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2013年10月

2013年10月31日 (木)

停車場

他の人に比べて美的感覚が乏しいのか、芸術的センスが磨かれていないのか、はたまた季節感がないのか分からないけど、とんと紅葉には興味がなかった。

「紅葉を愛でるのは、もっと歳を重ねてからでいいや」という気持ちが少なからずあったのも事実だった。もう十分に中年になっているのに・・・。

これまでの反省に立ったわけではないけれど、仕事の都合で十和田市まで出掛けることになったので、帰路は八甲田山を縦断することにした。もう、とっくに紅葉のピークを過ぎていたのは知っているけど、間もなくやってくる降雪シーズンを前に、今年最後の八甲田山縦断のつもりだった。Dsc_0073
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途中で車を停車して、外に出てみた。まだ鮮やかに紅葉しているものもあれば、落ち葉として地面に敷きつめられている枯れ葉もあった。Dsc_0099
落ち葉を見ていて、また悪い癖が始まった。

note落葉の舞い散る停車場は 悲しい女の吹きだまり
だから今日もひとり 明日もひとり 涙を捨てにくる
真冬に裸足は冷たかろう 大きな荷物は重たかろう
なのに今日もひとり 明日もひとり 過去から逃げてくる
一度離したら 二度とつかめない 愛という名のあたたかい心の鍵は
最終列車が着く度に よく似た女が降りてくる
そして今日もひとり 明日もひとり 過去から逃げてくるnote

ついつい口ずさんでいた~(笑)Dsc_0090
日が傾きかけていたので、再び急いで帰社したけれど、まだ車内で歌っていた神無月最後の日maple









2013年10月29日 (火)

長いもの

相変わらずブルーな気分の月曜日だったけれど、盛岡出張があったことにより、自分自身にとってはちょうどよい気分転換となった。

盛岡市内のホテルで行なわれる堅~い会議に出席するのだけれど、目当ては会議後の懇親会であることは明白だった。

新青森駅から盛岡駅までは新幹線で約1時間。雑誌を読んでいたらスグに着いた。早っ・・・。Img_0227
堅~い会議もどうにか終了し、ホテル内で立食の懇親会。周囲は官僚を始めとする役人や某団体のお偉い人ばかりだったけれど、臆することなく飲んだぁ~(笑)

小料理屋での2次会では、東北各地から参集した仕事仲間と久しぶりに歓談することが嬉しくて、ますます飲んだ。盛岡市内からビールが消えるんじゃないかと思うくらいだったぁ~。

帰りの新幹線の時刻が近付いたので、後ろ髪をひかれながら駅へ急いだ。新幹線の指定席に着座したら、隣の席には青森から同じ会議に出席していた偉い人が座っていた。

私「あらっ、お疲れ様です。新幹線までご一緒でしたね(笑)」

偉い人「おっ、やっぱり縁がありますね(笑)せっかく楽しく飲ませていただいたことだし、続きをしますかぁ(笑)」

偉い人は車内販売のお姉さんからカップ酒と缶チューハイをそれぞれ2本ずつ購入しちゃった。ドキッとしたけれど、断れない私だった・・・。

ビールだけでも十分にクラクラしていたのに、普段は飲まない日本酒と焼酎で帰路の1時間はグラグラの私に変わっていた。うっ、電車の中で3次会をすることになるとは・・・。

長いものに巻かれる性格が高じて、今日も二日酔いの神様に手痛く可愛がられた神無月の火曜日bottle

2013年10月27日 (日)

方程式

この期に及んでも、次男達の試合の応援に行けなかったのはつくづく心残りだった。諦めの悪さは相変わらずの私だった。

打開策には程遠いけれど、グラウンドに足を向けてみた。今年も花園出場を決めた後輩達が強化試合を行なうと聞いていたからだった。強化試合の相手は、北北海道代表として同様に花園出場を決めた遠軽高校だった。Dscf1124

花園大会出場決めた高校同士の試合で切磋琢磨し、本番の花園大会で頑張ろうぜー、ということで、毎年この時期に行なわれていた。

毎年毎年、はるばる北海道から来てくれることに改めて敬意を表しつつ、グラウンドで後輩達の試合ぶりを見学していた。Dscf11251
試合の合間を見ながら、監督さんに挨拶に行った。

私「先生、どーもお世話になってます」

監督「あ、どーも。〇〇(次男)はケガしてませんか(笑)」

監督さんは、私の顔を見るにつけて、次男のケガを聞いてくるのが常だった。高校時代に4度も骨折していただけに、『次男=骨折』という方程式が監督さんやチームメイト、そして父兄仲間にも浸透していたからだった、ははは~(笑)

それでも、大学進学後に次男がケガをしていないか心配していただいてありがたいなぁーと思い、私「はい、お陰様で何とか骨折もなくやってます」とお礼を述べつつ、同じ大学に進んだ卒業生4人が試合で揃い踏みすることができたことをお知らせした。

監督「あっ、そう。で、4人って誰と誰だっけ?」

さすがに多数の部員を卒業させているからなのか、現役生徒の強化に必死で卒業生どころじゃないのかは分からないけど、試合中の鋭い眼光と激しい叱咤激励は以前と変わるところもなくて何より何より~(笑)Dscf1126_2
次男達の試合には駆け付けられなかったけれど、後輩達の強化試合でガッカリ感を和らげていた神無月のグラウンドに行ってみた日cloud

2013年10月26日 (土)

今年一番・・・

朝から不機嫌だった。「でも、こんな日もあるさ、人生だもん・・・」と思うように努めれば努めるほどに悔やまれた。

不機嫌の理由は、ただ一つ。この日行なわれる次男達の試合に応援に行かなかった(行けなかった)ことだった。

昨夜、熟慮に熟慮を重ねた結果、「残念だけど、今回は無理かぁ・・・」との結論に達した。

判断材料は、①試合会場(山梨県)が遠く、中年が一人で運転するには疲れる②だからといって、新幹線で往復するほど福沢諭吉に余裕なし③奥さんから「明日、下北まで乗せて行ってほしいんだけど」と頼まれた―の3点が主な理由だった。

仕事だから、どうしても下北半島まで乗せて行けーと頼まれたにも関わらず、行かなかったりしたら、今後どんな仕打ちが待っているのか分からない。結局、その一言が決定打となり、この日の応援は断念した。

にも関わらず、今朝目覚めた私に、「あらっ、アンタ応援に行かなかったの?てっきり、夜中に出発したものとばかり思ってた」と奥さん。

はあ・・・?今度は試合がなくても家出してやるっ!と心に決めつつ、不機嫌な朝を迎えていた。そして、しかたなく下北半島へと行ってやった。

青森に戻った頃は、ちょうど次男達が試合開始を迎える時刻だった。試合開始なのに、津軽にいる自分がむなしかった。

次男にとっては今年最後になるかもしれない試合だった。それ以上に、同じ高校から進学した先輩2人(2年生)と同級生1人、そして次男の同郷4人が初めて揃い踏みする記念すべき試合でもあった。

「うぉー、今日は青北四天王が見参だぞー。別名、青北フォーリーブスのお披露目とも言う~」と思うと、今年一番観たい試合だった。

間もなく先輩E君のママさんからメールがあった。そのママさんの姉上が応援のために試合会場に駆け付けてくれていたので、試合経過をメールで逐一報告して下さった。

「先制された・・・」

「またトライされた・・・」

「こっちもトライを取った~」

「同点~!」

「逆転したよ~♬」

そして、「38対19でノーサイド!勝利~!」

合計16本のメールは本当にありがたかった。一喜一憂して、いちいち返信するものだから、私のスマホの電池残量は11%・・・。ははは~(笑)でも、嬉しい~♬

試合中の写メまで送信していただいた。嬉しい~♬3
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ノーサイドから1時間ほど経った頃、次男にお祝いのメールを送信した。嬉しくて、長々と入力したけれど、次男からの返信は、「(ケガはしてないから)大丈夫だよ☆」の6文字だけ。まぁ、返信してくれただけでも良しとしよっ。

朝の不機嫌さは勝利とともに薄れたけれど、次は頼まれ事があっても絶対に家出してやる!と心に決めながら、「こんな俺だけど、いい父母仲間に恵まれてありがたいなぁ・・・」と身に染みた神無月の揃い踏みの日cloud

2013年10月25日 (金)

葛藤

仕事を快調に済ませ、帰宅したけれど、まだ身の振り方を模索していた。

明日の試合の応援に行こうか、それとも今回はジ―と我慢するべきか・・・。

奇跡的に台風が消滅してくれるはずもなく、南下すれば関東でバッタリと鉢合わせするのは明白だった。

それでも諦めきれずに、夕食後も天気予報のチェックを延々と繰り返していた。10分おきに・・・。Dsc_0012_2

happy01今、津軽を発てば、ギリギリ試合に間に合うかもしれない。

angryでも、台風のせいで今回も交通規制を強いられる可能性も低くはない・・・。

happy01応援に行く気力は満ちている。

despairでも、財布の中身は満ちていない・・・。

happy01雨にも負けず、風にも負けずに試合に駆け付けてこそ真の応援というものっ!

