・ということで手伝ってやった。

掃除中も窓の外からはご近所の雪かきの音が聞こえていたこともあり、ちよっと外の様子をチラ見に出た。ご近所の人と挨拶を交わして、再び家に入ろうと思ったけれど、何か物足りないような気がした。

ご近所が雪かきをしているのに、自分は雪かきをせずに家の中に戻ることへ不自然さだった。『雪かき中毒』とでも言うべきか・・・。

掃除中にも関わらず、思い立ったようにスコップを片手にハシゴを登って物置の屋根の上に立っていた。物置の屋根の雪かきをすることで、仕事を見つけたような気になっていた。

物置の上から見る景色は昨冬以来1年ぶりだった。Img_1018_2

物置の屋根の雪かきはすぐに済んだけれど、2~3分ほど屋根の上で周囲の景色を眺めていた。 Img_1020_3

我が家の隣の池は、一面の雪原だった。「これじゃあ、白鳥も近づけないよなぁ・・・。でも、日に照らされて足跡一つない雪原も雪国ならではの景色かも・・・」Img_1019_4 そう思いながら、少し清々しく掃除に復帰した睦月の昼前sun

2013年1月12日 (土)

一家

正月から10日以上も経過し、正月気分も抜けかかっていた時期だったけど、一家全員で迎えた大晦日に大きなニュースが届けられた。

毎年、大晦日は我が家に長男と長女の家族も揃って年を越すのが慣例になっていた。子供達を迎えるために準備する奥さんは大変そうだったけれど、それはそれで楽しんでいる様子だった。

「今年も年末は花園大会の応援に行くから、いつ戻れるか分からない。勝ち進めば、俺達は大阪で正月を迎えることになるから、戻ってきたら正月するぞー」と事前に長男と長女には伝えていた。

残念ながら、年内に津軽に戻ることになったので、今年も一家全員が大晦日に勢揃いすることになった。

①長男②長男の奥さん③長男の娘(2歳様)④長女⑤長女の旦那さん⑥長女の娘(7歳様)⑦長女の息子(5歳様)⑧奥さん⑨次男⑩ついでに私―の10人。

「今年もみんなお疲れさん。来年も元気でがんばろー」の発声を合図に乾杯し、テレビを観ながら、花園大会の話やら何やらで盛り上がっていた。7歳様、5歳様、2歳様の3人もご機嫌だった。Img_1011

Img_1008 

宴もたけなわ、アルコールもだいぶ回り始めた頃に、長男夫婦が第2子を授ったことを発表した。今年5月頃が予定月らしい。

あらっ、そうなんだぁ・・・。1年後はニューフェイスが一人増えて総勢11人で正月かぁ・・・(笑)。

4人目のBG(ベビーギャング)の話題は、間違いなく嬉しい話題だったけど、それはスネかじり虫が増殖するすることも暗示していた。

一気に酔いが回って、一番最初に眠り込んでいた大晦日をことを今頃思い出している睦月の休日clover

2013年1月11日 (金)

着眼大局着手小局

Img_1012 雪の話題ばかりが続く正月明けのこの頃だった。書いている側も、読む側もネガティブにならざるをえないことは理解していたけれど、それが津軽の現実だった。

幸いにも明日から3連休だというので、今日ばかりは張り切って仕事をこなした。月曜日から張り切っていれば、部内の業績も違っていただろうに、会社には気の毒なことをした・・・。

帰宅後を私を待っていたのは、雪かきだった。いつもの私なら、「仕事で疲れているのに、もう一仕事かよ・・・」の心境だったけれど、明日から休みだと思うと、「おっしゃぁ~、やってやろうじねぇかぁ~」と気合が入った。本当に気持ちの起伏が激しい私だった。

それでも、私が帰宅したことを察した次男が雪かきを手伝ってくれた。疲れた中年には、ありがたいことだった。

というわけではないけれど、降り続く雪に凹んでばかりいるわけにもいかず、ささやかでも何か楽しいことはないかと思い、一品だけ買い物をして帰宅した。Img_1015

トイレの消臭剤だった。中年には似合わない絵柄だけれど、安かったからコレにした。封を切った。「う~ん、イイ香りぃ~♫」

降り続く雪には敵わないけれど、少しでも楽しく暮らすために『着眼大局着手小局』を実践してみた睦月の週末toilet

2013年1月10日 (木)

