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2013年4月

2013年4月29日 (月)

結末

ほぼ2か月ぶりの再会。盛り上がらないはずがなかった・・・。

次男の大学ラグビー初戦と重なったこともあり、最初のうちは次男のデビュー戦が気になっていたけれど、『乾杯~beer』の一言で、いつものように弾けていた。

みんな、連休中にも関わらず集まってくれて嬉しさと、息子達の近況を聞くことができて、ご満悦の私だった。Img_1116

おまけに、地元に残ってくれた、次男の部活仲間2人も駆け付けてくれたとあって、超~舞い上がっていた・・・。父兄仲間も時間が経つのも忘れて飲んでは語っていた。Img_1117

そして、翌日は夕方まで頭痛とムカムカに襲われていた。当然の結末だった。

予想されたこととはいえ、連休のうちの一日をフイにしてしまった。あんなに待ち焦がれた連休だったにも関わらず・・・。

「連休だからこそ久しぶりに弾けられたんだ。そう思うことにしよっ・・・」と言い聞かせながら、ムカムカに手も足も出なかった卯月の連休2日目pig

2013年4月27日 (土)

目覚め

ゴールデンウィーク突入だというのに、天気図には『snow』も・・・。それでも暫く仕事に追われなくても済むと思うと、気分は悪いはずもなかった。

普段はありえないことだけれど、昨日も今日も5時に目覚めた。ゆっくり寝ていればいいものを、ウズウズして起きてしまった。連休が始まるという高揚感に加えて、もう一つの理由があった。

この春、大学に進んだ次男が今日、大学ラグビー初の試合に臨む予定になっていた。もちろん観に行きたかった。高校から大学へとステップアップして臨む初めての試合だし、連休だし・・・。

始発の新幹線で上京すれば、試合には十分間に合うはずだった。「応援に行こうかな・・・。行きたいな・・・。行ってしまおっかな・・・」と数日前から自分の中で葛藤があった。

けれども、今夜は父兄仲間と「同窓会するぞー」と約束していた。試合を見終えてから帰青したのでは同窓会には間に合わなかった。もちろん、財布の中の福沢諭吉も心細かった・・・。

それに加えて、まだまだ私は『子離れ練習中』の身・・・。必然的に断念した。

「あ~あ、試合を観に行きたいなぁ・・・。こんなことなら、いっそ試合終了まで目覚めなけりゃ良かった・・・」Dsc00997

連休のスタートに際して早起きしたのはいいけれど、心は遥か彼方のグラウンドに飛んでいる卯月の連休初日run

2013年4月25日 (木)

札束<仲間

あと1時間ほどで仕事が終わろうとしていた夕方、携帯電話が鳴った。父兄仲間からだった。久しぶりに会うことになった。

次男よりも1学年下なので、息子さんは現在、3年生。ゴールデンウィーク中に開かれる春季大会の優勝に向けて練習に励んでいると聞き、安心した。

息子同士は学年が違うけれど、同学年の父兄達と同じように仲間として付き合ってきた仲だった。

私「土曜日に俺達の同窓会するから、一緒に参加してよ」

父兄仲間「是非、加わります」

私「そうこなくっちゃ」

しばしの間、近況報告を交わし合った私達。

次男が卒業した後のラグビー部の様子をこと細かに聞くことができた。

「じゃ、土曜日に再会しましょ」という別れ際に、父兄仲間「これっ、持って行って下さい。今朝、獲れたヤツ」

うっ、大きな発砲スチロール・・・。

私「あっ、すみません・・・」

父兄仲間は漁師さんだから、肉や野菜ということは考えられなかった。まして、札束が入っているはずもなかった。

帰宅し発泡スチロールを開けると、カレイ、カナガシラ(たぶん・・・)が何十匹もぎゅうぎゅう詰め。Dsc01004

とても食べ切れる数ではないので、直ちにあっちこっちへおすそ分けしつつ、札束を積み重ねても買うことができない仲間の存在を改めて噛みしめていた卯月の夜fish

2013年4月23日 (火)

2か月ぶりっ

次男たちの卒業式から間もなく2か月が経過しようとしていた。

部活の仲間たち17人は、それぞれの道で、それぞれに精一杯生きていると信じつつも、慣れない環境の中で心身とも健康でいるだろうか・・・、という余計な心配もないわけではなかった。(人の心配をしている場合かどうかは、自信がなかったけど・・・)

そんな思いが伝わったのか、伝わらないのか、「GW中に同窓会をしようぜー」ということになった。同窓会といっても、親たちの同窓会

卒業から約2か月。父兄仲間たちの親睦と、息子達の近況報告を兼ねてのものだった。

「GW中だし、出掛ける人もいるだろうなぁ」「逆に、仕事で忙しい人もいるかもしれない」と思いつつ、参加を募ったところ、10人ほどが参加の意向を示してくれた。

2か月とはいえ、再開が待ち遠しく、新生活を送っている部活仲間達の様子を聞きたかった。Photo

2か月が経っても、相変わらず私は進歩がなかったけれど、「まっ、今までどおりの私で再開しよっ」と開き直り、ちょっと早い同窓会を楽しみにしながら仕事に追われている卯月の連休前bud

2013年4月21日 (日)

ボー

本当は少々疲れていたけれど、久しぶりの休日だと思うと目が覚めた。

当然、今日は何もせずに、休日という一日をボーとして過ごすことに決めていた。とりあえず、私の中では・・・。

朝食を摂っている途中で、その希望は無残にも打ち砕かれた。

奥さん「久しぶりの休みでしょ」

私「おぉ」

奥さん「予定は?」

私「今日はダラダラと過ごして、一か月半の疲れを取る」

奥さん「久しぶりに、ちょっと出掛けない?もう、○○(長女)に連絡したんだけど」

私「今日は、家にいるつもりっ!」

奥さん「○○(長女の娘)も△△(長女の息子)も楽しみにしているみたいだし」

(昨日、会ったばっかりだろっ。BG(ベビーギャング)をダシに使いやがって・・・。楽しみにしてるのは、実はお前だろっ!)と思ったけど言わずに、「ちょっとだぞ!近所な!近所!」と1万歩譲って、出掛けてやることにした。

結局、弘前市まで出掛けて、ショッピングセンターをはしごすることになり、買い物だ、食事だ、遊びだと付き合わされて、帰宅した頃は既に夕方。疲れのせいで、ボーとした。Dsc_0016

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もう、休日出勤が恋しくなりかけていた卯月の待ちに待った休日cat

2013年4月20日 (土)

オフ

せっかくの土曜日なのに、また休日出勤だった。しかも、十和田市に向けて朝7時前に家を出なければならなかった。

「本当ならオフの日なのに、また仕事・・・。まっ、しょうがないかぁ・・・。先方には『行きます』って言ってしまったし・・・」と諦めの悪い私だったけれど、「頑張れる時は頑張っておくかぁ」と十和田市へ愛車を進めた。

約束の時間までに十和田市に到着して、無事に仕事も完了。「せっかく十和田市まで来たんだし、このまま青森まで戻るのも・・・」と思い、十和田市現代美術館をうろついた。1年ぶりだった。Dsc_0048

芸術を鑑賞するセンスも、観る目も持ち合わせていないけれど、気ままにのんびりと歩き回った。Dsc_0046

芸術の春をひととおり満喫し、帰路につく段階になった。Dsc_0067

しかし、また余計なことを思いついた。「どうせなら、八甲田山を縦断して戻ろっ!」

金曜日から津軽には雪が舞っていた。標高の高い八甲田山は新たに32cmの積雪があったことも知っていた。

わざわざ山中の危険な雪道を走る馬鹿があるものか、とも思ったけれど、芸術の春に触れて気分が高揚していたせいか、八甲田山を縦断した青森へと戻るルートへと自然に走っていた。

幸いにも、休日出勤続きで愛車のタイヤ交換を行なっていなかったため、まだスタッドレスタイヤのまま。きっと、除雪もしてるはずだし・・・。

案の定、除雪車が連日活躍してくれたのと、この日の好天のせいで、注意すれば十分に走行可能だった。

八甲田山中の雪の壁の高さは、だいぶ低くなってはいたけれど、まだ見応えはあった。これを見たくて、今回もこのルートをチョイスした私だった。Dsc_0074

無事に帰宅し、ちょっと疲れ気味だったせいもあって、ソファーに横になっていた私。ちょうどウトウトした頃にピンポーン♫長女が娘と息子を伴ってやってきた。

まもなく、再びピンポーン♫長男夫婦が娘を伴ってやってきた。また、一瞬で大家族になっていた。Dsc_0079

少しゆっくりさせてほしかったけど、「きっと、、次男がいなくなった心の隙間を埋めようとして長男と長女が連れてきてくれたのかも・・・」と思って、必死にBG(ベビーギャング)の相手をした私。疲れは増しけれど、心地良いオフを取り戻しつつある気がした卯月の夕方snow

2013年4月17日 (水)

おあずけ

仕事は相変わらず忙しかったけれど、「土曜日からは普通に休める~」というモチベーションだけで、仕事をこなせていた。

にも関わらず、土曜日も仕事が入った・・・。しかも、朝早く家を出て、十和田市まで行かなければならなかった。

先方「お久しぶりです。実は土曜日に今年も○○をすることにしました。去年も来ていただいたので、今年もお声をお掛けしたのですが、来られますかぁ(笑)」

私「あ、あ、あはは~。こちらこそ、お久しぶりです。もう1年が経つんですねぇ。せっかく、お声を掛けていただいたんですし、行かないわけにはいきませんよぉ~」

相変わらず、世間ヅラは良かったけれど、内心は「え~、去年のことは忘れてくれてもいいのにぃ・・・」だった。

私が電話を終えた途端、部下達は下を向いた・・・。

「いいよ、今年も俺が行けばいいんだろ・・・。あ~あ、行きますよ、行きますよ」と心の中で思ったけれど、口には出さずに一人でガッカリしていた。

忙しさが続いていたので、今夜も多少の残業をこなして、どうにか帰宅した。

私「ただいま・・・」

「お帰り」の声が聞こえなかったけど、あまり気にすることもなく玄関から居間に移動した(移動するほどの距離ではないけど)。

私「また、土曜日も休めなくなったぁ・・・」

居間のテレビからは、聞きなれた音が鳴っていた。嫌な音だった。

私「何だっけ、この音?」

奥さん「今、地震が来るって!」

地震発生とともに、注意を促すチャラーンチャラーンのチャイムだった・・・。

私「うっ、またかよ」

奥さん「あんたが帰って来たとたんに、地震も来た・・・」

私「うっせー。そんなことより、来るぞ、来るぞ」

しばらく身構えていた。照明が少しだけ揺れた。幸いにも、揺れは微かだった。Dsc_0017

奥さん「さっき、何か言わなかったっけ?」

私「何でもないっ!」

ズーと仕事が忙しい日が続き、それに合わせるようにズーと各地で地震も頻発していた。しかも、楽しみにしていた土曜日の休みがおあずけになってガッカリ続きだったけれど、とりあえず大きな揺れに見舞われなかったことを良しとして、土曜日の仕事のことは伏せておいた。

「どうせ『亭主、元気で、留守がいい』に決まっているんだし・・・」とブツブツ言いながら、まだ照明を注意深く見ていた卯月の疲れた夜flair

2013年4月13日 (土)

練習中

休日出勤も大詰めを迎えていた。今日は部下達を休ませた。

若い人達だから、きっと遊びたいだろうし、リフレッシュしたほうがいいかなぁ・・・、という判断からだったけど、本当は自分が一番リフレッシュしたかった・・・。

気楽は気楽だったけど、ズーと仕事に集中できる私ではなかったので、久しぶりに次男へメールした。

「何か困っていることはないかぁ」

どうせ、部活で練習中の時刻だし、夜にでも返信が届けばいいやと思い、再び仕事を再開した。相変わらず、没頭はしなかったけど・・・。

お昼過ぎに、思いがけず返信があった。

「大丈夫だよ」

おっ、そうか・・・(笑)

ホッとしつつも、きっと大学のラグビー部の練習ってキツイんだろうなぁ・・・という想像が働いて、次男が進んだ大学のラグビー場に思いが飛んでいた。Dsc00991

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再びこちらから「了解」とだけ返信した。

いろいろと様子を聞きたかったけれど、子離れ練習中の身だった。

小さい頃は、甘えん坊だった末っ子の次男も、こうして見ず知らずの地で生きていることを考えれば、仕事に精を出さないわけにはいかなかった卯月の土曜日snail

2013年4月11日 (木)

次男を上京させ、入学式のための上京し、再び仕事に明け暮れて、肉体的にも財布的にも疲れていた・・・。

いろいろな事情や都合があるにせよ、部下達の手前、自分の仕事はキッチリとこなした上で、全体をマネジメントしなければならなかった。

その多忙だった仕事もどうにか目途がつきそうだったけれど、もう一つ気掛かりなことがあった。

74歳になる母の手術だった。以前から甲状腺の腫瘍があることは本人も私達も理解していたけれど、今週の月曜日がその手術の日だった。

休日出勤を終えた先週土曜日に、奥さんと二人で病院に顔を出した。案外、元気でホッとしたけれど、手術を2日後に控えた母の顔には緊張が見え隠れしていた。

上京した次男のことをズーと気にかけていた母だったので、入学式や大学の様子を語って聞かせ、スマホで撮った写真を見せてやった。Dsc00980

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殊の外、喜んでいた。

手術の結果によっては、手術後に声が失われはしないかという心配が、母にも私達にもあった。大丈夫だろうとは思いつつも、「声が出るうちに・・・」と思い、私のクダラナイ話で笑いをとって、母の声を聞いておいた。

そして、手術から2日経った昨夜、再び病院を見舞った。電話で手術の結果を聞こうかとも思ったけれど、「声が出なかったら、話にもならないし・・・」ということで、再び病院を訪れた。

病室に入ると、母はベッドの上でテレビのニュースを見ていた。静かに近付いたつもりだったけれど、「あらっ、来たの。疲れているのに悪いね」と母。

(あらっ、声が出てる)

私「いや。ははは、声が出るじゃん。手術は無事に済んだみたいだけど、痛くなかったか?」

母「全~然」

奥さん「痛いわけないでしょ。麻酔するんだし」

私「まあな」

ほっとした私は、再び次男の様子や入学式の様子を話して聞かせた。前回と同じ内容の話だったけれど・・・。Dsc00987

経過が良好ならば10日程度で退院できると聞いて再び安心した私。津軽でも桜が開花したら、身体に負担が掛からない程度に花見に連れだしてやるかぁ・・・と、急に親孝行の真似ごとを企てていた卯月の日cherryblossom

2013年4月 8日 (月)

ヨコハマはブルーが似合う・・・

入学式が済んで、今夜の宿を予約してある横浜に移動した。

勝手知ったる東京に連泊しても良かったけれど、翌日は横浜のキャンパスを見てから帰ろうという不純(?)な目的があったので横浜に宿泊することにした。

でも、正直なところは東京に連泊しても全~く問題はなかった。ただ単純に横浜って所に泊まってみたかったのと、探した宿の中で横浜に安いホテルがあっただけのことだった・・・。Dsc00960

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夕方まで港の風に吹かれて、ホテルに入った。時間が移行するにつれて夕景から夜景へと鮮やかさを増す景色は確かに綺麗だった。Dsc00963

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「ふーん、これがブルーライトヨコハマかぁ・・・。確かに綺麗だもんなぁ・・・」

その一方で、余計なお世話かもしれないけど、ちょっとネオンの電気代が気になった私でもあった・・・。Dsc00967

港のネオンの堪能しつつも、疲労が蓄積していたせいか熟睡するまで時間は掛からなかった。ふふっ、ここまでは想定内の日程だぁ~。

一夜開け、爽やかに目覚めた私、になるはずだった・・・。

ホテルの部屋が港に面していたのは良かったけれど、朝日にも面していることは想定外だった。

「うぉ~、部屋が暑っ!寝てられん!」

朝から暑くて目が覚めたぁ。暖房のスイッチを切って就寝したにも関わらず、朝から南国並みの暑さだった。雪国生まれの私には、少なくともそう感じた。

熟睡してスッキリと目覚めるはずが、暑さで目が覚めた私は、少しブルーなまま朝食を摂って、ホテルを後にした。結局、この日は2度もコーヒーショップでアイスコーヒーのお世話になった・・・。Dsc00971

やっぱりヨコハマはブルーが似合うと思い知った卯月の暑かった日sun

2013年4月 6日 (土)

新しい仲間

連日、慌ただしく仕事に追われていた。おまけに、この1か月ほど休日出勤が続いていたこともあり、気分転換もできずに、ひたすら仕事あるのみだった。

心の片隅では上京した次男のことを気に掛けながらも、「まずは仕事、仕事。慣れない環境の中で頑張っている次男のためにも、まずは仕事!」と家と会社を往復する毎日だった。

疲労感を感じつつも、仕事に打ち込めていられたのは、目の前に一つの楽しみがあったからだった。次男の入学式に出席するため、俺も上京するっ!という単純な理由だった。相変わらず、目の前に人参をぶら下げられると走り出す馬のような私だった。Dsc_0009_2

その東京に行ってきた。入学式は4月3日。当日の始発で津軽を発っても間に合わないため、前日の夜に東京入りすることにした。4か月ぶりの東京だったけれど、田舎者の私を拒むかのような激しい風雨に歓迎された。けれども、津軽から上京した私にはベストフィットの気温だった。 Dsc00917

入学式当日も、風雨が止むことはなかった。「せっかくの入学式だけど、『雨降って地固まる』って思うことにしよっ!」

次男が進学した大学は、横浜と世田谷にキャンパスがあった。入学式は世田谷キャンパスが会場になっていた。横浜のキャンパスは実際に行ったことがあったけれど、世田谷キャンパスに行くのは初めてだったこともあり、朝食もそこそこに、電車を乗り継いで、急いで入学式会場に向かった。不慣れな場所は余裕を持って移動する派の私だった。Dsc_0017

「ここかぁ、世田谷キャンパスは・・・。それにしても、人が多い・・・。大学が大学なだけに、皆、アスリートっぽい学生ばっかりだけど、この中で4年間続けられるんだろうかぁ・・・」

その心配よりも、4年間にわたって仕送りを続けられるだろうか・・・という心配のほうが正直なところ大きかった私でもあった・・・。Dsc00925

Dsc00934_3滞りなく入学式も済み、ようやく電話が通じた次男は、ラグビー部仲間と一緒に行動していた。同じ高校から共に進学した凌も一緒だった。

「おっ、彼らがラグビー部員達かぁ。4年間、苦楽を共にする仲間達なんだなぁ。最初はキツイだろうけれど、みんなで頑張ってくれればいいなぁ~」と微笑ましく思いながら、新たな部活仲間を見詰めていた。Dsc00943

私「よぉー、元気か」

次男「うん」

私「何かあったら、連絡よこせよ」

次男「うん」

9日ぶりに再会したというのに、掛ける言葉があまり見つからなかった。Dsc00942

上京後、ただちに部活を開始していたこともあり、次男は精悍な顔つきをしていた。学生服姿と違い、背広姿の次男がちょっとだけ大人びて見えた卯月の上京した日school

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