bearingでも、台風が来るたびに世帯主が家を空けている状況って、如何なものか・・・。

葛藤と言えば聞こえは良いけど、決断できないままに時間だけが過ぎ去っていく神無月の週末watch

2013年10月24日 (木)

誘惑VS理性

週末に向けてそわそわしている自分がいた。無論、大きな台風が近づいていることが一つの要因ではあった。

今年は、次男達の大学ラグビーチームを応援するため、はるばる津軽から上京するたびに、台風とニアミスをしていた。津軽から南下する私を歓迎するかのように台風が太平洋を北上してくるのか、台風の北上を出迎えるようにして私が津軽から南下しているのかは定かではないけど、できればお会いしたく相手には違いなかった。

そして今週末も台風の接近が気になっていたのだけれど、やっぱり今週末も次男達の大学ラグビーチームの公式戦が予定されていた。今シーズンのJr選手権の最終戦。

次男達の大学ラグビーチームを応援するため、4度上京して6試合を観戦した私。そのうち私が観戦した試合の戦績は2勝4敗。けれども、次男が出場した試合に限っていえば、2戦2勝。

happy01『応援に行けば勝つ』の方程式ができ上がりかけている・・・。

angryいや、偶然に決まってるだろ、そんなもん!

happy01でも、最終戦だから、今回応援に行かないと、来年まで試合の応援はできないぞっ!

angryまた、10時間以上かけて高速をぶっ飛ばすつもりか、お前。台風だって近付いているだぞ~!Dsc068781

誘惑と理性が果てしない戦いを繰り広げたまま週末に突入する神無月の土曜日gemini

2013年10月22日 (火)

叔父さんの死去に伴い、お通夜とお葬式に行ってきた。死去したのは、私の亡き父の末妹の旦那だった。Photo
久しぶりに会う親戚達は、皆それなりに歳を重ねていた。けれども、一番驚かれたのは私自身だった。親戚たちと再会するなり、年齢も近くて一番仲の良い従兄に「お前、太ったか?」といきなり言われた。本人が一番自覚していることをハッキリと・・・。

これからお通夜の会場に向かうという時に、私の下っ腹の話題で20分近くも会話を続ける親戚達。一瞬だけど、縁を切りたくなった・・・。

ついでに言うと、今は亡き、私の父は兄弟7人だったが、男性は父だけで、他は姉3人と妹3人の女達。父は亡くなったものの、オバサン軍団は98歳の長女を筆頭に皆、健在だった。さらに旦那が健在なのは4女の旦那と5女の旦那の2人だけ。オバサン軍団は偉大というか、元気というか、凄い生命力だった。

当然、53歳の私など赤子も同然。未だに私を呼ぶ時に、私の名前に『子』を付けて『〇〇子』と呼ぶオバサンもいれば、『〇〇ちゃん』と呼ぶ癖が抜けていないオバサンもいた。いい歳の中年を捕まえて、いつまで『〇〇子』でも『〇〇ちゃん』でもないと思うんだけど、そのことは今回も言えない私だった・・・。

お通夜、葬式、納骨などが滞りなく済んで、一様にホッとしていると、例の従兄が再び下っ腹の話題を振ってきた。懲りない従兄だった・・・。

けれども、よくよく聞くと、その従兄は糖尿病をはじめ数々の病気の治療中だった。

従兄「俺のようにならないために、お前も健康には気を付けろよ」

私「おー。今度会う時は2~3日断食して、ゲッソリと痩せてから会うようにするから」

従兄「がはは~」

私「ははは~」Photo_2
亡くなった叔父さんの冥福を祈りつつ、親戚達と再会して血のつながりを思った神無月の土日capricornus

2013年10月19日 (土)

天然記念物

叔父さんが亡くなったので、日曜日のお通夜と、月曜日の葬儀に参列することになった。今は中年の私だけれど、遠い昔の子供の頃に可愛がってもらった記憶が残っていた。安らかに成仏してもらうためにも、しっかりと供養してこないと!

「明日から不在になるし、今日のうちに掃除を済ませておこう」という奥さんの魂胆のせいで、朝から掃除を手伝うことになった。いつものことだったけれど、朝から掃除機の音で目覚めるのは、いつになっても嫌なものだった。

それでも、いつにも増して順調に掃除が済んだのでほっとしていたら、台所から嫌な声がした。声の主は一人しかいなかった。掃除が済み、今度は冷蔵庫を整理していた奥さんだった。

私「何?」

奥さん「天然記念物!」

台所に山椒魚でも出現したか?