将軍

恐る恐る玄関の外をチラ見しては、積もった雪にガッカリするのが日課だった。

出社前に少しだけでも雪かきをしないと、帰宅後にたいへんな目に遭うことは承知していたので、遅刻しない程度に今朝も雪かきすることにした。

降り積もった雪にはウンザリだけど、冷え切った空気は夏場よりも確実に澄んでいる気がした。

新聞配達員の足跡しか残っていない玄関先に出て、嫌々ながらも雪かきをしようと思ったけれど、澄んだ空気に触発されるように、再び家の中へカメラを取りに戻った。

奥さん「白鳥か何か来てるの?」

私「いやっ、雪かきする前に積もった雪を撮っておこうかなぁと思って」

奥さん「珍しいの?」

「珍しいわけねぇだろっ・・・」と思ったけれど、口には出さなかった。Img_1013

粗末ながらも、愛車の周辺の雪だけは片付けられた~♫残りは帰宅後にやろっ!

少し残業をこなして、雪かき覚悟で帰宅したら、次男が一人で片付けてくれたらしく、我が家の雪は綺麗になっていた。部活がなくなるのも、時としていいものだった。

私「ただいま。雪かきしてくれたんだ?」

次男「うん」

私「ありがと。筋トレ代わりにちょうどいいだろ(笑)」

次男「いや、それほどでも・・・」

少しも手を緩めてくれない冬将軍には閉口していた。それ以上に、雪かきとなると腰が重たくなる奥さんは、真の将軍様だった。その反面、次男の支えがちょっと嬉しかった睦月の夜house

2013年1月 9日 (水)

クールダウン中

上野発の夜行列車を降りなくても、青森駅は雪の中だった。

連日の雪、雪、また雪で、青森市の積雪は65cmに達していた。1m超えも時間も問題だった。

雪国では、来週から3学期という学校が多いので、通学の児童・生徒の足には大きな影響は今のところ発生していないけれど、この調子だと子供達の通学に支障が生じるのは疑う余地のないことだった。

連日の降雪で、通学路の歩道には雪が高く積まれ、車道の端っこを恐る恐る登下校する子供達の姿は、危険極まりなかった。Dsc_0034

通学路の心配をする以前に、我が家の雪も、それはもう大騒ぎだった。出社前に軽く雪かきをして、帰宅すると思いっきり雪かきをして・・・。そんな毎日だった。ご近所の皆さんもウンザリしていた。皆さん、疲労感100%だった。

そんな中、第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会(高校花園ラグビー)が7日に決勝戦を迎え、閉幕した。

出場した51校のすべてが頂点を目指して熱戦を繰り広げた花園。その花園の地で湧き上がった私の熱は、最近になってようやくクールダウンしていた。

そんなクールダウン中に、父兄仲間から「福島県で来月開かれる新人大会に一緒に応援に行ってくれない?」という誘惑。1、2年生だけの大会だから、次男達3年生は当然出るはずもなし!

かと言って、「3年生が出場しないから、応援には行かない」と言うのも少し気の毒な気が・・・。

降り続く雪とともに、悩ましい日々が続く睦月の夜snow

2013年1月 7日 (月)

リスタート

年末から正月にかけては、ほどほどに忙しかった。一家全員で正月を迎えたり、初詣に出掛けたり、実家の母に顔を出したり・・・。かと思うと、大晦日に交通事故で亡くなった親戚があったりと、書き記そうと思えば、いくらでもが書き記す出来事があった。

しかし、無気力だった自分のせいでブログは更新されることもなく、正月も7日に入っていた。そんな今朝、出社しようと思ったら、次男が出掛けた。

私「あいつ、朝から何処に出掛けた?」

奥さん「今日から部活に戻るんだって」

私「あっ、そっ。いよいよ再始動したか・・・」

年末に花園で敗れた我が校。敗戦を機に3年生は部活を引退していた。テスト直前に部活が休みになることはあっても、今まで経験したことのないほど長期間にわたって楕円球から離れた日々を過ごしていた次男。けれども、大学入学後にラグビーを続けることにしていたので、1、2年生に交じって再び今日から部活に復帰することに決めたようだった。

