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2013年6月

2013年6月29日 (土)

転職

休日出社は部下に譲って、のんびりするつもりだったけど、奥さんから「仕事だから、三沢に乗せて行け」と言われたので、渋々ながらも朝早く三沢市へと出掛けた。

奥さんの仕事を終え、帰宅してちょっと身体を休めていたら、奥さんが「焼き鳥食べたい」と言い出した。

「じゃあ、1年ぶりに焼き鳥屋を開店するかぁ・・・」と言ったばっかりに、夕方から庭で炭をおこして、焼き鳥屋さんに転職した。Dsc_0022_2

1年に1、2度は焼き鳥屋さんに転職するんだけど、今回は初めて奥さんと二人だけ・・・。次男も不在だし、長男や長女の子供達もいない・・・。盛り上がりには欠けるけど、たまにはいいか、たまにはだけど・・・。

夏至が過ぎたとはいえ、まだ周囲は明るい中で、奥さんと二人で「焼き鳥の夕べ」をしながら、次男が高校を卒業し、大学生活を送り始めたこの3か月間をしみじみと振り返った。

ビールを片手に焼き鳥を食べながら、ついつい昔話に花が咲いていた。ちょうど、この夕方の時間のように、俺達の人生も夕暮れを迎えているんだろうなぁ・・・、と独りでしみじみ思った。そして、2人だけの「焼き鳥の夕べ」は、ゆっくりと時間が流れた。Dsc_0023_2

ところが、次男が不在にも関わらず、依然と同じ量を用意したため、焼き鳥を食べ切ることができず、半分近くが余った・・・。

私「やっぱり俺達だけじゃ、余っちまったなぁ」

奥さん「全部焼いて、明日また食べれば・・・」

私「あぁ・・・。そうするかぁ」

奥さん「あっ、ついでに・・・」と言って、家の中に入って戻った。庭に帰ってきた奥さんは、魚が入ったパックを手に持っていた。

奥さん「せっかく炭をおこしたんだし、この魚も焼いてちょうだい!」

私「今、食うのか?」

奥さん「まさか。遠赤外線で焼けば美味しいだろうから、今日は焼いておいて、明日食べようかと思って」

私「はぁ・・・。まっ、いいや。この際、焼けるものは何でも持ってくれば・・・」

そこから私は焼き魚屋に再び転職して、ツボ鯛を炙っていた・・・。Dsc_0024

いつしか周囲はすっかり暗くなり、炭だけが赤く照っていた。

燃え続ける炭の熱を感じながら、「アイツが戻ってきたら、また焼き鳥屋に転職して、ガッツリと食わせてやろっ・・・」と思いながら、次男が暮す遥か南の空を見上げた水無月の夕方night

2013年6月28日 (金)

サフロ

ちょうど一週間前の金曜日。仕事上の付き合いで、飲む機会があった。

1次会はホテルで宴会。翌日はプチ家出を企てていたので、「今夜はここらあたりが潮時・・・」と思っていたけれど、当然のように「2次会行こうぜぇー」という流れになって、行かざるを得なくなった。

断っても良かったんだけど、良く言えば「付き合いがいい」、悪く言えば「断りきれない」、いや「断ろうとしない」・・・。

何だかんだ言ったところで、結局は行った、2次会に・・・。

店の名は『鐵の響 サフロ』。サフロは、津軽弁でスコップを指すのだけど、スコップ三味線の演奏を聴かせてくれるお店だった。

三味線の代わりにスコップ。撥(バチ)の代わりに栓抜き。これで津軽民謡を奏でるパフォーマンス。Img_0043

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一緒に行った人達が全国各地から来た人達だったので、青森らしさを・・・、という配慮からこの店を選んだのだろうけど、その思惑どおりに盛り上がってくれた。Img_0024_2

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翌日のプチ家出のことも忘れてすっかり盛り上がったのは良かったけど、翌朝は右手首が異常に疲れていた水無月の週末karaoke

2013年6月25日 (火)