台所に行くと、冷蔵庫を整理中の奥さんが紙袋を私に手渡した。雲行きが怪しくなってきた。

私(うっ、これって、もしかして・・・)Dsc01967
どうみてもバレンタインチョコレート。今はもう10月だから、8か月前にもらったものだった・・・。今年も食べるのを忘れていたぁ~。

聞けば、奥さんはズーと以前から気付いていたらしいのだけれど、教えるタイミングを見計らっていたらしい。ご親切にどーも・・・。奥さんの目を盗んで写真を撮った。

念のため、賞味期限も確認したぁ~(笑)おっ、まだセーフじゃん♬

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「今月31日までだぞ!ちゃんと知っててキープしてたんだから」と強がってみたけど、来年は1個も貰えないだろうな・・・と確信した神無月の土曜日present

2013年10月17日 (木)

拉致被害者

次男の後輩達が花園大会出場を決めた安堵感と、家出の疲れを抱えながら、祝勝会に出掛けた。

仮眠は取ったものの、仮眠は仮眠でしかなく、祝勝会は超~眠たかった。それでも、後輩達の花園出場を祝いつつ、父母会のお仲間とも久しぶりに祝杯を交わせるので、ノコノコ出掛けていった。

現役生徒の父母たちの喜びようが手に取るように分かった。1年前の私達もそうだった。この日のために、息子達は辛い練習を繰り返し、ケガを乗り越えてきた姿を見守り、励ましてきたのだから、当然だった。皆それぞれに福沢諭吉を泣く泣く手放してきたであろうことも容易に想像できた。けれども、花園出場は、これまでの様々な苦労を吹き飛ばして余りあるほどの出来事に違いなかった。

祝勝会では、父兄仲間や先生方と思い思いに親睦を温めさせて頂いた。次男と同学年の部員の父母の皆さんも6人程参加していたので、昔話に花を咲かせたり、息子達の近況を報告し合ったりと和やかに歓談させていただいた。Dsc_0016

当然のように「2次会へ行こう!」という話が出来上がっていた。祝勝会には行けないけれど、今春卒業した部員の父母だけで集まろうという企てがとっくに出来上がっていて、1次会を上回る10人程が2次会で落ち合う段取りになっていた。「息子達は卒業しても、父母会の心は今も一つだぁ~」という結束の証しだった。

当然、眠い目をこすって私も2次会に行くつもりだった。正直なところ、2次会の方を楽しみにしていた、といったほうが正解だった(笑)

ところが、1次会が済んで、2次会の会場へ移動しようとした時だった・・・。

現役生徒の父兄A「お陰様で優勝できました。2次会がありますから、一緒に行きましょう」

私「おめでとうー。でも、今回は仲間が別の場所で待ってるから・・・」

現役生徒の父兄A「まーまー、そう言わずに是非、我々の2次会に参加して下さい」

私「ありがとー。先客があるから、そっちにいかないと・・・」

現役生徒の父兄B「俺達と飲みましょうよ」

私「気持ちは一緒に飲みたいんだけどね、みんなが待ってるし・・・」

現役生徒の父兄C「そっちの方は、3次会ということにして、まずは我々の2次会へ!」

結局、現役生徒の父兄3人にタクシーに引き摺り込まれて、現役生徒の父母会の2次会の会場に連れて行かれた。両腕をガッチリと抱え込まれて・・・。父兄と言えども、やっばり現役の若いパワーには敵わなかった・・・。

どうにか抜け出して、本来の私達の2次会に辿りついた時には、眠気と疲れと申し訳なさが交差したけれど、再び楽しく過ごさせていただいた。途中で眠っていたらしいけど・・・。

当然、翌日は二日酔いの神様に凄~く可愛がられた神無月の拉致された夜bar

2013年10月16日 (水)

家出のご褒美

次男達の試合を見届けた私達は、今回の関東遠征から急いで引き返した。3連休だし、ゆっくりと帰宅したいところだけど、それを許さない事情があった。どうしても翌日のお昼までには津軽に戻らなければならなかった。

再び愛車のハンドルを握って、真夜中の高速を津軽に向けてひたすら走った。走ってくれたのは愛車だけど、人馬一体で走った。途中、奥さんは私が眠らないようにと配慮して、時々、大きな声で話しかけてくれた。ただし、イビキでだけど・・・。

夕方5時に埼玉を発ち、途中で渋滞に巻き込まれながらも、翌日の深夜2時過ぎに無事、自宅に到着した。走行距離1450km。とにかく無事に我が家に着いて良かった~。Dscf1110
0泊3日の強行軍は、中年に身体には正直こたえた。一睡もせずに津軽と埼玉を往復するという馬鹿な行為だけれど、私を駆り立てるモノがそれを成し遂げさせた。もう2度としないけど・・・。

帰宅後は当然、速攻で寝た~。そして、一瞬まばたきをしただけなのに、既にお昼間近になっていた。マズイ~、遅れるぅ~。急いでシャワーを浴びて身体を清めた。大事な瞬間の前に身体を清めるのが、ここ数年の恒例だったので、眠けを覚ます意味でもシャワーを浴びないと!

そして、再び奥さんを伴って出掛けた。行き先は再びグラウンド。第93回全国高等学校ラグビーフットボール大会青森県予選の決勝戦に行かなければならなかった。次男の後輩達が、この日の決勝戦に駒を進めていた。この日の決勝戦に勝って優勝すれば3年連続15回目の花園出場。疲れを理由に行かないわけにはいかなかった。

試合会場には、現役選手の父母達やラグビーファンに交じって、我々のような父母会OBの面々が・・・。そして、恒例の全校応援により多くの生徒達の姿もあった。「そそっ、これこれ。決勝戦はこうじゃないとぉ~(笑)」

相手校は、次男達も2年連続で決勝戦を戦った高校だった。今年で3年連続の同一カードの決勝戦。向こうが「3度目の正直」なら、こっちは「2度あることは3度ある!」。頑張れ~!

仲の良いお仲間の中に陣取って、私たちは選手達の練習風景を眺めながらキックオフを待つことにした。スタンドの向こう側には懐かしい横断幕や幟の数々・・・。「そそっ、これこれ。やっぱり決勝戦はこうじゃないとぉ~。懐かしい~(笑)」Dsc01945_3
去年までとは異なり、選手の入場方法がカッコよくなっていた。「おー、トップリーグとか大学みたいだー」Dsc01946_2
いよいよキックオフが近付いた。選手達が円陣で気合を注入した。「普段の練習通りにやれば勝てるどぉー。俺達がついてるぞー、ちょっと眠いけどぉ~。とにかく頑張れ~」Dsc01950
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試合開始とともに、後輩達は次々と攻め続けた(以下、試合経過省略・・・)。次々にトライを奪って21対0で前半を終えた。Dsc01953

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後半も相手校の猛攻を凌いで、駄目押しのトライ~♬(以下、試合経過省略・・・)。待ち望んでいたノーサイドの笛が吹かれた。33対0で優勝!勝ったどぉー♬Dsc01956
Dsc01965_2次男達の初勝利と後輩達の花園出場決定で、無謀な家出も少し報われた気がした私。その夜の祝勝会に参加することになったので、速攻で帰宅し、寸暇を惜しんで再び爆睡した上で祝勝会に向かった神無月の日曜日crown

2013年10月15日 (火)

撮ったどぉー

この日の応援のために持参してものがあった。チーム名の入った応援Tシャツ、お守り、そしてビデオカメラだった。ビデオカメラを試合に持ち込むのは、昨年末の花園高校ラグビー以来だった。

今季は未だに公式戦未勝利だったけれど、今回は勝てるかもしれない!いや勝ってくれるだろう!勝たないはずがないっ!と勝手に信じて、記念すべき(?)今季公式戦初勝利を撮影しなきゃ!と思ってのことだった。まっ、仮に負けても撮影するんだけど・・・。

次男が高校時代の頃はあれほど活躍してくれたビデオカメラだったけれど、10か月ぶりの再デビュー。カメラは壊れていないはずだけど、撮影する側の腕は錆ついているであろうことは疑う余地もなかった。

その証拠に、撮影開始という段階になって、内部のメモリー容量がほとんど残っていないことが判明した。「うっ、高校時代の試合がガッツリと残ってる・・・」。

慌てて高校時代の2試合分ほどを消去した。無論、ブルーレイディスクにはダビングしてあるのだけれど、なんだか過去の思い出を自分の手で消し去るような感覚・・・。ちょっと躊躇したけれど、キックオフ寸前なので、やむなく消去を断行。「あぁ・・・、もったいない」。こうした失態は奥さんには黙っておこうっと!

私の慌てぶりにお構いなくキックオフの瞬間を迎えた。完全アウェーの状況だけれども、選手達は縦横無尽にグラウンドを駆けた~。開始から間もなく、我がチームが待望の初トライ~♬今日は幸先いいどぉー♬6
その後も攻め続けて、再びトライ~♬うぉー、今日の試合はもらったぁ~♬

私達が応援に駆け付けていることを意識しているのか、意識していないのかは分かる由もないけれど、次男もアグレッシブにプレーしていた。できる範囲で頑張れ~♬8

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前半を17対7とリードして折り返すことになった。うぉー、本当に今日こそ勝ちそうだぁ~。この調子で後半も攻めるどぉー♬

後半開始とともに、高校時代からの先輩も出場した。うぉ~、黄金の青北FW1号、2号の揃い踏みだ~♬201310121651351

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後半も好調さを持続し、リードを広げる選手達。途中交代するかと思われた次男は、交代することもなくズーと試合に出続けて走りまわっていた。9_2
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試合途中、「あっ、いいね」と思わせるプレーもところどころ見られて、そこそこ満足の私。14_4
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と同時に、初勝利に一歩ずつ近づいていると思うと、早く勝利を味わいたいような、このままリードした展開の時間が永遠に続いてほしいような、欲張りな気分に浸っていた。18
そして、ノーサイドを告げるホイッスル。48対17で今季公式戦の初勝利!あぁ、勝てたぁ・・・。20
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試合後、次男に駆け寄ると、どうやらケガもなく、初勝利にホッとした様子。

私「お疲れ。お祝いに、このまま青森まで一緒に乗って帰るか~?」

次男「戻りてぇー(笑)」

私「はははー(笑)」と笑ったものの、本当は連れて戻って、お祝いしてあげたい気分だった・・・。

しかし、勝利の余韻に浸っている時間は私達親子にはなかった。次男は仲間とともに横浜のラグビー部寮へ・・・。そして私達はどうしても翌日には青森まで戻っていなければならない用事があった。

「10時間かけて、さっき着いたばっかりなのに、もう戻らなきゃいけないのか・・・。また10時間かけて・・・」

家出する時点で分かり切っていた現実だけれど、試合終了を見届けて青森に取って返すことにした。ちょっとの滞在だったけど、さようなら埼玉県富士見市・・・。

帰路は渋滞につかまった。通常はウンザリするところだったけれど、初勝利を間近で見届けられた嬉しさと、次男に再会できた安堵感で、イライラすることもなく渋滞を受け入れた私。勝者は小さいことは気にしないのだ、ははは~♬

渋滞を逃れて高速に乗った。あとはひたすら青森へと北上するだけだ。

「寝不足だから帰路は特に気を付けて戻らなきゃな・・・。それにしても、勝ってよかったなー。久しぶりのビデオもなんとか撮れたみたいだし、来た甲斐があったよなぁ~」と声をかけたら、助手席の奥さんが「グー」と返事。

それが奥さんのイビキだということに2分後に気付いた神無月の初勝利を見届けた日movie

2013年10月14日 (月)

高揚シーズン

土曜日からの3連休を前に、空っぽの脳みそをフル回転した結果、急遽、家出を決行するに至った。

金曜日の出勤前に、「あんた、〇〇(次男)の試合を応援に行きたいんじゃないの?」と奥さんに言われた。ドキッとしたけど、直球ド真ん中だった・・・。

「うん、実は・・・」と正直に言った。

「じゃあ、行ってくれば?」と奥さんが言ってくれた。

気が変わらないうちに・・・と思い、「うん。じゃあ、急だけど今夜、仕事から戻ってきたら出発するかもしれない」と告げた。

「高速バスのチケットは取れるの?」と聞くので、「いや、行くとしたら今回はマイカーで行く。道程は長いけど、眠くなったら途中で仮眠しながら行くつもり」と答えた。

すると、「じゃあ、私も行く」と奥さん。あらら、「バスで行く」と言うべきだったかぁ・・・(笑)。

でも、応援は一人より二人の方が心強いし、何より財政事情も助かる。きっと、奥さんも次男に逢いたくなったんだろうし・・・。

けれども、家出するいっても、試合会場は埼玉県。高速を一人でぶっとばすには辛い距離・・・。「応援に行くぞー」という衝動と、「冷静になれ」という別の自分が一日中戦っていた。そして、決めた。やっぱり、行こっ!

公私ともモチベーションが下がっていた私は、「何か自分自身を奮い立たせる空間と時間に身を置かなくては・・・」と思い、土曜日に公式戦を控えた次男達のチームの応援に自分自身の再浮上を賭けてみることにした。チームの勝利の力にはなれないながらも、「応援に行くことで、失いかけている自分自身の居場所があるかもしれない・・・」と都合良く考えたのだった。

そして、深夜1時。津軽を発った。目指すは埼玉県富士見市。モチペーションを上げようと試みた私の家出をあざ笑うかのように、走り始めて間もなく豪雨に見舞われた。急ぎ旅ではないけれど、早く到着したいのが信条というもの。豪雨の中を疾走に疾走を重ねた。奥さんはというと、3列シートの2列目と3列目を倒して爆睡に爆睡を重ねていた。

青森-秋田-岩手-宮城-福島と東北各県を走りに走って、いつしか周囲の景色も明るくなっていた頃には関東に足を踏み入れていた。走行9時間、休憩1時間の合計10時間を経て、翌日の午前11時に目指す埼玉県富士見市に到着した。