正直、少しだけ心に張りが戻った気がした私。お腹のたるみは戻ってないけど・・・。

帰宅後に、「久々の部活はどうだった?1、2年生達に練習つけてやったか?」と聞くと、「1、2年生達は雪のない施設にパスで移動して練習することになってたらしい。誰もいないから、俺は一人で筋トレで汗かいてた」と次男。Dsc_0002

あらっ・・・と思ったけど、楕円球を求めて再び始動した次男につられて、1週間遅れだけど自分も今年をスタートさせた睦月の月曜日snail

2013年1月 4日 (金)

Promised Land(約束の地)~その先

花園から雪深い津軽に戻ったけれど、しばらく現実に戻れない状態だった。

世間は『行く年 来る年』モードだったけれど、私の心はまだ花園の第2グラウンドに置き忘れていた。

現実に戻れたのは、次男が花園から帰還した時だった。

Dsc00362

Dsc00361

敗戦の夜、宿舎横の公園で1、2年生達が練習に取り組んでいた。既にチームは先を見据えて始動していた。来年もきっと花園への切符を掴み取って、次男達の分も勝利してくれることだろう。Dsc_0012

Dsc_0005

年が新しくなっても、しばらく去年を彷徨っていたけれど、花園の先に何かがあるかもしれないと思いながら、今年を足を踏み入れてみようか思案している睦月の夜sandclock

2013年1月 1日 (火)

Promised Land(約束の地)~ノーサイド

高校ラガーマンの聖地「近鉄花園ラグビー場」を舞台に繰り広げられる『第92回全国高等学校ラグビーフットボール大会』。ついに我が校の初戦が迫っていた。

いつものように、ベンチ前で円陣を組み、降り続く雨も気にすることもなく気勢を上げる選手達。強豪相手に皆、気合はみなぎっている。次男は、いつもの黄色いラグビーシューズ。私にとっては分かりやすくてありがたかった。201212281329152

201212281329153

選手達がグラウンドに元気良く飛び出した。応援席から「青北頑張れー」の声援が上がる中、グラウンド中央に整列した我が校のフィフティーン。伝統の『黒地に赤ライン』のジャージ姿が頼もしい。201212281329154

201212281329155

相手ボールでキックオフ。ついに試合開始のホイッスルが吹かれた。相手に攻め込まれつつも、攻め返して、序盤は五分の戦い。いつも滑り出しが良くない我が校にとっては、悪くない立ち上がりだ。

しかし、前半15分に相手に初トライが生まれた。キックも入り、0対7と均衡が破れた。くっそー、やられたか・・・、でも、まだ大丈夫。落ち着いて、今から自分達のラグビーを思い出せばいい。気にするな。

その思いが通じたのか、先制こそ許したものの、その1分後に相手のミスに乗じて、我が校に初トライが生まれたー。ミスタータックルのFL宝が、こぼれ球に飛び込んで起死回生のトライ。「うぉ~」「やったぁ~」。盛り上がる我が校応援席。キャプテン凌のキックも決まり、7対7と同点に追いついた!201212281329157_4

その後も一進一退の戦いを続ける両校チーム。下馬評では相手校「大阪桐蔭」が優位と見られていたかもしれないけど、強豪にも臆することなく立ち向かう我が校の真骨頂発揮だった。

前半19分には、敵陣の左中間20m付近で相手の反則からPGを得た。蹴るのはキャプテン凌。「普通に蹴っていれば絶対に入る。入れろー」という皆の願いを乗せて蹴ったPGが決まり、10対7と逆転に成功した。ますますボルテージが上がる我が校ベンチと応援席。201212281329159_3

201212281329158

次男は、私の知らぬ間にセットプレーに磨きをかけていた。親友の英之と息の合ったセットプレーで完璧にラインアウトを制していた。大会に備えて関西入りした後にスキルを上げていたとは、嬉しい誤算。モール攻撃でも、いつも通りチームを牽引しては、敵陣に攻め入った。行けー、どんどん行けー。2012122813291511

2012122813291510

201212281329156 

201212281329151

前半終了間際の相手の猛攻を凌ぎ、10対7とリードしたまま前半終了。密かに期待していた試合展開だ。後半もこの調子でいくぞー!