「うん」

試合内容については詳しく触れないけれど、残念ながら敗戦だった。Dsc01161

Dsc01159

負けたことは悔しいけれど、今回のプチ家出の最大の目的は次男の顔を見ることにあった。

無性に次男に逢いたかった。子離れしていないと思われようと、次男に逢いたかった私だった。

だから、お尻が痛かろうと、帰青してすぐに仕事が待っていようとも、行きたかった。

青森に戻ってきたくても戻れない次男に代わって、私が逢いにいくことに、それ以上の理由は必要なかった。

試合終了後に2、3分だけ話す機会があった。

私「お疲れ。ケガしてないか?」

次男「うん」

私「残念だったな」

次男「うん」

私「頼まれたモノをもってきた」

次男「うん」

私「また来るから」

次男「うん」

私「じゃあな。何かあったら連絡しろ」

次男「うん」

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その「うん」が聞きたかった水無月の試合当日t-shirt

2013年6月24日 (月)

お尻は大切に

プチ家出を決行した。行き先は、またまた東京。今回は、土曜夜に青森を発って、翌朝東京に着き、その日の夜に東京を発って、月曜朝に帰青し、すぐに仕事に出掛けるという無謀な試み。

往復22時間のバス旅直後に仕事という、かつてないアホな試みだったけど、それ以上にプチ家出をせずにはいられない心境だった。どうしても、次男達の試合の観戦&応援に行きたかった・・・。

土曜日の20時に青森を発つ高速バスは、以前も搭乗したことのあるバス。いくら旅費をケチったとはいっても、横4列シートは身体的にヘビーなので、今回は横3列シートにさせていただいた。豪華だろぉ~♫Img_0047

結論から述べると、シートは3列であろうと、1列であろうと、青森-東京間に要する移動時間は同じ11時間。搭乗後、1時間でお尻が痛くなっていた。お尻が割れるかと思うくらい痛くなったけど、お尻は生まれた時から割れていたんだった・・・。

お尻が痛いので、搭乗中に何度も座り方を変えては、「あと6時間」「もう半分は過ぎた。頑張れ、お尻」「関東地方に入ったぞ」と自分のお尻をなだめていた。

お尻の神経が無くなりかけた頃にやっと着いた・・・、東京。早朝6時半の東京は、日曜日だったせてもあって、人通りは多くなかった。

キックオフは午後1時。1時間前に会場入りしたとしても時間あり過ぎっ!計画性もないまま上京したツケに早々と見舞われた。

「しょうがない。ギリギリに到着して焦るよりもいいや」とも思ったけど、4-5時間どうやって過ごすか現実問題だった?Img_0049

突然、ここしかないっ!とひらめいて、オフィス街を歩き始めた。「都会の朝は気持ちいいぜ」などと強がりつつ、丸の内方面に歩いて移動した。ちなみに、お尻はまだ復活していなかった。Img_0050_2

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着いた。行き着いた先は皇居。なぜ皇居なのかは、特に理由はなかった。東京駅から歩いて行ける範囲で、ゆっくりできそうで、懐かしい場所というだけだった。Img_0052

何十年ぶりかなどは、この際問題ではなかったし、「天皇陛下、ばんざ~い」などと叫ぶつもりもなければ、右翼活動する気も毛頭なかったけれど、皇居に来ちゃった。

けれども、お巡りさんは多いし、それ以上にジョギングしている都民が多くて以外とゆっくりできる場所でもなかった。

「お腹も空いたし、ゆっくりとグラウンドに向かうかぁ・・・」と思い直し、東京駅へ移動した。さすがは東京だ。乗るべき電車がすぐに来た。こっちは時間が余ってるんだから、もうちょっとゆっくり来てもいいんだけどぉ・・・。

搭乗したのは中央線。行き先は八王子のもう一つ先の西八王子。何度も搭乗している中央線だったけど、八王子までは乗ったことがなかった。少々、大人の遠足気分だ。ちなみに、皇居パワーでお尻はかなり回復していた。Img_0053

中央線は混み合うこともなく、車窓から景色を眺めながら順調に乗車していたけれど、「まだ東京か、ここは?」と不安になるほど乗った。そして、ようやく着いた。西八王子。Dsc_0018

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まずはバス停をチラ見して、目指す法政大学行きのバスをチェック。続いて、「急ぎ旅じゃないから、どっかでゆっくりと腹ごしらえしよう」と思い食べ物屋さんを探した。目に入ったのは牛丼屋さん。「ここにしよっ」

さすがは牛丼屋さん、早っ!入店して1分もかからずに注文の品が出てきた。本当に時間をつぶすのが下手だわ、俺・・・。

せめて、ゆっくりと食べようと思ったけど、牛丼屋さんでゆっくり食べるのは勇気がいった。他のお客さんは食べ終えると次々に店を出て行った。ここでモタモタしてたら、お店のお姐さんに睨まれると思い、ゆっくり食べることは断念し、ガーと食べてやった。

時間はまだ9時を過ぎたばかり。西八王子について下調べもしていないので、身の置き場がなくなって、「いいや、もう行こっ!」と思い切ってバスに乗った。

乗ったバスは登ったり下ったりしながら、どんどん郊外へ進んでいった。都心の景色とは一転して、青森を思い出させる景色が車窓が続いた。Img_0058

もうバスに乗るは嫌だったけど、この先には目指す法政大学(多摩キャンパス)があるんだと思って我慢して乗っていると、やっと「次は終点、法政大学前」のアナウンス。降りる!降ろしてくれー!Img_0057

森の中に忽然と現れた大学キャンパスにも驚いたけど、キックオフまでにまだ3時間以上もあることに一番驚いた水無月のお尻に負担をかけてしまった日aries

2013年6月22日 (土)

サプライズ

冷戦が沈静化しつつあった今週、月曜日から密かに企てていたことがあった。明日(日曜日)行なわれる次男達の試合に行くという企てだった。

奥さんから内諾を得ていたけれど、相変わらず福沢諭吉の人数が不足していたので、「バスだったらいいよ」とキツク言われていた。そこには、飛行機や新幹線といった選択肢はなかった。

苦痛な長旅を選ぶか、苦痛を避けて試合観戦しない方を選ぶか・・・。試合観戦しないよりは、苦痛な長旅でしょっ!といことで、今夜プチ家出することにした。

帰青は月曜の朝。その日は当然仕事。ブルーな月曜日をさらに辛くすることは承知の上だけど、行こうっと!

次男には、試合の応援に行くことを伏せていた。当日、試合会場に着いた時のサプライズにしよっ!という企てだった。

にも関わらず、私が行くことを事前に奥さんが次男に伝えてしまっていた。サプライズも台無しだった。

それどころか、「来るんだったら、アレとコレとソレを持って来て」という次男のリクエストがあったらしく、手ぶらで行くつもりがリュックを背負って行くはめになった。そのことのほうがサプライズだった。

ピンクのキャリーバックを引っぱるよりは恥ずかしくないけど、結構重い・・・。Img_0046

まっ、この際だから何でも持って行ったる~と開き直って、2時間後に迫ったバス搭乗がドキドキしてきた水無月の土曜日bus

2013年6月21日 (金)

調べ物

軽い驚きというよりも、少し大きな刺激があった今日だった。

仕事上の調べ物があって、PCに向かっていたら、見覚えのある名前に出くわした。

小・中・高と12年間にわたって同級生だったA君(といっても、私と同じ52歳の中年になってるけど)だった。

なんと、母校の小学校の校歌を作曲していた。

少子化&過疎化で児童が減少傾向を辿っていたため、近隣の数校による統合小学校として3年前に開校し、その時に校歌を作曲していたのだった。

さらに調べると、A君は作曲家という肩書だった。

確かに小学校時代からピアノを弾いていた。

私達が放課後に野球やバレーボールに興じている時に、彼は音楽室でピアノを弾いていた・・・。

小学校時代の名簿順が私は7番、彼は8番で、間違って彼のランドセルを背負って帰宅したこともたびたびあった・・・。

何故か彼とは高校も一緒だった。特別に仲が良いわけでもなかったけれど、同じ中学校からその高校に進学した男子生徒は私達2人だけだったので、12年間も同じ学校で学んでいたことになる(正確には、私の方は学んでいなかったけど・・・)。

その後、彼は国立音楽大学に進んだことは聞いていたけれど、35年間会ったこともなく、彼の存在に興味もなかった。彼も私をそう思っていると思うけど(笑)。

仕事で調べ物をしていることも忘れて、その彼のウェブサイトに行き着いた。

ちょっと驚いた。手掛けた曲や編曲した曲に対する世間の人の評価が高かった。

母校の校歌の作曲を依頼されるくらいだから、当然かぁ(笑)。

それに比べて、田舎の中年の私ときたら、ははは~(笑)Macro

ネタミも嫉妬もないけど、もうちょっと仲良くしとくべきだったかぁ・・・、と思いながらPCで何を調べようとしていたのか忘れた水無月の午後pc

2013年6月19日 (水)

流線型

昨日、「雨が降らない・・・云々」と記したばかりだったけれど、実は津軽も昨日、梅雨入りしていた。相変わらず、間が悪い私だった・・・。

ジメジメした湿度の高かったこの日。仕事を終えて、解放感いっぱいの中で帰路を急いでいた。

自宅まであと1分。いつものように新青森駅付近の交差点を左折しようとした時に、前方の高架橋を新幹線が静かに行き過ぎた。

その流線型の車体は、夕日に照らされながら、ゆっくりと音もなく目の前を行き過ぎて行った。行き先は無論、東京。

「あ~ぁ、あの新幹線に乗っていけば、3時間ぐらいで東京に行けるんだよなぁ・・・」Dsc_0025

週末の試合が今週も迫っていた水無月の心が湿っていた夕方bullettrain

2013年6月18日 (火)

水無月

沖縄からは、梅雨明けの話題がとっくに届いていたのに、津軽は梅雨にさえ入っていなかった。

梅雨入りが恋しいわけじゃないけど、農産物をはじめとする植物等の育成を考えれば、ちょっとは降ってもいいのかな・・・と思っていた。

その反面、せっかく綺麗に引っこ抜いた雑草を喜ばすことになるのかぁ・・・とも感じ、複雑な心境の今日この頃だった。

そんな矢先に、昨夕と今朝の2度にわたってお湿り程度の雨があった。

「まっ、たまには降らないとねぇ~」と珍しくウエルカムの心境だったんだけれど、雨上がりの日中がこれまた暑かったぁー。

自分の身体の水分も水蒸気になって、上空に上っていくんじゃないかと思うくらいのお天気の中、仕事で少し遠出した。

運転している途中、車窓からいいものを発見した。Dsc_0037_2

これをブン回したら涼しいだろーなー。

ちょっと角度を下に向けてくれれば、地域一帯も涼しいだろうなぁ。

いや、逆に上向きにして、暑さを上空に吹き飛ばせばいいのかぁ。

ひっよとすると日本中の風車を一気にブン回せば台風も追い払えるかも・・・。Dsc_0039

暑さで脳も干からびて、妄想ばかりしていた水無月の梅雨に入らない午後sun

2013年6月17日 (月)

サラサラ~

週末の金曜日からいろいろと多忙だった。

2日連続で、むつ市(下北半島)へと仕事で出掛けたり、次男が通う大学の保護者会の集まりがあったかと思うと、雑草取りも一部残っていた・・・。

ようやく自分の時間が持てる~と思った頃は、既に日曜日の午後だった。

月曜日からの仕事のことが気になってきたその時に、ピンポーン♪長女だった。

私「よぉー」

長女「はい、これ」Dsc01144

羨ましそうな顔の奥さんが「『父の日』だもんねぇ。すぐに履いてみれば?」

私「いや、後で履いてみる」

奥さん「もったいないの?」

いつも一言多かった・・・。

そこまで言われては履かないわけにもいかないので、履いてみた。サラサラして履き心地は悪くなかった。

私「どーもー」

長女「じゃあねー」

長女が戻ると、すぐに脱いで、またリボンを付けておいた水無月の午後denim

2013年6月13日 (木)

メモメモ・・・

そういえば、4人目のBG(ベビーギャング)の名前が決まった。

長男の娘(次女)なので、無論、長男が命名した。Img_1183

『椿』と書くんだけど、『つばき』とは読まない。

じぇじぇ~、何て読むんだよ・・・。

読み方を何度も聞くんだけど、何度も忘れる・・・。

なんで覚えずらい名前をつけたのかは分からない。きっと、長男のコダワリなんだろう・・・。

長女の時もそうだった。覚えるまで時間がかかった・・・。

この子の名前も気長に覚えることにしよっ・・・、そう思ったけど、やっぱり早く仲良くなりたいからアッチコッチに読み仮名をメモしている水無月の最近virgo

2013年6月12日 (水)

『ロックの日』

冷戦中の雑草取りの疲労が昨日まで尾を引いていた。

その雑草取りを行なった6月9日は、『ロックの日』だった。

だからといって、数年ぶりにギターを挽いていたわけでもなく、今年は雑草を引いていた。Dsc_0018

雑草取りの疲労が癒えた今日になって、浜田省吾(以下、ハマショウ)が12年ぶりにテレビ出演するというホットなニュースが飛び込んだ。

7月28日(日)放送のNHKBSプレミアム『浜田省吾ライブスペシャル~僕と彼女と週末に~』に出演するというものだった。

ハマショウがテレビに出演するのは、2001年12月に放送された『浜田省吾 THE SUN ALSO RISES ~日はまた昇る~』以来だから、12年ぶり。

彼のロックを聴いて30余年・・・。彼も既に60歳だけど、そのROCK魂は今も私の心を揺さぶっていた。

もう、何年もコンサートに足を運んでいないけれど、「いつか、いつかもうすぐ~♫」とその機会をいつもうかがっている中年だった。

Photo

NHKの関係者じゃないけど、「『浜田省吾ライブスペシャル~僕と彼女と週末に~』が7月28日(日)午後10時50分からNHKBSプレミアムでオンエアーされまーす」と不特定多数の人に呼び掛けている水無月の『ロックの日』の3日後notes

2013年6月11日 (火)

彼方

『11』のつく日を迎えると、やっぱり思い出す2年3か月前の出来事。

きっと、これからもその思いを抱くのだろうし、とりたてて今日ここで記すこともないけれど、『11』のつく日って、ちょっと考えてしまう癖が染みついていた。

そんな思いとは関係なく、最近の私は岩木山方面に仕事で出掛けることが少なくなかった。Dsc_0005

この日は、湖の付近でイベントがあったので、出掛けてきた。Dsc_0114

イベントの最後に子供たちの手によって大空に風船が放たれた。Dsc_0100_2

「中年の私と違って、限りなく未来のある子供達のために、どうか大きな災いが二度と来ませんように・・・」と思いながら、遥か彼方へと高度を上げていく風船の行方を見ていた水無月の11日sandclock

2013年6月10日 (月)

とったどぉ~

大国相手の冷戦は、まだ続いていた・・・。

とりわけ、日曜日は神経戦を繰り広げた。

午前中、買い物に出掛けたけれど、「買う」とか「要らない」とか、必要最低限の会話しかしなかった。

よりによって、スーパーで知り合いに出会った。私の仕事上の知り合いだった。

相手「あっ、〇〇(私)さん。お買い物ですか?」

私「あっ、先日はどーも。はい、食料調達です」

相手「お一人ですか?」

冷戦中の奥さんとは距離を保って買い物していたので、そう見えたらしい。

私「まっ、そんなもんです」

敢えて、今日は否定はしなかった・・・。

買い物から戻った午後も冷戦は継続中だったけれど、大国から提案があった。

奥さん「庭の雑草とらないと・・・」

大国を本気で怒らせて経済封鎖されては、小国の私としては生き残れないので、提案をのんで、一時停戦することにした。

呉越同舟というか、同床異夢とでもいうか、とりあえず雑草取りに汗を流した。

一時停戦とはいえ、ここでも程度な距離感を保ちながら、会話もなく雑草を取った。

伸びた雑草に腹が立ったのか、大国に対してムカッとしているのか、とにかく雑草取りに没頭した。

日暮れが遅いので、時間を気にせずにいくらでも取れた。体力の続く限りだけど・・・。

大国が「もう疲れたから、これぐらいにしない?」とまたまた提案してきたので、それも丸飲みした。

「うっ、こんなに取れたのか・・・」Dsc_0018

雑草を取る場合は、冷戦状態の時に限ると思った水無月の日曜日bud

2013年6月 9日 (日)

冷戦

昨日から冷戦に突入していた。

相手は『大国』の奥さん。こちらは小国、というか小島のような存在。

冷戦が勃発した理由については詳しく語らないけど、今日行なわれる次男の試合の応援についてだった。

結論から述べると、今日は応援に行かなかった(行けなかった)のだけど、当然のように試合の行方が気になっていたので、インターネットで試合の経過をチェックしていた。

そんな中、応援に駆け付けていた父兄仲間からメールが届いた。

次男の1学年先輩のE真君のママさんからだった。20130609_5

高校、大学と同じ道を歩んでいた頼りになる先輩で、ママさんも頼りになる父兄仲間だった。

送っていただいた写真を見る限りでは、元気にやっている様子だった。

試合は残念な結果だったけれど、ちゃんと次男のことも気にかけてくれた父兄仲間に感謝でいっぱいだった。

今度は、こっちが恩返ししないと・・・。

「さぁーて、次男の様子も分かったし、また応援に行く機会を楽しみにして、明日から頑張ろっ」と思い直してはいるんだけれど、冷戦中だったので、次男の写真はまだ大国に見せていない水無月の夜thunder

2013年6月 8日 (土)

横笛の君

明日も大学ラグビーの試合が組まれていた、

今回も出場するという情報が耳に入った。

当然、行きたい私・・・。

けれども、仕事がちょっと忙しくなっていた。

試合に駆け付けたいけれど、仕事はどうしても片付けなければならなかったので、今日は一人で休日出社した。

休日出社した甲斐あって、それなりに仕事は捗り、自己満足しながら会社を後にした。

帰宅時に、自転車に乗った女性と擦れ違った。

その女性の顔は見なかったけれど、袢天姿で、腰に横笛を差していた。

「あっ・・・。もうそんな時期だったもんなぁ・・・」

ネブタ囃子の練習がとっくに始まっていたことを思い出した。

『横笛の君』は、自転車で颯爽と彼方へと行き過ぎた。

Dsc_0062

「もう、祭まで2か月を切ったのかぁ・・・」Img_1025797_29224217_2

試合を観戦に行きたい思いを一瞬だけ忘れて、「今年もネブタ祭りが、静かに、そして確実に近付いているんだなぁ・・・」と実感した水無月の土曜日cat

2013年6月 6日 (木)

西武池上線・・・

先月、次男の試合を観戦した際に、ちょっと寄り道をしていた。

試合会場となったW大学グラウンドは西武新宿線の『上井草』の駅前。ちょうど30年前に、同じ沿線沿いの『新井薬師前』の駅付近に4年間住んでいた。住所で言えば中野区上高田だった。Dsc01023

試合観戦という大きな目的に加えて、遠い昔に住んでいた街を、30年後の今、改めて見たいというささやかな望みもあったので、『新井薬師前』に途中下車した。Dsc01038

Dsc01033

私が暮していた『新井薬師前』の駅は、『高田馬場』から三つ目。電車から降りようとしたら、「電車とホームの間が広く空いていますので、ご注意ください」とアナウンスがあった。昔と全く同じアナウンスが今も行なわれているんだぁ~(笑)といきなり懐かしくなった。Dsc01039

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改札を出て、街並みを確かめるようにキョロキョロしながら歩いた。ちょっと不審人物に思われたかもしれないけど、懐かしさがそんな不安を上回っていた。

「おっ、ここの定食屋さんはまだやってるんだぁ・・・」「あらっ、ここのお好み焼屋さんによく来たなぁ~」

記憶が飛んでることもあって、知らないお店も多かったけれど、この街が持っている閑静な雰囲気は、今も昔のままだった。Dsc01030

そして、目的の場所に着いた。着くには着いたけれど、浦島太郎だった。そこは、30年前に住んでいた場所だった。

当時の木造2階建のボロアパートは跡片もなくなり、3階建てのマンションに変貌を遂げていた。30年前でもボロアパートだから、当然と言えば当然だったけど、あのボロさが本当は見たかったぁ~(笑)

Dsc01028

更に100mほど歩みを進めた。ボロアパートに風呂がなかったため、毎日のように通った銭湯が建っていた場所だった。その場所にもやっぱり銭湯は無くなっていた。代わりに近代的な保育園がドーンと建っていた。あらまっ、ここもかぁ・・・。Dsc01032

さらに50mほど進んで交差点に出た。目の前には5~6階建のビル。当時は町のお肉屋さんだったけれど、今は1階こそ『ミートプラザ西島』の看板があったけれど、立派な賃貸ビルになっていた。へぇ~、ここのお店も立派になったなぁ~。Dsc01031

ここのお肉屋さんは、シンガーソングライターの西島三重子さんのご実家で、30年前に住んでいた頃から知っていた。西島三重子さんといえば、私達の世代には『池上線』のヒットで有名だったけど、その後、木の実ナナさんが歌った『うぬぼれワルツ』など多くの歌手にも楽曲を提供していた。

たぶん、今は静岡県御殿場に住んでいらっしゃるはず。『池上線』が好きだったので(今もだけど)、3~4年前にコンサートでお逢いさせていただいた。今回はご実家とお会いさせていただいた~(笑)

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一気に30年前へと心が誘われ、『池上線』の口ずさみながらも、池上線ではなくて西武新宿線に再び乗って試合会場に向かっていた水無月(当時は五月)の懐かしい日train

2013年6月 3日 (月)

お気に入り

土日に次男の後輩達の高校総体の応援に行ってきたけれど、肝心の決勝戦は今日(月曜日)だった。

「明日もお待ちしていまーす(笑)」と昨日、後輩父兄にそそのかされたけど、「ははは~、無理無理。どう考えても、明日は超~忙しいから~(笑)ごめん」とお断りしつつ、今日の決勝戦も『隙あらば・・・』と思わないわけでもなかった。

現実は、想像を遥かに超越するほど忙しい月曜日だった・・・。それでも、父兄仲間からメールで「優勝しましたぁ~♫」と知らされ、グラウンドに思いを馳せていた。

試合会場だった高原のグラウンドは、過去に何十回となく応援に通った場所だった。このグラウンドで繰り広げられた試合を思い出すたびに、お気に入りの風景がいつも思い出されていた。Dsc_0016

1年半前に次男達が初めての優勝を勝ち取った大会の際に、一緒に応援に付いて来てくれた姪っ子(当時6歳、現在は小2)の姿だった。

大学ラグビーの応援には付いて来てくれそうもないけど、高原のグラウンドに足を運ぶたびにあの風景がいつも思い出されて、「応援に付いて来てくれてありがとう・・・」と過去を振り返ってしまう水無月の月曜日camera

2013年6月 2日 (日)

今日も

せっかくの日曜日だったけれど、仕事が入っていたので、朝から弘前市方面に出掛けた。

窓の外は快晴。昨日のように気温が上がることが予想される中、背広とネクタイ姿は気が乗らなかったけれど、仕事だからしょうがなかった。

順調に午前中で仕事が済んだ。真っ直ぐ帰ればいいものを、ハンドルをギュイーンと右に切った。行き先は、昨日と同じ場所。今日は、次男の後輩達の高校総体の準決勝だった。

既に多くの父兄仲間が今か今かとキックオフを待っていた。Img_1186後輩父兄「今日も来てもらってどーもー」

私「今日も結局、来ちゃった」

そして、今日もリラックスして応援できた。後輩達の勝つ確率が圧倒的に高いこともあったけれど、去年の高校総体直前に次男が右手を骨折したため1試合も出場できず、みんなに迷惑をかけたなぁ・・・ということを思え返せば、リラックスモード全開だった。Img_1188

Img_1187初夏を思わせる日差しの中、ラグビー場には不似合いなネクタイ姿でズーと試合を観戦。後輩達の大勝を見届けて帰宅した。

少しヒリヒリした腕を風呂場でクールダウンしながら、「1年前はいつもこうやって日焼けしてたなぁ~(笑)」と懐かしく思えた水無月の日曜日sun

2013年6月 1日 (土)

近況報告

普段は起きられないのに、土日になると起きられる不思議な体質はこの日も変わらなかった私。明日は仕事が入っているし、ゆっくりできるのは今日だけ・・・。そんな思いが心の中にあったせいなのか、ともかく目覚めたちゃった・・・。

今日しかゆっくりできないということに加えて、今日から高校総体が始まるということも目覚めを早くした理由の一つかもしれなかった。というか、後者のせいで目覚めたという方が正解だった。

高校を卒業してしまった次男が出場するはずもないけれど、次男の後輩達を単純に応援したかったのと、『グラウンドに行きたい病』がうずき出していた。

私「おはよっ」

奥さん「おはよっ。まだ早いけど、今日は仕事?」

私「いや、仕事は明日。今日はちょっとだけ出掛けよっかなぁーと思って・・・」

奥さん「高校総体にでも行くつもり?」

まだ顔を洗っていなかったから、私の顔にそう書いてあったんだろうか・・・。それはともかく、奥さんはお見通しだった・・・。

奥さん「試合は何時から?」

私「11時半」

奥さん「掃除もしなきゃいけないんだけど・・・」

私「試合から戻ったら、速攻でやるっ!」

即座に交渉がまとまった~♫

ただし、奥さんも行くことになったぁ・・・。

試合会場の駐車場に着くと、「おっ、いたいた。我が校ラグビー部のマイクロバス~」Dscf0950

後輩達は既にウォーミングアップで汗を流していた。次男がお世話になった監督さんや先生方のところへ挨拶に出向くと、「〇〇(次男)は元気でやってますか(笑)」「大学の試合はどんな様子?」「ケガせずに頑張ってますか?」といろいろ聞かれた。気にかけていただいてありがたかったけど、照れくさかった。

それよりも、「息子が卒業したのに、相変わらず応援に来る変な親父」と思われないかと不安だった(笑)

周囲からいろいろと次男のことを聞かれるので、試合前だというのに次男の近況報告をさせていただいた。私が知ってる範囲でだけど・・・。

試合開始時刻が迫ったので、私と奥さんは父兄達から距離を置いて、後輩達の試合ぶりを観戦させていただくことにした。後輩達の父兄も顔なじみだったけれど、ここは一歩引いて、ジーと闘いぶりを見させていただくことにした。Dscf0943

Dscf0944

Dscf0948

試合は、後輩達の頑張りで予想通りに圧勝。父兄達もご満悦だった。

後輩父兄「応援に来てくれてありがとうございます」

私「あっ、いやいや。この調子で優勝してね」

後輩父兄「はい。で、ビデオ撮影してくれました?」

私「はぁ?馬っ鹿野郎~。ははは~(笑)」

後輩父兄「ははは~(笑)」

快晴の下で、緑の芝の鮮やかさを再確認した水無月の土曜日fuji

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