この日の埼玉県は31℃で、津軽とは雲泥の差。「10月に30℃超って、有り得ない・・・。身体に悪い・・・。まっ、豪雨よりはいいけどぉ、それにしても暑っ・・・」

くたびれきった身体に暑さはこたえたけれど、無事に到着した安堵感と、数時間後に行なわれる試合のことを考えると心地良い疲れでもあった。Dsc01880

Dsc01891選手達の到着を待っていると、見慣れた顔が・・・。「あっ、〇〇(次男の先輩)だ」。高校、大学を通じて親子共々お世話になっている、頼れる先輩だった。今回もヨロシクお願いします~♬Dsc01883
次々とチームメイトがグラウンドに到着した。「あっ、あの人は4年生の〇〇君だ」「この人は同じ1年生の〇〇君かな」と車内から学生の姿を見ていたら、来た。やっと来た・・・。次男の姿が見えた。

よせばいいのに、奥さんが「おーい」と叫んだ。次男が近付いてきた。Dsc01885_2
奥さん「応援に来た。頑張ってね」

次男「金貸して!寮からここまでの移動代を友達に借りちゃったから」

次男らしいと言えば次男らしい第一声だったけど、その次男らしさが懐かしかった。

試合開始を前にチームの練習が始まったので、応援席に移動すると、そこには同じ思いで応援に駆け付けた保護者の皆さんの姿。今シーズンの公式戦で勝利から見放されている次男達チームの初勝利を願う思いは皆同じ。今日も一緒に応援頑張るどぉー。

試合前の練習が終わり、間もなくキックオフ。次男は先発だった。くっそー、ますます応援に力が入る~。

円陣が組まれて、選手達は部歌で気持ちを奮い立たせた。テントで選手達の顔は見えないけれど、私の気持ちも奮い立った。みんな、頑張れ~。Dsc01886
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力強い部歌が終わると、この試合には出場しない部員達がグラウンドに向けて通路を作った。そして、出場する選手達が皆んなの思いを背負って、通路の中をグラウンドに走り出した。5
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先輩や同級生に見送られて、次男もグラウンドに向かった。こんな瞬間に立ち会えただけでもはるばる700km彼方の津軽から10時間かけて来た甲斐があった。くっそー、チームの初勝利に向けてファイトー!!!!4
いつしか、高揚感に満たされている自分に気付いた神無月の土曜日run

2013年10月11日 (金)

自分探し

目覚めた時から降っていた雨は、時間の経過とともに強さを増していたけれど、週末の金曜日という心地よい響きだけで、出社も億劫ではなかった。

仕事は相変わらず忙しかったけれど、目の前には「明日から休みだぁー」という美味しい美味しいニンジンがぶら下がっていたから、苦にすることもなく順調にやり過ごせていた。お調子者だから、少々の残業までする始末だった・・・。

帰路の途中、中身の軽い頭なりに熟慮した。そして、ガソリンスタンドにハンドルを切った。「これしかない・・・。」Dsc_0012
馬鹿だと思われるかもしれないけれど、急遽、家出することにした。何度目になるのかは、忘れた・・・。Img_0226
深夜バスはコリゴリなので、愛車に一肌脱いでもらうことにした神無月の夜moon3

2013年10月10日 (木)

スポーツの空き

昭和生まれなので、10月10日といったら『体育の日』、という固定観念が染みついていた。いつ頃から「体育の日」がズレたのかは覚えていないけれど、一人勝手に休日にするわけにもいかず、渋々ながら出社した。

『スポーツの秋』真っ盛りだというのに、私の秋は昨秋とは様相を異にしていた。去年までは、「あと数日で県予選の決勝戦だ」「絶対に優勝するどぉー」「花園大会に出場だぁー」と鼻息を荒くして、次男の尻を叩いていた時期だったけれど、今秋はその次男が手元に不在だった。

遠く離れた大学でラグビーを続けているけれど、昨年までのように全ての試合を応援できるわけもなければ、気軽に練習を見に行ける環境にもない現在は、「スポーツの秋」の10分の1程度しか堪能していないような気がしていた。

しかも、次男達のチームは5日前の公式試合で記録的な敗戦を喫していたことも、『スポーツの秋』を堪能できない要因になっていたことは事実だった。Dsc01768「あんなにキツイ合宿までして臨んだ試合なのに、残念・・・」「応援してる俺達も辛いけど、チームのみんなも辛いだろうなぁ、きっと・・・」と沈んだ気持ちで今週を過ごしていた。1185628_507013512706874_1241357920_
本来ならば「相手は大学選手権4連覇中の王者だし、いつまでも負け続けるわけじゃないし、今がどん底だと思えば、後は右肩上がりだー」とポジティブに考えるべきなのだろうけれど、公私とも充実していない今の私は「『スポーツの秋』よりも『スポーツの空き』だなぁ・・・、今の俺は・・・」「あーぁ、試合を応援に行きてー」「勝利した姿を久々に見てー」という虚無感と欲望の塊だった。

けれども、『スポーツの秋』をこのままやり過ごすわけにはやっぱりいかなかった。今がどん底なら、あとは復活するだけ。「V字回復は難しいけれど、ゆっくりと時間をかけて浮上するどぉー」という思いをチームに託すとともに、沈んだ自分自身にも言い聞かせることにした。まっ、私の場合は、贅肉のせいで浮上するには相当な時間を要すると思われるけど・・・(笑)。Dsc_0022
『体育の日』は今日じゃなかったけれど、ちょっと闘魂注入してみた神無月の夜punch

2013年10月 6日 (日)

晩秋

休日出勤が終わり、帰路を急いでいる時に、目の前の上空を横切るものがあった。白鳥の群れだった。

「越冬のために、もう南下してきたんだぁ・・・。へぇー」と、ついつい声に出してしまった。

季節は10月。まぎれもなく、津軽は晩秋に差し掛かろうとしていた。

Dsc_0111

そして、今日は自宅で仕事をしながら、シーズン真っ盛りのラグビーの試合中継を見ていた、次男の大学のチームは、0対147で記録的な大敗だった。「いくら相手が日本一強いチームだとしても、ここまで差が開くか・・・」

次男は出場していないけれど、悔しさを通り越して、さすがにボーゼンとした。次戦はガンバロー。935783_104905589716547_1907860818_2
唐突だけれど、ココログの利用頻度を低くすることにした(今までも十分低かったけど・・・)。

心身とも充実していない状況下でココログに関わっていては、周囲にご迷惑をおかけしてしまうことが危惧されるので、無礼を覚悟の上で「利用頻度を減らします」と公言することにした。

すぐに後悔して「『利用頻度を減らす』ことを減らします」と言いかねない自分だったけれど、今はちょっと自分の足元を見つめながら、年末に向けての多忙な時間と戦い、心身を癒す時間を構築することにした。Dsc_0112
ご高覧下さった皆様が健やかに過ごされることをお祈りする神無月の夜empty

2013年10月 2日 (水)

拠り所

9月から10月へと暦を1枚めくっただけなのに、最近の自分は「あ~ぁ・・・」だった。

今年1年間の心の拠り所だったものが、自分の思いとは裏腹にどんどんと終焉を迎えていた。Photo
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残すは、マー君の活躍だけかぁ・・・。Photo_3
「生き甲斐というには大袈裟だけど、何か楽しみを見出さなきゃ・・・」と模索している、神無月の寒さが身に染みてきた夜moon1

2013年10月 1日 (火)

国体開催中

『スポーツ祭東京2013』の真っ最中だった。国民体育大会(国体)といった方が分かりやすいけれど、国体の呼び名もお洒落になったものだった。

いろいろな競技に興味はあるけれど、やっぱりラグビー(少年の部)の行方が気になっていた。青森県選抜チームの一員として次男が昨年の岐阜清流国体に出場していたことに加えて、今年の選抜チームには次男の後輩達が大勢出場するので、自然と青森県選抜チームの健闘を祈っていた。

初戦は強豪・島根県。というよりも、出場する15都道府県の代表チームは、それぞれ各ブロックを勝ち上がって国体出場にこぎつけているわけだから、弱い都道府県は存在するはずもなかった。

この日のために上京している父兄仲間の応援の甲斐あって、初戦は逆転勝ちを収めてみごとにベスト8。

翌日の準々決勝は東京都に破れたけれど、全国の強豪達と相まみえた経験はきっと年末の花園大会の糧になるはずだった。

翻って思い起こせば、昨年の岐阜清流国体に出場した次男達は、予想に反して初戦で敗退を喫した。悔しく、苦い思い出の国体ではあったけれど、初めて岐阜県や愛知県を訪れることができたのは、その悔しくて苦い国体のお蔭でもあった。Dsc00017
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あれから1年。進学先の大学が今年の国体開催に協力している関係で、次男は開会式典のアトラクション(式典演技)に出場していた。

その開会式の様子をジーとテレビで観ていたけれど、さすがに花の都・東京で開催する国体は、豪華絢爛。オリンピックかと見間違うほどだった。こんなに立派な開会式に関われるのも次男にとっては今後の思い出になることだろう。Photo
選手として競技に出場していたわけではないけれど、閉会式にも出場するんだろうか・・・?と少し気に掛けながら、オラが県の選手達の熱戦を期待している神無月の初日tennis





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