運命の後半戦開始。後半5分、敵陣右側でモール攻撃で前進し、SH右悟が押さえ込んだ。追加点5点を加え、15対7とさらに点差を広げた。この試合、絶対にイケル!

後半戦に入っても雨は降り止むことはなかった。スクラムを組むたびに、選手達からは白い湯気が上がっていた。平均体重で10kg軽量の我が校選手達だが、シッカリとスクラムを組んで堂々と渡り合った。ここで倒れようとも、絶対に勝つ!201212281407221

しかし、それは相手校も同じ思いだった。ここから相手の猛攻が始まった。後半に入って選手を入れ替えた相手校からトライが生まれ、15対12と3点差に詰め寄られた。ここで食い止めらければ、勢いづかせてしまう。しかし、その直後に再びトライを奪われた。我が校のミスに付け込まれての失点だった。ついに15対17と再逆転を許した。

「あぁ・・・」「くっそぉ・・・」。応援席からは、ため息とも、うめきともつかない声が漏れた。選手達にも一瞬だけ落胆の表情が見えたような気がした。

しかし、後半戦も15分の残り時間がある、再々逆転しろー。その力は十分にあるはずだぞー。そのことは、選手自身が一番よく分かっていた。このままでは、この試合が高校生活最後の試合になってしまう。目標は大会に出場することでもなければ、初戦を突破することでもない。ベスト8に勝ち残って、花園で正月を迎えることにほかならなかった。

再び果敢に攻め込んだ選手達。点差は3点だけ。1トライすれば、再々逆転だ。次男は後半も忠実にセットプレーをこなし、空中戦を制した。果敢に飛び込んで、タックルに入った。そして、ボールを拾って前へ突っ込んだ。201212281407225

201212281407222

選手達、全員が残り15分での再々逆転に全力を傾注した。持ち前のキック力と走力、そして統率力で前進を図るキャプテン凌。頼りになるFL宝は、気合全開で相手に突っ込んだ。FB雄太は闘志丸出しで相手を止めた。親友のFO英之は、膝の痛みを感じさせることなく、FWを牽引した。皆んなが泥まみれになって花園のグラウンドで戦った、勝利のために・・・。

しかし、相手に傾いた流れを止めるのは至難の業だった。その後も2本のトライを奪われた。そして、グラウンドには『ピ、ピーー』と長めの笛が吹かれた。ノーサイドを告げるレフリーのホイッスルだった。負けた・・・。15対29の逆転負けだった。

その瞬間、次男はグラウンドに一人しゃがみこんだ。仲間に促されて、やっと立ちあがった。その姿を見るのは辛かったけれど、全てを見届けるのが私に課せられた使命だった。201212281407227

201212281407226

グラウンド中央に整列する選手達。ここまでチームを牽引してきたキャプテン凌をはじめ、全員の顔が濡れていたのは雨のせいではなかった・・・。201212281407228

201212281407229

2012122814072210

お互いに健闘を称え合った両チームの選手達。しかし、キャプテン凌と次男の涙はしばらく枯れることはなかった。相手チームが次々に駆け寄ってきたけれど、次男は手で顔を抑えたまま、肩を震わせ続けていた。2012122814072211

2012122814072212

2012122814072213

ベンチには、肩を落とす控え選手達。そして、女子マネージャーの泣きじゃくる姿。

高校ラグビー生活最後となる日が来ることは、始めた時から分かっていたつもりだったけれど、その現実に直面する辛さは例えようがなかった。2012122814072214

泣き止むことのない次男の背中に「4度も骨折したのに、最後までラグビーを続けてくれてありがとう。絶対に行こうと約束した花園の地まで連れて来てくれたことに感謝してる。最後に、いいプレーを見せてくれてありがとう。3年間お疲れさまだったね・・・」と心の底から感謝した。Dsc00360

試合が終了した頃には雨も上がっていたけれど、サングラスの奥は濡れたままだった師走の高校ラグビー生活のノーサイドの笛を聞いた日t-shirt

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »